この御夫婦 仲良すぎない?
薬草店を兼ねる住居の寝室は、蝋燭の光に照らされて薄明るい。床と壁の木材は濃い飴色で、よく磨き上げられた光沢をしていた。大型寝台が一台とそのわきにテーブルがある。テーブルにはシェリーのボトルとグラスが二つのっていた。
「さっきあの娘に言った事」
カルデロは大型の寝台から身を起こして、ヘッドボードに寄りかかった。
「かなり不用意だったんじゃないかしら」
むぅ、と唸りながらグアドも身を起こし、寝台の側面から床に足を下ろす。逞しいが傷だらけの、彼の上半身が顕わになった。薄い明かりに照らされた彼の瞳は、真紅に輝いている。彼女に背を向けたまま、彼は尋ねた。
「どれの事だ」
「睡眠時間を年齢に数えないってところ。気を緩めすぎよ。可愛い孫でも『半分』でしょう。私たちと同じにはできないわ」
「わかっている」
グアドは呻くように声を絞り出した。
「ただ『半分』はやめてくれ」
わかったわとカルデロは答えて、グラスにわずかに残っていた酒をあおる。
「で、あの孫娘はどうする気なの」
「取り敢えずは『墓所』に行こうと思う」
グアドの返答のカルデロは、首を振る。
「そうじゃないわ。あの指輪よ。『我々』の殖民初期に使った観測機器ね。原地生物の生態を調査するための記録装置。それに」
「わかっている。外してやらなければいかん。お前のところに何か手は無いか」
少しの間小首を傾げて、彼女は答えた。
「指でつまんで引っ張れば、外れるわ」
「それではだめだ」
そうよね、とカルデロは首を反対側に傾げる。
「可愛い孫娘だもの、だめよね。でも、あの娘が他の誰かだったら、あなたは反対したかしら」
「したさ。『原住民』の誰も『我々』の犠牲にはしたくない…時と場合による部分もあるが」
それを聞いて、女はそっとグアドの背に手を置いた。振り向いた彼の唇に、自分の唇を重ねて時を過ごす。接吻の終わる瞬間に舌を伸ばして男の唇を舐め、彼女は悪戯っぽく笑った。そして「知的生命体に対しての保全生態学ってどの程度有効なのかしらね」と、ぽつりと呟いた。
「残念ながら、この場には指輪を安全に取り外す手段はないわ。機器の揃っている『墓所』なら可能性はあるでしょうけれど」
カルデロは裸身を晒して寝台から降りると、部屋の隅にある文机に向かった。亜麻紙とペンを取り出して、いくつもの記号を書きつける。計算を繰り返しながらグアドにいくつもの問いを発し、その度に文字を書き換えた。
「あの娘、指輪との相性がよくないわ。想定外のことが起こったり驚いたりすると、硬直したり無意味な行動を繰り返したりするでしょう。指輪を外すときの誤作動はきっと酷いものになる」
「なんとかしよう」
「指輪が完全に体の制御を奪ったことはあるかしら」
「見ている範囲では、一度ある。怪物退治に巻き込まれて、そいつの頭に棒切れを叩き込んだ。あぁ、怪物ってのは要するに、野生化して原生生物と交配した生体ゴミ処理器の子孫だ」
「一回でも、悪影響がでるわ。注意して」
いくつもの回答を加味した計算の結果を紙の最後に書き加えて、カルデロはそれを小さく折りたたんだ。表に「過度な期待はしない事」と書き加えてグアドに渡す。感謝を述べる彼をあしらって、女は再び寝台に戻った。
「あなたたちは、また明日から野営よ。もう休んだほうが良いわ。でも、もしも早めに目が覚めたら暫くそこにいて。あなたの目の色を戻さなくちゃ」
「わかった。そうさせてもらおう」
グアドはカルデロに接吻してから、彼女の隣に横たわり目を閉じた。
翌日の穏やかな陽気のしたで、三人はゆっくりとした朝食をとった。まず花茶が供され続いてポリッジ、野菜と薬草のスープ、ウナギの香辛料煮込み、焼いた塩漬け兎肉と進む。旅の疲労で食が進まなかった二人の昨晩の食事を取り戻すかのように、カルデロは蜂蜜入りの焼き菓子まで出してきた。グアドの黒い瞳に、はしゃぐガッタが写っている。
「わしらは、ここから北に向かわねばならん。様子を知らないか」
食べながら、グアドがたずねた。
「アニマ国と帝国の戦争は小休止状態よ。帝国側が国境線から退いて防衛陣地を築いているわ。アニマ国に帝国を押し返す力はないはずだけれど」
カルデロは、焼き菓子を切り分けながら答える。甘い匂いが部屋に広がった。
「だから」と彼女は続ける。
「帝国側の企みはどうあれ、通り抜ける事は可能よ。ここからオルビス・ラクテウスに入って河沿いに北側へぬける。そこから先は、この間まで戦場だった平原になっているわ。撤収する帝国軍は掃除までしていったから、死体食いも出ないはず。ただ、アニマ側に逸れると危ないかも。あっちは、ちょっと攻めっ気を出して軍を編成しているみたいだから」
切り分けられた菓子は、まずガッタの前に出された。少女は顔を輝かせて、それを食べ始める。続いて出される夫婦二人分の菓子には少量のラムがかけられた。
「墓所は地理的には、帝国側だ。問題なさそうだな」
「だといいけれど」
妻の気遣わしげな視線に気付き、グアドは孫娘にそっと視線を送る。大丈夫だ無事に到着する、と小さく口の中で呟いてカルデロに向かって頷いた。彼女は席を立って、彼の口の端についた菓子のかけらを指で拭いとった。
グアドとガッタが充分な食事を採り、旅装を調えて出立するころに、日は既に高くなっていた。日中の方が街中の人通りが多く目立たずに済むと言うカルデロの提案によるものだ。充分な水と食料に薬草類を提供されて、逃避行はじまっていらいの重みを感じる量の荷物を墓堀人は背負う事になった。ガッタは新しい革のサンダルを履いて、革紐をしめる。サイズが合わなくてごめんなさいねと、言いながら祖母は愛おしげに孫娘を眺めていた。
ふと、グアドが顔を上げて眉を寄せる。未だ遠くではあるが馬蹄の響きが彼の耳に届いた。
カルデロも察して頷く。建物から出ようとしているガッタを制して奥の部屋に連れ戻し、声を立てないように言い含めている。すぐに戻ってきて、今度はショベルを構えて臨戦体勢をとっている夫の耳を引っ張る。彼を同様に店の奥に匿うと、彼女は外へ通じる扉に向かい深呼吸をした。
三頭と思われる馬の足音のうち二頭は立ち止まり、一頭だけが真っ直ぐ薬草店に向かってきている。彼女は最後に部屋の中を見回して、グアドが落とした薬草の袋を拾い上げ棚に入れる。
扉の外で騎馬の人物が地面に降り立つ音がした。暫く辺りを見回す気配がする。その人物は、動くたびに金属の擦れる音を発している。
「そうね。ここは、らしくないものね」
カルデロは扉越しの相手に対して呟き、相手がただ一人で接近している事に多少の安堵を覚えた。一度目をつぶり、改めて緩みかけた頬を引き締める。
表で戸惑っていた人物は、やがて扉の前で立ち止まり大音で呼びかけた。
「ウィタエ帝国騎士プールマ。フェレス・アニマーリア公女の従者として、オッレ大公陛下にお目通り頂くべく先触れとして参った。お取次ぎを、お願い致す」
口上が終わってから充分な間を取り、服の埃を払って彼女は扉を大きく開け放った。扉の前に居るプールマと名乗った騎士は、帝国重臣の従者と名乗る割には貧相な身なりではあったが手にはアニマーリア家の紋章の入った旗を掲げている。
扉が開け放たれたのを見て、彼は姿勢を正し出てきた女を見据えた。カルデロは扉から出て、騎士に一圧を加えるべく胸を張った。




