表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/32

身分制度が厳しすぎない?

 フェレス公女の問いに、ロストルムはまたしても対応に窮した。場に相応しい内容を、彼我の身分差を考慮して言葉にする。

「畏れながら。従卒共もまた、戦場の様子に不審を抱いているとの事でございます。が、何分にも平民小物共の申す事にて、お耳に入れるまでもなきかと」

「否、否」

と、傍らのリクオル伯爵は軽く首を振った。

「先陣を切る従卒達の勘を、侮るべからずと存ずる。クロコディルス将軍も繰り返し、殿下にそう助言なさっておった。彼らのその勘は、死が目前に迫り必死になっている人間の生きる力ですからな。是非とも報告なされよ」

伯爵にも促され、騎士は膝をついて深々と頭を下げる。

「浅慮をお詫びいたします。それでは、御報告を」

その言葉を聞いて公女は彼の目の前まで近寄り、腕を組んで言葉を待った。プルーマはロストルムの側から慌てて下がり平伏する。

「臣の従卒共は現在、最前線にて死体の処理を行っております。そのうちの一人、医学の心得のあるものが気付いたとのこと。散らばっている死体の腹が、鋭利な刃物で不自然に切開されており内臓を取り出した形跡があると申しております」

聞き終わると、フェレスは視線を彼から遠くの戦場に移した。

「子爵、今の報告はどう解します」

「内容は、私の医官が確認したものと一致します。現場からも同様の報告があるというのであれば、もう疑う余地はないかと。間違いなく、死体の腹部を裂いて撒き餌にしたものが居るものと存じます。順当に考えれば、レベン国軍かその密偵。目的は足止めといったところ」

淀みなく答えるソリドゥム子爵に、リクオル伯爵が疑問を呈する。

「なれど、如何せん量が多すぎる。報告にあった偽装村の工作員全員分の死体を使っても、ティグレ卿のお送りなされた十騎士の軍勢を食い止めるほどの怪物は誘き出せんでしょう。この出所が気になりますな」

「畏れながら、我々の作戦を支援する為にクロコディルス将軍が攻勢をかけていらっしゃると耳にしました。レベン国は、その際の死体を利用しているという事は御座いませんでしょうか」

恐る恐るロストルムも議題に加わる。

「いや、将軍は戦線を押し込んでおられる。その際に遺棄されたレベン国軍将士の死体は粗方こちら側で回収して埋葬しているとのこと。利用できるほどの死体は向こうの手に回らないはずですな」

明確ににソリドゥムが否定し、彼はますます小さくなって頭を垂れる。

「そして」と伯爵は続けた。

「将軍に対しているのはレベン国軍の生きた将兵だそうです。怪物どもではない。この工作を行った何者かは、我々をどうも狙って足止めしているようですな。以上から考えて、マンマーリア家御令嬢は未だレベン国の手に落ちていないと推測できましょう。彼女が奴らの手にあれば、すぐにでも人質として交渉に使うでしょう。何より目標を達成しているのであれば、国内で斯様な怪物の発生を招く真似をする理由がない」

「なれば、嬢を連れ去ったという黒衣の墓堀人は、間違いなくあの方であったという事ですな。レベン国の部隊による偽装工作も疑われておりましたが」

リクオルは頷きながらも、難しい表情で言葉を続けた。

「しかし、そうであれば扱いは難しくなりますな。形式上とはいえ、帝国において……」

「何事も」と、フェレスがその言葉を遮った。

「まずは、会わなければどうにもなりません。しかし、真実その墓堀のお方が関わっているのであれば、帯同しているマンマーリア家のものを強引に保護するわけにはいかなくなりました」

「御尤も」

と二貴族は頷くが、騎士と従騎士に話は見えず。二人は兎角、頭を下げているしかなかった。公女は言葉を続ける。

「礼を以って接触し、丁寧に保護を申し出るのが精一杯でしょう。難色を示される場合には、事情の説明のほかに報いるものも必要でしょうね。墓堀のお方に対して財貨は材料になるでしょうか」

「無理でしょうな。何しろ地位や財産を望まなかった方です。帝国自体を嫌悪している節すらある。しかしそれでも、勅令をして搦め手をせめる事はできるかもしれません」

「では、早急に使者を……」

「用意できております」

フェレスは子爵から純白の鵞ペンを受け取った。代筆を申し出る右筆を退け、従者に運ばせた小型の机で羊皮紙に現状の報告をしたためる。

 途中、従者のうちから一人が進み出て公女に紙片を手渡した。『墓堀人と少女、滞在す。北へ逃げるよう誘導せり』という文面を子爵に示し、二言三言小声で彼に説明を求める。それに対する返答に満足すると、彼女はロストルムに目を向けた。

「此処に至って、私の成すべき事は大きくその様相を変じました。これより、オルビス・ラクテウスへ向かいます。知っての通り、ここより森を越えて北。帝国とレベン、アニマ国の三国の国境が交わる都市。一度、帝国領内に引き返してから北へ向かう事になりますから、多少遠回りです。馬の用意はありますね」

「軍馬一頭、怠りなく」

ロストルムの返答に満足げに頷くと、公女は左右へ語気鋭く指示を出した。

「リクオル・ネブラ伯爵。負傷者を収容して、帰還する準備を」

「御意に」

「ソリドゥム・ウェントス子爵。このまま、怪物と野犬に旗を見せていても仕方ありません。少人数で村を迂回してレベン国内へ少しばかり進みなさい。軍団旗をレベン国軍からも見える場所に立てるのが目的です。レベン国軍が出てくるようなら小当たりに当たってもよろしい。但し乱戦にせず、よいところでリクオル伯爵に合流するように」

「承りました」

「騎士団内で他に余分の馬を提供できるものは、ソリドゥム子爵に協力するように」

後に控える従者達にも命令を下し、忙しげに公女はロストルムに近寄る。

「花冠騎士団の幹部は、撤収で手一杯になります。あなたが供をなさい。……帝国領内を移動するとはいえ、供回りが一人では不安ね」

騎士の後ろに控えるプルーマに目を移して、公女はさらに問い質した。

「従騎士は馬に乗れますか」

ロストルムが答えるより先に、緊張の極みにあったプルーマは震える声で答えてしまった。

「う……馬はありません……が…が…じょ…乗馬の訓れ…練は怠りな…なく」

驚きで彼に振り向くロストルム。伯爵と子爵の両名も咄嗟に、公女の前に出る。プルーマは自分の失態に気付いてますます青くなり、平伏したまま震えている。

 フェレスは「そこに跪いていなさい」と無礼を働いた従騎士に告げると、剣を抜いて彼の前に立った。細身の、しかし冷たく光る鋼の刃が振り上げられ陽光を反射する。周囲の風景を映す磨き上げられた刀身。名剣といって差し支えないその一振りは穏やかに振り下ろされ、彼の両肩を軽く打った。驚愕する周囲の視線を集めて、彼女は朗々と宣言した。

「この戦況を決定付ける報せをもたらした功により、この……」

言葉に詰まる彼女に、察したロストルムが小声で「プールマで御座います」と伝える。

「この従騎士プールマを騎士に任ずる。略式ではあるが、よろしいか」

「ウィタエ帝国伯爵リクオル、見届けて御座います」「ウィタエ帝国子爵ソリドゥム、見届けております」

「あわせて、彼の主である騎士ロストルムを上級騎士とする。正式な儀式は後日。いまは、騎士プールマに軍馬一頭を支給する。さあ、急ぎです。ついてきなさい」

剣を収めたフェレス公女は、曳かれて来た白馬に飛乗ると、後を見ずに駆け出した。上級騎士のロストルムも、傍らに繋いであった灰色の軍馬に跨り後に続く。騎士プールマは、急な叙任沙汰に慌て騒ぐ従者達からどうにか葦毛の馬を引き渡され、やや遅れて二人の後を追った。


 後に残された貴族二人は、顔を見合わせひとつ息をついた。互いに苦笑いをして、それぞれの従者達に指示を飛ばす。やがて花冠騎士団の天幕から、各方面に大勢の使者が駆け出していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ