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みんな嘘をつきすぎじゃない?

 黒衣の墓堀人と赤い瞳の少女が村を出た翌日、司祭は集落の西に隠された小屋に荷車を引いて訪れていた。荷車には藁が積んであり、布が被せてある。そして、藁の中に隠すように屍が積んであった。彼を待っていたのは、レベン国兵士二名と若い医師が一人。

「今回の納品は、死体三つ。内訳。女の死体一つ、男児の死体一つ……もう一人は性別もわからない程、ぐちゃぐちゃですね」

積荷を確認して、医師は顔をしかめた。司祭も悲痛な面持ちで遺体をみつめる。

「それは、村で一番の古株のルーイヒさんです。昨日怪物に襲われて、駆けつけたときにはもう……」

「お気の毒に。しかし損傷はどうあれ、まだ医学の進歩のために御遺体を利用させて頂くための手段はあります。最近は私塾で医学を教えるところもあるようでして。使用済みの遺体を買い取りに来ることもあります。なので、医学院では使えないような臓器の一部でも資金の足しになっていますから。とはいえ人を死なせない方策のために、一つでも多くの死体が必要というのも矛盾するような話ですが」

司祭はひとつため息をついて、若い医師の顔を見つめた。

「医学院は相変わらずのようですね。研究は捗っていますか」

「王命で医学の進歩を目指していますので、精一杯努力しています。しかし」

ちら、と死体の乗る荷車に目をやった後に医師は首を振る。

「医術を極め兵士の傷を癒す事で大軍を率いる帝国に対抗すべし。この目標を達成するには、まだ時間がかかりそうです。より多くの人体を観察する必要があると思うのですが」

まだまだ足りません、と彼は呻いた。

「自分らで死体を増やすわけにも行きませんからね。いくら、探すより作るほうが簡単だといっても」

と、司祭が先手を打って釘をさす。医師も「わかっています」と苦笑して答える。

「兵士達についても、わかっていますね」

と、司祭は医師の目を真っ直ぐ見つめて問う。医師は淀みなく、答えを返した。

「えぇ、士気に関わりますから。戦死者は簡素ながら護国の英雄としての格で葬る……これに異を唱える者はおりません。戦線が崩壊すれば、研究どころではありませんからね。どう理屈をつけても解剖には回せませんし、させません」



「その後の医学院での進捗を聞いておきたいのですが」

布で荷車の死体を覆い隠して、司祭は医師に尋ねた。

「ゼクテ医師の武器軟膏が効果をあげています」

という医師の返答に、彼は眉根を寄せた。若い医師の説明では、傷口を焼灼して屎尿で洗うという従来の治療法より痛みが少なく、患者に好評であるということだ。医学院の建設以前に医学の研究が行われていたカルウィティウム教の修道院も、この新療法に賛同しているのだという。

 

 彼はそれについて幾らかの疑問を述べ、医師がそれに答えた。その間、医師の護衛である兵士二人は所在無げに荷車の脇に立っている。それに気付いた医師が「休憩してよろしい」と声をかけた。兵士達は死体を積んだ荷車から少し離れ、携帯していた水袋を取り出して地面に座り込んだ。

 兵士二人が離れたのを確認して、若い医師は司祭に小声で提案をした。

「プサルウ博士。矢張りあなたは医学院に戻られるべきだ」

それを一顧だにせず、博士と呼ばれた司祭は首を振る。

「学内政治に敗れたものが戻っても、混乱を招くだけです。グラウベ君。優秀な君が、私の説を支持してくれるのはあり難い。感謝しています。しかし今、私が戻ってゼクテ医師の成果に疑義を呈しては混乱を招くでしょう。平時ならばいざ知らず、戦時に『これまで行ってきた治療は無意味でした』などと現場の兵士達に対して発表もなりますまい。何事も、戦争がひと段落してからですよ」

博士と呼ばれた司祭は、そう言うと小瓶を取り出し医師に示した。その底に、黒ずんだ銀色の脂が固まっている。グラウベはそれを見て小さく頷いた。博士も小さく頷き返し、声を潜めて囁く。

「いずれは、武器軟膏の効果を否定できる時がくるでしょう。その時こそ我々の作り出した水銀軟膏が多くの命を救う。しかし、まだです。いま少し検証も足りません。暫くは偽司祭としてやっていきますよ。これでもなかなか板についてきたよころです」

プサルウは小瓶を丁寧に鞄にしまい込むと、鞄の外からその場所を掌でなでる。そして、もう一度「まだです」と低く呟いた。


 グラウベとレベン国の兵士達は、荷車と共に去った。プサルウの手には亜麻紙の書類が二枚と羊皮紙の手紙が一巻、握られている。それらを慎重に懐に収め、彼は暫くその場で空を仰いだ。

 司祭として、彼はは夕暮れ時になってから村へと戻った。道端で会う村人と何気ない風に、日暮れの挨拶を交わす。不自然でないよう心がけながら、教会の自室へと戻った。蝋燭に火を点し、グラウベから受け取った書類を確認する。

 彼はまず、書類のうち遺体の受け取り証を抜き出した。それを小さく畳む。そして人に見られないように、それを小さな紙挟みの表紙の裏に隠した。

 次に取り出したのは、村に運び込まれる物資の一覧だ。町で買付けを行った際の書類に見えるようになっている。冬に備えての薪、干し肉、油。家屋の補修のための木材に石材、買い替えの必要な大工道具。寒さに耐えるための布と毛皮。傷病者のために医薬品と蜂蜜。代金は、村で採れた少量の作物や木の実類の売却でできた資金を充てるという事になっている。当然足りるものではないため、それに加えて都市のカルウィティウム教会から司祭を通じての支援があるという体だ。 実際には、村の死者を医学院に出荷してできた代金で購入されている。しかし、文盲が人口のほとんどを占めるこの村においては、巧妙に作られた偽造書類が見破られる恐れは皆無であった。これは、紙挟みの先頭に挟む。

 最後に、残ったのはレベン国行政府と医学院の紋章の入った羊皮紙。その中で医学院長は、レベン国の面している対帝国戦線の現状と戦況と、それを打破する為の医学の重要性を訴えている。それに続く文言は、実験用死体の確保についての感謝の辞だ。最後に『明敏なるプサルウ博士』という書き出しで、医学院でゼクテ医師の下について武器軟膏の研究に加わるよう要請がなされている。そこで充分な功績を挙げれば、水銀軟膏の研究の続行を認める可能性があるという提示も。


 プサルウは、手紙に一通り目を通すと唇に薄く笑みを浮かべた。

「献金の多寡しか見えぬ連中が何を」

と呟き、ナイフで二つの紋章を十字に切り裂く。切り裂かれた手紙は、すぐに蝋燭の火にさらされた。切り裂かれた紋章の蝋はすぐに融け落ち、机の染みへと変わった。ほどなく羊皮紙自体も燃え上がり、プサルウの部屋と机の上にある水銀軟膏の小瓶をやや明るく照らし出す。

 手紙が燃え尽きると彼は、燃え滓を地面床に払い落とした。


 暫しの瞑目の後に、プサルウは手紙を書き始めた。内容は『墓堀人と少女、滞在す。北へ逃げるよう誘導せり』

 あらかじめの手はずの通り、手紙の各所にインク染みをつける。これは、手紙が第三者によって作られた罠ではないという証だ。

 それを何度も確認しての後、彼は教会の一角にある使われていない倉庫へ行った。そして、その手紙を倉庫の片隅にある汚れた小さな木箱に収める。「こちらのほうがマシというものだ」小さく呟いて彼はその場を後にした。



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