表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/32

宗教家が今作はおとなしすぎない?

 日が落ちる前に疲れきって眠ってしまったガッタを部屋に残して、グアドと司祭は小さな礼拝堂で向かい合っていた。

「なにぶん、手狭なものでして」

と言い訳をしながら、司祭は小さな卓に葡萄酒とチーズを用意した。墓堀人は、携帯していた干し肉を提供する。二人は粗末なゴブレットで乾杯をした。


「ところでルーイヒさんとは、旧知の仲のようですな」

ありきたりな世間話の種が尽きた頃に、司祭が切り出す。

「……あぁ」

と、低い声を返す墓堀人。

「自分がこの村の教会に住み着いたのは、ほんの十数年前でしてね。村の過去についてはあまり知らんのです。ほとんどの住民は、逃げてきた農奴や脱走兵やそれについてきた従軍娼婦か、その子供達でして」

「知っている。何十年か前もそうだった。ここは一種、国家や公から身を隠せる場所なんだ」

「えぇ、そうですね」と司祭は頷く。

「そのなかで、最も古株のルーイヒさんは流れ着いてくる人々に献身的です。カルウィティウム教の教えに照らして、模範的といっていい。そんな彼が、時折見せる陰のようなもの。自己犠牲とは呼べない、自暴自棄による奉仕というべき態度が長年気になっております。この村と彼に、何があったか教えていただけませんか」

グアドは答えずに、ゴブレットの底に残っていた葡萄酒を飲み干す。

「ここは教会で、私は聖職者です。ひとつ告解としてでも」

「繰り返すが、わしはカルウィティウム教徒じゃない。そぐわんよ」

渋い顔で断る老人に、司祭は穏やかに応える。

「後悔や恐怖は信仰や宗旨で増減するというものでもありません。カルウィティウム教がお気に召さないのであれば、あなたの信じる何かに告げるつもりで如何ですか。それで、重荷も多少ましになるはずですよ」

老いた墓堀人は、手酌で葡萄酒をゴブレットに注ぎ足した。それを揺らし液面を暫く見つめた後、重い口を開いた。


 何十年か前。三十年は経っていないが、その程度の昔。まだ、帝国とその他の国の関係も悪くない頃の話だ。当時から、この深い森の中の集落は官憲の手の届きにくい隠れ場所として機能していた。村人は、ならず者やお尋ね者に駆け落ちした男女といった、表通りを歩けない面々だ。そんな住民達でも、お互い他に行くあてがない以上ある程度の秩序を保って集落を運営していた。

「狩猟中に事故死した村人がいて、死体に怪物が群がっている。何とかしてほしい」そういう単純な依頼だった。墓堀人は、報酬の取り決めをして遺体の埋葬に向かい、そして思わぬ事態に陥った。

「要するに、わしのしくじりだ。一寸した違和感を大事にしていれば防ぐ事ができたはずの惨事。それで、村は壊滅した。生き残ったのはルーイヒとグートと……あと何人か。その程度だった。ルーイヒの様子がおかしいというなら、奴はそのときの事を引きずっているのかも知れん。再び怪物が現れたときに刺し違える為、全てを捨てているのではないか」

墓堀人はゴブレットの葡萄酒を一息に飲み干してから、さらに酒で杯を満たした。

「奴は、いい若者だった。命がけで、子供だったグートを守っていた。それで大怪我をしたんだ」

また一杯、酒盃を空ける。

「生き残った者達は全滅を免れた事を喜んでいた。わしに、感謝してくれた。惨事を招いたしまったわしに……わしも自分のしくじりだと言い出せず、詫びる事もできなかった。事の後処理が終わると、わしは逃げるように集落をでて今まで一度も戻らなかった。集落が再建して住民が増えたと知っても、必要があってすぐ近くまで来たとしても、それでもだ」

「しかし、あなたは戻ってきた」

司祭は、ゆっくりと自分の杯に酒を注ぎながら言った。

「それも、ルーイヒさんが生きているうちに。主のお導きというものかもしれませんな」

「わしは……」

震える手でさらに酒を注ごうとする墓堀人の手が杯を倒す。こぼれた葡萄酒は卓の上に赤く広がり、その縁から雫を落とした。

「わしは、死んでいると思っていた。あの日の生き残りは、もう生きてはいないだろう。そう思って、この村に来たんだ。みんな死んでいてその墓を訪ね、そこで詫びれば自分の気持ちにも区切りがつくと。そう思って、旅程に入れたんだ。わしは……わしは卑怯者だ」

卓にひろがった葡萄酒の上に、涙を零す老人。司祭はかける言葉も見つからず、静かにそれを見守っていた。


「どうも、礼拝堂の雰囲気に中てられたようだ。必要のないことを話した」

暫くして落ち着きを取り戻した墓堀人は、そういってまた一口の葡萄酒を口に含んだ。

「全ては主の思し召しです。ここであなたが話してくれた事にも、きっと意味があるのでしょう。あなたの重荷が和らげば、何よりです」

司祭は自分の手にあるゴブレットが空になっているのに気付いて、それを卓に戻す。

「次は、あんただ」

と酔った墓堀人は杯を突きつけるようにして迫った。

「なんでこんな僻地の教会で司祭をしているのか、話してもらおう。それでおあいこだ」

墓堀人のじっと見つめる目に晒されて、司祭は少しうつむいてから話しはじめた。

「実のところわたしは、ここよりはもう少し大きな都市で聖職者をしていました。一日に私の話を聞いてくれる人は、この村の全住人より多かったでしょう。そこで、余計な事を話しすぎたのです」

「ほほぅ」と墓堀人の合いの手が入る。

「もう少し詳しく聞かせてもらおうか。その、追放されるほどの説教ってやつを」

「ある、貧しい人が聞きに来ました『教会に十分な喜捨のできない自分達は、地獄へ行くのか』と。わたしは、そのような人たちをこそ、主の国へ届ける為に教会があるのですと答えました」

司祭は礼拝堂に掲げられているイコンを見上げ、それに手を合わせた。

「それが司教や果ては枢機卿の怒りを買いまして。当時、私は論争に自信があり準備もしていました。しかし、その準備を生かす暇もなく一方的に追い出されたというわけです」

笑い話ですな、と司祭は寂しげに微笑んだ。

「何事も、自分の傲慢さが招いた事です。自分自信の主張の正しさと、議論の腕前を過信した自業自得」

「今は、どう思っているんだ」

と墓堀人はたたみかける。

「いまは、誰でも主の国に入れると考えていますよ。喜捨の多寡、貧富、信仰の有無など全能のお方から見れば全てにおいて意味などない、と」

「信じなくてもいい、とは流石に聴きなれない説教だ」

墓堀人は酔眼で狭い礼拝堂を見回した。司祭はそれに応えを返す。

「信仰がないのは、ただ主がその人に対しての回心の機会をお与えになっていないだけのこと。そして、主がそうされるのには意味があるはずなのです。要は、信仰する人が居るのも信仰しない人が居るのも主の思し召しによるからです。よって、どちらであっても主の御心には適い、死後は主の国に迎え入れられると考えていますよ」

「わしでもか」

と墓堀人は面白がって問う。勿論、と司祭は答えた。

「主の国に拒まれる者が居るとすれば全能たる主の代弁者を自称し多くの特権を与えられて尚、地上に楽園を築く事のできない者たち。つまり、我々、聖職者ぐらいのものでしょう」

穏やかに話を終えた司祭は「わたしも、話しすぎましたな」と穏やかに微笑んだ。


 日が落ち切って、礼拝堂のなかが肌寒くなる頃。酔った二人は、覚束ない手付きで酒器をまとめた。

 日課として夜の間の集落が無事であることを祈る、という司祭を礼拝堂に残して墓堀人は部屋へと戻っていった。

 部屋では、ガッタが寝息をたてている。墓堀人は沈静効果のある薬草束に蝋燭の火を移す。青臭く、甘い煙が部屋に満ちていく。


 墓堀人もまた、ガッタの眠る寝台の傍らに座り込み目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ