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雨の寒村寂しくない?

 霧雨が降る。雨にぬれる村の墓地で、葬儀が行われていた。十戸もない小さな集落のほとんどの住人が集まり、埋葬される女とその子供を悼んでいる。

 葬儀を執り行っているのは、カルウィティウム教の司祭だ。粗末な棺の中の遺体に最期の聖水を注ぎ、棺の蓋を閉める。司祭がはじめに一掬いの土をかけると、それに倣って参列者達が棺桶を埋めていく。埋葬が終わり、村の子供が新しい墓標に花輪をかけた。

 大声で嘆くものもなく周囲は、穏やかな雨の音に満ちている。

 単調な雨音を破る足音に、村人達が目を向けた。視線の先に居たのは黒いフードを目深に被り、黒い外套を羽織った老人。そして、同様にマントに身を包んだ小柄な人影だった。子供と思しきその人物は、襤褸布で目隠しをしている。老人は、目の見えないらしい子供の手を引いて近づいてくる。

 不吉な光景に村人は怯え始める。「亡霊だ」「怪物だ」というささやき声がし始め、恐慌に陥るのは時間の問題といえた。

 司祭が進み出て、村人と老人の間に立つ。胸に下げた聖印を握り、決然と誰何した。

「墓堀人だ。わしの仕事は今しがたなくなったようだがな」

黒ずくめの老人が答え、司祭も村人を振り返って安心するように伝える。

 安堵の空気が広がる中、村人の中から声があがった。

「ほいこりゃ、黒ずくめの墓堀どんでねか」

声をかけたのは、老いて痩せた男だ。

「何十年ぶりだべぇか。他はみんな死んじまって、グートの奴も二年前に死んだだ。村はすっかり代替わりだべぇ」

と、懐かしげに墓堀人に近寄る。墓堀人は、僅かに躊躇ってのちに強いて明るい声を出した。

「ルーイヒか。ずいぶん老けたな。わからなかった」

「墓掘どんは老けねぇもんだな。おらの若い頃とかわらんなぁ」

「当時から、わしは年寄りだったろう」

「それが変わらんから不思議だで。年寄りのまんま、背はしゃんとしとるし、老いぼれとらん。ほんとになんでじゃろ」

「墓を掘るのが、健康にいいのかも知れんな」

軽口を交わした後、彼はここが墓地で葬儀の直後であったことを思い出す。墓堀人は司祭と村人に不謹慎な冗談について丁重に謝罪した。老いた村人は自分が知る限り、この黒衣の墓堀人が悪事を働いた事はないと他の村人に説明をしている。

 ひとしきり落ち着いたところで、墓堀人は真新しい墓標に祈りを捧げる。連れの子供も、彼に手を引かれて墓標の脇に立つと黙祷を行った。


「見ての通り、目の不自由な子供連れでな。できれば、軒を貸してもらいたいんだが」

あまりに小さな集落に、宿泊施設は存在しない。そのため、雨をしのぐ為の屋根を貸してもらえるとありがたいと、黒ずくめの墓堀人は村人達に要請した。

「いうてもなぁ、目が見えないんじゃうちはなぁ。散らかってて躓いちまうべぇ」

と、ルーイヒは困惑する。

 他の村人達は墓堀人と子供の風体を恐れている。子供は母親の陰に隠れ、母親は袖で顔を隠す。男達は目配せしあいながら「いやぁ、うちも散らかっているし」「ほんとに、村に入れて大丈夫じゃろか」「墓掘り人ちゅうのは、結局何なんじゃ」と囁きあっている。

「あぁそうだ教会があるべぇ。きちんと片付いているし屋根も壁も丈夫だ」

墓堀人の知己である村人は、提案をした。

「いい考えだべぇ。なぁ、司祭様。この黒ずくめの墓堀どんは、だいぶ昔だが、村によくしてくれただよ。向こうの方の墓に眠っとるグートのやつも世話になった。一つ恩返しさせてはもらえんじゃろうかね」

司祭は穏やかな微笑みとともに、快諾する。

「村のものに危害が及ばない限りではありますが。神の家は、いついかなる時であっても全ての者に開かれていますよ。どうぞおいでなさい」

「申し出はありがたいが、見ての通りカルウィティウム教徒ではなくてね。構わないのか」

「勿論。信者であるかどうかなど些細な事です」

世話になろうと答えて、墓堀人は子供の手を引く。子供は、無言でそれに従い歩き始めた。

教会への道すがら、司祭は事情を知りたがった。立場上は受け入れたものの、さすがに得体の知れない黒ずくめと不気味な子供を受け入れるのに、不安がある様子だ。三人は蛙の叫び声の中、ぬかるむ道をゆっくりと慎重な足取りで進んでいく。土の匂い、草の匂い、牛糞の臭い、森の集落の匂いの先に石造りの小さな教会が見え始める。

「このところの帝国からの攻撃から逃げていた避難民が、盗賊に襲われていてな。辛うじてこの子供を助ける事ができたんだが、目をやられたらしい。助けた直後には少し話す事もあったんだが、すぐに声も出せなくなってな」

墓堀人が、村に行き着いた経緯を説明する。雨は少し勢いを強めながら、集落に降り注いでいる。木々の間から、嘲る様な鳥の声が響いた。

「お気の毒に。そんな事があれば、一時的に言葉を失ってしまうのも無理はないでしょう。しかし、じきに良くなるかもしれません。目の方は、傷の度合いによるでしょうな。教会には乏しいながら医薬品の蓄えがある。よければ、治療を試みさせてはもらえませんか」

「いや、既に墓堀人の薬草を貼っている。包帯で押さえるのをやめてしまえば効果がなくなるので、暫くはこのまま過ごさせようと思う」

「そうですか、そういうことならば」と司祭は答えて、二人を教会の内部へと招きいれた。屋根の下に入り、雨に濡れた三人を教会内部の暖かい空気が迎える。入り口からすぐの礼拝堂は、まだ蝋燭と香木の匂いがした。

「葬儀のミサがあったばかりでして、祭具が出たままですからお気をつけて……こちらです」

司祭は、二人を教会の奥にある居住区に案内した。案内された部屋は石壁に囲まれ、明り取りの窓がついている。部屋の蝋燭立てには、明かりがともされた。暖房器具がない代わりに、寝台には獣の皮が敷いてある。一部屋しかないと詫びる司祭に、充分だと墓堀人は感謝を伝える。

「目の状態は付きっ切りで見ないといけないからな。なに、こいつは男の子で、わしも男色家じゃない。気にしないでくれ」

そうですかお大事に。必要なものがあれば言ってください。雨に濡れましたな、冷えていませんか。取り敢えず火をおこしておきましょう。湯は要りますか。矢張り食べ物が要りますな、スープがいいでしょうか。と、限りない気遣いの後に司祭は二人を部屋に残して教会に付属する厨房へと向かった。


 部屋に二人残された墓堀人と子供。暫くの沈黙の後に、周囲の様子を伺っていた墓堀人は子供に声をかけた。

「もういいぞ。ガッタ」

「良かった。何も見ない話さないって、想像以上の恐怖と不安感があります」

目隠しを外したのは、真紅の目の少女だ。

「ねぇ、グアドおじいさま。目隠しに穴を開けておくとかできませんか」

無理だな、と一顧だにせず首を振るグアド。

「目が見えないと嘘をついている以上、目が見える状態にしておくのはまずい。一寸した事で疑念を招く事になるぞ」

「見えないと何かあっても逃げられないですよ」と不満げな少女。

「本当に危険がある場合には、名前で呼ぶ。そのときは、目隠しを外して逃げろ。勿論、その場合には赤い瞳を衆目に晒す事になるからな。村から一目散に逃げるんだ。万一の場合の煙玉は持っているな」

「はい、ここに」と、ガッタはマントの内側を触る。グアドは頷いて、漸く孫に対する穏やかな笑みを見せた。


 司祭がスープ二皿と雑貨を持って部屋に戻ってきたとき、墓堀人はガッタの閉じた両瞼に練った薬草を塗っているところだった。せめて清潔な布の方が良いでしょうという司祭の提案。それによって両目に巻かれるのは、多少ましな洗濯済みの布になった。

「あまり裕福な村ではないものでしてな」

申し訳なさそうにしながら司祭が提供してくれた塩の薄い野菜屑のスープに礼をいって、墓堀人はレベン銀貨を取り出す。

 「大変助かった、受け取って欲しい」と話す墓堀人に、司祭は「神の家が開かれているのは当然」としながら喜捨としてそれを受け取る。死体食いの牙も「役所に出せば、怪物駆除の褒章がでるだろう」ということで司祭に手渡された。

「わしらには、役人の手続きを待つ余裕がないからな。賞金は村のために役立ててくれ」

「随分ありますね。大変助かります。近々、町に出る予定がありますのでその時に提出して参ります」

司祭は丁寧に礼を述べてから、墓堀人に提供する雑貨類を示した。

「ルーイヒさんからも、保存食なんかが届いていますよ。彼も裕福なわけではないのに、人を助けようとする尊い人です」

ここは、数十年前に一度訪れただけの村。近くまで来ることはあっても、意図的に足を踏み入れることのなかった場所だ。ルーイヒは、長くこの村に来るのを避けていた自分を喜んで迎えてくれている。その事情に墓堀人は二度三度と目を瞬いた。

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