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絵面に華がなさ過ぎない?

 薄暗い室内。全滅したレベン国の密偵たちの拠点村から、そう遠くない場所にある廃屋だ。実際には廃屋に見せかけた密偵の拠点である。窓に二重のカーテンがかけられて、中をうかがい知る事ができないようになっていた。

 部屋の間中央に置かれたテーブルの上には、亜麻紙の書類が丁寧に仕分けられてある。粗末な椅子に巨体を預け、テーブルに向かっているのは、ベテルジューズ。小国連合の四カ国のうち、北西部に位置するヴィ国の密偵だ。

 ヴィ国は直接には帝国と対峙する必要がない分、物資が潤沢である。そのかわりに、直に帝国の圧力を受ける南東部のレベン国と北東部のアニマ国には相当量の物資を提供しており、小国連合の補給担当という位置づけだ。

 四カ国からなる小国は協力関係にはあるが、関税や物資の供給で揉め事が起こる。しかし、強力で広大な帝国に一国で対抗するのは困難を極める。北西部のヴィ国、南西部のジチェ国の支援を受けて北東部アニマ国、南東部レベン国が必死に戦線を維持しているという図が崩れるようなことがあれば、瞬く間に帝国が大陸全体を席巻するだろう。

「しかしな、それとこれとは話が別だ」

ベテルはひとりごちて、手下の男に印台指輪を見せる。レベン国の密偵が墓堀人に回収を依頼し、ベテルが支援の対価と称して支払わせたものだ。

「こいつがあれば、レベンの間抜けどもの足を止められる。確実に先手を取れるというわけだ。『スペア』はなんとしてもこちらの手に入れる」

手下の男、ベテルジューズの副官であるフォマローは印面を凝視している。細く鋭い彼の目は、神経質に印面を検分した。相当の時間をかけた後にフォマローは、小さく頷いた後に「レベン国の秘密書類に使う印に間違いないかと」と、上官であるベテルジューズに伝え、続けて問うた。

「して、肝心の『スペア』ですが」

副官に尋ねられてベテルはうめき声とも、返答ともつかぬ声を絞り出した。

「当面は、手が出せん。『スペア』を身につけているガッタ・マンマーリア嬢がグアドの奴の孫娘。さすがにこいつは想定外だ」

自分の頭に、激しくつめを立ててかきむしる。

「最初の、商人の振りで騙し切って拉致できれば最善だったのだがな……自分のヘマで機会をふいにするとは。いや、孫娘だと知らずに拉致してあの『黒衣の墓堀人』に追跡されなくてよかったと思うべきか。あれは、二度とごめんだ」

十三年前の陰謀に絡んだ、ベテルに対する墓堀人の追跡は執拗を極めた。とある事情によって古い墓堀人の埋葬地を掘り起こしたときのことだ。そこにベテルが残してしまったわずかな痕跡をもとに、グアダニャ・ネグラは執拗に追跡してきた。結果としてヴィ国密偵頭ベテルジューズとその部下は、全員がヴィ国立中央医院への長期入院を余儀なくされた。その上で、埋葬地で見つけた幾らかの成果。『スペア』に匹敵する古代の秘宝の手がかりも奪われてしまったのだった。

「私もごめんです」

と、フォマロー。彼も、その時にベテルと共にグアドの追跡をうけた一人だ。密偵の二人組みは、そろって身を震わせた。

「とはいえ、怯え続けるよりはましな行動をとらんとな」

ベテルジューズは、手元の書類の束から動かせる物資のリストを抜き出す。

「食料と飲み物は必須だ。あとは衣類、防寒具の類。ガッタ嬢の足に合う清潔で丈夫なブーツを仕立てさせよう。路銀は過大にならないように……帝国銀貨は避けて、小国連合各国のものを混ぜて渡すものとする」

 彼はリストから目を上げて自らの副官に問う。

「ガッタ嬢に合う装飾品などはあるか。年寄りは気難しいが、嬢なら取り入る隙もある。孫の歓心を得れば、祖父の態度も軟化するかも知れん」

「装飾品や嗜好品は、賄賂として使うための備蓄があります」

「なるべく上等なものを見繕っておけ。ガッタ嬢の好みの調べはついているな」

レベン国の密偵がガッタを拉致する為の下調べの結果は、協力関係にあるヴィ国の密偵にも提供されている。とはいえ、大事な部分を伏せている可能性もある。その点については「嬢の嗜好など隠すほどの情報でもあるまい」というベテルの判断で、それに合致する品々が取り出された。

 マンマーリア家は零落の後にも貴族的とはいえないながら、食器に銀製品を使う程度の資産を保っていたようだった。ガッタ嬢は装飾品も黄金や金鍍金を好まず、銀のものと落ち着いた雰囲気の細工物を愛用していたと報告にある。それを元に銀の首飾り、銀の指輪、精緻な細工のシェルカメオが候補とされた。

 ベテルは作られたリストの最後に『ライウィスキー』と書き足して、書類を畳む。


「帝国の追跡の様子はどうだ」

ベテルジューズの目下最大の関心事。それは、小国連合が共同で練った皇帝暗殺計画の実行まで『スペア』が逃げ切れるかということだ。

「猛烈な勢いで追ってきています。各戦線に平時とは異なる動きも見られる」

レベン国と帝国の国境に迫り直接『スペア』を追跡して来ていると思われるのは、アニマーリア家の直臣の騎士十騎だ。帝国中央の文官の臣が、帝国軍の中枢を担うクロコディールスの将兵を差し置いて前に出ているのは異常事態といえた。

「バナーの確認は」

「出来ています。後足で立つ金の虎。間違いありません。それともう一つ、赤竜の首の旗が確認されています。『アニマーリア家の縁者たるマンマーリア家のものを襲ったレベン国王とその臣民に思い知らしめるべき義、之に在り』という口上つきで」

祖帝ウィタエ一世。帝国の基礎を築いた二百数十年前の英雄は、現在でいう帝都レム・ヴィヴェンテムの地で赤竜を倒した。その際、功のあったアニマーリア家の祖に赤竜の紋章を下賜した歴史がある。しかしアニマーリア家は皇帝を差し置いてそれを家紋とするのを憚り、戦時の旗印として竜の首を描いたものを揚げる慣わしとなっている。

 ベテルジューズは、再度頭を抱える。戦線各所に帝国の名将たるクロコディールスの攻撃を受けているレベン国が、帝国大貴族の精鋭を国境の外に押し止める希望はまるでなかった。彼らが、レベン国の内側に侵入して捜索を始めるのは時間の問題だ。

「戦力による足止めは期待できんな。密偵らしく撹乱によって動きを止めねばならん。レベンの密偵どもの死体はどうした」

「あの偽装村の死体は、死体喰いを誘引するために腹を捌いておきました。帝国兵の死体は、持ち物を剥いだ上で細切れです。すぐに怪物が群がるでしょう」

「この辺りの町で、医学を教えているところがあったな。必要なら解剖済みの死体を買い取って餌に使え。あの村周辺だけでなく、連中の通り道全体にばら撒いておくんだ。当面の足止めにはなる。あとは……」

「掘りかけの墓穴は、埋め戻しました」

ベテルは、大きく頷く。

「奴は、変なところで迂闊だからな。痕跡は綺麗に掃除しておいてやれ」

「承りました」

当面はこの程度で動向を見守るしかない。密偵頭は大きく息をついた。そこに、音もなく入ってきた連絡員が新しい密書を差し出す。一息つけると思った矢先に起こる、新着の面倒事だ。

「書類一通毎に、胃痛がひどくなる」

とぼやいて密書の封を切り、目を通す。


 報告の内容は、アニマ国を圧迫していた帝国軍が突如として帝国領に引き上げたというものだった。帝国軍は帝国領内で防備だけを固めているとの事である。その上で、アニマ王家に対してアニマーリア家の密使がしきりに出入りしていると書いてある。「どう思う」と問う上司に対して、フォマローが答えた。

「そのまま見れば、アニマーリア家がかつて袂を分かつ事になったアニマ王家とよりを戻そうとしている……という動きですが、そう単純でもないのでしょうな」

アニマ王家はアニマーリア家が赤竜の旗を皇帝の祖から賜った後に独立した勢力である。竜を討伐しそれを紋章とするアニマ家こそが支配者にふさわしいとして、王家を名乗り現在のアニマ国を支配している。そのため、紋章も赤竜の全身を描いたものだ。

「いまアニマ王家がアニマーリア家とよりを戻しても、所詮帝国の下に編入されるだけですからな。自ら王たるべしとした、アニマ王家の家風からしてそのような事態にはならないでしょう」

このフォマローの意見に、ベテルジューズも賛成する。

 そして、ふたりとも帝国の陰謀に思いを巡らしながら胃薬を飲むのだった。

 

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