第六話 デートだと思って浮かれていたのはどうやら僕だけです
まさかアイリさんと二人で出かけることになるとは、
しかも変装までして。
アイリさんもいつの間にか着替えてるし
一体どこ行くんだろう?
「アイリさんも着替えたんですね。」
「巫女の格好では目立つので。」
「で、どこに行くんですか?」
「まずは、町を出ます。」
「え?そんな遠くに行くんですか?」
「馬を用意してあります。城壁近くで預かってもらってます」
「え?馬?」
「乗れますよね?」
「乗れなかったらどうしたんですか?」
「考えてません。兵士が乗れないわけありませんから。」
「なんで聞いたんですか?」
「念のためです。」
「上手じゃないですけど。」
「移動するだけですから下手でも構いません。」
「落馬するくらい下手だったらどうするんですか?」
「そんな人は現場に配属されません。違いますか?」
「それはそうですけど。」
「アレン君は若くして現場に配属されています。」
「それが何か?」
「優秀だということです。」
「そんなことありません。」
「きっとたくさん努力したのでしょう。」
「普通です。」
「アレン君はイヤイヤ軍人になった人と違います。」
「そうですけど。」
「そういう人はだいたい努力します。」
「もっと優秀な人ももっと努力した人もいます。」
「当然そうでしょう。」
「ぼくなんか大したことありません。」
「それはあなたが優秀でないことにも、努力しなかった証明にもなりません。」
「買いかぶりですよ。」
「いいえ、あなたは努力した優秀な軍人です。」
「褒めても何も出ませんよ。」
「褒めてるわけではありません」
「じゃ何なんですか?」
「それではまだ足りないということです。」
「何が足りないんですか?」
「それをこれから知りましょう。」
「それでどこ行くんですか?」
「アレン君が勇者になった場所です。」
「それって…」
「そう。最後の決戦の地。通称魔王城です。」
「通称?通称なんですか?」
「…当り前じゃないですか。そんなことも知らないんですか?」
「正式名称だと思ってました。」
「そんなわけないじゃないですか。」
「でもみんな魔王城って言ってましたよ。」
「呼び名が無いからです。」
「でも魔王軍の魔王がいたじゃないですか?」
「ほんとにそう思ってます?」
「思ってるっていうか、現にいましたから。」
「では、行って確かめてみましょう。」
「どこにですか?」
「だから魔王城です。通称ですけど。」
「今からですか?」
「着きました。馬に乗ってください。」
「ホントに行くんですか?」
「いまさら何言ってるんですか、早く乗ってください。」
「分かりました。」
そういうとアイリさんはサッサと馬の準備をして出発した、
意外なことにアイリさん、早い。
無茶苦茶早い‼
この国は基本馬に乗って移動なんてしない。
馬車や荷車が基本だ。
なのに、なんて慣れてるんだ。
ついていけない。
まさかあんな華奢な女の子に置いて行かれるなんて、
僕が魔王城につく頃にアイリさんは待ちくたびれた顔をしていた。
情けない、まったく追いつけなかった。
僕は馬に乗るのがこんなに下手だったかな?
アイリさんは全く息が乱れてない。
僕はこんなに息が上がってるのに。
「着きましたか。ではここに馬を繋いでください。行きましょう。」
「アイリさん。待ってください。」
「どうしました?」
「どうして、そんなに馬に乗るの上手いんですか?」
「不思議ですか?」
「はい。」
「では、道すがら少し説明しましょう。」
「どうも。」
なんか怒ってる?
ぼくが遅いから?まさか…ね
「まず。」
「はい。」
「私は馬に乗るのが上手なわけではありません。」
「じゃ馬が違うんですか?」
「馬に大した違いはありません。」
「でも軍人の僕よりずっと早いじゃないですか。」
「私の国では馬に乗れる人は割と多いのです。」
「移動に使うんですか。」
「主に戦に使います。」
「戦に出たんですか?」
「いいえ、違います。」
「じゃなぜですか?」
「周りに乗れる人が多かったので習いました。」
「馬に乗るの好きなんですか?」
「好きです。」
「へー意外ですね。」
「それです。」
「何がですか?」
「私の国では馬に乗ることを乗馬と言います。」
「はい。」
「女が乗馬が好きだとおかしいですか?」
「…べつにそうは思いませんが。」
「答えるのに間がありました。思っている証拠です。」
「ホントに思ってません。誤解です。」
「さらにあなたは、」
まだあるのか…
「馬術で私に負けると思っていませんでした。」
「…そうかもしれません。」
「正直でよろしい。」
「アイリさんというわけでは無く、民間人に負けるとは思いませんでした。」
「軍人だから?」
「それもありますが。」
「私が女だから?」
「‥それもあります。」
「勝てると思ってましたか?」
「はい。」
「浅はかですね。」
「おっしゃるとうりです。」
「そういう偏見が嫌いです。」
「偏見ですか?」
「先入観や思い込みです。」
「僕に先入観がありますかね。」
「あります。」
「偏見もですか?」
「民間人や女に勝てるという思い込みです。」
「それだけ頑張ったんです。偏見じゃなくて自信です。」
「ならそれは自信過剰というものです。」
「確かに今回はそうでした。」
「ひとはそれだけ見かけに騙されるということです。」
「全く想像できませんでした。」
「ひとは見かけによらないということです。」
「知らない人は見かけで判断するしかありませんから」
「私の国では馬上から弓を正確に射る競技があります。」
「えらく難しそうですね。」
「ついでに言うと馬は走っています。」
「…ホントに難しそうですね。」
「ですから馬術は幼少の頃から嗜んでいました。」
「それじゃ敵うわけない。僕はまだ一年くらいです。」
「それだけじゃありません。」
「ほかにも要因が?」
「基本的なことです。」
「僕に才能がなかったんですかね。」
「馬は生き物です。」
「僕をバカだと思ってます?」
「体重です。」
「たいじゅう?」
「あなたは私の1.5倍か2倍の体重があります。」
「それが?」
「2人分乗せれば遅くなるに決まってます。」
「そりゃそうですね。」
「同じ技量でも徐々に差は開いていきます。」
「それを差し引いても勝てる気だった自分がバカみたいです。」
「それがアレン君の見えていないことです。着きました。」
「え?ここ・・・ですか?」
「ここです。」
「ここ‥?ここは‥どこだ?」
そこは僕にとって全く知らない場所だった。と思う