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第8話 明鏡止水流道場の子供達

 マリアちゃんは、剣道を始めます。剣道の基本は、足捌きです。マリアちゃん、とても上手にできます。

(8月29日です。)

  グレーテル王都の明鏡止水流総本部道場には、小さな子たちも通っている。皆、騎士や貴族の子息たちだ。女の子もいる。


  道場の男の人が、防具をつけるように言って来た。この男の人は、『師範代』という人で、シズおば様の後任の人らしい。


  母様が、貸して貰った防具を付けるのを手伝ってくれたが、なんか臭いし、大きくてブカブカだし、とても嫌だった。


  師範代からルールを聞く。竹刀で相手の面の上部、籠手の腕の部分それと胴の竹の部分しか叩いていけないらしい。それに、竹刀も、弦の付いているところの反対側しか有効にならない。マリアちゃん、上の空で聞いていた。


  説明どころではない。初めて付ける面の中は、地獄だった。暑いし、臭いし。汗が流れても拭くこともできない。


  という文句を言う前に、1人の男の子と稽古する事になった。えー、とても嫌なんですけど。相手は、大きいお兄ちゃんだし。


  相手のお兄ちゃんは、竹刀を左に下げて一礼する。あ、ここは礼をするんだ。慌てて、礼をしたが、竹刀は右手に持ったままだった。


  相手は、竹刀を構える。マリアちゃんも竹刀を構えた。相手は、打って来ない。自分から打って行く気はないみたいだ。初心者の、しかも幼稚園児を相手に本気になんかなる訳ないらしい。


  マリアちゃん、スッと間合いを詰めた。相手の面は、かなり上だ。普通なら届かないかも知れない。しかし、構わず面を打ちに行く。


  相手の竹刀が、フッと上がった。受けようとしたみたいだ。マリアちゃん、それを見て相手の右小手を打ち据えた。


    パコーン!


  素晴らしい音がした。マリアちゃんは、打ち終わったら、直ぐに下がった。相手の面が来るような気がしたので、間合いを取ったのだ。


  師範代が、マリアちゃんの方の手を挙げて、


  「小手あり!」


  え、これって試合なの?聞いてないんですけど。相手は、マリアちゃんを睨んでいる。超、怖い。2本目だ。相手が、白線に立っている。マリアちゃんも立つ。


  「2本目。」


  相手が、物凄い勢いで、面を打ち込んでくる。マリアちゃん、しっかり見切って、右に体を捌く。相手は、マリアちゃんが消えてしまったので、勢い余って転んでしまった。


  マリアちゃんは、白線のところに戻って待っている。何故か、周囲の視線を感じた。周りを見ると、大人達まで、練習をやめて、マリアちゃん達の試合を見ている。


  今度は、相手も不用意に打ってこない。マリアちゃんの竹刀を上から叩き落とそうとする。マリアちゃん、スッと下がって間合いを切る。


  次は、相手は小手を狙って打ち込んでくる。マリアちゃん、小手をかわそうとしたら、直ぐに面を打って来た。2段打ちだ。


  マリアちゃん、大きく下がって相手の面をかわす。面金の前を、相手の竹刀が下に通り過ぎていく。相手の面が、マリアちゃんの目の前だ。マリアちゃんは、軽く相手の面を打って、相手の左脇を通り過ぎて行く。下から切り上げられる気がしたのだ。


  相手の背後で、相手に正対した。相手は、まだやる気満々だ。


    「面あり!勝負あり!」


  師範代が、マリアちゃんの勝利宣言をしてくれた。道場内の至る所から、拍手と歓声が沸き上がった。


  相手のお兄ちゃんは、首を傾げながら下がっていった。マリアちゃん、勝ったからもういいのかと思ったら、次はもう少し大きいお姉さんが相手だ。


  マリアちゃんよりも首2つ大きい。真っ白な稽古着に赤い胴が可愛らしい。対戦すると、気合がすごい。


  「キエーーー!」


  女性特有の甲高い声だ。マリアちゃん、その声に吃驚して、固まってしまった。それで、あっという間に、面を取られてしまった。面をつけていても、ガツンと頭に響いて来た。痛い。マリアちゃん、涙が出て来た。痛いのと、悔しいのと両方の涙だった。


  2本目は、マリアちゃん、相手と3歩の間合いを取る。相手との距離は、かなりある。朝の稽古のような足捌きをする。あっという間に、お姉さんの目の前だ。面は届かないので、小手を打って3歩下がった。


  道場がシーンとしている。師範代が、ハッと気がついて手を挙げる。


  「小手あり!」


  道場内がどよめいた。誰も、マリアちゃんの動きが見えなかったのだ。気がついたら、相手の懐に飛び込んでいたのだ。


  3本目は、いい勝負だったが、目に入って来た汗が気になって、下を向いたところで面を取られてしまった。


  今日は、これで終わりだった。師範代が、推薦状を書いてくれた。マリアちゃんを『初級に列する。』と書いてある。『初級』って何か分からないが、このゲームは嫌いだった。臭いし、暑いし、それに打たれると痛いし。


  道場を出てから、シズおば様が暮らしている武道具店に行った。怖そうな叔父さんがいたので、マリアちゃんは母様の後ろに隠れてしまう。


  「お、クレスタさん、久しぶり。おや、マリアちゃん、大きくなったね。」


  「マリアちゃん、ご挨拶は。」


  母様が、マリアちゃんを前に押し出す。マリアちゃん、真っ赤になって、下を向いている。


  「何だ。恥ずかしがり屋だな。父親の遺伝か?」


  皆、気が付いていたが、決して触れてはならない事をシラッと言ってしまった。マリアちゃん、『遺伝』って何か知らないが、自分が恥ずかしがり屋なのは、父様に何か関係があるのだろうか。


  結局、この道場では、子供用の剣道防具を買う事になった。サイズをいろいろ測って、きちんと作るらしい。マリアちゃん、母様のスカートを引っ張る。母様がしゃがんでくれる。マリアちゃん、母様の耳元で、


  「マリアね、赤い胴がいいな。」


  母様が、ニコニコしながら頼んでくれた。


  後、幼児用の竹刀を2本買ってくれた。防具は、出来上がったらシズおば様が届けてくれるそうだ。


  9月1日、冬休みが終わった。今日から、幼稚園だ。冬休みの宿題は、お母さんの顔を書いて出す事だった。マリアちゃん、クレパスできちんと書いたが、母様が、これは幼稚園に持って行ってはダメだと言った。黒と赤の2色だけで描くように言われたので、全体は黒のみで書いて、お口だけ赤く書いた。


  母様が、しばらく悩んでいたが、OKをくれた。マリアちゃんは、母様が何を悩んでいるのか、全く見当が付かなかった。


  いつものように、母様と一緒に幼稚園に行く。皆、元気そうだった。幼稚園の入り口で泣いている男の子がいた。冬休み中、ずっと母親と一緒だったので、別れたくないのだろう。


  「男の子が泣いたらおかしいよ。」


  あ、ここは孤児院じゃなかったんだ。顔が、真っ赤になったマリアちゃんだった。さっきまで泣いていた男の子は、キョトンとしていた。


  久しぶりの幼稚園は、マリアちゃんにとって、新鮮な感じがする。つい、タイタン市の孤児院と比較してしまう。


  皆、年齢相応の幼さだが、孤児院の子の方が我慢強いし、逞しい。この幼稚園の園児達は、ただ甘えん坊なだけだった。そう思ったら、こんな子達に恥ずかしがることなんか、ちっとも無い筈だ。


  でも自分から話しかけるのは、流石にハードルが高いので、静かにしている。冬休みの宿題の提出が始まった。マリアちゃん、母様を描いた絵を出した。隣の子が、大きな声を上げた。


  「マリアちゃんの絵、変。真っ黒だ。」


  皆が、集まってくる。ダメだ。この状況には耐えられない。マリアちゃん、顔が真っ赤になってしまって、下を向いてしまう。


  先生が、皆を席に着かせた。マリアちゃんの描いて来た絵を見る。黒いクレパスのかすんだ線と、陰影で描かれたクレスタ奥様の似顔絵。いや、似顔絵ではない。斜め左から書かれた肖像画だ。左から差し込む光により、目鼻立ちがくっきりと浮かび上がっている。和かで自愛に満ちた聖母像だ。そして紅一点、唇の赤が女性らしさを引き立てている。


  先生は、絵を受け取ったが、これはどうしよう。普通なら、みんなの描いた絵を後ろの壁に飾るのだが、この絵はまずい。この絵のレベルは、小学生いや中学生のレベルを超えている。


  誰が描いたの。子供にこんな絵を出させるなんて。この絵は、きっとプロの画家に書かせたものよ。絶対にそうだわ。そうだ、額縁に入れて、玄関ホールに飾りましょう。それがいいわ。園長さんに相談しなければ。


  この先生、マリアちゃんが一人でどんな絵を描いているか、全く分かっていなかったのである。


  お歌の時間になった。この幼稚園でも、伴奏はオルガンだ。マリアちゃんは、先生の動作をじっと見ている。右足で、ペダルを踏みながら弾いている。男の子が、足元でペダルを押している訳ではない。あれが正しい弾き方なのか。マリアちゃんは、自分の間違った考えを訂正することにした。


  次の日曜日、マリアちゃんはセント・ゴロタ市の明鏡止水流道場に母様と一緒に行く。グレーテル王国に有った総本部道場と同じくらいの大きさだった。


  ここでも子供達が一杯だったが、違うのは、マリアちゃんと同じ位の年齢の子達がいた事だ。その子達は、剣道着など着ずに、運動服上下だ。


  後、防具など付けずに、透明な樹脂製のゴーグルだけを付けている。


  一番違うのは、手にしている剣だ。木刀でも竹刀でもない。長さ60センチ位のフワフワの黒い棒を振り回している。


  この練習は、スポチャンと言うらしい。意味は分からないが、何か楽しそうだ。母様が、このスポチャンをする様に言ったので、取り敢えず、準備をして、子供達の中に混じることにした。


  マリアちゃんが一番小さかったが、同じ位の女の子もいた。どうやら、小学校低学年以下の部らしい。小学生のお兄さんが、早速マリアちゃんに目を付けた。


  「おい、新入り。俺とやろうぜ。」


  マリアちゃん、後ろの母様を見た。母様は、頷いている。やっても良いらしい。やり方は、剣道と同じだ。だが、顔以外の全てが有効打突になるらしい。


  皆、『スコーン』、『バスッ』と気持ちの良い音を立てている。マリアちゃんの持っている剣を何回か振ってみる。軽い。これなら片手で触れるだろう。


  四角い白線の中に入る。男の子の友達らしいのが数人、ニヤニヤしている。


  礼をして、始まりだ。審判の大人の人がいないので、単なる練習だろう。周りにも何組かが練習している。相手の姿勢を見て笑ってしまった。剣だけを前に突き出して、体は腰が引けている。所謂へっぴり腰だ。


  マリアちゃん、右足前の片手剣の姿勢になる。『ダン!』と、右足で床を踏みつける。相手がビクッとした瞬間、相手の右肩に剣を打ち込んでいた。


  2本目は、相手が打ち込むのを待っていた。誘いで、剣先を下げてみる。誘いに乗って、打ってきた。すかさず、浮いて来た小手を打って1本だった。


  後は、小学生のお兄さん、お姉さん達が次々とかかって来たが、マリアちゃんが捕まらない。ほとんどの者が、脛を払われてしまう。


  5人位を相手にしたら、疲れてしまった。もうやめたかったので、母様の方に走って逃げてしまう。誰も追いかけられなかった。


  道場の師範代が、総本部師範代の推薦状を確認していた。スポチャンでは相手をする者がいないので、小学校高学年を相手の剣道のコースに入ることになってしまった。


  しかし、まだ防具ができていない。道場備え付けの共用防具は絶対に嫌だった。


  奥の方では、大人の人達が、木刀で稽古をしている。防具をつけずに、寸止めで優劣を競っていた。木刀とはいえ、当たれば大怪我をする。でも防具を付けないので、動きが綺麗にわかる。


  マリアちゃんは、その稽古をじっと見ていた。師範代が、『あの稽古は危ないので、子供にはさせられない。』と言っていた。


  相手の打ち込みをかわし、防ぎ、打ち込んでいく。激しい打ち込みに、木刀が悲鳴を上げていた。


  マリアちゃん、木刀架に行って小太刀を持つ。両手で持って、中段の構えだ。一の型から七の型まで通しでやってみる。剣先から光が放たれるが、構わずに続けた。さっきの大人の人の受けて、払って、打ち込む流れをトレースしてみる。何回か繰り返した。


  最後は、真っ赤な光が木刀から放たれ、道場の壁に当たった。


  ズゴーーン!


  壁が、黒く焦げてしまった。木刀の先から、煙が上がっている。マリアちゃん、何も見ていないように、体を反転した。次の打突に入る前に、師範代に止められた。


  この時、師範代はやっと、マリアちゃんが、あのゴロタ皇帝陛下の娘だと言う意味を理解した。常人のレベルではない。あの『殲滅の死神』の娘なのだ。


  このままでは道場が破壊されるか、焼失してしまう。マリアちゃんに、寸止めの要領を教えてあげる。


  打ち込んで、当たる寸前に、手の内を絞り込むのだ。何回か練習させる。ちゃんとできているようだ。


  マリアちゃんに、木刀に『気』を込めるのをやめるようにお願いする。マリアちゃん、キョトンとした顔で師範代を見ている。全く、意味が分からなかった。


  母様が説明していた。


  「この子は、何も意識しないのですが、斬撃が飛び出てしまうようです。何回か注意したのですが、意味がわからないようで、すみません。」


  大人の人との稽古は、絶対にしない事になった。門下生を真っ二つにされたらたまらないとの事だった。結局、防具が出来上がるまでは、型と足捌きの練習だけになってしまったのだった。


マリアちゃんの剣の腕はお父さん譲りです。魔力もスキルも、皆、そうです。とてもチートな幼稚園児です。

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