第73話 ボーイフレンドなんかいらない。
今日、マリアちゃんは、デートに誘われます。
(12月24日です。)
今日は、この世界に来てから3回目のクリスマスイブだ。去年のクリスマス・イブはデパートの屋上で大変なことになってしまったが、今年は平穏に過ごせそうだ。
でも、今週、月曜日に同じ学校の知らない男の子から靴箱に手紙が入っていたの。2年生の打楽器科の先輩だけど、今日の午後、一緒に映画を見に行こうって書いてあった。私は、当然、行く気はなかったけど、どうしてよいか分からないので、サヤちゃん達に相談したの。
サヤちゃん達は、その男の子のことは良く知っていて、背の高い、少しイケメンの子だと言っていた。でも、断るにしても、どうやって断っていいのか分からない、中学時代の片岡君の時のようにお手紙にしようかと思ったけど、断る理由が思いつかない。あの時はどうやって断ったか忘れてしまった。
約束は、午後1時に上野の映画館の前で待ち合わせなんだけど、どうしよう。サヤちゃんが、とりあえず、時間になったら約束の場所に行って、『ごめんなさい。』って言えばいいのと教えてくれた。かなりハードルが高い気がしたけど、しょうがない。
サヤちゃんが言うには、学校帰りにデートだなんて、デリカシーが無いと言っていた。デリカシーって、聞いたことがあるけど、何だっけ。元の世界では、繊細とかなんとかだったような気がするが、こっちの世界では、違う意味があるみたい。
サヤちゃん達と、マクドでお昼を食べた。お話の中で、事務所から振り込まれたギャラの話になって、100万円以上の金額だったって興奮していた。サヤちゃん達は、全額、自分のお小遣いで使うらしいけど、半分は税金で取っておかなければならないので、使い道は慎重に考えているみたい。とりあえず、4人で旅行に行きたいと言っていた。うん、スキー旅行って行ってみたい。スキーってやったことが無いので楽しそうだ。計画は、サヤちゃん達が寝るので、米良さんなんかと相談して決めようと言う事になった。
約束の時間になった。サヤちゃん達と、待ち合わせ場所に向かう。その男の子、名前は西園寺君だったと思うが、一人で待っていた。サヤちゃん達が、私の背中を押して、頑張ってって言っていた。
私は、西園寺君の傍まで近づいた。向こうも、私に気が付いて、手を挙げて合図をしてくれたが、1m位の距離まで近づいたら、もう動くことができなかった。黙って下を向いている。サヤちゃんが『頭を下げて、ごめんなさいって言うんだよ。』と言っていたが、無理だ。ジッと、地面を見ている。
西園寺君、私の様子に吃驚している。でも、『コミュ障』の噂は校内に知れ渡っているので、気を取り直して話しかけてくる。
「新垣さん、今日、この映画を見ようと思うんだけど、これでいい?」
良いも悪いもない。ここで、『さようなら』をするつもりなんだから。でも何も言えない。黙って地面を見続けている。
「どうしたの、具合でも悪いの?」
ダメだ。何も言えない。と言うか、泣いてしまう。最近、泣かなくなったので、自分でもしっかりしてきたと思っていたが、気のせいだった。涙が溢れてきた。ボロボロ、大粒の涙が頬を伝って下に落ちていく。
何も、言わず、お辞儀だけして、ダッシュで逃げ出してしまった。サヤちゃん達が大笑いしている声が遠くで聞こえてきたが、そのまま、上野駅の改札に入って下井草に帰ってしまった。これで、『泣き虫』のあだ名復活間違いなしだろう。
サヤちゃん達から、ラインが入った。
『ごめん、笑っちゃって。でも、あれから西園寺君、しばらく茫然としていたよ(^^♪』
うん、絶対、面白がっている。既読スルーをしてやった。
家に帰ったら、米良さんが来ていた。今度のNHKの打ち合わせと、母様への報告らしい。10月までのCDの売り上げが100万枚以上、その内ソロとピアノ演奏の売り上げが半分以上だったらしい。
ダウンロード数も多く、著作権料の収入も合わせると億単位の収入になるみたい。それに写真集の売上やテレビ出演、コンサートの売り上げなどが加わるので、来年の課税分を引いても、2億4千万円が、今年の総収入になるらしい。既に事務所から私の口座に振り込まれた支払済分を引いても、2億円近い収入になるそうだ。という事は、税金分も含めると5億円以上の収入があったということになる計算だ。
米良さんが、今回の引越しの際にレッスン室に揃えたピアノや備品類は、全て領収書を提出して頂きたいとの事だった。また、防音加工費等の費用も別請求にして貰えると、経費として認められやすいとの事だったが、よく分からないので父様と相談すると言っていた。この家の購入費は、土地が8000万円、家屋が7200万円位だといっていた。荻窪の家が、1億3000万円位で売れたので、ローンは組まなかったそうだ。でも、貯金がスッカラカンになってしまったので、何かあったらどうしようと言っていたのを覚えている。ぜひ、レッスン室の設置費位は私の収入から払いたい。
この他に、映画やドラマのオファーもあるし、ファッション雑誌のモデルや化粧品や自動車のCMのオファーも来ているそうだ。現在、日程が取れないという事で断っているが、このまま断り続けるのも難しいとの事だった。すべては、来年の活動次第だそうだ。
その時、丁度アリスちゃんが、お風呂から上がってきた。米良さんは、初めて会うようで、目を見開いていた。
「奥様、あの娘さんは?」
「ああ、遠い親戚の子で、アリスと言うんです。イギリス人とのハーフなんですよ。」
「イ、イギリスですか?それで、いつまで日本に。」
「ああ、実は不幸があって、ご両親が亡くなってしまって。それで、成人するまで、私どもの子として育てようと思って。」
「お、奥様。あのアリスちゃん、芸能界デビューさせる気は無いですか?」
「いいえ、今はこちらの学校に慣れるのに精一杯ですから。今、中学2年ですけど、高校に入ってから考えますわ。」
母様、嘘がお上手。米良さん、諦めきれずにいるみたいだったが、夕食の時間になったので、私たちと一緒にクリスマス・パーティーに参加する事になった。
考えてみれば、クリスマス・イブに仕事でうちに来るなんて、寂しい限りな独身生活のようだ。
いつものように、安芸首相からクリスマス・ケーキとロースト・ターキーが送られてきた。秘書官の方が、黒塗りの車で持ってきてくれたのだが、米良さん、とても不思議がっていた。
流石に母様も、理由を説明できなかったが、父様の仕事の関係だと言ってお茶を濁していた。
パーティーは、楽しく過ごすことができた。母様には、温かいマフラーを、父様にはネクタイをプレゼントした。
米良さんには、オーガから回収した真っ赤な魔石をプレゼントした。そのままでは大きすぎるので、綺麗な形にかっとしておいたものだ。パッと見には、綺麗な石にしか見えないだろう。少しだけ魔力を注いでおいたので、石の中で明るい光を放っている。
明日の朝には、魔力は消えているだろうが、まあ、一瞬だけでも綺麗なら良いかと、深く考えなかった。
しかし、米良さん、銀座の宝飾店に、この石の鑑定をお願いしたらしい。それで鑑定結果は、ルビーによく似ているが、ルビーや合成ルビーではない謎の石と言う鑑定だったらしい。比重を図ったら、ルビーよりも少しだけ重いことが分かったそうだ。
それだけなら、特に問題はなかったが、その宝飾店の主人が、Sクラスのルビーと同等の値段で引き取りたいと言ってきたらしいのだ。
Sクラスのルビーの買取相場は、1カラット約5万円位だそうだ。あの魔石は、大粒だったので小さく割っても200カラットはあるだろう。と言う事は、1千万円近い価値と言う事になる。さすがに蒼くなった米良さん、その日の夜に、我が家を訪ねてきた。『あの石は、何ですか。どこで手に入れたのですか?』と聞いてきた。
あ、不味った。でも、もう遅い。母様が、あの石は、魔物の体内から回収した魔石で、この地球上には天然では存在しないものだと言う事を教えてあげていた。でも、入手方法については内緒にしていた。米良さん、独り言をぶつぶつ言い始めた。
「魔石、魔石。地球上に存在しない。魔物、魔物。銀仮面。麻里亜ちゃん。銀仮面。麻里亜ちゃん。」
まあ、普通に考えたら、そこに行き着いてしまいますね。でも何も言わずに、パーティーが終ったら米良さんを駅まで送って行った。米良さんが、魔石を返すと言ってきたが、当然、一度あげたものだから受け取る訳にはいかない。後は、売るなりなんなり自由にして貰おう。
オーガの魔石なんか、はっきり言って屑魔石と言える。魔石加工職人が、いくつかの魔石と組み合わせて生活魔石にする位しか価値がない。属性を持たせても、しばらくするともとに戻ってしまうし、魔力の貯蔵量も並みの魔石だ。それが宝石と同価値なんて馬鹿みたい。
でも、宝石だって、希少価値で値段が上がるのだから、自然界に魔石が存在しないこの世界では、高い評価を受けてしまうのだろう。あのダンジョンを開放して、自由に潜らせたら、もっと魔石も流通するだろうけど、生命の危険が極めて高い冒険なんか、この世界では許されないらしいので、しばらくは放っておくことにしよう。
それから、大晦日まで、ピアノの練習とお絵描きを中心に過ごしていたら、あの西園寺君から手紙が来た。この前のお詫びと、これからもお友達として付き合って貰いたいと書いてあった。早速、サヤちゃん達にラインで連絡したら、すぐに我が家へ来るというのだ。
サヤちゃん、キョウちゃん、マコちゃん、それにミズハちゃんも来た。下井草の駅まで迎えに行ったのだが、キョウちゃんは幕張から来るので、1時間以上かかったみたい。
皆、我が家が新築されたことは、知っていたので、機会があれば遊びに来たかったらしいのだ。とりあえずレッスン室のソファに座って貰って、私は、パンケーキと紅茶の準備をする。キッチンで準備をしていると、下でピアノの音が聞こえてきた。あの演奏は、ミズハちゃんではない。きっとヴァイオリン組の誰かだ。芸大付属では、ピアノ科以外の生徒もピアノは必須科目なので、ある程度弾けないと授業についていけない。サヤちゃんもバッハの簡単な練習曲までは弾けるみたいだ。
パンケーキは、市販の粉を使って、小さなフライパンで焼き、上にホイップした生クリームを載せて、イチゴとバナナとブルーベリーを載せて飾り付ける。カットしたバターを添えて、メープルシロップは、瓶ごと持って行く。レッスン室のカウンターで、お湯を沸かして紅茶のお替りができるようにしておいた。
テーブルに並べると、まるでピアノカフェのようだった。サヤちゃんが、『素敵なレッスン室ね。』と言っていたが、自分でもそう思う。すべて母様の趣味で作られているが、すすけたような茶色に染められたオークのフローリングと、腰板。アンティーク調のカップボードやブックシェルフなど、全体的にシックにまとめられている。
ピアノ教室だから、ピアノ2台は当たり前だが、一般的なピアノ教室は、部屋がピアノで占領されているのに、ここでは十分過ぎる位の余裕があった。来年の春になったら、ベランダの軒下には、何かハンギングフラワーを飾るみたいな事を言っていた。
それで、すっかり西園寺君の手紙の事は忘れてしまっていたが、結局、ミズハちゃんがお手紙の案文を書いてくれることになった。
・2025年のショパンコンクールに向けて、ピアノの練習に専念したいこと。
・作曲・作詞活動にも時間がとられて、いつも締め切りに追われていること。
・男の人と付き合ったこともないし、どんなお話をしていいのか分からないので、今回はお断りしたいこと。
・このことは、誰にも内緒にしていること。
このような内容だった。紙に殴り書きのようなメモだったが、後できちんとお手紙にすることにした。結局、この日、キョウちゃん以外は、全員、お泊りとなってしまった。
いやあ、青春ですねえ。




