第49話 卒業式って、泣いちゃう
マリアちゃんは、中学を卒業します。
(3月17日です。)
今日は、中学校の卒業式だ。私とシズちゃん、ノエルちゃんはそれぞれ別々の高校に進学する。シズちゃんは、東京大学か、早稲田、慶応に進学するだろう。将来は、国家公務員になってみたいそうだ。あと、一人娘なので、お婿さんを見つけて、お父様の会社の跡を継がなければならないとも言っていた。
ノエルちゃんは、ハンドボールで、オリンピック出場が目標だそうだ。黒須美香さんは、世田谷にある音楽大学付属高校に進学が決まっている。黒須さん、良かったね。
今日は、物凄く嫌な行事がある。卒業生代表の答辞があるのだ。2年生代表の送辞を受けての答辞だ。すでに原稿が在って、単に読むだけの答辞なのだが、暗記をしなければならない。
暗記は特に問題が無いが、大勢の前で、話すことなんか絶対無理。どうしようかと悩んでいたら、自分の言葉で話したらよいとシズちゃんが教えてくれた。
自分の言葉って、『暗黒破壊神』しか思いつかない。まさか、壇上で、皆に『我がしもべ達よ。』とは、絶対に言えない。もうどうしようか。
式典は、滞りなく進み、いよいよ答辞の番になった。こうなったら、やるしかない。眼帯もしているし、きっと大丈夫だろう。
「在校生の皆さん、先生、お父さん、お母さん、今日、私たちは卒業していきます。でも、これで終わりではありません。通過点に過ぎないのです。この学校で学んだ事は、決して勉強だけではありません。あきらめない気持ち、挑戦する意気込み、そして友達を大切にする優しさ、これを学ぶことができたことは、私たちの誇りです。これから、もっと厳しい道が待っていると思いますが、この学校の建学の精神を尊び、これからも一意専心奮励努力することをお誓いして答辞といたします。」
大分、原稿と違っていたが、自分の言葉だったので、つかえはしたが、最後まで言う事が出来た。私って、やればできる子だったのだ。
卒業式の定番、『仰げば尊し』を合唱する。シズちゃん達が泣いている。どうして泣いているのだろう。単に、3年間勉強した場所から離れるだけなのに。
あ、そういえば、卒業式にどこかのテレビが取材が来ていた。目的は私だそうだ。私の卒業式を撮影してどうする気なんだろう。きっと誰も見たくなんか無いのに。それだけではなかった。あのカメラマンさんまで、スタッフを連れてやってきていた。式場内がいつもの雰囲気と大分違うので、参列者も落ち着かなさそうだった。
卒業式が終わると、午後に謝恩会と言うものをやるらしい。よく分からないが、演芸大会のようなものらしいのだ。そういえば、今度入学する付属音楽高校でも、卒業記念演奏会というものをやるので、世の中、そういうものなのかも知れない。
謝恩会は、滞りなく進んで終わりかかった時、2年生の進行役の子が、私の名前を呼んだ。
「それでは、ここで、今年のショパン国際コンクール・イン・アジアで見事優勝された『新垣麻里亜』さんに、ピアノを披露していただこうと思います。新垣さんは、東京芸術大学付属音楽高校にわが校から初めて進学されます。それでは、新垣さん、壇上へどうぞ。」
いつもの弾きなれたピアノがステージ中央へ運ばれる。私は、顔が真っ赤になっているのが分かったが、仕方がなく壇上に上がる。
進行の人に、持ち時間を聞くと、アンコールも入れて30分お願いしたいとの事だった。最近は、ショパンしか弾いていないが、やはり、『入り』はあの曲しかない。
私は、大好きなあの曲を弾き始めた。リストの
『パガニーニによる大練習曲』第3番 嬰ト短調 『ラ・カンパネラ』
だ。中学生が普通に弾く曲ではない。高音による『鐘』の音色を主題として、最大で15度もの音のジャンプがあり、このジャンプを16分音符で演奏した後、直ぐに2オクターブも上に指が飛んでいく。薬指と小指のトリルなどの難しい技も盛り沢山だった。
弾き終わると、会場内が爆発したような拍手だった。続いて、ショパンの
即興曲 第4番 嬰ハ短調 Op.66 『幻想即興曲』
を弾いてみた。この曲は、超有名曲なので、皆も知っているし、時間も5分半とやや長めだった。最近、薫先生から課題として貰っている曲だ。もう、ほぼ出来上がっているが、曲想の表現に物足りなさがあると言われている。
続いて、同じくショパンの
ポロネーズ第6番 変イ長調 Op.53『英雄ポロネーズ』
だ。これは6分半くらいの曲だったが、まだ、10分以上時間が余っている。こうなったら、エチュード集だ。それも超有名曲ばかり、
『黒鍵』、『革命』、『木枯らし』
と弾いていく。これで、約8分だ。大拍手の中、袖に引き下がる。拍手が鳴りやまない。お定まりのアンコールだ。再度、ステージに出ていく。ピアノの前に座る。弾くのは、やはりショパンの
ノクターン(夜想曲)第2番 Op9ー2 変ホ長調
だ。この曲は、映画の主題歌にもなった超有名曲で、卒業式にもふさわしい曲だ。弾き終わって袖に下がったが、いつまでも拍手が続いていた。もう席には戻らず、そのまま、校庭に出て、何枚かの写真を撮って貰った。カメラマンさん、こんなに一杯撮って、写真集に使うのは何枚なのですかと言うくらい、たくさん撮っていた。
テレビクルーが出てきて、取材に応じて貰いたいとの事だった。とても嫌だったが、逃げられそうにないし、米良さんから、取材陣の要望にはできるだけ応えてくださいと言われていたので、しょうがない。桜の木の下で、取材に応じることにした。
卒業式を迎えるにあたっての感想を聞かれたので、
「良かったです。」
これから、音楽活動はどうするのですかと聞かれたので、
「頑張ります。」
高校は、音楽学校ですが、普通の勉強もするのですかと聞かれたので、
「はい、頑張ります。」
最後に、ショパン国際コンクールには出られるのですかときかれたので、
「はい、チャンスがあれば。」
と答えた。これ以上の回答を求めても、それは無理と言うものです。
謝恩会が終わったらしく、皆が校庭に出てきた。カメラマンさんが、仲の良い友達との集合写真を撮りたいので、声を掛けてくれと言われたので、シズちゃんとノエルちゃんに声を掛けた。でも、片岡君や瀬川君、黒須美香さんまで一緒なのはどうしてなのか分からなかった。
全員が美少女やイケメンだったので、カメラマンさんが皆の名前と連絡先を聞いていた。聞いてどうするのだろう。カメラマンさんの名刺を貰って、皆、興奮していたが、私にはまったく興味がなかった。というか、このカメラマンさんとは、何回か一緒に仕事をしているが、いまだに名前を知らない。名刺も貰ったのだろうが、母様が管理しているので、どんな名刺だったかも記憶にないのだ。
あとで、シズちゃんに聞いたら、『サニー・エンターテイメント専属カメラマン』という肩書だったらしい。フーン。そうだったのか。でも、それだけだった。
カメラマンさんが、今度出すCDのジャケット写真を撮ると話していたので、CDを出すのがばれてしまった。しかも歌手としてもデビューすることまで、ばれてしまっている。ああ、このカメラマンさん、とてもお喋り。でも、きっといつかばれるので、今日バレても仕方がないかと、あきらめてしまった。
卒業式は無事に終わった。これからクラスの皆で、カラオケに行こうと誘われたが、女子だけでなく男子も来るというので、お断りして母様と一緒に自宅に帰る事にした。校門を出てから振り返ってみた。もう、この学校に来ることはない。そう考えると、何故かとても嬉しくなった。
母様が、卒業のお祝いに、今日は大きなケーキを買って、ご馳走を作ってくれると言ってくれた。御馳走といえば、やはり、オムライスだろう。ふわとろオムライスをリクエストした。
その日の夜、シズちゃんからライン電話がかかって来た。今日のカラオケコンパで、マリアちゃんのデビューの話をしたら、いつCDが出るのか聞かれたけど、私には分からなかった。でも意外な所で判明してしまった。
その日、某局のニュース特番で、『ピアノの天才少女、中学を卒業』と言う20分枠を放映したのだ。その中で、3月28日、ショパンエチュード集とボーカルCDをリリースすると言うことを発表していた。何故か、この前スタジオで歌っていた映像が放映されていた。
米良さんから、ライン電話が入った。事務所に問い合わせのメールが殺到して、サーバーダウンしているそうだ。また、動画サイトのアクセス数もうなぎ上りで上がっていて、著作権無視の違法サイトも雨後の筍状態になっている。
更に、取材申し込みが殺到しているので、明日、事務所に来て貰いたいとの事だった。
明日は、未央ちゃんの学校と母様の仕事があるので、母様は一緒に行けないとの事だった。
明日、午前8時に車を回すので、それに乗って来て貰いたいとの事だった。
次の日、黒塗りの大きなワンボックスのハイヤーが迎えに来た。私一人しか乗らないのだから、完全にオーバースペックだった。
事務所は、千代田区の六番町にあり、市ヶ谷駅の近くだった。大きな会社だったが、会社の前には黒塗りの車がいっぱい停まっていた。地下駐車場に入っていくと、米良さんが待っていてくれた。
米良さんと一緒に、エレベーターで5階に上がっていく。5階は、広報部になっていた。私は、米良さんの背後に隠れて、袖口をグッと握っている。怖い。
大人の人が一杯いる。皆、こちらを見ている。奥の方から、太ったおじさんが近づいて来た。
「あ、部長。こちらが麻里亜ちゃん、新垣麻里亜ちゃんです。」
「米良ちゃん、この子は麻里亜ちゃんにしよう。どうかね。麻里亜ちゃん。」
何を言っているか分からない。でも、これからは、『新垣麻里亜』ではなく『麻里亜』になるようだ。うん、分からないので考えるのはやめよう。
「ところで、その制服は中学の制服かな?」
黙って頷いた。
「フーン、靴が行けてないな。おい、新しいローファーを持って来い。」
確かに靴はくたびれている。高校では制服用の靴が決められているので、この靴は卒業まで我慢して履き続けていたのだ。
新しい茶色のローファーが持って来られた。サイズはピッタリだ。
「後、髪型か?うーん、ツインテールだな。おい、ヘアスタイリストを呼んでこい。」
私は、怖くなって、涙が溢れて来た。このおじさんの大声がとても怖いのだ。
それに気がついた米良さんが注意をしていた。
「部長、大きな声を出さないで下さい。麻里亜ちゃんが怖がって泣き出したじゃあ、ありませんか。」
部長と呼ばれたおじさんが吃驚していた。米良さんが、部長に耳打ちをしていた。普通は聞こえないだろうが、私には、はっきり聞こえた。『コミュ障』、『発達不良』、そして『厨二病』と言うワードが。
まあ、全て事実だから否定はしない。精神年齢だって、自慢じゃあないけど6歳児相当なのだから。
後は、広報部の綺麗なお姉さんと打ち合わせをする。幾つか質問に答えて、意識合わせをしておいた。それと眼帯は外しておくようにと注意された。
今日、初めて知ったことがあった。今日の記者会見は、新しいCDの発売を知らせる記者発表らしい。芸能記者が多いので、失礼なことや中学生に相応しくないことを聞かれるかも知れないが、無理して答えなくても良いそうだ。
本当は、午前10時に記者会見の予定だったが、急遽、看板の名前を修正するので、30分遅らせるようだ。
それから、初めて今度発売されるCDを見せて貰った。ショパンのエチュード集は、普通にピアノを弾いている写真だったが、歌唱CDの方は、この前、スタジオで歌っているものだった。ヘッドフォンをつけて、少し上向きになって歌っている。見ていて恥ずかしい。
このCDジャケットは、全て印刷をし直すらしい。私の名前を『麻里亜』と変更したためだった。
歌手になるのって、こんなに簡単なの?




