第32話 剣道大会って暑い
夏の剣道大会は最悪です。面の中は地獄です。
(7月29日です。)
今日は、東京都剣道選手権大会だ。これに、勝ち上がれば9月の関東大会だ。
会場は杉並区立荻窪体育館だ。春の大会で、準優勝だったので、もう終わったと思っていたら、私の勘違いで、各リーグ戦勝ち上がりチームは、出場資格を取得するらしいのだ。
体育館に行って、吃驚した。何、これ。こんなに大勢の人たちが剣道をやっているの?それも中学生ばかりで。これが、高校選手権大会になると、こんなもんではないらしいのだ。
私は、後悔している。皆が、私の方を見ているのだ。やはり、左目の眼帯と右手のサポーターが目立つらしい。右手のサポーターは、黒い色のものにしている。胴着の袖と小手の間から白のサポーターだと目立ってしまうからだ。でも、小手をしていないと、とても残念な子に見えるみたいだった。
選手のオーダーは、春の大会の時と同じだ。私が先鋒だ。試合は、チーム数が多いため、最初からトーナメント戦だ。1回でも負けると、そこで終わりだった。今日は、参加チームを絞るための予選で2回、試合があるだけだ。対戦相手は、江東区にある私立の隅田川学院中学校だった。
私の相手は、とても小さい子で、身長が150センチ位しかなかった。私も、そんなに大きくないが、私より頭半分小さい。でも、動きは早そうだった。
開始の合図で、お互いの竹刀を合わせる。相手の竹刀の高さに合わせて、つい剣先が下がってしまう。すかさず、相手が小手を打ってくる。私は、サッと下がったが、更に連続で小手を打ってきた。危ない、危ない。うっかり小手を上げていたら、見事に決められていただろう。私は、右に払ってから、面を打って行った。相手は、ぎりぎりのところで右に躱して逃げていく。不用意に追いかけたりはしない。すっと近づいただけで、打ってはいかない。
相手は、残念そうにして体を整えていた。その後は、膠着状態が続いた。相手の攻撃は、それほど早くないが、連続で打ってくるのがウザい。それに、私の攻撃をことごとくかわしている。何回かやっていて、相手が私の足元をチラチラ見ているのに気が付いた。そうか、足捌きで、次の攻撃を予測しているのか。それなら、手がある。
リトちゃん、前に出している右足の爪先を、意識して動かさずに、左足をそっと引きつける。相手は、十分に間合いがあると思い、一息つこうとした。その機会を逃さず、遠間から一気に飛び込んだ。相手は、ビクンとしただけで、何も出来ずに面を取られてしまった。
2本目は、焦った相手が、不用意に打ってこようとする出小手を取って2本連取した。
次鋒の沖田さんが、先に面を1本取って、そのまま逃げ切った。私との厳しい稽古の成果がやっと出て来たようだった。
中堅の吉村さんは、背の高い利点を生かして、高い位置からの切り下ろしで、相手の竹刀を落とし、その隙に面を取ったが、審判の審議が入った。審議の結果、主審の待ての合図の前に面を決めていたので、有効打1本が決まった。
結局、これが決勝点になり私たち清明中学は2回戦に勝ち進んだ。2回戦は、午後2時からの試合となっている。
私は憂鬱だった。体育館の中は、地獄のような暑さだったからだ。エアコンはフル稼働しているが、会場内の熱気が凄いのだ。
面をつけるだけで暑苦しい。さっきの試合も、汗が目に入って来て、とても嫌だった。
お昼は、おにぎりと唐揚げだった。飲み物は、学校が準備してくれたお茶だったが、全く冷えてなかった。でも唐揚げが美味しかったので許してあげる。
唐揚げは、2段重ねのお重に入っていた。みんなの分も作ってくれていたのだ。母様、ありがとう。
午後の2回戦が始まった。相手は品川区立大迫緑中学だ。私の相手は、元気一杯の2年生だった。元気はあったが、技が全くなかった。竹刀は腕だけで振っているし、足捌きがバラバラだった。あれでは、素早い動きに絶対について来れない。
試しに、右、右、左と移動すると、案の定、足がもつれて転倒してしまった。試合再開後、相手の竹刀を払って面打ちに行く。あれ、いない?相手は、1m位下がっていた。素早い。反射神経がものすごく良いみたいだ。でも、経験が足りない。
間合いに入ったところを、小手面、面の3段打ちだ。面2本が綺麗に決まった。小手は、相手を下がらせるためのブラフだったので、かわされるのは想定内だった。
2本目は、捨て身の大振りの面がきた。ガラ空きの胴をスパーンと抜いて、2本勝ちだ。うん、良かった。早く終わって。
沖田さんが1本負け、吉村さんが引き分けだったが、土方さんが1本勝ちをしてくれた。これで近藤さんが引き分け以上で、明日の決勝トーナメント出場が決まる。
しかし、相手の大将は格が違った。あっという間に、面を取られた。近藤さんが1本でも取ってくれると、本数で勝てるのだが、相手に付け入る隙がない。結局、引き面で2本目を取られ、負けてしまった。
さあ、これで決定戦だ。私が出ることになった。急だったので、面もつけていない。土方さんに、手伝って貰って面をつけ、立ち上がった。相手は、さっきの大将が、そのまま続行だ。
彼女の飛び込み面と引き面は、かなりのレベルだったが動きが見えなかった訳ではない。何とか対応できるだろう。
試合が始まった。相手との間合い合戦だ。私が、打ち間に入ろうと近づくと、相手も入ってくる。これでは打てない。しかし、そこで下がろうとすると、その瞬間打って来られるような気がした。何とか間合いを切って、少し離れる。うん、隙がない。では、これはどうかな。
私は、遠間から面打ちに行った。相手は、待ち構えたように、小手打ちに来た。私は、右小手を外して、片手面だ。相手の小手狙いがすかされ、私の面が見事に決まった。相手が、面で応じようとしたら、胴抜きの2段打ちのつもりだったが、小手狙いだったので、急遽、方針変更したのだ。私達チームの色、赤旗3本が上がる。
次は、少しだけ剣先を下げて、様子を見る。ゆっくりと相手の間合いに入ってあげる。釣られて相手が、面に来た。気合の入った素晴らしい面だ。私は、これを待っていた。竹刀の右側しのぎで擦り上げ、相手の竹刀がわずかに中心からずれた所に、私の面が決まった。赤旗3本だった。
この日、予選を勝ち上がり、明日は決勝トーナメントだ。32チームが残っていた。優勝まで5試合だ。きっと無理だと思うが、皆には黙っていた。最後に戦った大将さんレベルでは、うちのチームが太刀打ち出来るわけがないと思ったが、皆が喜んでいるので、黙ってニコニコしていた。
次の日は、父様と母様それに未央ちゃんが応援に来てくれた。何となく恥ずかしい。1回戦の相手は、八王子の私立学園だったが、2対1で清明中学の勝ちだった。近藤さんが、最後に意地を見せて、延長戦で勝ちを拾ったのだ。鍔迫り合いになった時、昨日、見事に決められた引き面が、綺麗に決まったのだった。
第2試合は、昨年の関東大会優勝校、国学館大学付属中学女子部だ。チームの皆は、ほぼ諦めムードだった。私も、これで終わるかなと思ってしまった。
向こうは、部員50名以上で、高等部と一緒の道場を使って練習している。こちらは、正規部員4名の弱小部、勝負になるわけがない。向こうも、完全に買った気でいるみたいだった。
先鋒戦は、場内があまりにも暑いので、面を早く脱ぎたくて、勝負に出た。『始め』の合図とともに、面を打って出た。『瞬動』寸前の速度だ。相手は、なす術もなく立ち尽くしていた。
面の後、相手の右横を通過して、直ぐに振り向いた。まだ、旗が上がらない。審判も、呆気にとられている。
ようやく主審が旗をあげる。続いて、副審も旗を挙げて来た。あまりにも早いので、目で追いかけられなかったようだ。
2本目は、思いっきり相手の竹刀を払ってやったら、高く空中に舞い上がってしまった。ゆっくりと面を打って、勝負がついた。
会場内からどよめきが上がった。舞い上がった竹刀が、天井に当たったようだ。
私は、2本勝ちだったが、次の3人は、2本負けをしてしまった。近藤さんの相手は、超高校級と言われているらしい。中学生なのに、超高校っておかしいと思うが、まあ、そんなことはどうでも良い。
近藤さんが打っていけない。怖いのだ。相手に隙が見えない。相手は、ゆっくりと内間に入っていく。と思った瞬間、面が決まっていた。私並みの速度だ。あれでは、近藤さんは何もできない。
2本目は、近藤さんを誘っておいて小手を決めた。動きに無駄がない。近藤さんは、誘われたと言っても、小手がほんの少し浮いただけだった。しかし、相手にはそれで十分だった。
結局、この中学が東京都大会の優勝校になって、大会連覇を決めたのだが、大会中このチームが負けたのは私と戦った1回だけで、後は、全勝だった。
近藤さん達の剣道は終わった。ベスト16は剣道部始まって以来の快挙らしい。皆、泣いていた。ベスト16が嬉しいらしい。顧問のマッチョ先生が、ベスト16の大会認定証を貰っている。来年は、近藤さん達は卒業だ。今の2年生2人だけになってしまう。来年の新入生の中から有望選手が見つからなければ、大会に出場は出来ないだろう。
近藤さん達は、高校受験モードに突入だ。夏季講習にも申し込んでいるみたいだった。当然、私は何も申し込んでいない。自分で、考えなければならないのだろうが、とりあえず、これからはピアノコンクールに向けて猛練習が待っている。
マリアちゃん、相変わらずチートです。




