第3話 マリアの冬休み
南半球の7月は寒いです。北半球に避寒に行きます。
(7月21日です。)
今日から、幼稚園の冬休みだ。帝国セント・ゴロタ大学付属の学校も一緒だ。南大陸では、これから、冬の厳しい寒さが襲ってくるのだが、最近はそれほど厳しい冬将軍はやってこない。これも温暖化の影響だろうか。
でも、寒いのには変わりは無いので、夏休みの間、タイタン州にある、タイタン離宮へ母様と一緒に行くことになっている。
タイタン離宮は、北の大雪山脈の近くで、冷たい雪解け水が谷を流れており、夏でも朝夕はかなり涼しいので、避寒地としては最適だろう。
タイタン市までは、ゲートも繋がっているが、社会勉強ということで、ジェット機で行くことにした。セント・ゴロタ市の郊外にあるヒースロー空港までは2両編成の路面電車で行く。
マリアちゃんは、嬉しくて堪らない。路面電車も、ヒースロー空港も、物珍しいものばかりだ。でも、お城の門番さんが2人、私服になって付いてくるみたいだった。この門番さんは、二人とも女の人だった。
当然、マリアちゃんは母様の後ろに隠れてしまって、挨拶など全くできなかった。でも門番さんは、ナミさんとマミさんと自己紹介していた。ナミさんは真っ黒の髪で、マミさんは真っ赤な髪だった。
母様も、バッグの中に小さな銃を入れているみたいだ。『シグP320サブコンパクト』という超小型拳銃だ。この銃は、世界で1挺しかないそうだ。
飛行機は、『翼改2型』という最新鋭機だ。乗客定員124名の双発ジェット機だ。垂直離着陸は、非常時のみで、通常は短距離の滑走路が必要だそうだ。
まあ、マリアちゃんには全く知る必要のない無駄知識だったが、空港まで見送りに来ていたシルフさんが、一生懸命、説明してくれていたので、マリアちゃんも真剣に聞く振りをしていた。
飛行機は、午前11時00分出発だ。空港ロビーでは、大勢の旅行客が、大きな荷物をガラガラ引きながら歩いている。でも、母様はさっきの拳銃が入っている小さなバッグ一つだけだ。ナミさんとマミさんも同様に荷物を持っていない。どうしたのかと思ったら、ナミさん達はもう既にゲートを使って送っているらしい。母様は、自分の異次元クロークに収納している。
飛行機は、定刻に出発だ。CAのお姉さんが、マリアちゃんのシートベルトを締めてくれる。それだけで、嬉しくなってしまう。機体が、ゆっくり滑走路の端に移動していく。
マリアちゃん達4人は、前方の特等席だ。左右に1つずつ2列しか席がない。後ろの方の普通席は、右に2個、左に3個の5人掛けだ。それが20列ある。
特等席の直ぐ後ろは、上等席だ。1列4人掛けで、5列設置されている。
特等席と上等席の間にはスモークの分厚いアクリル板で間仕切りされている。
ナミさんとマミさんは、豪華な革張ソファと、足首まで埋まりそうな分厚いカーペットに吃驚していた。
機内放送が入る。機長さんは、女性らしい。フライト中の注意事項や、タイタン市の上空の気象状況を説明していた。いよいよ離陸だ。エンジン音が大きくなる。滑走路を走り始めた。滑走路の凸凹に機体がガタガタ揺れているが、急に揺れがなくなった。離陸したのだ。
マリアちゃんは、大喜びだが、ナミさんは、飛行機は初めてらしく顔面蒼白だった。
直ぐに、昼食の時間だ。特等は、事前に食事のメニューを指定できるので、マリアちゃんは定番のお子様セットだ。チキンライスの上に飾られている旗を集めているのだ。母様は、ローストビーフサンドにしたが、ほとんどを後ろのナミさん達にあげていた。
タイタン市まで8000キロ、約6時間の旅だ。緯度で60度違う。時差は4時間だ。タイタン市到着は、現地で午後1時になる。
タイタン空港に到着したら、離宮から門番の人が6人迎えにきていた。あと、警察官の姿が目立っている。何かあったのかしら。
母様と門番の人達が挨拶をしている。ナミさん達が、帽子も被っていないのに、片手を頭に当てて敬礼をしている。迎えに来た門番さんのトップの人は、皇宮警察本部タイタン離宮警察署の署長さんらしい。
門番さん達の正式名称は『皇宮警察官』って言うらしいの。母様が教えてくれた。
タイタン空港からは、路面電車でタイタン市の中心街まで行くんだけど、小豆色ボディに金色の線の縁取りが飾られている専用列車だった。前後に運転席が付いているタイプだ。皆で電車に乗り込んだが、マリアちゃんは席に座らず、運転席の隣で、ずっと前の景色を見ていた。
『母様、私、電車の運転手さんになりたい。』
思わず声が出てしまった。知らないおじさん達がいっぱいいるところで、こんなに大きな声で話したことが無かったので、自分でも吃驚して、顔が真っ赤になってしまった。
タイタン中央駅に到着した。離宮まで、ゆっくり歩いていく。母様が、クロークから日傘を出してくれた。マリアちゃんのお気に入りは、ピンクの日傘だ。周りに白いフリルが付いている。
タイタン離宮までは綺麗な道だ。桜と金木犀の並木が続いている。それに、周りには、紫陽花や百合の花が満開だ。マリアちゃんは、お花に囲まれて歩いているようで、とても嬉しくなった。
タイタン離宮に到着した。煉瓦作りの3階建てだ。手前には、少し小さいが似たような建物もあった。別館だ。周りは、森のように樹々に囲まれている。
マリアちゃん達は、本館1階の貴賓室に泊まることにした。以前は、手前の別館の1階で暮らしていたが、今日からは本館にお泊まりだ。本館裏の露天風呂にも入り放題だそうだ。
食事の準備は、母様とメイドさん3人で作ることになっている。母様は、お料理は上手なのだが、お城では、全く作らせて貰えなかった。この離宮では、好きな物を一杯作って貰うつもりだ。
しかし、マリアちゃんは、大きな勘違いをしてしまった。母様が厨房で料理をしている間、マリアちゃんの相手をする人がいないということだ。好きなお絵描きだって、ずっとしているわけには行かない。
ご本だって、お城や幼稚園には沢山あったのに、ここには全然無かった。子供がいないのだから当然だろう。マリアちゃんは、お庭のゴーレム達と遊び始めた。
離宮には、警備用やお庭の手入れ用のゴーレムが50体稼働している。このゴーレム達に命じて、競争させたりお遊戯を教えて踊らせたりとゴーレムにとっては、良い迷惑だった。
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マリアちゃんは、母様から、北の森に行ってはいけないと言われていた。行ってはいけないと言われると、行きたくなるのが子供の特性だが、マリアちゃんも例に漏れなかった。
タイタン離宮に来てから、10日目、いつものようにゴーレムと遊んでいると、北の森の方から、犬の鳴き声が聞こえた。
『あ、ワンコだ。』
マリアちゃんは、お城のワンコのコマちゃんのことを思い出した。それに、リサちゃんのお友達の魔狼リトちゃん達とも仲良かったので、何も考えずに、声のする方に向かった。
手に持っていたのは、ゴーレム達を指揮するために使っていた、あのワンドだけだった。マリアちゃんが、北に向けて走り始めると、ゴーレムのうち10体が後をついて来た。残りの40体は、最初からの任務、離宮の警備と庭園の雑草抜きに戻って行った。
離宮から森までは、1キロくらいだった。元々は、離宮のある場所は、北の森の南端に接していたのだが、離宮を建設する際に、1キロほど森を切り開いたのだった。
5歳児の足で、1キロ以上の距離は、かなりの長距離だが、マリアちゃんは、早くワンコが見たくて、全力で走った。ゴーレム達も転びながらも何とかついて来る。
ゴーレム達は、身長1m位で、迷彩戦闘服と鉄製のヘルメット、それと2分の1サイズのM16カービンを装備している。勿論3.8ミリの銃弾は、初速1200mで発射されるので、相手に致命傷を与えることができる。
森の入り口まで行ったら、3匹の犬がいた。いや、犬のようなものだった。しきりに木の上に向かって吠えている。マリアちゃんが、犬のようなものに向かって近づく。
「ワンコちゃん、ワンコちゃん。」
犬のようなものは、レッサーウルフだった。木の上には、男の子が1人いた。この男の子をお昼ごはんにしようと吠えていたのだ。
しかし、もっと美味しそうな女の子が近づいてくる。レッサーウルフどもは、お昼ご飯のメニューを変更した。マリアちゃんにロックオンだ。武器は、短い杖しか持っていない。一噛みで終わるだろう。その筈だった。マリアちゃんの後ろのゴーレム兵達は目に入らなかった。
ゴーレム兵は、片膝をついて、背中の『M16』を両手で持って、射撃体勢で構えていた。3体は、グレネードの安全ピンを外している。
マリアちゃんとレッサーウルフの距離が10m位になった。木の上から叫び声がした。
「くるな!危ない。そいつらは、犬じゃない。」
マリアちゃんは、立ち止まって、首を傾げた。あの声の人は誰?という顔だ。
その声が合図だった。レッサーウルフが、1度に飛びかかった。と、同時にゴーレム兵の『M16』が、一斉に火を吹いた。2体1組で分担している。フルオートで、20発近い弾丸がレッサーウルフを貫通する。
キャイ〜ン。
3匹のレッサーウルフが、動かなくなった。最後に、グレネードランチャーが白煙を上げてレッサーウルフに吸い込まれる。
戦いは終わった。現場には、硝煙の匂いとレッサーウルフの肉片だけが残っていた。
あ、最後の1体のゴーレム兵は、攻撃に参加せず後方の警戒をしていた。そういうフォーメーションらしい。
ゴーレム兵達は、安全を確認してから弾倉に給弾を始めた。男の子は、木の上から降りて来れなかった。ズボンが濡れているのを、マリアちゃんに見られたくなかったのだ。
「何をしてるの。」
マリアちゃん、後ろを向いて話している。男の子は、マリアちゃんが気を利かしてくれていると誤解していた。単に、顔を合わせると話せなくなるだけだったのだが。
「俺は、クルス。薬草を探していて、奴らに襲われたんだ。」
「奴らって?」
「あのレッサーウルフだよ。」
「レッサーウルフって?」
「あの狼達のことだよ。」
「狼?リトと一緒?」
「リト?何だ、それ?とにかく、今日は帰ってくれ。」
クルス君は、マリアちゃんに帰って貰いたかった。早く、木から降りたかったのだ。ズボンと下着が気持ち悪かったのだ。
マリアちゃんは、そのまま離宮の方に向かって、帰ることにした。後ろからは、ゴーレム兵達が2列縦隊で付いて来た。彼らが得意そうな顔をしていたかどうかは、良くわからなかった。
クレスタは、ゴーレム兵達とリンクして、情報共有をしていた。危なければ、直ぐに転移するつもりだったが、相手の戦闘レベルを見て、ゴーレム兵に任せることにしたのだ。戦闘が終わったのを確認して、クレスタは、ケーキ作りを再開した。
もうなんでもありです。ゴーレム兵は、ゴロタ皇帝が作ったのですが、こんなに優秀じゃあなかった筈です。




