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攻撃を避けれたものの私の心中は穏やかでなかった。
(鉄を斬ることができるのか!?)
相手がただ者でない事に気づき、自分の死を覚悟した。相手は私がエルカードを持っていることに驚いていた。
「エルカードなんて珍しいものを持っているな、だがまあ大したことはない。そのまま死ねッ」
そう告げ再び攻撃を仕掛ける。刀の速度は先ほどより上がっていた。私はなんとか反撃を試みるが避けるのに手いっぱいだった。手ごわい相手に一度ムクを連れ逃げる事を考えた。しかし葉月は私が逃げる事を覚り、防ごうとする。
「逃がすものかッ」
叫び、懐から札を取り出し空に投げた。札は勢いよく弾け、辺りを囲う様に辺りに張り付いた。札は霊力を帯び、結界が構築された。それを見て、私は思わず「クソっ!」と悪態をつく。結界の力で魔物であるムクを連れて逃げる事が出来なくなったからだ。そんな私の態度に葉月は微笑む。
「急ごしらえの結界ゆえにそこの弱小魔物しか留める事ができんが、お前は見捨てて逃げることはしないだろう」
葉月の言葉に歯噛みする。予想以上に彼女は強かった。
それに私は焦っていた。葉月の戦い方は封魔の戦い方であり、霊力を帯びた刀相手では人外の力を得るカ-ドは弱点になるため、うかつに使えない。
(隙を作らなければッ!!)
そんな考えとは裏腹に、葉月の攻撃は鋭く避けるのも難しくなっていた。
「死ねッ」
「!?」
葉月はさらに小刀を取り出して投げた。
「なに!?」
突如の行動にムクに危害が加えられたと勘違いし、一瞬視線をムクに移してしまう。ムクは無事であったが、私はは隙を作ってしまった。
その隙を見逃さない葉月。刀は私の腹部を斬った。地面に血が飛び散る。私は痛みに耐え腹部を抑えるもバランスが崩し、倒れてしまう。
「ギャアアアア」
「これで終わりだな」
葉月は私に向かって刀を叩き付け様とした。絶体絶命の瞬間。
「危ないッ!」
「グウ!?」
だがその時、ムクが地面に落ちていた石をつかみ掴みボールの様に葉月に向かって勢いよく投げた。葉月は石を頭に喰らい態勢が崩れて隙を作ってしまった。
私はその隙を見逃さない。すかさず第二のエルカードを発動。
<グリフォン>
私の背中に翼が出現。突風を起こして葉月を吹き飛ばす。しかし葉月はとっさに片翼に一閃を放った。だが風には耐えられず吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「なんとか、なんとかぶっ飛ばしたぜ……」
私は人外に変身したことにより、腹部の傷から出血は収まったが疲労は途轍もなかった。ムクは私に近づき心配の声をかけた。
「大丈夫!? 了」
「なんとかね。ムク、まだ戦いは終わってない。離れているんだ」
「え……」
私の言葉に彼女は吹き飛ばされた葉月を見る。そして恐怖した。
口から大量の血を流し、片腕は曲がり折れているのにも関わらず、立っていた。私の攻撃は翼に攻撃を受けたことで、僅かに弱まっていたのだ。
しかしそれでもただの人ならば立つことは出来ない傷のはずであった。ムクは私の言う通り、近くの木々に身を隠した。
大怪我を負う葉月は殺気を放ち、刀を構えた。おそらくこれが最後の攻撃だろう。彼女は折れた腕で札を刀に滑らせた。すると刀に電流が走った。
「やばいッ!!」
それに危機を感じたが、痛みによって体が思うように動かない。
「了!!」
そんな了をムクが助けようとするが、
「動くな!!」
「ッ!!」
葉月が放った殺気で身動きが取れなかった。刀の電流は強さが増していた。音は激しく光は眩しいと感じる程に。もはや電流は雷になっていた。
「ウオオオオオオ!!」
葉月は了に向かって地面を斬りつけながら駆けた。さらに雷は威力を増していく。雷鳴が轟、辺りから音を奪っていく。それを見て私は力を解除し、立ち尽くした。
「……」
「覚悟は決めたなァ!」
私に刀が向かいつつある時には、雷の光と音が辺りを支配しつつあった。眩しさからムクは了の様子が良く窺えない。雷を纏った刀が私の命を狙える距離に迫る。
「死ねええええ」
刀は振り落とされた瞬間、雷の光と音が全てを支配した。
そしてゆっくりと雷の光と音は収まっていく。ムクは目は眩しさから解放され徐々に辺りが見えるようになった。そして了の無事を確認するが、
「あ…… あ……」
目に映る光景に絶望した。葉月の目の前には、真っ二つにされた焼死体があった。葉月は勝ち誇り次の獲物であるムクに刀を向けた。血塗られた刀を見てムクは死の覚悟した。その瞬間、
<オーガ>
エルカードの音声が鳴り響き、場を支配した。
「何ィ!?」
私は鬼の力を宿し木の陰から飛び出した。危険を感じとっさに防御しようとする葉月。
「遅い!!」
しかし間に合わず私の拳は葉月の腹をとらえた。拳は葉月の腹部に沈み、体をくの字に曲げた。
「グアオガッ!」
彼女は殴り飛ばされ、何度も地面に叩きつけられて、ようやく動きを止めた。
「ふう、危なかったぜ……」
地に倒れた葉月を見て、私はため息を吐き力を解除した。
「ええええどうして!?」
ムクは私が生きていることに驚いた。
「生き、生き、なんで生きているの!?」
「?」
彼女は焼死体を指さし驚きを伝えようとする。
「だってそこに死体が ……無い!?」
先ほどあった焼死体は何処にも無く消えていた。それを見て頭にたくさんの疑問符が浮かび上がるムク。私はムクが何が言いたいのかに気付いた。
「私は葉月の攻撃を受ける瞬間にこのカードを発動させた」
その言葉とともにムクに<フェイク>と書かれたエルカードを見せた。
「これは分身を作り出すカードでな、奴の雷の光で辺りが真っ白になったときに入れ替わり、分身に刀を受けさせ、私は木のかげに隠れた。タイミングがずれたらやばかったな」
私の話を聞いて、彼女はあることに気がついた。
「エルカードを使うと音が鳴るよね、あれはどうしたの?」
「それは雷の音で消えた」
そう言われるとムクは、攻撃の瞬間は雷の音で何も聞こえなかった事を思い出した。
「まあ、勝てた要因は、奴が最後の最後で油断したのが大きいかな」
倒れた葉月に視線を移し、ムクに尋ねる。
「こいつがなぜムクを襲うほどの憎しみを持っていたのか知りたいから 診療所に連れて行きたいんだがいいかな?」
そう尋ねる了にムクはコクリと頷いた。
「私も葉月がどうしてここまで恨んでるのか知りたいし、何よりも友達だからね、助けたいよ」
「そうか…… こいつと私の怪我もあるし急ごう」
「葉月は私が背負うよ」
そう言い地に横たわる葉月に駆け寄った。
時刻は夜。二人は人の街にある診療所にやってきた。診療所には立て看板に治療承っていますと書かれていた。私は扉を叩き声を上げる。
「夜分遅くにすみません急患なんです。ミヅクさんはいらっしゃいませんか」
呼ぶと建物の明かりはつけられ、タッタッタッと診療所の中から足音が聞こえてきた。
「はい? どなたですか?」
扉から現れたのは、白衣を纏った少し筋肉質な赤髪の女性、ミヅクが現れた。
「この人たちを見てほしいんです」
二人は背負っている葉月を診せる。葉月の顔を見て、驚きの声を上げるミヅク。
「葉月じゃあないか、しかもこの怪我」
「お知り合いですか!実はこんな事があって……」
今回の事件を簡単に述べた。話を聞いてミズクは俯く。
「なるほどなそんなことが……」
「お知り合いなんですね」
私の言葉に頷き返すミヅク。それを知りムクは問いかける。
「なら聞きたいことがあります。なぜ葉月はここまで妖怪を恨んでいるんですか!」
わけが聞きたくやや声を荒げてしまった。ミヅクは少しの沈黙の後、葉月と私の治療が完了したら話すと言い、看護師を呼んで葉月と了を手術室に連れて行かせた。
私と葉月は治療ベットに寝かされて怪しげなな言葉をミヅクからかけられる。するとみるみる私の体の傷が治っていた。これは回復の呪文なんだなと私は心の中で理解して。彼女の治療に身を任せることにした。それから数時間たった。葉月は治療を受けて別室で寝かされた。私は包帯でぐるぐる巻きにされてムクがいる待合部屋に連れてこられた。私は包帯でぐるぐる巻きにされた姿を見て内心ミイラかよと自分自身に突っ込んだ。私の姿を見てムクは驚いた。
「どうでしたか!?」
「了も葉月もう大丈夫治療は無事成功した」
ミヅクはそう答え手術疲れで倒れる様に椅子に腰を下ろした。それを聞いてムクは安堵する。
「よかった。大丈夫?了」
「もごもご」
私は包帯でミイラ状態になっており口を、もごもごとさせた。意味は平気である。ムクは私の顔の包帯部分だけ取ってあげて喋れるようにした。
手術を終えたミヅクは汗を流しながら椅子に座りゆったりしている。そんな彼女に恐る恐る尋ねるムク。
「あの……」
「ああ、そうだったな」
ハッとするミヅク。治療の事で頭がいっぱいだったのだ。彼女は汗を袖で拭きながら話す。
「えっと葉月のことだな。彼女が封魔の一人であることはしっているかな?」
「いいえ、霊力を駆使し戦っていたのと妖怪への恨みで封魔の者だと考えましたが、やはりそうでしたか」
了はそれを聞き納得した。そして一番聞きたいことをミヅクに尋ねた。
「彼女はなぜ魔物を強く恨んでいるんですか、やはり封魔にいたことと関係が?」
「ああ…… 葉月は家族を魔物に殺されて封魔に入ったんだ」
それを聞いた二人は驚いた。ミヅクは話を続ける。
「私もその時の事は詳しく知らないが昔、葉月が家に帰ると家族が皆殺しになっていた」
葉月の過去がミヅクの口から語られる。
「犯人を村人総出で探したがわからなかった。村人はもしや魔物の仕業と考え封魔に調査を依頼した。すると犯人は魔物だとわかり、退治された」
「そんな……」
葉月の家族が魔物に殺されたことに、ムクは驚きと悲しみで動揺した。
「独り生き残った葉月は家族が妖怪に殺されたと知ると、妖怪を退治する封魔に入りたいと封魔の者に願い出た。あ、話長くなるけどいいかな」
このミヅクの言葉に、二人はお構いなくと頷いた。
「何故、封魔に入りたいのか聞くと妖怪のせいで自分みたいに家族を殺されて、辛い思いをする人を減らしたいからと言ったらしい。その後、封魔に入った葉月は凄かった。」
過去を思い出し遠い目をしながら語るミヅク。
「霊力を得る厳しい訓練や戦いを何度も乗り越えた。ある日、私は彼女に会って、戦って恐怖はないのかと尋ねたことがある。すると彼女は私にこう言った」
ミヅクは悲し気な顔を浮かべながら、過去の葉月の言葉を口に出す。
「『怖いですけど、魔物を倒し魔物が居ない世界を作るのが今の私の幸せですから。もしそうなれば殺された家族や戦いの中で死んだ友人が報われると思います』てね」
その言葉に了とムクは何も言えなくなった。
外から話の内容とは正反対の誰かの元気な声が聞こえた。ミヅクの話は続く。
「だが、そうはならなかった。『大災害』が起きて人間と妖怪が和解。それに伴って封魔は解散になった。多くの者は解散になることを喜んだ。戦う事が無くなるからな。しかし葉月は魔物と和解することを嫌がった。まだ魔物が残っている、戦わなくてはならないとね」
ムクは葉月の過去を聞いて悲しくなり顔ふせてしまう。顔をふせたのは自分が魔物だからだ。そしてミヅクの話を黙って聞き続ける。
「私達は葉月が問題を起こさない様、説得を試み様とした。そんな私達に対して彼女はこう言ったんだ」
「……なんて言ったんですか?」
私は尋ねミヅクは答える。
「『家族は妖怪に殺された。共に戦った友人の多くも魔物に殺された。それでも戦ったのは魔物がいない世界にするため。誰も妖怪に傷つけられない世界を。なのに和解だなんて、殺された家族や友人は何なんだ。戦った私は何も得ていない』 そんな余りにも悲しいことを口にしたのさ」
それを聞いて私とムクは、葉月にとって今の魔物と人が仲が良い世界はどう映るのだろうか。と思い悲しくなった。
ミヅクは腕を組み天井を見上げながら、つぶやく。
「そう言ったその後、しばらくの間行方を暗ましたが、人里で暮らし呉服屋で働いてると知り、何とか生きてるとかわかり安心したが」
「それが葉月が魔物を恨む理由……」
「辛すぎるよ……」
ミヅクの話を聞いて私とムクは何もかも失った葉月を思い、とても悲しくなった。葉月が妖怪に恨みを持つのは当然のことだったのだ。
「しかし何故ムクを襲ったんだ?」
私の疑問にミヅクは少し考え答える。
「おそらく、青い月のせいだろう。青い月は人を狂わす。また知らずのうちに魔物と友達になっていたことに対して、自分自身とムクちゃんに怒りを感じて凶行に至ったんだろう。今回の事は私が葉月にきつく言っておくよ。私も封魔の一員で一時期は葉月の上司でもあったからね」
ミヅクが封魔だと分かり二人はギョッと驚き、 ムクは恐る恐るミヅクに尋ねる。
「あなたは葉月の様に妖怪を恨んでいないんですか?」
「恨んでたよ。私も大切な人が殺され、憎しみで封魔に入った。しかしな、恨み辛みで戦ったり生きたりすることに嫌になって、全部忘れることにした。悲しいことだけどさ……」
そう言うミヅクの顔は暗い。彼女も葉月動揺、辛い人生を歩んできたのだ。
「その後は戦いとは無縁の医療に携わる事にした。私の霊力や札で大体治せるしな」
そう言い、笑うミヅク。
「お話しと治療をしてくださり、ありがとうございました」
私たちは感謝の言葉を述べ、懐から金を渡そうとするがミヅクに要らないと言われてしまった。
「今回のは封魔の事件でもあるから金はいいよ」
「そうですか、ありがとうございました」
彼女たちはそう言い、頭を下げ診療所を後にした。外に出ると朝の人里の喧騒が彼女たちを迎えた。ムクが了に話かける。
「葉月は魔物のせいで不幸になったんだね……」
「そうだな。葉月は魔物のせいで被害者になり、加害者にもなったんだ……」
―――
後日、私は人里にいた。葉月が退院したと聞いて様子を隠れて見に来たのだ。呉服屋の中で彼女は人に囲まれていた。周りの人間が心配そうに尋ねる。
「葉月ちゃん仕事休んでどうしたの?」
「大丈夫です。少し怪我しちゃって、心配をかけてすみません」
周りに笑顔で返す葉月。その笑顔には戦った時の怒りや殺意は無かった。
「まるで別人だな……」
私はその笑顔を見て、あれが本来の葉月だとわかり、いつか魔物とも仲良くしてほしいと願って、人の街を後にした。