2 野生って怖い
「ふぁ~あ」
良く寝た。
「喉乾いたなあ」
水を飲みたいな。
穴から這い出て周りを見渡す。大きい生き物は近くにいなさそうね。
水を探さないと。
キツネの耳は大きいから、遠くまで聞こえる。
だから、水が流れる音を聞き取ることができる。
早速音を拾ったので、そっちに行こう。
結構遠かったけど、無事にたどり着いた。
こんな遠くの水の音を聞き取れるなんて、キツネってすごいのね。
ここは川のようで、綺麗な清流だ。幅は狭くはないが広くもないし、底も浅い。渡ろうと思えば渡れそう。
川に顔を近づけると、水面に自分の顔が映った。
キツネだ。
これ結構な美形じゃない? 格好いいじゃないわたし!
これが人間だったら一番良かったけど、そこはもう諦めよう。
「ぷはー」
思っていたよりも乾いていたようで、たっぷり水を飲んだ。
水面から顔を上げると、ふとある物が視界に映る。
果物だ。
小川を挟んで向こう側に、美味しそうな果物が木に生っている。
「あれ取って、ねぐらで食べてもいいかも」
そうと決まれば早速取りに行こう。
恐る恐る川に入ってみるが、予想通り浅い。これなら大丈夫だろう。
ザブザブと川を進む。流れも速くないので、歩くのも問題ない。
向こう岸にたどり着き、右前足を陸に乗せた瞬間。
ゾワリ
「!」
得体のしれない威圧感が身体を駆け回った。
そこで察する。
ここから先へは入ってはいけないのだと。
硬直しかけている身体に鞭を打ち、ゆっくりと右前足を川に戻そうとする。
誰も刺激しないように。音など立てないように。
しかし
ドシン
ドシン
地面を踏み鳴らし、まるで力の塊のようなナニカがこちらに向かってきているのを感じる。
その音に、焦る。
早く引き返せ。足を動かせ!
歯を食いしばり、なんとか足を川に戻す。
そしてそのままゆっくり後退する。
背を向けるわけにはいかない。それをすれば命がないことは本能で理解できる。
音はまだ、聞こえている。さっきよりも近い。
自分の足が重い。まだ半分しか渡れていない。
どうにか、もう一歩で元の岸の陸に上がれそう。
そこで…現れる。
それは、イノシシだった。
しかし、前世で見たイノシシとは、まるで違った。
身体は象のように大きく、キバは私の全長を超えそうだ。あの音を出していた足は、その巨体を支えるのに相応しい太さをしている。
あれの前では、いかなる生物もあっけなく消えるだろう。
そのイノシシは、わたしをジッと見つめていた。
圧倒的な威圧感と共に。
歯を食いしばっていなければ、カチカチと音を立ててしまいそうだった。
しかし、なにかをしてくる気配はない。
逃げるしかない。こんなに早く死にたくない。
わたしはどうにか後ろ足をじりじりと陸に上げた。
すると、イノシシはわたしに興味を失ったかのように背を向け、森の奥へと消えて行った。
イノシシの姿は見えなくなり、わたしは無事に陸に上がった。
「ふ、は」
どうやら息を止めていたらしい。
それほどのプレッシャーだった。
「ここが、境界線ってこと…?」
この川より先、そこからは別世界なのだと、本能に刻み込んだ。
その後、何事もなくねぐらまで戻ってきた。日も暮れてきたし、なんだかすごく疲れたので、寝ることにしたのだ。
周りを見渡し、問題はなさそうだったので、ねぐらに入り眠る。
野生って怖いなあ。
なんて思いながら。
目を覚ますと、朝だった。
どうやら想像以上に消耗していたみたい。
でも、いつまでも引きずっていては、野生で生きていけない。お腹を満たすため、今日の狩りを始めることにした。
またウサギでもいいけど、他にも何かいるかな。食べられそうな木の実でもいいけど。
あ。鳥がいるなあ。ちょっとチャレンジしてみようかな。ウサギみたいに一撃で仕留めればいいんだもんね。
うん。美味しい。鳥もいけるね。羽が邪魔だけど。
それにしても、わたし結構素早いよね。キツネって速いんだなあ。
また小川で水を飲んでこよう。今度は絶対に渡らないけど。
小川で水を飲み、そそくさと戻ってくる途中で木の実を見つけた。
キツネは意外と木登りが上手いらしく、スルスルと登れた。
小さいけど、大事な食料だ。ありがたくいただこう。
そういえば、まだわたし以外のキツネは見かけてないなあ。
キツネだけじゃなく、大きい魔物とかも。あのイノシシは別として。
いないのかな。この森大きいから、単に見かけてないだけなのかな。
狩りをして、寝て、水を飲んで、寝て。
そんなまさに野生の生活を送っていて、あのイノシシの恐怖が薄れてきた、ある日のこと。
今日は少し遠出しようかな。
まだ行ったことのない場所が結構あるのよね。
来たことのない場所へと歩いていると、音を拾う。
足音だ。数は…一つかな。でも、ウサギより大きい。
どうしよう。まだ逃げられると思うけど。ちょっと見てみたいかも。それに、戦ってみたい。
ウサギや鳥だと一方的過ぎて、強くなれてる気がしないのよね。
わたしだって、いつかこの森を出て、もっと広い場所に行ってみたいもの。
その為には強くならないと。
よし、足音はこっちに向かって来ているみたいだし、ちょっと身を隠して隙を伺ってみよう。
さすがに正面から戦いを挑むのは早いだろうから。強みは活かすものよ。
しばらくすると、足音の主が現れる。
オオカミだ。
黒くて、犬より全然大きい。あれは強いね。
でも、イノシシ程のプレッシャーなんて感じないから恐怖心はない。
わたしは狩りをするために、ゆっくりと構える。
大事なのは思い切りと、瞬間の爆発力だ。
狙うは首元。よし…今!!
草陰から飛び出し、オオカミに襲いかかる。
オオカミはわたしの存在に気付き、すぐさま避けようとした。
でもわたしの方が早い。喉に思いっきり噛み付き、押し倒す。
キバは確かに喉元に刺さった。
しかし。
硬い!
毛と皮膚が硬いのか、致命傷にはならなかった。
でも血は出ている。このまま押し切るしかない!
そのまま食いちぎってやろうと顎に力を込める。
しかし向こうも必死だ。わたしを押しのけようとしたり、爪で引っ掻いて引かせようとしてくる。
わたしも爪を使い、噛みつきながらも傷をつける。
でも、恐怖体験はあっても痛い思いをしたことのないわたしは、オオカミの攻撃に耐えきれず、口を離してしまう。
マズイとは思ったが、離してしまった以上仕方ない、一旦距離を取った。
オオカミは立ち上がったが、首元と口から血を流している。息も絶え絶えだ。
もう少し!
思い切って体当たりをするべく、力の限り踏み込んだ。
オオカミは避けることができず、また倒れこむ。
そしてトドメとばかりに首元に噛み付いた。
そこでようやくオオカミは動かなくなった。
「はあ〜。強かった…」
不意打ちなのにこんなに手強いなんて。
身体が痛い。結構引っ掻かれたようで、傷だらけだ。
後で川で洗ってこよう。ばい菌とか入ったらやだし。
とりあえず、今はこのオオカミをいただきましょう。
「うー、お腹いっぱい」
食べきれなかった。大分余ったけど、臭いのせいで持ち帰るのは危険な気がする。
仕方ないから置いていくしかないかな。
それと、オオカミの体内から石みたいな物が出てきた。
何だかわからないけど、戦利品として持って帰ろうかな。
小川で身体を洗う。大きな傷はないみたいで一安心。治療道具なんてないからね。
次はもっとスマートに勝てればいいな。
持ってきた石を洗うと、黒っぽい色をしていた。綺麗だからねぐらに置いておこう。
それにしても、濡らすと毛って本当に重いのね。
その後はねぐらに戻って寝た。回復には休むのが一番だからね。
それから数日。狩りを最小限にし、回復に専念したおかげか、傷は綺麗に治った。
魔物だからか、治りが早かった。
でもしばらくオオカミは見たくないね。




