風の谷とトカゲのルンカタ
やってきました! ついに死ぬまでに見てみたかった場所!
カタ・ジュタ
風の谷
連載長編であれこれ名前を使っているように、某スタジオの作品がとても好きです。なので、とても来てみたかった場所。勿論、某リスも、風に愛された姫様も、辺境一の剣豪も不在。いればいいのに。
ここにいるのはハエ、と聞いていたのでバスを降りながらビクビクしました。ハエの洗礼を受けるかと思いきや、ハエ不在。寒いと飛び回らないようで、観光がとっても楽。
それにしても、オーストラリアのノーザンテリトリーでは全然雲を見ません。どこまでも青空。そこに赤みがかった大地と岩山。周りにゴロゴロ転がる岩々が、チョコクランチに見えるような、見えないような……見えませんね。
右を見ても、山。左を見ても、山。下を見ると赤い地。上を見ると、延々と続く澄み渡った空に眩い太陽。日本で見るより、ギラギラしています。冬なので、風は冷たく、寒いのに、太陽は燦々としている。湿気がない乾燥地帯だけど、乾燥感は無し。なんだかとっても不思議。
今回のツアーでは、オルガ渓谷の散策で一時間くらい滞在しました。ウルルと違って、こちらは安全なハイキング。
こんな光景が作られるって自然って面白い。
ツアーガイドさんが、バスで原住民の方に伝わるお話を教えてくれたので、今回も脚色しつつ小説風にまとめてみます。
◆◆◆
青空を閉じ込めた舌を持つ、青舌蜥蜴は、空腹で目を覚ました。住処の洞窟から少しだけ体を出す。
焼け焦げそうなほど眩しい太陽が、真上の方にある。もう、昼になるのか。体を冷やす風は冷たいのに、それとは正反対に熱さを錯覚させる陽の光。
このように、何だか冬は嫌だ。ただでさえ、食料が少ない季節なのに……。青舌蜥蜴は赤い大地を睨みつけた。年々せり上がっている岩山。突如、転がってくる岩の破片も恐ろしい。引っ越しを検討するべきだろう。
飢餓感で力が出ない。
青舌蜥蜴は力なく、洞窟を出て、麓に降りた。
岩と岩の間の、小さな緑の茂みに、青舌蜥蜴は火喰鳥を発見した。奇襲し、細い首を牙で噛み砕けば、しばらく満腹で過ごせる。しかし、火喰鳥はとても素早く、察しも良い。滅多に捕まえてられない。少しの物音でも、逃げられるだろう。
青舌蜥蜴は慎重に火喰鳥へ近寄った。良く良く見ると、火喰鳥は怪我をしていて、動きが鈍いどころか、座り込んでいる。火喰鳥の太腿に木の棒が刺さっていた。もう間も無く絶命、いや、もう死んでいるかもしれない。そういう、鈍い光の瞳をしている。
——この火喰鳥は誰かの獲物
掟に従うと、引くしかない。青舌蜥蜴は周りを見渡した。誰も見当たらない。火喰鳥に飛びかかり、かぶりつき、それからまた辺りを観察した。やはり、狩りをしていた者は不在。
ガサガサと音がして、青舌蜥蜴は火喰鳥を茂みの中に隠した。
「ああ、青舌蜥蜴か。君が麓にいるなんて珍しいな」
「火喰鳥を見なかったか? 今夜はご馳走だ。他にも色々手に入れたから、皆で食べようと準備をしていたんだ」
現れたのは、双子蜥蜴のカタとジュタ。青舌蜥蜴が大嫌いな爽やか兄弟。
——そうか、こいつらが仕留めた獲物だったのか
「施しばかりで情けないので、狩りの練習をしていたんだ。これから、本番に移ろうと思っていたところ」
青舌蜥蜴の台詞にカタとジュタが顔を見合わせた。怠け者の青舌蜥蜴が狩りの練習? そう顔に描いてある。
「それは素晴らしい心掛けだ青舌蜥蜴」
「そうだ。長も喜ぶだろう」
嫌味っぽい満面の笑みの二匹に、青舌蜥蜴は心の中で青い舌を思いっきり出した。それからほくそ笑む。
阿呆め。お前らの獲物は俺のものだ。
青舌蜥蜴はその場を去った。
去ったフリをして、カタとジュタが離れるのを待つ。隠した火喰鳥が見つからないかドキドキしたが、二匹は別の場所を探し始めた。
隙をみて。青舌蜥蜴は隠した火喰鳥を掴んだ。そっと引きずり、住処の洞窟を目指す。
——俺が見つけたんだから、俺の獲物。何が、皆で食べようだ。偽善者ぶって、反吐が出る
見つからずに住処の洞窟に戻ってきた青舌蜥蜴は、火喰鳥にかぶりついた。保存食にするなど、面倒。全部食べれば数日間は満腹。腹が減ったら、またあの間抜け兄弟を付け回そう。狩るより、うんと楽だ。
なんて柔らかくて、美味しい肉なのだろう。うっとりしていると、急に目が痛くなった。
洞窟内の視界がみるみる悪くなっていく。
何だ? 何だ?
「青舌蜥蜴! 血の跡でもう分かっている! 俺達の獲物を返せ!」
「他者の獲物を横取りは掟破りだ! それに皆で分けると言っていたのに、何故独り占めなんて真似をした!」
カタとジュタの叫び声がした。
目を刺激し、視界を妨げているのは煙だ。出て行ってやるものかと、我慢していたが、限界だった。
青舌蜥蜴は洞窟から飛び出した。
「青舌蜥蜴! いつもいつも、何故己の事しか考えない!」
「これに懲りたら、次からは——……青舌蜥蜴!」
このクソ野郎共と叫ぶ前に、青舌蜥蜴の視界が反転した。
あっ——……。
——……。
——……。
月日は流れ、現代。
「それで、ルンカタはどうなったの? じいちゃん」
「足を滑らせて、岩山を転がり落ちた。あそこの丸っぽい、ギザギザした岩はルンカタの鱗。麓まで落っこちたルンカタは、鱗がない皮膚だけの体になってしまったのじゃ。太陽の熱で、岩と皮膚がくっついてしまった。それで、あれがルンカタ。ルンカタは大地の一部になった」
祖父が僕の頭を優しく撫でた。伝承なんて子供騙しだ。しかし、そう言われるとあの岩山は、蜥蜴に見えなくもない。口元らしきところも青い。青色の鉱物が多い場所なだけだろう。こじつけで話を後から作ったに違いない。しかし、この雄大な世界が偶然出来たというのも信じられない。
「ルンカタのように嘘をついたり、盗みをするなよ。罰が下る。それに、高いところは大変危険だ。よく注意するように」
ゆっくりと沈んでいく太陽が、世界を真っ赤に染め上げる。夕日を背に祖父が豪快に笑った。
◆◆◆