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五話 両手の華に引き連れられ

アルサヒネ歴 八六六年五月二七日

月村蒼一は異世界で恋に落ちる⑤


「お会計、一万八千リィラ・キャリダットでございます」


「は、はい⋯⋯」


 煌びやかな雰囲気漂う、レストラン。


 そのレジカウンターの前で、僕は渋々、財布を開けていた。


--ランチで一人、六千って⋯⋯。グラシューのヤツ、やってくれたな。


 この世界では珍しく、キャリダットは資本主義化が進んでいる。


 この国で高品質のサービスを受けようものなら、それなりに高い対価が求められる。


 平民の外食ランチの相場は、だいたい八〇〇リィラ・キャリダットだが、それを考えれば、この店の品質の高さが窺えるのは容易であろう。王宮貴族、もしくは上級クエスター(ゴルシ派に限る)でないと、恐らくは手が出ない。


 僕のなけなしの生活費が、品の良さそうな店員の手に、儚くも渡っていった。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


「ご、ごちそうさまでした」


 僕は足取り重く、店を出た。



 店を出たところに、グラシューがいた。


「よお、男前〜! やるときゃやるねえ!」


 普段お目にかかれない美味を得た彼女は、とても上機嫌に見えた。


「⋯⋯お気に召して頂き、何よりです、師匠」


 僕はグラシューを睨みつけた。


「なーに、機嫌悪そうな顔して!」


 グラシューは、僕の肩を強く叩いてきた。


「ハプス派クエスターは、贅沢禁止のはずでは⋯⋯?」


「こういう時くらい、いいじゃん! 友好闘技会の賞金、たんまりもらってんでしょ?」


「⋯⋯言うほどもらってないけどさ」


「それに、こういう店を一つでも多く覚えておくことは、今後のキミの為になると思ったわけさ」


 グラシューは僕の肩を組み、顔を近くに寄せてきた。


「どうせこっちの方は、からっきしダメなんでしょ? ソーイチぃ」


 彼女は、突き立てた小指を見せてきた。


「⋯⋯ノーコメントで」


「うぷぷぷぷぷ⋯⋯言われなくてもわかるさー。アンタとクレアの様子を見てれば」


 厄介なことになった。


 タチの悪い師匠は、新たな余興を覚えたようだ。


「どうやら、まだまだ教えることはあるようだね、バカ弟子くん」


「余計なお世話っす、師匠⋯⋯」


「まあ、そう言うなって〜。アタシは今日のランチで、けっこう距離が縮まったって思うけど」


 僕は彼女の面白がる言葉に、溜息をついた。


 正直、そっとしておいてほしい。


「つーわけで、今日のアタシへのランチ代は、今後の授業料ということにすれば、そー高くはないっしょ?」


「⋯⋯キミはホントにご飯を奢らせることに関しては、頭が回るよね。ちょっとは悪いって思わないの⋯⋯?」


「キャハハハハハッ! めでたくゴールインでもした時は、今までのツケ、全部払うくらいのお祝いしてやっからさーっ!」


 グラシューが品なく叫びながら、僕の肩を強く叩き続けた。


「⋯⋯期待しないでおくよ」


 僕がボソリと口を開いた、その時であった。


「ごめん、お待たせ!」


 麗しい声が、僕の耳を震わせた。


 その音源の方を振り向くと、その場を外していた一ノ瀬さんがいた。


「お会計、終わったの?」


「おう! 我がキャリダットの精霊の使い様の男気ってヤツに、感謝せよ!」


 グラシューは訳の分からないことを叫びつつ、また僕の肩を叩いた。


「ありがとね、ソーイチさん」


「いやいや、気にしないで」


 平静を保つものの、一ノ瀬さんの笑顔を見ると、僕の体温はまた上昇していた。


『今度は、私がおごるからね』


『!?』


 突然、一ノ瀬さんは日本語で喋りかけてきて、僕は思わず目を瞠った。


『あ、ありがとう。気持ちだけは受け取っておくよ』


 僕も日本語で返すと、一ノ瀬さんは目をつぶり、満面の笑みを見せてくれた。


「ん? なんだって?」


 グラシューは不思議そうな目をして、僕らを見ていた。


「何でもないよー」


 一ノ瀬さんは揶揄うような口調で、グラシューに向かって言った。


「ずりーぞっ! アンタらしか知らない言葉を使うなんてっ!」


「もう、しょうがないなあ」


 一ノ瀬さんは僕を一瞥すると、再びグラシューの方に顔を向けた。


「私が『また、みんなで来ようね』って言ったら、ソーイチさん『そうだね。またご馳走してあげるよ』だって」


「!?」


 一ノ瀬さんの言葉に、再び僕は刮目した。


「いや、そんなこと言ってないでしょ!?」


「あれー、そうだっけ?」


 一ノ瀬さんは、無垢な笑顔を見せて言った。


「よしっ、よく言ったバカ弟子っ! やれば出来るじゃないか! それじゃあ、今度は食べ損ねたあのお肉を注文して⋯⋯」


「だから、言ってないって!」


「キャハハハハっ! じゃあクレア、来る途中に見つけたかわいい雑貨屋、いこーよっ!」


「そうだねっ! 行きたい!」


「きっとおねだりしたら、ソーイチ買ってくれるよ〜っ!」


「ホントに? うれしい!」


 彼女たちは、小走りでその場を去って行った。


「⋯⋯自由すぎるだろ」


 僕は大きく息を吹き出しながら、彼女たちの後をゆっくり追って行った。



 僕の住むシンセーロ地区から、馬車で二〜三〇分移動したところに、音楽祭が開催される『ファルヴ』という街がある。


 僕、グラシュー、一ノ瀬さんの三人は、ファルヴにある野外コンサートホールの観客席に立ち、音楽家たちの演奏を聴き入れていた。


 千人は収容できる観客席に、隣の人と肩が触れてしまうくらい、人が密集していて、それなりの規模感を感じさせるイベントであった。


 この時代において、歌や音楽は主要なエンターテイメントである。素質や努力次第で飯が食べられるくらい、大きな市場が生まれている。


 吟遊詩人のように各地を転々としながらチップを稼いだり、王宮に雇われて貴族たちを楽しませるなど、この時代の音楽家の業務形態は多岐に渡る。


 僕の友人のバリーも、その市場で生きて行こうと努力を重ねている一人であった。僕らはバリーの演奏順が来るのを、今か今かと待ちわびていた。


「まだかね? バリー」


「プログラム見た感じだと、もうちょっと先だね」


「ふーん。けっこう色んな人が出るんだね〜。観に来てる人も多いし、バリー、緊張してんじゃないかな?」


「そうだよね。かなりプレッシャーかかりそう⋯⋯って、んんっ?」


 僕はプログラムを見ていて、気になる名前を見つけた。


「ねえ、グラシュー、次に出てくる人って⋯⋯」


 僕はグラシューにプログラムを見せ、次に出て来ると思われる人の名前を指差した。


「え? ハプス⋯⋯、ハプスぅぅ!?」


 グラシューは、僕らのリーダーの名前を叫んだ。


「同じ名前ってだけかな⋯⋯?」


「ハープを奏でてるのは、ちょいちょい見かけるけど、まさか音楽祭に出てるって⋯⋯」


 ひそひそとグラシューと会話をしていると、壇上に演者が現れ、一際大きな歓声と拍手が湧いた。


 壇上に見えたのは、竪琴を携えた一人の小さな少女だった。


 いや、少女ではない。


 僕はその人の見た目は少女に見えるが、実は成熟した立派な大人であることを知っていた。


「あれは⋯⋯紛れもなくウチのリーダーですねぇ⋯⋯」


「ですねぇ⋯⋯」


 僕は唖然と口を開け、壇上に立つ演者を眺めていた。


「あの人、もしかして⋯⋯!」


 一ノ瀬さんは右手を口元に当て、ステージに立つハプスさんを見ながら、驚いたように声をあげた。


「どした? クレア?」


「闘技会で、私がソーイチさんの前に闘った人⋯⋯」


「あー、そっか。クレアもハプスさんのこと知ってんだっけ。そーいや、あの時、闘ってたね」


「あの時、ハプス様には、悪いことしちゃったな⋯⋯」


 一ノ瀬さんは小声を発しながら、俯いてしまった。


 ハプスさんを見て、再び罪悪感が蘇ってきてしまったか。


「もう気にすることないよ。ハプスさんは今はああやって元気にやってるし、何度も言うけど、君が悪いわけじゃないから」


「うん⋯⋯わかってるけど⋯⋯」


 一ノ瀬さんは、なかなか顔を上げようとしなかった。


「じゃあさー、この後、ハプスさんに直接あやまったら? 言いたいこと言えばスッキリするかもしれないよ? ウチらも一緒に行ってあげるから」


 俯いていた一ノ瀬さんは、グラシューの顔を見上げた。


「そうだね⋯⋯、ありがとう」


 一ノ瀬さんは申し訳なさそうに笑いつつ、囁くように言った。


「よーーし、そうと決まれば、ウチらのリーダーの晴姿をしっかり拝んでやろうぜっ! 手ぇ振ったら気付くかな? おーい、ハプスさぁーん!」


 グラシューは飛び上がりながら、両手を大きく振り出した。


 すると、ステージの上にハプスさんは、僕らに気付いたのか、一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに用意された椅子に腰掛けた。


 ハプスさんが腰掛けると、観客の声と拍手はパタリと止んだ。


「今、ちょっとこっち見た気がしない?」


「だよね!? ハプスさーーん! がんばってねーっ!」


 グラシューが大声を出すと、観客の一部が僕らの方を見た。


 明らかに、迷惑そうな視線を感じた。


「何か『空気読めよ』的な目で見られましたけど⋯⋯」


「⋯⋯ですよね」


「後でハプスさんに怒られるんじゃない?」


「うぅ⋯⋯やっべぇ。やっちまったなぁ⋯⋯」


「ご愁傷様です、師匠」


 僕は両手を合わせた。


「うっせぇ⋯⋯! お前も連帯責任だっ⋯⋯!」


「ふふっ⋯⋯」


 僕らのコソコソとしたやり取りを横目で見ていた一ノ瀬さんが、くすっと笑っていた。


 そんな僕らのおふざけを尻目に、壇上からは静かな音色が流れ始めていた。

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