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三話 思いがけぬ来訪者

アルサヒネ歴 八六六年五月二七日

月村蒼一は異世界で恋に落ちる③


 僕はヌヴォレのバーで座っていた。


 窓際の席に座っていると、眩いばかりの朝の爽やかな日差しが、瞳を刺激する。


 その眩しさは、昨日会った一ノ瀬さんの笑顔を彷彿とさせる。


 活気を取り戻して光り輝く彼女の笑顔が、一夜明けても僕の脳内で執拗に絡みつき、それは僕を(ほう)けさせるには十分な勢威があった。


 心を奪われた僕は、ひたすら窓の外を眺めるしかなかった。


「おーい! ソーイチ!?」


「!?」


 僕を現実に引き戻した声の主は、目の前に座るバリーだった。


「え、あっ⋯⋯! な、なに?」


 僕は慌てて彼の声に反応した。


「どうした? ボーッとして」


 バリーは、心配そうに僕の顔を見つめていた。


「ご、ゴメン⋯⋯、何でもないよ」


「あ、そう。ならいいけどよ」


 すると、一人の女子の声が、僕らの間を割って入ってくる。


「何でもない、ねえ⋯⋯」


 その声の主であるグラシューは、頬杖をつきながら、僕の目を恨めしそうに見ていた。


「朝っぱらからニヤつきやがって。チョーキモいし」


「え⋯⋯うそ? ホントに?」


 外から見たら、そんな顔をしていたのか。


 僕は激しい羞恥心に襲われた。


「さぞかし、ゆうべはおたのしみだったんでしょうねえ」


「う⋯⋯」


 そんなグラシューの台詞を聞いて、僕は悪のドラゴンからお姫様を助けた勇者の気分になり、大いに戸惑った。


 また、そんな彼女の冷たい目線に、僕は身を引いた。


 状況を整理すると⋯⋯。


 僕は、窓際に一人で座っていたわけではない。


 実はすぐ側に、バリーとグラシューも同席していた。


 昨日で抱えていた案件がひと段落し、今日の僕とグラシューは、フリーになったばかりであった。


 大体、こういう時は決まってバリーを呼びつけ、同い年三人で談笑を交わしつつ、これからどこに遊びに行こうかなど、計画を立てることが日常になっている。


 ただ、今日の僕は何事にも上の空だった。


 その醜態ぶりは、先ほどグラシューに指摘された通りである。


 また、その原因は先ほど述べた通り、昨日、僕に眩いばかりの笑顔を与え、悪魔から天使に変貌を遂げた一人の少女であった。


「え? お楽しみって、何だよ?」


 バリーが不思議そうな顔をして、僕らの顔を見てきた。


「そこの色ボケ野郎に、聞いてみたら?」


「い、色ボケって⋯⋯。別に(やま)しいことは、何もしてないから!」


「ふーーーーーーん⋯⋯」


 今日の彼女の『ふーん』は、いつにも増して長い。


 僕に対する不信感の大きさを窺わせる。


 ただ、僕は本当に疾しいことはしていない。


 気落ちした女の子を、元気付けに行っただけだ。


 一部屋に二人きりでいたことは確かだが、本当に会話をしただけであって。


 誰かに咎められるような、淫らな行動はしていない。


 どちらにせよ、なぜ僕はグラシューに、恨めしそうな目で見られなければならないのだ?


 そんなことを言うと、世の女性からは鈍感などと非難を浴びるのだろうが、言わずもがな、さすがの僕も、彼女のその視線の理由くらい、いい加減わかっている。


 ただ、僕にだって『選ぶ権利』はある。


 それだけのことである。


「⋯⋯よし、わかった、ソーイチ。あとでオレら二人で、男の会話をしよう」


「は⋯⋯?」


 バリーは何かを察したのか、意味深な台詞を僕に言い残した。


「で、ソーイチ。お前は今日どーすんの?」


「え? どうするって⋯⋯?」


「んだよ、聞いてなかったんかよ」


 バリーは呆れ顔で、僕の目を見ていた。


「ダメだよバリー、そんな色ボケ野郎にまともな答え、求めるだけムダだから」


 バリーの隣に座るスパルタな師匠は、冷ややかな瞳をもって言い放った。


「はは⋯⋯、ゴメン。何の話だっけ?」


「今日の夕方、オレのソロライブ観に来るかって話。今日、お前らフリーだって言うからよ。グラシューは行くって言うけど、お前はどうすんの?」


「ああ⋯⋯そっか、そうだったね」


 僕は頭を掻きながら言った。


「やっぱ⋯⋯予定ある感じ?」


 何か多分に意味を含ませた一言を、バリーは口にした。


「べ、別にないって! 行く行く! 俺も今日は、完全フリーだからっ!」


「お、おう⋯⋯。そうか」


「すごいじゃん、バリー! ソロなんて! いつもバンドでやってるイメージだったけど、一人でもやっちゃうんだ!」


 僕は声を張り上げて言った。


「あ、ああ。知り合いの伝手があって、将来、良い経験になるからやってみないかって。まあ⋯⋯さっきもこの話、したんだけど」


「あ⋯⋯そうだっけ⋯⋯?」


 僕は再び、顔を赤らめた。


「はあっ⋯⋯」


 そして、師匠は大きく溜息をついていた。



 その後、僕ら三人は、しばらく取り留めもない会話を交わしていた。


 完全にリラックスモードで束の間の休日を味わっていた、その時であった。


『月村くん⋯⋯?』


 慣れ親しんだ母国語で且つ、透き通った声で、誰かが僕の名前を呼んだ。


 僕は、その声が聞こえた方を振り向いた。


「!?」


 目の前に立つその女性の姿を見て、僕は驚愕し、思わず立ち上がっていた。


『一ノ瀬さんっ!?』


 そこにいるのは、間違いなく一ノ瀬さんだった。


 精霊の住処で静かに横になっているはずの彼女が、今、なぜここに?


 夢でも見ているのか?


 僕の脳内は幻覚を見せるくらい、彼女のことで侵されているのか?


『ごめん⋯⋯来ちゃった』


 一ノ瀬さんは照れくさそうな上目遣いをして、僕の方を見た。


 申し訳なさそうな彼女の視線に、僕の心は大いに刺激された。


『もう⋯⋯体は大丈夫なの?』


『うん、平気』


 一ノ瀬さんは仄かに笑い、コクリと軽く頷いた。


 現実味が強く感じられる。


 これは夢の類ではない。


 一ノ瀬さんは、僕に会いに来てくれた。


 昨日の寝巻きのような格好とは一変し、しっかりと粧めかし込んだ魔女スタイルで現れた。


 相変わらず、胸元は広く開けられており、豊満な谷間を見せつけていた。彼女はお淑やかな雰囲気とは裏腹に、いつも強気な着こなしを見せる。


「ああーっ! もしかして!」


 グラシューが、耳を(つんざ)くような声を響き渡らせた。


 すると彼女は、一ノ瀬さんの前に立ち塞がり、睨み付けていた。


「アンタ、クレアでしょ!? こんなところに何の用?」


「あ⋯⋯えーっと⋯⋯」


 グラシューに突っかかれる一ノ瀬さんは、困り顔を見せ、狼狽えていた。


「よくもウチのバカ弟子を痛め付けてくれたなぁ〜!」


「ちょっと⋯⋯グラシュー!」


 僕は、一ノ瀬さんに激しく怒号を浴びせるグラシューを呼び止めた。


 しかし、グラシューは聞く耳を持たず、一ノ瀬さんを熾烈(しれつ)に捲し立てる。


「そんなエロい格好でフラフラしやがって。何、今度はそのでっかい胸でソーイチを誘惑しようっての?」


「やめろって!」


「むぐぅぅ!」


 止まることを知らないグラシューの罵声を抑えるべく、僕は彼女の口を手で無理矢理ふさいだ。


 並大抵でない勢いでグラシューは暴れ、抵抗する。その動きを止めるには、多少のマナを放出せざるを得ない程であった。


『ゴメンね! この人、口がキツくて、思ったこと何でも言っちゃうから⋯⋯』


『いや、大丈夫だよ』


 グラシューを制止させながら、慌てて喋りかける僕に対し、一ノ瀬さんはニコリと笑い、答えてくれた。


『月村くん、その人は?』


『え? あっ、えっと⋯⋯俺に短剣術を教えてくれてる師匠なんだけど⋯⋯』


『ああ⋯⋯そういえば、試合の時にも言ってたね。最後に私を倒した技、教えてくれた人だって』


『あ⋯⋯そうだったっけ⋯⋯?』


 そんなことを言っただろうか。


 あの時、僕は夢中で闘いに臨んでおり、自分の喋った台詞を一言一句、覚えている余裕は無かった。


『月村くん、お師匠様に失礼だから、放してあげて』


『え⋯⋯あ、ああ⋯⋯』


 僕は一ノ瀬さんに指摘を受けると、あっさりグラシューの拘束を解いた。


「ぷはっ!」


 急に手を放したからか、グラシューは前のめりになり、転びそうになっていた。


「大丈夫ですか!?」


 一ノ瀬さんはアルサヒネ語で声を張り上げ、よろけるグラシューに歩み寄り、手を添えた。


「あ⋯⋯どうも」


 細々しい声を出すグラシューは、一ノ瀬さんの目を見た。


「あの⋯⋯申し訳ありませんでした」


「はえ⋯⋯?」


 突然、一ノ瀬さんに謝られたグラシューは、目を見開いた。


「この度は、お弟子さんに大変なご迷惑をおかけしまして。いくら謝っても許されるとは思っておりません」


「は、はあ⋯⋯」


 一ノ瀬さんは礼儀正しく歯切れのよい口調で、グラシューに謝罪の弁を述べていた。一方、グラシューは唖然と口を開け、思考が停止しているように見えた。


「どんな仕打ちでも受ける覚悟は出来ています。あなたが私に望むこと、何でも仰ってください」


「えっ、ええ⋯⋯? 何でもっつったって⋯⋯」


 一ノ瀬さんの凛とした眼差しに対し、グラシューが尻込みしているのは判然としていた。また、グラシューは僕の方を見て、何か助けを求めて欲しいような視線を送っていた。


『あの、一ノ瀬さん⋯⋯。この人は俺の師匠って言っても、ウチらと同い年だから』


『え?』


 一ノ瀬さんは、僕の方を目を()いて振り向いた。


『普段は友達みたいな感覚で喋ってるから、そんなに気を使わなくてもいいよ』


『そ、そうなんだ⋯⋯。でも⋯⋯』


『堅苦しい言葉は苦手なんで、もっとフランクに話しかけてあげて』


『わ、わかった』


 僕が説き伏せるように告げると、一ノ瀬さんは再びグラシューの方を見た。


「えっと⋯⋯。うーん、何か調子狂うな⋯⋯。こっちに来てから、年の近い女の子と喋ったことなかったから⋯⋯」


 一ノ瀬さんは何やら独り言を呟きながら、頭を掻いていた。


「あの⋯⋯とにかくゴメンね。大事なお友達を傷つけちゃって」


「お、おう⋯⋯。わかった」


 しばらく、二人の女子は見つめ合っていた。


「アタシこそ⋯⋯いきなりヒドイこと言ってゴメン⋯⋯」


「ううん。いいんだよ。ありがとう」


 一ノ瀬さんはグラシューに対し、満面の笑みを見せて言った。


 それを見たグラシューもホッとしたのか、表情が緩んでいた。


 すると、グラシューは僕と一ノ瀬さんの顔を交互に見て、何やら考え込んでいる様子を見せた。そして、グラシューの瞳は僕の顔に照準が合った。


「ふーっ⋯⋯すごくいいコじゃないか。かわいくて、スタイルもよくて、おまけに性格もいいなんて。ソーイチにはもったいないな」


「は⋯⋯?」


「ちょっと不釣り合いな気もするけど⋯⋯」


 グラシューは、しばらく溜めを作った。


 そして、一ノ瀬さんの方を振り向き、彼女に向かって人差し指を突き立てる。


「よし! ソーイチの師匠として、キミとソーイチとの交際を認めてやろう!」


「はあっ!?」


「ええっ!?」


 僕は思わず叫んだ。


 一ノ瀬さんも、両手で口を覆っていた。


「ただし、清い付き合いをするんだぞ。結婚するまでS●Xはおろかキスも⋯⋯」


「ち、ちょっと待てって!」


 暴走を始めるグラシューの言葉を、僕は強引に遮った。


「何でそうなるんだよっ! 別に俺たちは付き合ってないし⋯⋯」


 僕は一ノ瀬さんの方を見た。


「ねえ、イチノ⋯⋯いや⋯⋯」


 僕は口籠った。


 アルサヒネ語の会話の流れで『イチノセサン』と呼ぶのも変だ。


 ただ『クレア』と呼び捨てにするのも、何か恥ずかしい。


「クレア⋯⋯さん」


 僕は一ノ瀬さんの名前に、アルサヒネ語で敬称にあたる言葉を付け加えた。


 僕に名前を呼ばれた一ノ瀬さんは、両手で覆われていた口元を、ゆっくりと見せ始めた。


「う、うん⋯⋯。私とソーイチさんは別に⋯⋯」


 僕も敬称を付けて呼ばれた。


「ん? 何だお前たち。同い年なのに『さん』付けで呼び合うなんて」


 グラシューはすぐ様、僕らの会話の違和感にツッコミを入れた。


「えっと⋯⋯それはその⋯⋯」


 説明に困る。


 アルサヒネ語には、日本語における『君』『さん』または『ちゃん』にあたる言葉がない。


 目上の人、またはビジネス関係以外では、名前は呼び捨てにするのが一般的だ。


 しかし、日本人としての感覚が残る僕には、そこまで親しくない相手を呼び捨てにすることに、抵抗がある。


 無論、それは一ノ瀬さんも持っているようで。


 そう思うと、彼女との距離はまだあるようで、少し悲しいが。


「せ、精霊の使いの間では、そういうルールがあるんだ!」


 僕は、何となく上手く誤魔化せる理由を見つけた。


「ねえ? クレアさん?」


 僕は再び、一ノ瀬さんに目配せした。


「そ、そうね! ソーイチさん!」


 彼女も、僕の意図に乗ってくれた。


 それにしても、一ノ瀬さんとアルサヒネ語で会話するのは、強い違和感を覚える。


「ふーーん、変なの。まあ、いっか。ところでクレア」


 グラシューは、一ノ瀬さんに目線を合わせた。


「アタシ、グラシューっていうんだ! よろしくねっ!」


 張り裂けんばかりの笑顔を見せ、グラシューは改めて一ノ瀬さんに自己紹介をしていた。


「いちおー、ソーイチの師匠ってことになってるけど、気を使わなくてもいいからさっ! 気軽に何でも話して!」


「ありがとう。こちらこそよろしくね、グラシュー」


 一ノ瀬さんも眩しい笑顔で、グラシューに言葉を返していた。


--ホッ⋯⋯よかった。


 グラシューが一ノ瀬さんに突っかかってきた時は、どんな修羅場が訪れるのかと心配していたが、一ノ瀬さんの出来すぎた応対で、杞憂に終わった。


「えっと⋯⋯オレ、完全に出遅れた感じなんだけど⋯⋯」


 その声が聞こえた方を振り向くと、困った表情を見せるバリーがいた。


「あ⋯⋯そうだよね! ゴメン⋯⋯えっと⋯⋯」


 僕はその場にいる三人の顔を見回し、どうするべきかを考えた。


「と、とりあえずクレアさん、せっかく来てくれたんだから、ゆっくりしてって! ここ、空いてるから座ってもらって⋯⋯」


 僕は四人掛けのテーブルのうち、空いているグラシューの向かいの席に、一ノ瀬さんを座るよう促した。


「あ、うん。ありがとう。ゴメンね、突然押しかけてきたのに、気を使ってもらっちゃって⋯⋯」


 一ノ瀬さんは申し訳なさそうに言うと、ゆっくりと腰掛けた。


「で、バリー、彼女はね⋯⋯」


 僕はバリーに向けて、一ノ瀬さんの紹介を始めた。


 そしてその後、僕ら同い年の四人は、たわいも無い話で盛り上がっていた。

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