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一話 癒えぬ心と偽りの笑顔

アルサヒネ歴 八六六年五月二六日

月村蒼一は異世界で恋に落ちる①


 友好闘技会から、約二週間ほどの時が経っていた。


 僕の傷は一週間ほどで癒えた。再びハプス派クエスターとして、平穏を保つ為の活動に勤しむことができることに、喜びを感じていた。


 友好闘技会では、キャリダットが勝利を収めたが、周辺地域の情勢に、これといった変化はなかった。てっきり、フィレスが従属国になる調印式なるものが、すぐさま行われるものかと思っていた。


 しかし、両国間で新たな条約が結ばれるなどの類のニュースは、全く耳に入ってこなかった。


 友好闘技会などまるで無かったかのように、アルサヒネ地域はこれまで通り、淡々とした日々が流れていた。



 そんな折、僕は或る案件に対応する為、隣国のフィレスにグラシューと共に来ていた。


 僕らは任務を終え、キャリダットに帰ろうとしていた時であった。


「終わった〜! よぉーし、何食べて帰ろっか?」


 グラシューは相変わらずの無邪気な笑顔で、僕の顔を覗き込んだ。


「そうだねー」


 そんな仕事の打ち上げを考えていたとき⋯⋯、


 僕らの下に、一人の女性が姿を現し、立ち止まった。


「キャリダットのクエスター、ソーイチ様ですね?」


「はい⋯⋯そうですけど」


 突然、呼び止められた僕は、少し戸惑った。


「私とご同行願えませんか。我が国の精霊、アルディン様が、あなたを連れてくるようにと」


「アルディンさんが⋯⋯?」


「クレアという少女に会わせたいと、仰せつかっておりますが」


「!?」


 一ノ瀬さんの容態が、落ち着いたのだろうか。


 闘技会以来、僕は彼女の状況が気になって仕方がなかった。


 僕は救ってみせると言っておきながら、結局、彼女を打ちのめしただけで、彼女の心の蟠りを晴らしたわけではない。


「会わせてくれるんですか? いちのせ⋯⋯いや、クレアさんに!?」


 目の前の女性は、コクりと頷いた。


「そうですか⋯⋯!」


 興奮する僕だったが、何やら鋭い視線を感じた。


「クレアって⋯⋯例のあのコ?」


「え⋯⋯?」


 グラシューがムスッとした顔で、僕の方を見ていた。


「師匠のアタシを差し置いて、キミは彼女と遊びに行く気ですかぁ⋯⋯」


「遊びじゃないからっ⋯⋯! ってか、彼女じゃないし⋯⋯!」


「ふーーーーん⋯⋯」


 僕は否定するも、グラシューの視線がいちいち痛々しかった。


「ゴメン⋯⋯! 今度おごるから!」


 僕はグラシューの目の前で両手を合わせ、彼女に目線を合わせるように身を屈めた。


「⋯⋯城下町にある超高級ホテルのブッフェ、予約しとくから」


 グラシューは吐き捨てるように言うと、クルりと後ろを向き、さっさと歩いていってしまった。


 僕は遠ざかっていく彼女の背中を、ただ眺めるしかなかった。


「よろしいですか?」


「!?」


 上の空だった僕は、突然聞こえた声に反応し、振り向いた。


「あ! す、すみません⋯⋯お願いします!」


「では、私の後へ」


 僕は女性に連れられ、歩みを進めた。



 案内人の女性は、フィレス城下付近の山中の森深くまで、僕を連れて歩いた。城下の近くと行っても、歩いた時間は一時間半を軽く越えている気がする。道もかなり入り組んでいた。精霊が訪れる場所ということで、ある程度は覚悟していたが。


 すると、深い森に密かに佇む一軒の建物が目に映ってきた。大きさは一人の人間が住むには丁度良い程度だが、外壁は神秘的な美しさを誇る素材を窺わせ、デザインは人間が作ったものとは思えない程、創造性を感じさせる造りであった。


「こちらです。どうぞお入り下さい」


 女性は建物のドアを開け、僕を招き入れた。



 建物に入ると、入り口付近の広間のソファに、アルディンさんが腰かけていた。


「アルディン様、ソーイチ様を連れて参りました」


「ご苦労」


 案内人の女性がその場を去ると、アルディンさんは静かに立ち上がった。そして、彼は僕の方を睨みつけるような目で、しばらく見た。


「お前は元気そうだな」


 皮肉染みた口調で、彼は僕に言った。


「おかげ様で」


 僕は無表情を作り、答えた。


 一ノ瀬さんと僕を苦しめた張本人を目の前にすると、正直、僕の心中は穏やかではない。


「クレアはお前と闘った後、蛻の殻のように黙り込んでしまっていた。何とか会話が出来るようになるまで、三日程かかった」


 アルディンさんは淡々と喋った。


「あいつはひたすら、お前を殺そうとしていた罪悪感に苛まれていた。すべてオレの責任で、クレアは悪くないと何度も言い聞かせたが、正義感の強いあいつは、責任を背負い込んでしまっている。オレに対しても謝るばかりで、何もかも自分のせいにしなければ、気が済まない心持ちになっている」


「そう⋯⋯なんですか」


「最近、お前に会って謝りたいと言って聞かないもんでな。何とかお前の足取りを探り、今に至ったわけだ」


「なるほど」


 アルディンさんは僕から目を逸らし、その目線を下の方にやった。


「クレアの心の中は、お前のことで半数以上を占めている。あいつの傷を癒すことに関しては、最早、オレではどうにもならん」


 アルディンさんは相変わらず淡々と語るも、その表現は、何かやり切れない気持ちに溢れているように思えた。


「貴様の力を頼るなど本意では無く、オレの心中は恥辱に満ちる事態に陥るが、クレアのことを思えば、手段を選んでいる場合ではない」


「はあ⋯⋯」


「さっさとクレアと会って、その蟠りを晴らしてこい。出来なければ容赦はせんぞ」


「⋯⋯わかりました」


 相変わらずアルディンさんの頑固さと自尊心の高さが窺え、僕は内心で苛つきを覚えていた。


 彼は奥の部屋のドアを叩いた。


「クレア、ソーイチを連れてきた。開けるぞ」


 そのドアの奥から返事はなかったが、アルディンさんは気にせずドアを開けた。


「とっとと入れ。あとは任せた」


「⋯⋯はい」


 僕はアルディンさんに聞こえないように舌打ちをすると、恐る恐る部屋へと入って行った。



 その部屋は殺風景だったが、神秘的な雰囲気が漂い、何やらその空気に心が奪われるような心地がした。部屋の窓際にあるベッドの上に、寝間着のようなラフな格好をした一人の少女が、布団を下半身にかけて座っていた。


 彼女の全身は、窓から差し込む夕日に照らされていた。


 彼女の表情は実に寂しげで、その目線はその光の差し込む方へ向けられていた。


「あの、一ノ瀬さん⋯⋯」


 僕は彼女の名前を声を震わせるように出すと、彼女はゆっくりと、こちらを振り向いた。


「月村くん⋯⋯」


 一ノ瀬さんも、僕の名前をそろりと口にした。


「来てくれたんだね」


 彼女は微かに笑って口にしたが、それでも全体的に表情は寂しげであった。二週間前に見せていた恐ろしいまでの形相はまるで無くなり、完全な別人に見えた。


「うん⋯⋯。あの、その⋯⋯、調子はどうかな?」


 僕は言葉に詰まりながら、思い付いた台詞を吐き出した。


 すると、彼女はニコリと笑った。


「うん、もう死にたい」


「えっ!?」


 一ノ瀬さんは、笑いながら絶望的な言葉を口にした。


 僕は彼女の複雑な笑顔を、目を丸くして見た。


「はは、冗談でしょ⋯⋯?」


「ううん、本気で」


「う⋯⋯」


 彼女の口元は口角が上がっているものの、僕を見つめるその瞳は、涙を晴らして乾き切っているかのように、赤くなっていた。その視線から、彼女の何とも言えない哀しみが伝わってきた。


「ごめん⋯⋯本当にゴメンね、月村くん。私、君には何を言っても許されないことをしたって、思ってる」


 一ノ瀬さんは、僕から目を逸らして言った。


「いや⋯⋯そんなことは」


 僕が呟くと、二人とも出す言葉が無くなり、暫く場が沈黙した。


「君が⋯⋯悪いわけじゃないから。アルディンさんも言ってたでしょ? 全部一人で背負い込むことは無いんじゃないかな?」


 僕は言葉を絞り出した。


「⋯⋯ありがとう。でもね、優しい言葉を掛けられると、余計に辛くなる気がして⋯⋯。そうは言っても、月村くん、本当は私のこと、どうしようもなく酷い女だって思ってるんでしょ?」


「は⋯⋯そ、そんなことないって!」


 思わず僕は叫ぶも、彼女はまた黙り込んでしまった。


 一ノ瀬さんは、アルディンさんの呪縛から解き放たれた感じはするが、今度は彼女自身、生きる気力を無くしているように見える。


 何とも、掛けるべき言葉が見つからない。


「直接謝れば、何となくスッキリするのかなって思ったけど⋯⋯、なんか、全然ダメだね⋯⋯」


 一ノ瀬さんが必死に言葉を紡いでくれたが、それがさらに場の雰囲気を重くした。


 途方に暮れた僕はその場に佇み、ただ悪戯に時を費やす他なかった。

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