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一三話 精霊を束ねる者

アルサヒネ歴 八六六年五月一三日

月村蒼一は異世界で再会を果たす⑬


「ソーちゃん!」


 僕を呼ぶ叫び声が耳に入ってくると、僕はサフィーさんに介抱されていることに気付いた。


「げふっ、げふっ!」


 僕は激しく噎せた。


 そして徐々に、霞んでいた視界が、次第に明るくなっていった。


「大丈夫!? 平気?」


 サフィーさんは必死で僕に声を掛け、僕の肩をゆすっていた。


「は、はい⋯⋯何とか⋯⋯」


「よかった⋯⋯!」


「むぐぅ⋯⋯!」


 サフィーさんは胸元で僕を抱きしめ、僕は変な声を出した。


 顔に柔らかな感触が襲った。


 羞恥心は無かった。


 最早、彼女がわざとやっているかどうかなど、どうでもよかった。


 この事態が収束するなら、何でも良かった。


 出来ることなら、僕はこの胸元でずっと、赤子のように甘えていたかった。何もかもを捨てて安堵したいと思うくらい、僕の精神は極限まで擦り減らされていた。


「あれ? 抵抗しないの?」


 サフィーさんは、不思議そうな目で僕を見た。


「もう⋯⋯疲れました。どうでもいいっす⋯⋯。出来ることなら、ずっとこうしてたいです⋯⋯⋯⋯」


 僕は完全に脱力した声で、彼女に喋りかけた。


「ははっ⋯⋯珍しく素直ね」


 彼女は瞳を潤わせ、ニコリと笑っていた。


「ところでサフィーさん⋯⋯」


「ん?」


「あそこにいる、何かとんでもないオーラを放つ方は⋯⋯?」


 僕は、何やら神々しい雰囲気を醸し出す男がいることに気付き、彼の方を指差した。


 彼は、アルディンさんと一ノ瀬さんの前に立っていた。


「ああ、あの人は⋯⋯」


 サフィーさんは、神妙な目をして呟いた。


「とにかく、あの人のところに行きましょう。肩貸してあげるから」


 僕はそう言われ、少し間を置いた。


「もうちょっと、こうしていたいんですけど」


「こら、調子にのるなっ」


 彼女は笑いながら、僕の頭を軽く叩いた。


「すいません⋯⋯」


 僕はサフィーさんに支えられながら、男の立つ下へ歩き出した。



「いやな、気持ちはわかるんだわ」


「ははーっ⋯⋯!」


 神々しい雰囲気を醸し出す男の前で、アルディンさんが深々と頭を下げていた。一ノ瀬さんは、アルディンさんの側で横になっていた。


「おう、サフィー、お疲れ」


 男は僕らのことに気がつくと、精霊であるサフィーさんに、軽々しい声で挨拶した。


「お疲れ様です」


 サフィーさんはいつものような軽快なノリは見せず、少し恐縮しているような態度で男に挨拶を返した。


「おおー、生きてたか、そいつ」


「はい、何とか」


「よかったよかった、危うく貴重な人材が一人減るところだったぜ」


 相変わらず軽妙な口調で語られた男の言葉に、サフィーさんは、少し考え込んだ。


「一人減る?」


「ああー、まあ結論から言うとだな、お前ら二人とも、合格ということで」


「はいっ!?」


 サフィーさんは、男の言葉に驚愕していた。


「管理者は変わらず、七人のままということで」


「大丈夫なんですか? 人員削減はクライアントの強い意向だって、言ってたじゃないですか」


 異世界ファンタジーに迷い込んだ筈なのに、二人の会話には妙に現実味を感じ、僕は強い違和感を覚えた。


「アトミカリアンで規格外のマナを持つなんて希少な存在、無視するわけにいかんだろ? しかも二人。さっきの闘いぶりを見てたが、想像以上の逸材だったんだな、これが」


「はあ⋯⋯そうすか」


「で、クライアントを説得するだけの材料には充分ってわけ。だから、その子供ら二人をアンチ・ヌクリナーとして招き入れ、お前ら二人も変わらず、保守のPLを頑張りなってこと」


「まあ⋯⋯そういうことなら、それで構わないんですけど⋯⋯」


 サフィーさんは、何となく不服そうだった。


 一方の僕は、聞き覚えの無い横文字が並ぶ会話に、全くついていけなかった。


「まあ、そんな顔するなや。だから今、アルディンを説教してやってんだろ?」


 男は、アルディンさんの方を見た。アルディンさんは、相変わらず頭を下げたままである。サフィーさんも、アルディンさんの弱気な姿を見ていた。


「⋯⋯ですか。ではきっちり、お灸を据えてやってください」


 サフィーさんは細々と言った。


「だとよ。まあ、俺としてはその娘の精神的フォローをしっかりやって、キッチリ戦士として使い物になるようにしてくれりゃ、それでいいんだが」


「はっ⋯⋯! 承知しておりますっ!」


 アルディンさんは、異様な低姿勢を見せた。


 さっきまでの威勢の良さは完全に失い、まるで別人のように思えた。


「それも出来ないとなったら⋯⋯、どうなるかわかってんな?」


「ははっ! 勿論でございます!」


 脅しをかけるような男の台詞に、アルディンさんは従順に返答し、少し震えているようにも見えた。


 兎にも角にも、この男の人はいったい何者なのであろうか。


 二人の精霊が低姿勢で接しているので、それを超えた存在であることは、容易に察しが付くところだが。


「あの⋯⋯サフィーさん。この方は⋯⋯?」


 僕は、サフィーさんにこっそりと問い掛けた。


「ん? ああ⋯⋯そうよね。この人は⋯⋯」


 やや言葉に詰まるサフィーさんの方に、例の男は顔を向けた。


「まあ、今はまだ、当たり障りのない感じで」


 サフィーさんも、男の目を見た。


「わかりました」


 サフィーさんは淡々と返事をすると、改めて僕の方を見た。


「この人はね、私たち七人の精霊を束ねる、言わば『精霊王』と呼ばれる存在」


「せ、精霊王⋯⋯!?」


 何となく、僕は驚いてみた。


「そう。精霊王・クラスティス様よ」


「精霊王⋯⋯クラスティス様⋯⋯!」


 僕は恐れ多い表情を見せ、精霊王とされる男の顔に目をやった。


「よろしく」


 彼はドヤ顔を見せ、僕に挨拶してくれた。


「ただ⋯⋯それもあれですよね? 『便宜上』ってやつ?」


 僕は軽いノリで言うと、精霊王・クラスティス様は、目を丸くした。


「こらっ⋯⋯! ソーちゃん!」


「え⋯⋯?」


 サフィーさんは、ボロボロになった僕の服を引っ張った。


「ははははははっ!」


 クラスティス様は、高らかに笑い出した。


「面白えことを言う小僧だな。なかなか気に入ったぞ」


 彼は、僕の顔を凝視してきた。


「お前には、世界の真実ってもんを見せてやるよ。楽しみにしてな」


「は、はい⋯⋯」


 僕はクラスティス様の勢いに圧倒され、小声で返事を漏らす他なかった。


「さて、ここまで来るのに、色んなことを捻じ曲げてきちまったな。この地域の後処理、しっかり頼むぜ、二人とも」


「はいはい、わかってますよ」


「ははっ! 承知しましたっ!」


 サフィーさんとアルディンさんは、クラスティス様の言葉に対し、承諾の姿勢を示していた。


 すると、クラスティス様は、何の前触れもなく姿を消した。


「さて、私達は後片付けをしなきゃ。ソーちゃんは疲れたでしょ? 帰るなり、そこの控え室で休むなり、体力の回復に努めてちょうだい」


 サフィーさんは、僕の肩をポンと叩いた。


「あ⋯⋯ハイ。わかりました⋯⋯。だけど⋯⋯」


 僕は、横たわる一ノ瀬さんのことが気になっていた。


「ああ〜、クレアちゃんが心配? まあ、今はあなたの顔を見ても、余計混乱するだろうからさ。気持ちは分かるけど、しばらくは、あのバカに任せてあげて」


「フンっ⋯⋯!」


 不機嫌そうに鼻息を荒くするアルディンさんが、一ノ瀬さんを抱きかかえ、フィレス側の控え室へと歩いて行った。


「そのうち、クレアちゃんが自分を取り戻す為に、あなたを必要とする時がやってくるだろうから。その時はよろしくね」


「そう⋯⋯ですか」


 僕は、遠くなっていくアルディンさんの背中を見つめていた。


「あらあら? さみしい? クレアちゃんに会えなくなって」


「え!?」


 僕は揶揄うサフィーさんの方を、思わず振り返った。


「な、何言ってるんですかっ⋯⋯! しばらくあの恐い顔を見なくてもいいんだと思うと、安心してますよっ!」


「ははっ。もう〜、強がっちゃって。かわいい」


 彼女の笑顔は、少し憎たらしく感じた。


「じゃあ、またね。これからあなたには、お願いしたいことが山ほどあるの。準備ができたら、また会いに行くから」


「はい、待ってます」


 僕は晴れやかな返事をして振り返り、キャリダット側の控え室へと歩いて行った。

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