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一二話 高みを目指す果てに

アルサヒネ歴 八六六年五月一三日

月村蒼一は異世界で再会を果たす⑫


「ゴメン⋯⋯大丈夫? 痛かった?」


 僕の放ったリスヴァーグをモロに喰らい、仰向けになって倒れた一ノ瀬さんに、僕は声をかけた。


 しかし、彼女は僕の言葉に反応せず、泣きじゃくっていた。


--この状況は気まずいな⋯⋯。何か、俺がいじめたみたいじゃないか。


 きまりの悪さに眉を顰める僕を他所に、ただひたすら、一ノ瀬の啜り泣く声が聞こえた。


ーーつっても、いじめられたのは俺の方なんだけどな⋯⋯。全く、泣きたいのはこっちだよ⋯⋯。


 僕は男に生まれて後悔したことを、強く感じていた。


『シビれたぞっ! 小僧っ!』


『何て劇的な逆転だっ!』


『いいもの見せてもらったっ!』


 大きな歓声と共に、僕を褒めたたえる声を耳にした。喜ばしいことではあるが、一ノ瀬さんの様子が気になり、素直に彼らと同調し、歓喜に浸ることはできなかった。


 とにもかくにも、彼女の蟠りを晴らすことは、出来たのだろうか。


 延々と泣きじゃくられるだけで、気持ちが全く読めない。


『もう、闘う意思はなさそうだな』


 僕は自分の横に、一人の男がいることを確認した。どうやら審判団の一人のようだ。


『そうみたいですね⋯⋯』


 僕は自信なさげな声で、その人に返した。


『では、勝者、キャリダット国の大将⋯⋯』


「クレア!」


「!?」


 審判団の人が僕の勝利を告げようとした、その時であった。


 目の前に、大柄で赤い髪を生やした男性が現れた。


 この男の姿、決して忘れることはない。


 フィレスの精霊・アルディンさんだと、僕はすぐに認識できた。


『ひぃっ⋯⋯!』


 審判団の人は、悲鳴をあげていた。


 突然、目の前に崇拝すべき存在が現れたのだから、無理もない。


「ア、アルディン様⋯⋯」


 一ノ瀬さんは涙を流しながら、彼の方を見ていた。


「どうしたクレア! そんなところで寝ている場合ではないだろう!」


「!?」


 何を言ってるんだ、この男は?


 こんな状態になった一ノ瀬さんに、まだ闘えと言うのか?


「アルディン様⋯⋯ごめんなさい⋯⋯私、わたし⋯⋯」


「何だクレア!? 何が悲しいというのだ!?」


「私⋯⋯ずっと自分に嘘をついていました⋯⋯。私、つきむ⋯⋯いえ、ソーイチ君のこと⋯⋯」


「わかっている! わかっているぞクレア!」


 アルディンさんは、一ノ瀬さんに奇妙な視線を送っていた。


「あ⋯⋯あああああああああっ!」


「一ノ瀬さんっ!?」


 彼女は悶絶し、叫び声を上げ始めた。


「こんなに痛めつけられたこの男が、憎いんだろう!? そうだ!憎め! その怒りを燃え滾らせ! そうすれば、お前さらに強くなるっ!」


「あああ⋯⋯あああああああっ!」


「やめろっ!」


 僕は、思わず怒鳴りつけた。


 アルディンさんは僕の声に反応し、こちらを見た。


 一ノ瀬さんが自分の意図しない苦しみに襲われているのは、目に見えてわかった。


 確実に、この男に操られている。


「ふはははっ⋯⋯! 貴様、勝ったつもりでいるんじゃないぞ。更なる地獄というものを見せてやるっ⋯⋯!」


「何を言ってる⋯⋯彼女に地獄を見せてるのは、アンタの方だろうがっ!」


 僕は柄になく乱暴な口調で、アルディンさんを怒鳴りつけた。


「人間風情がこの俺に説教しようとは、いい度胸だ。貴様のその罪、既に償いきれぬものと思え!」


 彼は堂々と叫ぶと、再び一ノ瀬さんの方を見た。


「いやあああああああっ!」


 彼女は、さらに苦しそうに叫び出した。


「やめろよ!」


 僕はアルディンさんを制止しようと、彼に駆け寄った。


「うっ!」


 しかし次の瞬間、立ち眩みが襲った。


 僕は地べたに膝をつく。


「ぐっ⋯⋯くそっ!」


 僕はさっきの攻撃でマナ切れを起こし、まともに動けない状態であることを認識した。


「さあ、立つんだクレア!」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 一ノ瀬さんは、再び立ち上がった。


 先ほどの僕の一撃で服が破れており、腹部の辺りは剥き出しになっていて、大きな傷が確認できた。


 彼女はフラフラになりながらも、僕のことを一点に見つめていた。


 しかし、その瞳は荒んでおり、人間としての感情はまるで感じられなかった。


 僕を殺す為だけに作られた人形。


 今の一ノ瀬さんを形容するなら、そんな表現しか当てはまらない。


「さあ、やれっ! 悪を滅せ!」


 アルディンさんの狂った声と共に、一ノ瀬さんはゾンビのように蛇行しながら、僕に歩み寄ってきた。


「このバカっ!」


 不意に聞こえたその叫び声は、僕の真横から発せられていた。


 振り向くと、そこにはサフィーさんの姿があった。


「これ以上やって何になるっての! いいからクレアちゃんを止めなさい! じゃないと彼女、本当に死ぬわよっ!?」


 突如として現れたサフィーさんは、アルディンさんに向かって声を荒げていた。


「黙れ! オレは⋯⋯オレは、こんなところで負けるわけにはいかないのだ!」


 アルディンさんも負けじと、発狂に似た声を上げた。


「オレはこんな精霊⋯⋯いや、一介のシステム管理者如きで燻っている場合ではないのだ! もっと上へ⋯⋯更なる高みを目指さねばならぬのだ!」


「それが⋯⋯それが地表の人間⋯⋯、しかもこんな若い女のコを、ボロボロになるまで闘わせることが、その答えっていうわけ!? だからアンタはバカっていうのよっ! 他にやり様があるでしょうがっ!」


 よくわからない会話が、二人の間で展開されていた。


 僕はどうしたら良いのか全く分からず、立ち竦むしかなかった。


「ぐぅっ⋯⋯!」


 完全に思考が停止いていた僕は、強く首を掴まれていることに気が付いた。


 その主犯は、操り人形と化していた一ノ瀬さんだった。


「ソーちゃん!」


 それに気付いたサフィーさんは、僕の方を見て叫んだ。


 僕は一ノ瀬さんの手を解こうとするも、全く手に力が入らない。


 供給される酸素は、少なくなる一方であった。


「よし⋯⋯! クレア、やれっ!」


 アルディンさんの下劣な叫び声が聞こえた。


「アルディン! アンタいい加減にしなさいよっ⋯⋯! こんなんでソーちゃんを殺させたところで、プロマネは認めるわけないでしょ!?」


 サフィーさんは必死になって、アルディンさんを説き伏せようとしている。


 しかし、それも空しく、僕の全身からは力が抜け、手がブラリと垂れ始めていた。


「ソーちゃんっ⋯⋯!」


 悲痛なサフィーさんの声が、僅かに聞こえる。


 僕の意識は、失いかけつつある。


 目の前が、白くなり始めた。


『さすがにそれはマズい。やめさせろ』


 すると、どこからともなく、エコー掛かった声が、微かに耳に入ってきた。


 その直後、僕らのすぐ側で爆風が吹き荒れ、僕と一ノ瀬さんはそれに飛ばされた。


 彼女の僕を締め付けていた手も、その勢いで離れていた。

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