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外伝三話 憧れを遠ざける障壁

グレゴリオ暦 二〇XX年七月三日

一ノ瀬紅彩は異世界に飛ばされる③


 自分の無力さを痛感し、意気消沈しながら歩いていた私は、気付けば河原に足を運んでいた。


 真夏の昼過ぎに、河原で散歩をするような人は殆どいない。


 そんな静かな空間が今の私には丁度よかった。


 私は日差しを遮られる鉄橋の下に座り、物思いに耽け、過去の苦い思い出を蘇えらせていた。 



 私の父は警察官であり、空手の有段者であった。


 武士道を重んじ、礼儀正しく真っ直ぐな性格で、困った人は決して放って置けない。


 そんな父の背中を見て、私は育った。


 私も父の影響で空手を習っていて、中学に上がる前の頃には全国優勝を果たし、国際大会に出るくらい、のめり込んでいた。


 性格も父に似たようで、困った友達には有無を言わさず手を差し伸べ、イジメっ子には男女問わず立ち向かっていた。また、明るく目立ちたがりの性格は、周囲を引っ張っていくことにやりがいを覚え、学級委員や運動会の応援団などを積極的に務めていた。


 小学生までの私は、学校のちょっとしたヒーローだと、周りの児童や先生からも認められるくらい、正義感が強く活気に満ちた存在だった。


 しかし、中学生になると、その状況は一変した。


 私はいつもの通り、イジメにあっている女子を助けようと、イジメっ子集団の盾となったが、小学生の頃とは勝手が違った。


 強気な態度で止めろと言っても、思春期の彼女達が抱える入り組んだ心には響かなかった。むしろ、発散の場を邪魔し、周囲から羨望の眼差しを受けていた私を妬み、彼女たちのターゲットは私にも及んだ。


 ただ、私に目が向けられ、イジメられっ子が助かるなら、それで良い。


 それなのに、その子がどういうわけか、学校に来なくなってしまった。


 説得しようとその子の家に何度も訪れたが、彼女は私に、いや、誰にも会いたくないという。


 私は自分の行いに、疑問を抱き始めた。


 そして、発散どころを一つ失ったイジメっ子たちの行き場の無い怒りは、私に集中し、仕打ちが益々エスカレートしていった。


 トイレの個室に閉じ込めらて水をかけられ、上履きに画びょうを仕掛けられるなど、ほんの序の口。思い出すだけでも吐き気を覚える彼女たちの攻撃に、さすがの私も心が折れ始めていった。


 そんな中、私の試練は続く。


 心の拠り所であった父が、殉職してしまったのだ。


 しかも悪の銃弾に倒れたとか、そんなドラマみたいな格好の良い話ではない。働き過ぎ、つまりは過労死である。正義感が強く、断れない性格の父は、理不尽な仕事を次々に引き受け、自分を追い詰めていった。


 中学生になった頃から、帰りがいつも遅いことを心配していた私だったが、最悪な結果となった。


 学校のこと、家族のこと、板挟みにあっていた私の心は、限界まで疲弊していた。


 結果として、私も学校に行けなくなってしまった。


 復帰するのに一年近くかかった。


 学校に復帰してからの私は、常に周りを引っ張っていく積極的な姿勢は鳴りを潜め、大人しい女子に見せるよう、振る舞った。恐らく周りの人達から見た私は、別人に変貌したように思えたことだろう。


 プライドの高そうで、争いの火種になりそうな人物には近付かず、もちろん、イジメなんか見つけようもなら、見て見ぬ振りをした。


 全国優勝までした空手もやめ、成績上位だった学業もどんどん成績が落ちていった。


 そんな蛻の殻のようになった私だが、自分自身はそれでよかった。


 自分自身がイジメにあったこと、そして父の死をきっかけに、私は悟っていた。父に倣った人助けや正義感なんてものは、自分だけでなく、他人も不幸にするものだと。人には深く干渉せず、自分が幸せになることだけを考え、空気のような存在でいるべき。


 以来、それが私の生きる指標となった。



 私は日の陰る鉄橋の下で、無常に流れる川の水の音を聞きながら、自分の苦い過去を振り返りつつ、スマホで撮った動画を再生していた。


 痛々しそうな顔で尻餅をつく月村君の姿が、スマホに映しだされていた。


 私を襲う痛烈に苦い過去の記憶が、憧れの人の力になりたいと思う心さえ、その障壁となって立ち塞がっていた。


--ごめんね、月村君。私なんかじゃどうにもならないから。それに⋯⋯私がストーカーだと思われても困るし。


 そう思いながら、私は動画の端にあるゴミ箱アイコンに指を伸ばした。


--見て見ぬ振りなんて最低だよっ!


「!?」


 そんな叫び声が心の中で聞こえたかと思うと、私の指はゴミ箱アイコンの直前で止まっていた。


 誰の叫び声だろう?


 聞き覚えがある。


--そうか⋯⋯私だ。小学生の時の。それが口癖だった気がする。


 まだ、良心が僅かに残っていたからであろうか。記憶の底で、小さい頃の私が叫び声をあげていた。


--そうは言っても⋯⋯無理なものは無理なのよ。ごめんね、小さい頃の私。


 過去の自分を否定しつつも、私の指は相変わらず止まっていた。


--最低だよね⋯⋯バカだよね、私。憧れの人が苦しんでるのに⋯⋯。しかもこれを機に、月村君に近づけるかもしれないのに⋯⋯。


「ヒャッハー! チョー気持ちよくね!?」


「だなーっ!」


 誰かが近くを自転車で通りかかり、叫んでいた。


 同じ学校の男子生徒だろうか。


--うるせえよ⋯⋯ぜんっぜん気持ち良くねえよっ!


 落ち込んでいた私は、彼らの陽気で呑気な声に対し、心の中で愚痴っていた。

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