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外伝四話 消極的な偉人

アルサヒネ歴 八六六年五月一三日

一ノ瀬紅彩は異世界で再会を果たす②


 私はキャリダットの次鋒選手であるハプスという女性と、対峙していた。彼女は私よりも小柄で顔付きも幼く、見た目だけで判断すれば年下とするのが妥当だが、四〇歳手前のしっかりした大人である。


 何より、キャリダットで二〇年以上もトップクエスターとして活躍し、この地域の平和に貢献してきた人ということで、大変尊敬すべき存在。しかし、利益優先の価値観が重宝される世の中になると、彼女の存在は霞んできた。私が先ほど鉄槌を下したゴルシという腐った野心を持つものが重宝されるとは、実に嘆かわしいものだ。


 これも全て、欲の渦巻く世界を作り上げんとする邪悪なる精霊、サフィローネが諸悪の根源である。彼女の築き上げてきた正しき理念を守る為にも、私は邪神の使いと成り果てた月村君をこの世から消し去らなければならない。


「よろしくお願いします! 平和を愛する偉大なるクエスター、ハプス様! 以前より、是非あなたにお目にかかりたいと、存じ上げておりました!」


 私は先鋒の時とは違い、表面的な挨拶ではなく、今回は気持ちを込めた。


「あら、ご丁寧にありがとう」


 彼女は、仄かな笑みをこぼしていた。


「長年この地を守り続けてきたその腕前、とくと拝見させてください!」


「わかったわ。さっきも言ったけど、あなたも手を抜くような真似はよしてちょうだいね」


「はい!」


 そうは言うものの、彼女の実力自体は、先程のゴルシとかいうクズに到底及ばないと聞く。私が全力を出せば、きっと彼女は死んでしまう。私も月村君との闘いに向けて体力を温存しておきたいし、ここは僅かながらの力を出して、彼女をなるべく傷つけずに終わらせたい。


 試合開始の鐘が響き渡った。


 しかし、彼女は攻めようとする構えを全く見せてこない。


「どうなさいました!? 試合は始まってますよ!」


「わかってるわ。私は相手の出方を窺うタイプだから、気にしないで」


「そういうことなら、私から攻めさせていただきます!」


 私はすぐ様『スカスト』を放った。


 今度は彼女を死なせないよう、上手く力を調節した。


 しかし、放ったその先に、ハプス様の姿はなくなっていた。


 背後から気配を感じた私は後ろを振り返ると、彼女の姿があった。


--なるほど、私と同じ、間合いを広げて闘う魔術師タイプ。スピードには相当自信があるようね。


 私は彼女の能力を分析しつつ、また『スカスト』を放った。今度は三発ほど放ってみたが、彼女には当たらなかった。


--どうしたの? 本気を出しなさいと言ったのに。その程度じゃ、私には通じないわよ。


--!?


 何か私の脳内に、人の声のようなものが響き渡った。


「何⋯⋯? この声⋯⋯」


 私は思わず声を漏らすと、人の気配がする左の方を振り向いた。そこには、こちらを見るハプス様の姿があり、彼女の無表情で冷徹な雰囲気を保っている様子が、実に印象的だった。


--そう、私の声よ。あなたの心に直接話しかけてるの。あなたも念じてみて。私と声を出さずにお話できるわよ。


 私は半信半疑のまま、彼女の言う通りにやってみた。


--こうかな⋯⋯? 聞こえますか?


--ええ、よく聞こえるわ。


 自分が念じたことに彼女が反応し、私は改めて驚いた。


--すごい⋯⋯、こんなことが出来るのですね。


--ええ、私の自慢の特技のひとつ。


--でも、なぜこんなことを?


--あなたとお話したくて。


 私とお話?


 こんな物騒な場で、この人は何を言っているのだろう。


--今は試合中ですよ。そんな悠長なことを仰っている場合では⋯⋯。


--あなたは試合に集中してればいいわ。構わず攻撃してきていいのよ?


--そうですか⋯⋯! では!


 私は再び『スカスト』を放った。さっきよりも少し強めに、少し速く放ったが、それでも彼女を捉えることは出来なかった。


--そうそう、それでいいのよ。私を倒さない限り、あなたの狙うソーイチとは闘えないからね。


 何となく、彼女の狙いがわかった気がする。


--なるほど、月村くんの為に、私を消耗させようっていうわけですね!


 私は攻撃を続けるも、彼女は器用にそれを交わし続けた。


--ツキムラクンっていうのは、ソーイチのこと? そうね、それもあるわ。


--どうして!? あなた程の立派な方が、なぜ彼みたいな外道に協力するのですかっ!?


--私はあなたが思ってる程、立派な人間じゃないけど。それに、ソーイチの何をもって外道だと言うの?


 ハプス様には相変わらず上手く立ち回られ、私の攻撃は空を切り続けた。


 彼女の月村君を擁護する言動、そして、尊敬すべき存在に似つかわしくない消極的な戦法に、私は少し苛立ちを覚え始めた。


--この世を欲望の渦に包まんとする邪悪なる精霊の使いですよっ!? 外道という言葉がまさに相応でしょう!


--何それ? 誰がそんなこと言ってるの?


--アルディン様です! 我が主人がそう仰るのです! 我らが精霊が(のたま)うことこそ、全ての真実! 疑いようがございませんっ!


 私がそう念じると、彼女の動きは止まり、彼女からの心の問い掛けも、間が置かれた。


--そういうこと。何となくわかってきた気がする。


 彼女は右手を上に掲げ、指をパチンと鳴らした。


--!?


 すると、辺りから白い霧が立ち込め、何やらハープらしきものが奏でられる音が聴こえてきた。それは、闘いの中における緊張感がとぎ解されるような、癒しのメロディーに感じられた。


--それじゃあ、あなたの言う通り、サフィローネ様がとんでもない悪者で、ソーイチがそれに加担しているとしましょう。それで、ソーイチがこの世からいなくなることで、世界が良い方向に向かうとしましょう。


 これが何の演出なのか全く説明の無いまま、ハプス様は私の脳内に声をかけ続けてきた。


--あなたは、本当にそれでいいの?


 そして、彼女の意図が全く見えない。


--それでいいって⋯⋯何がですか!? 正しき世を歪ませる悪は、滅されて当然でしょう!?


--愛する彼を自分で殺めても、それでいいってわけね?


 一瞬、私の身体は硬直した。


 そして、身体が火照ってくるのを感じた。


--あら、どうしたのかしら?


 彼女は憎たらしく、私に問い掛けてきた。


 その行為に、私の導火線は少し切れかけた。


--ちょっと、静かにしてくれませんかっ!? 試合中ですよ!?


 気付けば私の右手には、大量のマナが籠っていた。


--あらあら、どうも穏やかじゃないのね。やっぱり好きなの? ソーイチのこと。


--そ、そんなわけ⋯⋯!


 私は右手に籠めていたマナを、球体を投げる要領で、一気に彼女に向かって飛ばした。しかし、その球体は全くあさっての方向に飛んでいってしまっていた。


「あれっ⋯⋯! どうして⋯⋯!?」


 狙ったところに、攻撃を飛ばせなくなっていた。


 きっと彼女の発生させた霧やら音楽が、私の感覚を狂わせているのであろう。


--どうしたの? 私はここだけど。で、どうなのよ? たしかにいい男よね、ソーイチ。


 彼女の挑発的な言葉は、さらに私をイラつかせた。


--昔の話ですっ! 今は憎くて憎くて仕方ない、早くこの世から消してやりたい、どうしようもない男です!


 私は両手にマナを溜め、先程と同じ要領で、彼女に向かって投げつけるも、やはり上手くコントロールできなかった。二つの光の球体は、誰もいない空を彷徨った。


--ホントに? 何か無理してない?


--もうっ⋯⋯! さっきからあなたという人はっ! 正々堂々闘えないのですかっ!? 幻滅です! 正しき心を持つ、立派なクエスターだと思っていたのに!


--だから私、そんなに立派じゃないって言ったでしょ? っていうか、ありがとう。大体あなたのこと、わかったわ。


--何ですって⋯⋯!?


 私はその場に立ち止まった。


 一〇メートルほど離れた先に立つ苛立たしい女は、憎たらしい笑顔を見せていた。


--あなた、アルディン様に出鱈目を吹き込まれて、いいように操られてる。サフィローネ様がどう思ってるかどうかは、私に知る由は無いけど、少なくとも、ソーイチは欲に溺れるような世の中を肯定する人間じゃない。貧しくとも皆が平穏に暮らせる社会を取り戻そうと、私の理念に共感して、この半年間、一緒に仕事をしてきてくれた。


「⋯⋯⋯⋯」


 私はそれを聞き、その場に立ち尽くした。


--本当にそれでいいと言うなら、私は止めはしないけど。でも、あなたはきっと後悔するんじゃない? 偽りの事実を信じた上、愛する人を自ら手に掛けるなんて。


「黙れ⋯⋯」


 私は怒りを込めて呟いた。


--『服従』という二文字に純粋な愛を閉じ込め、その葛藤による苦しみと戦い続けている⋯⋯。


「うるさい⋯⋯」


 私の口から、品の無い言葉が自然と漏れ出してきた。


--実に哀れな人物。クレア、それが今のあなただと思うけど、違うかしら?


「いいかげんにしろぉっ! このクソ(アマ)があぁぁぁぁっ!」


 私の導火線が完全に寸断され、私は狂ったような叫び声をあげた。


「私のことが哀れだって!? 馬鹿にしないでよっ! それに、アルディン様が出鱈目を吹き込んでる!? ふざけないで! 私の恩人を侮辱するのも大概にしなさいよっ!」


 私の視界に入る小さくて腹立たしい女は、私の怒声を聞いても無表情でいた。


「ふふっ、やっぱりね。あなたの沸点、けっこう低いところにあるなって思ってた」


 女は、狙いすましたかのような笑みを浮かべた。


 私は『沸点が低い』という言葉に対し、更なる怒りを覚えた。


 もう、居ても立っても居られない。


「私のことキレさせて、何がそんなに面白いの⋯⋯? アンタ、超ウザいんだけど⋯⋯! そんなに殺されたいの!?」


 私が脅しをかけようにも、目の前にいる女は動じずに笑っている。


「悔しかったらかかってきなさいよ。ねえ、哀れな子猫ちゃん」


 私の脳内血管がキレたような心地がした。


「うっせぇんだよっ! 黙れって言ってんだろうがぁっっ!」


 私は我を忘れて、憎たらしい女に向かって襲いかかった。



 それから、五分くらいが経っただろうか。


 私はありとあらゆる魔法を放ち、近付いては鞭を振るい、女を仕留めようと試みた。


 腹立たしいことこの上ないクソ女は、防戦一方だった。


 いや、というよりも、逃げ回ることしか考えていない様子だった。


 しかし徐々に、この女の動きが鈍ってくるのがわかった。


 勝負所を睨んだ私は『スカスト』を一〇発ほど連続で打ち込んだ。


「うっ⋯⋯!」


 女は避け切ることが出来ず、私の放った光線は女の足元を掠った。そして、女が軽くヨロけるのが確認できた。


 私は女の背後に回ると、鞭をしならせた。


 そして、それを女の首に巻き付け、力を込めて絞め付けた。


「うゔうっ⋯⋯!」


 腹立たしい女の顔が、苦痛に歪み始めた。


 まったくいい気味である。


「ふんっ! 散々逃げ回りやがって、この卑怯者っ! 簡単に死なせはしないから!」


 更に私はマナを放出し、力を込めた。


「うあっ⋯⋯!」


「せいぜい苦しんで死ねっ! アルディン様を侮辱した罪、ここで償ってもらうからっ!」


「ま、参った⋯⋯」


 女は私の腕をトントンと叩いてきた。


「はあっ⋯⋯? 何言ってんの?」


 私は力を緩める訳がなく、さらに強く女の首を絞め付けた。


「ぐうっ⋯⋯!」


「もう試合なんてカンケーねぇんだよっ! テメぇは侮辱罪で、ここで死ぬんだよっ!」


 私がそう叫んだ瞬間、数人のイカツイ男達が私を抱えてきた。


「そこまでだっ! やめろっ!」


「なっ⋯⋯離せ! ざけんなっ!」


 私は暴れて男達を振り解こうとするも、何人ものゴツい男達に不意に取り押さえられると、さすがにすぐには身動きが取れなかった。


「静かにしろっ! 相手は降参している! これ以上やると、お前の反則負けにするぞ!」


「はあっ!? 何よそれっ!」


 私は男達の注意に反応し、力を抜いた。


 ハプスの周りにも、何人かの人間が囲っていた。


 その中に、月村君の姿もあった。


「ハプスさんっ⋯⋯! しっかり! 大丈夫ですかっ!?」


 彼はハプスの容体を心配している。


 とにかく、その光景が目に余る。


 外道が揃いも揃って助け合っている景色を見せられ、虫酸が走る。


 しばらくして、月村君はこちらに目を向けてきた。今までにないくらい、鋭い眼光である。私を睨み付けたまま、彼はこちらに歩み寄ってきた。


『一ノ瀬さん⋯⋯』


 彼は、日本語的なイントネーションで私の名前を呼んだ。


『何よ?』


 私の返す日本語には、怒気が孕んでいた。


『君さ、頭おかしいだろ?』


『はあっ!? アンタに言われたくないんですけどっ!』


「やめろっ! 静かにしろっ!」


 腹の立つ言葉を発する月村君に襲いかかろうとするも、ゴツい男達に取り押さえられた私の身動きは封じられた。


『君はどうしてそうやって、簡単に人を殺そうと思えるんだ? ハプスさんは正しい心の持ち主だって、君も認めてたんじゃないのか?』


『私の主人が侮辱されたのよ!? 精霊である私の主人が!』


『だからって、それが死に値することなのか? ハプスさんが今まで積み上げてきた正しい行いですら、清算されてしまうものなのか?』


『外道の癖に偉そうなこと言いやがって⋯⋯! アルディン様の言うことは絶対なの! それが世界の道理なのよ!』


 私の腹の虫は収まらない。


 身動きが取れるのであれば、すぐにでも目の前の外道を始末したい。


 月村君は呆れたように下を向き、暫く黙っていた。


 その行為にも、また腹が立った。


 私が呆れられるような要素は、どこにあるというのか。


『そうか⋯⋯よくわかったよ』


 彼は何かを悟ったように顔を上げ、私の方を見た。


『何がよ⋯⋯!?』


 私は声を荒げて答えた。


『一ノ瀬さん、君は俺が絶対に⋯⋯』


 そう言うと、彼は言葉に詰まった。


『俺が絶対に倒す』とでも言う気だろうか?


 全く笑わせる。


 一ヶ月前に会った時、どれだけ私にズタボロにされたのか、覚えてないのだろうか?


 あれだけの力量差を、この短期間でどう埋めてきたというのか?


『何よ? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言ったらどうなのっ!?』


 私は、激しく彼を問い詰めた。


『君だけは⋯⋯俺が絶対に助ける』


⋯⋯⋯⋯⋯⋯


⋯⋯⋯⋯


⋯⋯


--はあ⋯⋯?


 彼の言ってる意味が、さっぱりわからなかった。


『望むところよ!』などと言うつもりだった私は、酷く興醒めした。


 そう言う月村君は振り向いて、向こうへ歩いて行ってしまった。


『ははっ⋯⋯マジ意味わかんないんだけど。月村くんこそ、頭大丈夫なの?』


 私の口から、思わず笑い声が出た。


 そんな私の喋りかけに、彼は全く反応せず、ハプスの肩を持ちながら控え室へと戻って行った。


 無愛想な態度を取る彼に、私は相変わらず腹を立てたが、意味不明な言動を取る彼の背中が不気味に思えて仕方なかった。


 私は何となく、恐怖を感じ始めていた。

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