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七話 仮面を被る理由

アルサヒネ歴 八六六年五月一三日

月村蒼一は異世界で再会を果たす⑦


「ゴルシさんっっ!」


「ちょっ⋯⋯! 待って、ソーイチっ!」


 一ノ瀬さんの光熱線がゴルシさんを貫いた瞬間、僕はハプスさんの制止を聞かず、闘技場の中央へと飛び出した。


「しっかりして下さいっ! ゴルシさんってば!」


 どんなに声をかけても、ゴルシさんは全く反応を示さなかった。


 いくら一ノ瀬さんの技が強力とはいえ、全身が鋼のようなゴルシさんが、いとも簡単に倒れるなど、想像できない。


「次は、必ず俺をぶちのめすんじゃなかったんですかっ!? こんなところで寝てる場合ですか!?」


 強欲で残忍な心の持ち主の彼だが、それは、彼の故郷を奪われた悲しみから、生み出されたもの。ゴルシさんもまた、利益偏重社会の負の面に侵された、被害者である。


 彼は、こんなところで死ぬべき人間ではない。


「目を開けてくださいって! くそっ、こうなったら得意じゃないけど⋯⋯」


 僕がマナを集中させ、回復術を放とうとしたその瞬間、


「ソーイチ! ダメだって! 何考えてるのっ!」


 ハプスさんがやって来て、僕の行動を制止した。


「そんな慣れないことをして、マナを無駄遣いしないで! 君にはこの後、試合が控えているでしょう!?」


「でもっ⋯⋯! ゴルシさんがっ!」


「君が治せるような怪我じゃない! いいから、救護班が来るのを待って!」


 いつも冷静なハプスさんが、声を張り上げていた。沸騰していた僕の頭の中を冷ます為、必死になってくれていることが、伝わってきた。


 しばらくすると、数人の男性達がこの場に集まってきた。


「はい、どいたどいた! ゴルシ選手、大丈夫ですか!?」


「こりゃ大変だ! 早く救護室へ!」


 ゴルシさんの巨体を運ぼうと、救護班の人たちが苦戦しているところに、一ノ瀬さんが歩み寄ってきた。


「あ、あの⋯⋯お相手の方の具合は⋯⋯?」


 彼女は心配そうに一部始終を覗き込み、声を掛けてきた。


「見ての通りさ! わかるだろう!?」


 僕は声を荒げ、彼女に言い放った。


「ごめんなさい⋯⋯私⋯⋯」


 一ノ瀬さんは、今にも泣きそうな顔をしていた。


 しかし、これはどういうことか?


 ラクティの残党を平然と殺めるような冷徹な彼女が、どうしてゴルシさんの身を案じるような言動を取るのだろう?


「これは勝負事の結果。あなたが悪いわけじゃない。油断していたか、若しくはあなたの攻撃に耐えられないくらい脆かった、この木偶の坊が悪い」


 ハプスさんは、一ノ瀬さんを冷静な口調で庇った。


「でも⋯⋯」


 一ノ瀬さんは物怖じするかのように下を向き、決まりが悪そうな表情を見せた。一ヶ月前に見せた修羅のような雰囲気はまるで無く、か弱い乙女の姿を見せた彼女がそこにいた。


「次にあなたと闘うのは私。これに懲りて手を抜くなんてことは、絶対にしないでね。正々堂々、お互い力を出しきりましょう」


「はい⋯⋯! ありがとうございます。こんな私の為に、もったいないお言葉を」


 一ノ瀬さんは礼儀正しく、ハプスさんに言った。その言葉を聞いたハプスさんは、彼女に対し微笑を返した。


「さあ、ソーイチは控え室に戻りなさい」


「⋯⋯そうですね」


 僕は蟠りが消せないまま、振り返って元いた控え室へと歩き出した。


『月村くん』


 僕の名を呼ぶ声がした。


 日本語的な発音からすると、一ノ瀬さんが言っているのは間違いない。僕は彼女の顔を見る気にはなれず、再び後ろを向くことは無かった。


『次は、あなたがこうなる番だから』


 だが、その言葉を聞いた瞬間、僕は思わず振り返ってしまった。


 僕の目線の先には、目を細め、妖艶な笑みを浮かべる一ノ瀬さんがいた。一ヶ月前、彼女との別れ際に見せられた、あの不気味な笑顔の丸写しが、そこにあった。


 僕の身体全体に、冷や汗が吹き出してきた。同時に背筋が震え出し、喉の異常な乾きを覚えた。


 彼女の目が訴えることは、何となくわかった。


 この場で、いかにも礼儀正しく良い子を演じるのは、周りには興味がないことを示す為。自分の狙いは、あくまでも僕だけだと。必ずやあなたを仕留めてやる⋯⋯、そんな強い意志表示が感じられた。


 次の瞬間、彼女の顔は穏やかな笑みに変わった。


 狂気の殺人鬼は、再び仮面を被った。


 いや、寧ろ彼女は被害者であった。


 悪しき精霊に心を奪われ、僕に対する愛情と憎悪との葛藤と闘い続けている。そして、僕はその苦しみから救う為、再びこの壇上に戻らなければならないことを思い出した。


 僕は平静を取り戻すと、一ノ瀬さんの作り笑顔を睨みつけた。そして再び振り返り、控え室へと向かった。


--ソーイチ⋯⋯、ソーイチっ!


 次の瞬間、心に語りかける声が聞こえた。


 この場でこんなことができるのは、あの人しかいない。


--ハプスさん⋯⋯? どうしたんですか。


--あのコ、さっき君に何て言ったの? あの言葉、君達のいた世界の言葉でしょう?


 ハプスさんはどういう意図があって、わざわざテレパシーを使い、その質問を投げ掛けたかわからないが、彼女のする行動には必ず意味がある。僕は難しく考えないことにした。


--次に、ゴルシさんみたいな目に遭うのは俺の番、とのことです。


 僕は素直にハプスさんへ伝えた。


--なるほどね。ありがとう。


 何かヒントを得たような、ハプスさんの返しだった。


--無理しないでくださいね! 絶対に生きて帰ってきてくださいっ!


--わかってる。


 たとえどんな命であろうと、悪戯に奪われていいわけはない。人には必ず、各々が為の生きる意味を持っているはず。


 僕はハプスさんが無事に帰って来ることを強く願い、目の前に広がる戦況を見つめることにした。

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