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外伝二話 臆病な視線のその先に

グレゴリオ暦 二〇XX年七月三日

一ノ瀬紅彩は異世界に飛ばされる②


 由利香と別れ、私は一人で帰路へとついた。


 先ほどまでの興奮は一向に止む気配がない。


 しかし、今日は幸か不幸か、由利香がいない。今の足りない自分を満足させるには『あの方法』を実践する他ない。


『あの方法』とは、陸上部の練習が見える道を通って帰ること。


 陸上部が練習しているグラウンドを通る道は裏門へと繋がっている。裏門を出ると住宅街に抜け、いつも閑散としている。大抵の生徒は、駅が近い道に出る正門を使う。電車通学の私も普段は後者を使っている。


 駅から遠い道を敢えて選び、陸上部の練習、とりわけ月村蒼一の姿を見て帰る。


 二年生になってから、一人で帰ることになった場合、それが私の習慣になっていた。


 月村君のことが気になり出したのは、それほど前のことではない。


 二年生になって一ヶ月が経とうとしたくらいだろうか。


 たまたま寄るところが、裏門から出ていった方が近いところにあり、裏門へ抜ける道を通った時、陸上部の練習風景が目に入ってきた。


 その際に印象的だったのが、月村君が顧問の先生に厳しく叱られている場面だった。


 優等生の彼は、先生から褒められているところしか見たことがなく、キツく怒られている様子を見るのはとても新鮮だった。


 そうやって彼が怒られている場面にはとても違和感を感じた。優等生の彼でも苦労することはあるんだなと、体育会系は厳しい世界なんだなと、しみじみ思った。


 ただ、月村君の優秀ぶりは、普段見る授業の時だけでなく、部活の時でも際立っていた。


 何人かの集団で走っていると、彼は圧倒的な速さでゴールを駆け抜けていた。


 しかし、私を印象付けたのは、彼のそうした身体能力ではなく、練習に向かう姿勢。


 あんなに厳しく怒られても、それでも彼は一切嫌な顔をせず耳を傾け、その後もチームメイト達と笑顔を絶やさず練習に励んでいた。


 そんな彼の強さに私は徐々に心を奪われていった。


 気付けば、私は由利香と一緒に帰れない日は、陸上部の練習が見える裏門へと自然と足を運ばせていた。


 それこそが、一般論では片付けられない、私だけが感じることができる、そして、他の女子には決してわからない彼の魅力。


 裏門を通って帰る生徒など、そういないので、私が勝手に自負しているだけだが。



 私は裏門へと足を運び、陸上部の練習しているグラウンドが見えるところまで来た。


 出来ればこの場を離れたくないのが本音だが、ここで練習をじっと眺めているわけにもいかない。


 一人きりで立ち止まって練習風景を見ている姿に気付かれれば、誰もが私の事を風変わりに思う。下手したら、陸上部に興味があるのかと、声をかけられてしまいかねない。


 そんな状況は意地でも避けたい為、私はできる限り自然な速さでゆっくりと歩き、通りかかった生徒を装うようにした。


 それでも練習を⋯⋯とりわけ、月村君の姿を見られるのは一分少々。


 私は限られた時間を有効に使う為、いつものように神経を尖らせた。


 その時、突然私のスマホが揺れ出した。


--何よ⋯⋯こんなときに。


 少しイラつきながら、私はスマホを取り出した。


 誰かからLINEがきていたようだが、今はそれどころではない。


--!?⋯⋯スマホ?


 私は何かに気づいた。


--カメラ⋯⋯月村君の練習しているところ、ずっと残せる⋯⋯?


 たしかにカメラにこの状況を収めておけば、家だろうが、授業中だろうが、いつでも月村君の姿を見ることができるが。


--いや、何いってんの。気持ち悪い。これじゃあ私、まるでストーカーじゃない。


 咄嗟に自制心が働いたが、それはすぐに緩んでしまった。


--っていうか、こうやって練習を覗き見している時点で十分ストーカーか⋯⋯。一枚くらいなら⋯⋯別に⋯⋯。


 理性が暴走し出した私は、最早それを抑えることが出来ず、スマホのカメラを起動させ、グラウンドに向かってそれを差し向けた。


--あ、月村君、また怒られてる。


 月村君は五〜六人の集団の中にいて、体の大きな顧問の先生に何やら怒鳴られていた。


--こんなところを撮るのはさすがに⋯⋯、って、ええっ!?


 次の瞬間、目を疑うような光景が飛び込んできた。


 月村君が、顧問の先生に平手打ちを喰らっていた。


--何これ⋯⋯酷すぎる⋯⋯。月村君が何をしたっていうのよ⋯⋯。あんなに、一生懸命練習してるのに⋯⋯。


 私は信じ難い光景を目の当たりにすると、忘れかけていた『正義感』が込み上げてきた。


--普通にヤバイでしょ⋯⋯これ。そうだ、証拠に残しておかなきゃ!


 私はスマホのカメラモードを動画に切り替えた。


--えっ!? いやっ⋯⋯!


 動画に切り替えた瞬間、目の前の光景はさらに緊張を増す。


 顧問の先生は月村君を蹴り飛ばし、彼は地面に思い切り尻餅をついた。


 それを見せられた私は思わず力が抜け、手にしていたスマホを地面に落としてしまった。


 その際、落下音が軽く鳴り響いた。


--やばっ⋯⋯! バレる!


 私は咄嗟にスマホを拾い上げ、その場を逃げるように立ち去った。



「はぁっ、はあっ⋯⋯」


 裏門へと駆け抜けた私の息は激しくきれていた。身体的にも、精神的にも動揺が隠せない。


 月村君が受けていた仕打ちは間違い無く体罰。


 理由はどうあれ、許されるはずがない。


 私はスマホを手に取り、撮影した動画を確認した。


--うん⋯⋯それなりにハッキリ撮れてる。それにしても酷い⋯⋯!


 月村君を蹴飛ばした顧問の先生への激しい怒りが込み上げてきた。


 何としてでも貶めてやりたい。


 私は戦えるだけの武器を持っている。


--これ、SNSに上げればいいのかな? そうすればあの顧問、クビかな? でも私⋯⋯よく考えたらツィッターもインスタもやってないし、そもそも人との繋がりが少ないし⋯⋯。


 戦えるだけの武器はある。


 でも、自分自身がそれに追いつかない。


 考えれば考えるほど、もどかしさが溢れ出てきた。


--それに⋯⋯人助けなんてしたところで、どうせ報われないし⋯⋯。そうよ、私は大人しく生きるって決めたの。


 私はスマホを閉じ、徘徊するようにその場から歩き出した。

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