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四話 置かれている立場

アルサヒネ歴 八六六年四月二六日

月村蒼一は異世界で再会を果たす④


 友好闘技会まで、あと二週間余り。


 僕はひたすら、一ノ瀬さん対策に奔走していた。


 サフィーさんの助言通り、僕は防御のスキルを高めることに注力した。


 僕はこれまでの仕事の伝手を頼りに、世界中の破壊力自慢のクエスターの下を訪れていた。彼らには、仕事の合間を見つけてもらい、協力を仰いだ。


 彼らにやってもらっていたことは、実に単純で、僕をひたすら痛め付けることであった。


 目的意識も出来たお陰か、マナも随分と高まった気がするし、破壊力自慢のクエスター達の攻撃も、日に日に耐えるに苦にしなくなってきた。


 ただ、一ノ瀬さんの攻撃に耐えられるかどうかは、全く読めない。


 二週間前に闘った時の彼女だが、本気を出していなかったことは明らかである。狂ったように声を荒げていた彼女だが、息は全く切らしていなかった。どれだけ防御力を高めれば良いかなど、想像がつかない。


 そもそも、協力を仰いでいるクエスターは、人間からしてみれば名だたる存在であるものの、それでも『人間』の域を出ない。


 僕と一ノ瀬さんは、精霊の使いであって、人間を超えたところにある存在。最早、人間に協力を仰いだところで、徒労に終わる可能性は十分にある。


 そういえば、一ノ瀬さんはアルディンさんに直接指導を受けるという、反則的な行動をしているという話であった。もしかしたら、人間を超えた存在を練習相手にしていることも考え得る。


 そうだとしたら、僕の今やっている対策など、全く見当違いの可能性もある。そもそも、反則を犯している彼女の攻撃を耐えようなど、無謀な話なのかもしれない。


 いや、そうだとしたら、サフィーさんは人間を超越した存在を派遣してくれるなど、それなりの対策を寄越してくれるはずだ。きっと『人間』レベルの訓練で何とかなると、見込んでくれている。


 やるしかない。


 結局のところ、出来るところまでやるしかない。


 どんな結果になろうと、やりきるしかない、


 ⋯⋯のだが、不安は尽きない。


--誰か⋯⋯相談に乗ってくれれば。


 僕はここ二週間、ひたすら孤独だった。


 破壊力自慢のクエスター達も、心良く協力してくれたものの、精霊の使いとしての悩みを打ち明けるには、荷が重すぎる。


 彼らはあくまで『人間』なのだから。


 相談できる相手、強いて言えばサフィーさんになるのだが、あの人は来て欲しいと言えば来てくれる存在ではない。


 基本、放置プレイのスパルタ方針。


--ホント⋯⋯優しいんだか厳しいんだか、分からない人だよな⋯⋯。


 そんなことを愚痴りながら歩いていると、僕はなぜか、ハプス派のアジトに来ていた。


--何でこんなところに⋯⋯。早く戻ってトレーニングしなきゃ⋯⋯。休んでる暇なんか⋯⋯。


 そんなことを心で呟きつつも、僕はアジトの中へと歩み始めていた。



 アジトの中は、賑わいを見せていた。


 僕が代表闘技会でゴルシさんを追い詰めたことが、ハプス派に好影響をもたらしていると、風の噂で聞いたことがある。


 せっかくの上昇ムードの彼らに、僕のような沈没しかけの船みたいな奴が来ては、甚だ迷惑だろう。


--俺がここにいちゃ、マズいよな⋯⋯。


 そうは思っても、ここの居心地の良さに身体が勝手に反応し、立ち止まらせてしまう。


「あ! ソーイチ!」


 心地の良い響きの声がした。


 この音源の方を向くと、グラシューがいた。


--元気そうだな、グラシュー。でも、あの子に迷惑をかけるわけにはいかない。


 僕はグラシューから目を逸らし、空いている椅子に腰掛けた。


 みんなが、僕の方を見ている気がする。


 何か話しかけようと思っても、気まずくて話しかけられない、そんな雰囲気があった。


--だから、ここにいちゃダメなんだって⋯⋯。何で俺はここに⋯⋯。


 僕が上の空で俯いていた、その時だった。


「おいっ、バカ弟子! 久しぶりに会って挨拶もないなんて、いい度胸してんじゃねーかっ!」


 聞き慣れた甲高い声が、耳に入ってきた。


 この声を聞いていると、何となく気が楽になる。


 ゆっくりと声の主の方を向くと、ムスッとした表情を見せるグラシューの顔があった。自然と心が洗われるようで、彼女と一緒に仕事をしていた日々の記憶が、蘇ってきた。


 そういえば、今までは辛いことがあってもグラシューが側にいた。どんな些細なことでも話せる、師匠でもあり、同い年の友達⋯⋯それが彼女だった。


--俺⋯⋯グラシューに会いたかったのかな⋯⋯?


 本能的に、僕は彼女を求めていたのだろうか。


 だから、わかっていても、ここから離れられないのだろうか。


 とはいえ、彼女に頼る訳にはいかない。


 今の僕の抱えている悩みは、精霊の使いとしての、人間を超えたところにあるもの。


 一ノ瀬 紅彩などという危険極まりない人物の話をすれば、彼女の性格からすると、必ず首を突っ込んでくる。


 この一件に、グラシューを巻き込むわけにはいかない。


「ああ⋯⋯、ゴメン」


 僕は力無く言うと、また下を向いた。


「ちょっと、どうしたの!? 元気なさすぎじゃない?」


 声を荒げるグラシューが、僕の近くに身を寄せてきていたが、僕は変わらず顔を上げずにいた。


「え⋯⋯、ソーイチ、何か傷だらけじゃね⋯⋯? 大丈夫なの?」


「!?」


 グラシューがそろりと喋る声が聞こえ、僕はハッとした。


--しまった、身体の傷⋯⋯! こんなの見せたら⋯⋯!


 僕は咄嗟にグラシューの方を向き、彼女を睨め付けるように見た。


「いいから! 放っといてくれよっ!」


 僕は意図せず、グラシューを右手で突き飛ばしていた。


「ソーイチ⋯⋯?」


 グラシューの切ない声が耳に入ってきた。それを聞いた僕は顔を上げ、彼女の表情を確認した。


 実に寂しげな彼女の顔。


 今まで見たことのない裏の彼女が、そこにいた。


--やばっ⋯⋯! 何してんだ俺は⋯⋯。


 違う。


 違うんだ⋯⋯。


 僕は、グラシューのそんな顔が見たいんじゃない。


 雲一つない空から照らす太陽が如く、眩しい笑顔。


 僕が求めているのは、その一点。


 しかし、訳もわからず暴力を振るう理不尽な男に対し、そんな稀有な一品を見せるほど、グラシューの心は安くなかった。


「あ⋯⋯ゴメン! つい⋯⋯イライラしてて」


「⋯⋯⋯⋯」


 無心で発した言葉に、グラシューは何も返してくれなかった。


 当たり前だ。


 自分でも笑えるくらい、意味の無い台詞。


 僕は完全に自分を見失っていた。


「⋯⋯ちょっと、一人にしてもらえないかな⋯⋯。大丈夫だから、俺は」


 脳内に浮かんだ言葉をそのまま口にし、僕は俯き、頭を抱えた。


 何でこんなことになったのだろう。


 全てはあの日、一ノ瀬さんに再会してからだ。


 彼女が順風満帆だった僕の異世界生活を、あっという間に崩壊させた。


 辛い。


 前の世界でも、これほど悩んだことがあるだろうか。


--違うな⋯⋯。これは『ツケ』なんだ。


 僕はあることに気付いた。


 僕は精霊の使いというチート的な立場を利用して、この世界でチヤホヤされるなど、良い思いを味わい続けてきた。


 苦労もせず甘い汁を吸ってきたからこそ、同じくチート的な存在でこの世界に降り立った人物が目の前に現れ、天罰を下してきた。


 一ノ瀬 紅彩という、僕を現実に引き戻さんとする存在が。


 試練なのだ。


 間違いなく、これは試練なのだ。


 だから、誰も助けてはくれない。


 ここにいても、助けは来ない。


 僕は精霊の使いなのだ。


 人間を超越した存在は、人間に頼ることなど、言語道断。


 僕は今まさに、試されている。 


 そう強く胸に秘め、僕は立ち上がった。

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