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外伝一話 年が近いから出来ること

アルサヒネ歴 八六六年四月二六日

師は弟子の行方を案ずる


 キャリダットのトップクエスターによる代表闘技会が終わり、一ヶ月以上の時が経っていた。


 結果としては、クエスターランク一位のゴルシが三連覇を達成し、順当なものであったが、その内容はここ二年とはまるで違っていた。


 準決勝で、ゴルシはハプス派クエスターのソーイチと相見えたが、大苦戦を強いられた。


 内容は終始、ソーイチが圧倒していた。


 ゴルシはフラフラになりながらも、最後は逆転の一撃でソーイチを下したが、その試合内容から、大衆の目が変わりつつあった。


 ハプス派が、息を吹き返しつつあるのではないかと。


 代表闘技会後、それまでゴルシ派が担っていた世間を賑わすような重要案件が、少しずつハプス派にも依頼されるようになった。つまりそれは、世の平穏を願う、古き良きクエスター像を貫く姿勢に再び傾倒する民衆が、僅かながらに増え始めたことを意味する。


 ハプス派クエスター達は、そんな世の状況を見て、士気を高め始めていた。



 ハプス派クエスターのグラシューは、ハプス派のアジトにいた。一ヶ月前に比べ、アジトは活気に満ちており、多くのクエスター達で賑わっていた。


 グラシューもトップクエスターとして重要案件の一角を担い、多忙の日々を送っていた。


 しかし、彼女はあることで気を揉んでおり、心中穏やかでいられなかった。


 彼女がいつも行動を共にしているパートナーであり、短剣術を教えている弟子のソーイチが、その姿を見せないからだ。


--何やってんだろう、あのバカ弟子。代表闘技会の打ち上げが終わってから、連絡すらくれないなんて!


 彼女はアジトで束の間の休息を取っていたが、落ち着かない様子で椅子に座っていた。


--そら、次の友好闘技会の準備で忙しいのかもしれないけどさぁ、ちょっとくらい顔出してくれたっていいじゃん! 仕事だってこんなに忙しくなってきてんのに!


 グラシューは苛つきながら、しきりに地面を踏み付けていると、派閥のリーダーであるハプスがアジトに入ってきた。


「あ、ハプスさんっ。お疲れっす!」


「あら、お疲れさま」


 ハプスは落ち着いた口調で、グラシューに声をかけた。


「ねえねえ、ハプスさん。ソーイチどこに行ったか知りません?」


「ソーイチ? ああ⋯⋯、そうねえ⋯⋯」


 グラシューに問われたハプスは口籠もり、下を向いた。


「ここ最近、ずっと会ってないんですけど。いっしょに仕事やろうと思っても、連絡取れないから、誘いようがないし。下宿先のヌヴォレにもいないみたいだし」


「なるほど⋯⋯そうなのね」


 ハプスは変わらず俯いたまま、ぼやくように言った。判然としない彼女の態度に、グラシューは不思議そうな視線を送っていた。


「⋯⋯ん? 何か知ってんすか?」


「えっ? いや、その⋯⋯。何て言うかね⋯⋯」


「??」


 普段は冷静沈着で、物事を明確に語るハプスだが、彼女がこのように狼狽する様子は、珍しかった。グラシューはハプスの振る舞いを見て、ソーイチに何か良からぬが起こっていることを察知した。


 二人がしばらく立ち尽くしていると、アジトのドアが開けられ、一人の少年が入ってきた。


「あ! ソーイチ!」


 彼の姿を見て、グラシューは声を上げた。


 一方、声をかけられたソーイチは、グラシューの顔を一瞥するだけで、彼女とは離れたテーブルに向かい、椅子に腰かけた。


「は!? 何アイツ⋯⋯! チョー感じ悪いし!」


 声を荒げ、顔を膨らませたグラシューは、ソーイチの下へ大股で歩み寄っていった。


「おいっ、バカ弟子! 久しぶりに会って挨拶もないなんて、いい度胸してんじゃねーかっ!」


 グラシューは声を張り上げ、俯いて座るソーイチに向かって言い放った。


 すると、ソーイチはゆっくりと顔を上げ、グラシューの顔を見た。


「ああ⋯⋯、ゴメン」


 彼は脆弱な声を発すると、また下を向いた。


「ちょっと、どうしたの!? 元気なさすぎじゃない?」


 グラシューが心配そうに声をかけ、ソーイチの近くに身を寄せた時、彼女は彼の腕の辺りに見られる細かい傷跡に気が付いた。そしてそれはよく見ると、彼の体中に散在していた。


「え⋯⋯、ソーイチ、何か傷だらけじゃね⋯⋯? 大丈夫なの?」


 グラシューは一転して、弱々しく声を発した。


「いいから! 放っといてくれよっ!」


「!?」


 ソーイチは苛ついた様子で叫ぶと、グラシューを右手で突き出した。


 グラシューはその突きで、軽く後ろによろけた。


「ソーイチ⋯⋯?」


 彼女は、細々しく声を出した。


 普段、温厚なソーイチだが、このように声を荒げ、人を突き飛ばすことなど、考えられない行動だった。


 そんな意外な彼の行動に、グラシューは呆気にとられ、彼の顔を唖然と眺めることしか出来なかった。


 そして彼女の瞳は、少し潤み始めた。


 そんな彼女の様子を見たソーイチは、ようやく我に返ったのか、慌てて声を発する。


「あ⋯⋯ゴメン! つい⋯⋯イライラしてて」


「⋯⋯⋯⋯」


 グラシューは、何も言い返すことが出来なかった。


「⋯⋯ちょっと、一人にしてもらえないかな⋯⋯。大丈夫だから、俺は」


 ソーイチは力無く言うと、グラシューから顔を逸らし、再び俯いた。


 さらに彼は頭を抱え、目を瞑る。


 グラシューがそんな彼を見て、息を押し殺したその時であった。


「グラシュー、ちょっと」


 グラシューは背後から自分を呼び止める声を聞いた。


 振り向くと、そこにはハプスがいた。


「話があるの。ちょっとこっちに来て」


「話⋯⋯?」


「いいから。早く来なさい」


「え、ちょっと⋯⋯!」


 ハプスはグラシューの手を取り、早足で歩きだした。



 ハプスとグラシューはアジトの小部屋へと入り、二人きりになっていた。


「グラシュー、ソーイチのことはそっとしておいてあげて」


「え⋯⋯?」


 グラシューは何もわからぬまま、茫然と口を開けていた。


「私の知っている限りのことは話すから。よく聞いて」


「⋯⋯はい」


 生気を失ったかのような目をするグラシューに向かって、ハプスは語り始めた。



「前いた世界の知り合いの女の子に、殺されかけた⋯⋯?」


「そう。どうやらそのコも精霊の使いみたいでね。フィレスの精霊である、アルディン様の」


 ハプスから事の経緯を聞いたグラシューは、身を震わせていた。


「ソーイチはサフィローネ様に、アルサヒネで一番強いことを示せと指示を受けているのは、アンタも知ってるわよね? 私はてっきり、ゴルシを倒せばそれが成し遂げられるものかと思っていたけど、そうでは無かった。ソーイチにとって本当に倒さなければならなかったのは、彼と同じく精霊の使いである、そのクレアって女の子だったってわけ」


「そんな⋯⋯」


「ソーイチは友好闘技会で、クレアを倒さなければならない。でも、ソーイチとクレアの力の差は明白。だからソーイチは必死になって訓練を続けている」


 グラシューは俯き、歯を強く噛み締めた後、口を開き始める。


「だからって⋯⋯何でそんな一人で抱え込む必要があるのさ⋯⋯。ウチら仲間じゃん。一言相談してくれたっていいのに⋯⋯!」


 彼女が言い終えると、若干の沈黙が訪れた。


「今のソーイチの悩みに関しては、私たちがどうこう出来るレベルの問題ではない。これは彼の、精霊の使いならではの問題。ソーイチの力は、既に私の力を遥かに超えている。私たち常人には踏み入れられない領域だからこそ、あの子は気を使って、私たちに何も言わないんだと思う」


 ハプスは沈黙を切り裂き、グラシューを諭すように語った。


 それでも、グラシューは蟠りを拭いきれない様子だった。


「関係ないじゃん⋯⋯。精霊の使いだろうが、ナンバーワンクエスターだろうが、ソーイチはアタシの弟子で、同い年の友達だもん⋯⋯。アタシにすら何も言わないなんて、やっぱり間違ってるよ!」


 グラシューは、甲高い声を小部屋に響き渡らせた。


 それを聞いたハプスは、仄かに笑いを浮かべた。


「ふふっ。アンタならそう言うと思ってた。今のソーイチには、グラシューの力が必要だと思う」


「アタシの⋯⋯力?」


「私やリチャードみたいな古臭くて裏のある大人の言葉より、アンタみたいな若くて純粋な言葉の方が、今のあのコには響くはずだから」


 微笑みながら優しく語るハプスの言葉を、グラシューは俯きながら存分に聞き入れていた。


「ほら、ソーイチが間違ってると思うなら、師匠であるアンタが、早く注意してあげなきゃ」


「⋯⋯ですよね!」


 グラシューは威勢よくその一言を発し、小部屋を駆け出て行った。


 ハプスはグラシューの小さくなっていく背中を、不敵な笑みを浮かべながら見ていた。



 グラシューは小部屋を出ると、広間の一角にあるテーブルを見た。


 しかし、そこにいたはずのソーイチがいなかった。


「あれ!?」


 彼女は声を上げ、さらに、近くにいた一人の男性に声をかける。


「リチャードさんっ! ソーイチどこ行きました!? さっきまで、そこにいたはずなんですけどっ!?」


「何だお前、ずいぶんと慌てて。ソーイチなら今さっき、ここから出て行ったぞ」


「今さっき!? じゃあ、まだ間に合うかもっ!」


 グラシューは相変わらず威勢の良い声を発すると、アジトの扉へと駆け出し、勢いよくそれを開けた。

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