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二話 完膚なきまでに

アルサヒネ歴 八六六年四月五日

月村蒼一は異世界で再会を果たす②


 桁が違った。


 一ノ瀬さんの放つ光熱線は、さっきとは比べ物にならない程の速さで飛んできて、僕は何度も直撃を喰らった。その威力は想像を絶し、防御に徹しても衝撃は半端なものではなかった。嵐のようにその光が放たれることで、僕の体力はじわじわと削られていった。


 接近して攻撃に転じようにも、彼女の持っている鞭が、その侵入を許さない。彼女は巧みに鞭を操り、こちらもまた凄まじい威力を誇り、僕の身体を痛めつけた。気付けば僕の身体はアザだらけになっていた。


 攻めも守りも、彼女が本気を出すと、いや、まだ本気かどうかもわからないが、とにかく僕はもう、ハナから手詰まりだった。


 逃げ回るだけでマナを全開にし、スタミナ切れで、身体も傷だらけ。僕は歩くのもままならない状態に陥っていた。


「醜い⋯⋯醜いわよ、月村くん! 月村くんのそんな姿⋯⋯見たくなかった!」


「はぁっ⋯⋯はあっ⋯⋯き、君がこんな風にしたんだろ?」


「サラッと死ねばよかったのよ! 何でそうやって耐えようとするのっ!?」


「そんなこと言われたって⋯⋯無茶苦茶だな、君は⋯⋯」


「私の⋯⋯私だけのカッコいい月村くん⋯⋯! どこいっちゃったのよぉおおおあ!」


 意味不明な言葉を叫ぶ一ノ瀬さんを、僕はただ呆れて眺めるしかなかった。


--ヤバいだろこの人⋯⋯こんな頭ぶっとんだ人だったんだ。俺⋯⋯実はずっと狙われてたのかな⋯⋯。おーこわ⋯⋯。つっても、こりゃいよいよダメだな。もうまともに動けやしないし、殺されるな⋯⋯。


 目の前の狂人に対し、僕はもう成す術が無かった。


 生きることを諦めた。


 たとえ『そこで試合終了』などと、ふくよかな体格且つ初老の男性に諭されても、僕は気持ちを奮い立てる気になれない。


 一ノ瀬さんは再び僕の方を見た。


 その顔は半笑いで、気味が悪かった。


 夢に出てきそうである。


「じゃあ、本当にそろそろ死のうか。ねえ⋯⋯私だけの月村くん」


 彼女は一歩一歩、ゆっくりとこちらへ歩いて来た。死の恐怖より、一ノ瀬紅彩という存在自体に恐怖を感じていた。彼女の顔を見る度に、彼女が一言発する度に、背中に悪寒が走った。


「!?」


 突然、一瞬辺りが光ったように思えた。それに気付いた一ノ瀬さんは、辺りをキョロキョロと見回し始めた。


「アルディン様っ!? アルディン様ぁーっ!?」


 彼女が突然叫び出すと、赤い光と共に、大柄な男が現れた。


「アルディン様ぁ〜ん!」


 一ノ瀬さんはその男の腹部の辺りに抱きつき、男は彼女の頭を撫でた。


「ダメじゃないか、クレア。そいつを倒すのは、闘技会の時だって言ったろう?」


「ごめんなさい⋯⋯。私⋯⋯彼の顔を見てると、どうしても自分を止められなくて!」


「わかるぞ、その気持ち。こんなクズを生かしておくなんて、耐えられないよな」


「ええ! 世界を恐怖に陥れんとする邪神の側近、許すことなんか出来ませんわ!」


--何だ⋯⋯?


 妙な茶番劇が、目の前で繰り広げられ始めた。


「そうだな。それにしても、ヤツはもうボロボロ。闘技会では確実に倒せる相手というわけだ。よくここまで強くなってくれた、クレア。いい子だ」


「はい! 嬉しいですわ、アルディン様っ!」


--何なんだこの人らは⋯⋯。それにしてもあのデカイ男の人、どっかで見たことが⋯⋯。アルディンって名前もどっかで⋯⋯。


 僕は頭の中を巡らすと、記憶の断片から男の情報を引っ張り出すことが出来た。


--あっ⋯⋯! この世界に来る直前、剣道場裏で俺に襲いかかってきた人⋯⋯! そういえば、サフィーさんと顔見知りだったみたいだけど、この人も精霊ってこと?


 アルディンという男は、一ノ瀬さんと一緒に、僕の方へゆっくりと歩み寄ってきた。彼は僕の目の前に立ち、微笑を浮かべつつも、鋭い目付きで見下ろしてきた。僕はその勢いに圧倒され、身を引いた。


「命拾いしたな。といっても、その命もあと一ヶ月だ。無論、貴様も闘技会に出るんだろう?」


「え⋯⋯? あ⋯⋯はい、で、出ます⋯⋯出る⋯⋯予定です」


 弱々しい声で、僕は答えた。


「だろうな。サフィローネに会うことがあったら伝えておけ。貴様の無力さを分からせてやるとな。あと一ヶ月、せいぜい怯えながら過ごすんだな。クレア、お前からも何か言ってやれ」


 アルディンという男の声に一ノ瀬さんは反応し、僕の方に目をやった。彼女は目を細め、妖艶な笑顔を僕に向けていたが、僕はその表情があまりに不気味に感じ、背中を震わせていた。


「待っててね、月村くん。次会う時は、きっちり死なせてあげる」


 蛇に睨まれた蛙とは、正にこのことか。


 僕は一切口を開けず、思考停止に陥り、二人の顔を見ながら固まっていた。


 アルディンという男の体から眩い光が発せられると、彼と一ノ瀬さんの二人の姿が一瞬で消えた。


 広大な草原に一人残された僕は、全身から気が抜け、ペタりと尻もちを付いた。


--助かった⋯⋯とりあえず、どうすればいいんだ⋯⋯? 近くの集落まで自力で戻るか⋯⋯いや⋯⋯そんな元気はない。そうだ、応援がくるんだった。それが来るまで待とう⋯⋯、それまで⋯⋯。


 僕はスッと目を瞑り、地面にひれ伏した。


 もう、少しでも体を動かすだけで苦痛だった。


 とにかく、ジッとしていたかった。



 気付けば僕は馬車の中で寝かされ、ガタゴトと激しく音を立てる車輪の音と共に揺られていた。


「おおっ! 目が覚めましたかっ!?」


「ハプス様! ソーイチ殿がお気付きに!」


 回復術をかけてくれていたと思われる二人の男性が、大きな声をあげた。


 僕は起き上がろうと試みたが、全身から痛みが走り、思うように体が動かなかった。


「ああっ! そんな無理をなさらずにっ!」


 治療を続けてくれていた男性の一人が、僕を制止した。すると、僕の視界に小さな女性の姿が目に入ってきた。


「どうやったら、そんな怪我をするのかしらね。生きてるだけでも不思議」


「ハプス⋯⋯さん?」


 掠れた声で、僕は言った。


 目の前に映るハプスさんの顔は、いつものように無表情だった。


「とにかく無事で良かったわ。君ほどの人間が、こんなことになるなんて。ラクティの残党如きが、君をこんな目に遭わせるとは考えにくいし、あそこでいったい何があったの?」


 彼女は冷ややかなトーンで話すも、暗に潜む優しさを感じた。


「すみません、ご心配をおかけして⋯⋯」


 僕は天井を見上げながら、思い出すだけでも背筋の震える先ほどの出来事を回想し、語った。



「アルディンと言えば、フィレスの精霊ね」


「やっぱりそうですか⋯⋯」


「とすると、そのクレアって女の子は、君と同じく精霊の使いって立場になるわけか」


 僕は、ハプスさんに事情を話した。


 僕が一ノ瀬さんに殺されかけた時に現れた、アルディンという大男。


 彼は、やはり精霊であった。


 そして、ハプスさんが言うには、キャリダットと敵対するフィレスの精霊だと。


「で、君はそのコに手も足も出せず、ボロボロに殺されかけたと」


「はい⋯⋯情けない話ですが」


「まあ、気にすることないわよ。話を聞く限り、天下の精霊が下人とグルになって君を殺そうって感じだし。君がどれだけサフィローネ様と干渉してるかは知らないけど、その二人は、かなり密に連携しているようね」


「ですね⋯⋯」


 僕が呟くと、ハプスさんは閉口した。


 何か、考え事をしているようだった。


 暫く沈黙の時間が訪れ、車輪が悪路を走る音が支配した。


「今年の友好闘技会、ゴルシの独壇場になるってことは、まず無さそうね。そのクレアってコが、ソーイチですら手も足も出ない実力者だとしたら、私たちにまず勝ち目はない。それに、他にも知らない実力者が、潜んでいないとも限らない」


「じゃあ⋯⋯僕らがフィレスの支配下に置かれるのは、時間の問題って感じですか⋯⋯」


「それは君の頑張り次第じゃない? まだ一ヶ月ある。必死で鍛えれば、わからないと思うけど」


「それはそうかもしれないですが⋯⋯」


 僕は力無く喋った。


 そして、少し間を置き、また口を開く。


「何か⋯⋯彼女とは、もう闘いたくないですね。実力差があって怖いというのもあるけど、何か⋯⋯それとは別に⋯⋯」


 僕は言葉に詰まった。


 確かに、一ノ瀬さんのとんでもない戦闘力と、僕を何としてでも殺さんとする恐ろしい形相を思い出しただけで、身震いがする。それとは他に、彼女と闘うには『何か』が足りないことに引っかかっていた。


「何となくソーイチの言いたいことは、わかるわ。君はサフィローネ様に、アルサヒネで一番強いことを示せと、言われてるのよね。クレアを倒さないことには、それを達成できない。ただ、その『一番強いことを示す』明確な理由がわからない。一方、クレアには闘うべき理由がある」


「俺をただ殺すことが出来れば、彼女はそれでいい⋯⋯」


 僕が弱々しく言うと、ハプスさんはコクリと頷いた。


「ですよね⋯⋯そこに明確な差が⋯⋯」


「まあ、無理に闘うことはないんじゃないかしら? 少なくとも、ゴルシの天下は終わったも同然だし、クレアがキャリダットを『悪』として憎んでいるなら、彼女は平穏な日々を理想としている気もする。クレアをナンバーワンクエスターとするフィレスが、キャリダットを支配するなら、結果的に、私たちが理想とする情勢になりそうな気がする」


「なるほど⋯⋯それは言えてる」


「ただ、あくまでも、これは『私』の視点。君にとっては、サフィローネ様の課題を達成できないことになるけど」


「うーん⋯⋯そうなんですよね」


「個人的な思いとしては、ソーイチに闘技会を棄権して欲しい。そうすれば、君はクレアと闘わなくて済む。私としても、君を危険な目に遭わせたくない。ただ、精霊の使いとしての立場からすると、そうはいかないわよね」


「はい⋯⋯」


「私如きがサフィローネ様と直接話すなんて、畏れ多い。だから、悪いけどこれ以上、私が君に言えることは何もない」


「わかっています⋯⋯」


 相変わらず、僕の声のトーンは重かった。ハプスさんもまた相変わらずの無表情だが、彼女なりに心配そうな目で、僕を見ている気がした。


「何にしても、私はソーイチの味方だから。協力できることがあったら、何でも言って」


「はい⋯⋯すみません⋯⋯。ありがとう⋯⋯ございます」


 いつも冷淡なハプスさんだが、彼女の似つかわしくない優しい言葉が、輪をかけるように己の不甲斐なさと悔恨の念を増大させた。


 そんな僕の瞳からは、光るものが自然と流れ出していた。


 僕のすすり泣く音が、激しく回る車輪の音と、微妙なハーモニーを奏でていた。

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