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二二話 煌々たる日々の予感

アルサヒネ歴 八六六年三月一五日、一六日

月村蒼一は異世界で頂点に挑む㉒


 気が付くと、僕はベッドの上にいた。


 とりわけ何も装飾のない、殺風景な石造りの天井が、視界に入ってきた。


「うぅ⋯⋯ここは?」


 ゆっくりと身体を起こすも、頭に鈍い痛みが走っていた。


「ソーイチっ!」


「わっ!」


 耳を(つんざ)くような高い声で、僕の名を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、僕はその声の主に抱きしめられた。


「グラシュー⋯⋯?」


 僕は抱きしめてきた女の子の名前を、細々しく口にした。


「もう! 心配したんだからっ!」


 彼女は潤んだ瞳で、僕を見ていた。


「えっと⋯⋯俺は⋯⋯?」


 僕は周囲を見渡すと、その場にハプスさんとリチャードさんもいることが、確認できた。


「お目覚めのようだな」


 リチャードさんは、笑顔で僕に話しかけてきた。


「リチャードさん⋯⋯? あれ、俺はどうしてここに? たしかゴルシさんと闘ってて⋯⋯」


「ゴルシの一撃を頭に受けて、かれこれ四〇分は気を失ってたわよ」


 ハプスさんが僕の記憶の整理の間を割ってくるように、声を挟んできた。


「よ、四〇分⋯⋯そうか、さすがに耐えられなかったか」


 僕は肩を落として言った。


「勝負は完全に君が勝つ流れだった。きっとここにいる誰もが、ソーイチが勝つものと思ってた。会場はゴルシの逆転を願ってたみたいで、結果的にはそうなったけど」


「そうですね⋯⋯すいません」


 僕は力無く答えた。


「それにしても、お前が倒れた最後の一撃、あれだけ妙に綺麗に決まったよな? 全く掠りもしなかった攻撃が、見事に頭に入るとは」


「ああ⋯⋯それはですね」


 リチャードさんの疑問に対し、僕は少し間を置いた。


「俺、わざと負けるつもりだったんです。あれ以上やると、ゴルシさん、死ぬかもしれないって思ったから。それに、もう俺の方が強いってことが明らかに分かったし、観客も俺の勝ちを望んでないなら、無理に勝ちに行く必要はないかなって」


 三人は、黙って僕の話を聞いていた。


「だから、自分の防御力を確かめる意味でも、ゴルシさんの攻撃を、わざとノーガードで受けたんです。マナを絞り出して歯を食いしばったんですけど、四〇分も気を失うとは⋯⋯。やっぱりゴルシさんの破壊力は、恐ろしいですね」


「バカっ!」


「!?」


 僕のすぐ側にいたグラシューが叫んだ。


 僕は思わず反応し、彼女の方を見た。


「何でそんな危険なことばっかりするのさっ! ラクティの時といい、さっきといい⋯⋯。アイツの攻撃をわざと受けるなんて、自殺行為だよっ!」


「ご、ゴメン⋯⋯」


 激しい形相で怒るグラシューに、僕は弱々しく謝るしかなかった。


「ソーイチは先々のことを計算して、思い切ったことを試すわよね。ラクティの時だって、ただ怒りに任せて、ゴルシにケンカを売ったわけじゃない気がする。今日のことを思って、アイツの力を測ったんじゃないかしら?」


「あ⋯⋯バレました? どれくらい鍛えておけば、ゴルシさんを倒せるか、確かめておきたくて」


 僕は、頭を掻きながら言った。


「ただ、あまり人を心配させるもんじゃないわよ。特に君の師匠は、最近、君のことを只の弟子だけとは、思ってないみたいだしね」


 ハプスさんは微笑を浮かべ、僕とすぐ側にいるグラシューの顔を見ていた。


「な、なな、何言ってんすかーっ! ちょっとーっ! 変なこと言わないでくださいよっ!」


 慌てて喋るグラシューの顔は、赤らんでいた。


「ふふっ。ハプス派は、プライベートなことは本人に任せる方向だから」


「だーかーらーっ! そんなんじゃないって! オイっ、バカ弟子! いつまでくっついてんだ、このっ!」


「いてっ!」


 なぜか僕はグラシューに身体を押され、彼女との距離を無理矢理引き離された。


「いてて⋯⋯ところでハプスさん、俺の次の試合って、ハプスさんの出番じゃなかったでしたっけ? こんなところにいて大丈夫なんですか?」


「ああ、君が寝ている間に終わらせたから。明日の決勝、ソーイチがゴルシを痛めつけてくれたおかげで、私にも勝機があるかもしれないわね」


「そ、そういうことですか⋯⋯さすが」


 僕の声は震えていた。


「さて、私は明日に向けて、早目に宿に戻ろうかしら。ソーイチは大事を取って、もうしばらくここで休んでなさい」


「そうですね⋯⋯まだちょっと頭痛いし」


「私とリチャードはご飯食べに行くけど、グラシュー、アンタはどうする? ソーイチと一緒にいる?」


 ハプスさんに誘われたグラシューは、目を見開いていた。


「い、いないからっ! アタシも行きますって!」


「そう? 無理しなくてもいいのよ?」


 ハプスさんは、面白げな表情をしていた。


「無理してないしっ! もう〜っ!」


 慌てて二人について行くグラシューがいた。


 医務室と思われるこの部屋に残された僕は、大人しく目を瞑った。



「オイ」


「!?」


 眠りにつこうかと思ったその時、野太い声が聞こえてきた。それに反応した僕は、声がした方を向いた。


「あ、ゴルシ⋯⋯さん?」


 そこには、痛々しく包帯だらけになっていたゴルシさんがいた。


「だ、大丈夫ですか?」


「ああ? それはこっちの台詞だろうが。何で勝ったオレがそんなこと言われなきゃならんのだ?」


「ま、まあ⋯⋯そうですね」


 たしかにその通りであるが、恐らくは僕よりもずっと重傷であると思われる彼の様子を見ると、そう声をかけざるを得ない。


「まさか、オレの一撃をまともに受けて生きてるとはな。しかも思ったより、ピンピンしてやがる。まったく、気に食わねえ野郎だぜ」


「き、恐縮です⋯⋯」


 ゴルシさんは、睨み付けるように僕を見ていた。


「わざとか?」


「へ⋯⋯?」


「お前を倒したオレの一撃、あの時だけ、お前の動きが止まったように見えた」


 ゴルシさんは強張った表情で言うと、間を置いた。


 彼の鋭い視線が、痛々しい。


「正直に言え。オレの気が済まん」


 僕は、ゴルシさんから目を逸らした。


「すみません⋯⋯あなたを殺してしまうかと思ったから、そうせざるを得なくて」


「⋯⋯ちっ、甘ったれが」


 僕は恐る恐る、再びゴルシさんの方を見た。彼は相変わらず、顰めた顔で僕を見ていた。


「あの⋯⋯ゴルシさん。どうしてあなたは、そこまでして⋯⋯」


「あぁん?」


 僕が恐る恐る聞くと、彼は不機嫌そうな声を発した。


「いや、その⋯⋯。何でそこまでして、闘う必要があるのかなと⋯⋯。さっきの闘いで、明らかにあなたの体は、限界を超えていました。あなたを奮い立たせる原動力は、いったい何なのかと、気になって⋯⋯」


 歯切れの悪い口調で僕は言葉を連ねると、ゴルシさんは僕を凝視した。


「負けたくねえからだよ」


 しばらくして、脅すような彼の声が響き渡った。


「弱えヤツは食われる。それがこの世界の原理だと、オレは思ってる」


 相変わらずドスの利いた口調で、ゴルシさんは言い放っていた。


「いや、決してそんなことは⋯⋯」


 僕は、怯えながらも反論した。


「おめえにはわからねえだろうな。奪われたヤツの気持ちなど」


「奪われた⋯⋯?」


 僕は目を瞠って問い掛けると、ゴルシさんはしばらく下を向いて、沈黙した。


「⋯⋯オレの出身は、フェームだ」


「はいっ!?」


 彼の告白に、僕はさらに目を見開き、驚愕した。


「平凡なクエスターだった俺は、故郷の護衛にあたっていた。そんな時、ラクティが襲ってきてよ。ヤツらの強さに、当時のオレは手も足も出ず、街はあっという間に陥落した」


 ゴルシさんは俯いたまま、淡々と語り続ける。


「だが、リーダーのグランは、オレの素質を見抜いたのか、一時的にオレをラクティに引き抜いた。そしてオレはヤツに、野心の心得をひたすら説かれた」


「そんな⋯⋯。ゴルシさん、あなたはもしかして⋯⋯」


 僕は淡い声を発し、間を置いた。


「元々、ラクティが憎かった⋯⋯? それに、グランさんにも恨みが⋯⋯?」


 僕の朧気な問いかけに、ゴルシさんは顔を上げた。


「そんなことはどうでもいい。とにかく、ラクティが現れて以来、オレは分かったのさ。弱い奴は喰われる、負けた奴は惨めになる、そして野心さえあれば、人は強くなり続けるということを。そしてそれが、人間の本質であり、世界のあるべき姿だと」


「ゴルシさん⋯⋯」


 ゴルシさんの心の奥底に潜む悲愴感を受け取った僕は、力無く彼の名前を呟いていた。


「ふん⋯⋯何でこんなくだらんことをベラベラと⋯⋯。まったく、お前といると調子が狂うわ。本当に気に食わねえ」


 乱暴な口調で言い放つゴルシさんだが、妙な温かみも感じた。


「今度は試合なんか生温い環境ではなく、何でもアリの殺し合いでやるぞ」


「え⋯⋯?」


「次やる時は、必ずテメエをぶちのめしてやる。その時まで、誰にも殺されるんじゃねえぞ」


 ゴルシさんは、ひたすらガンを飛ばすが如く目で、僕を凝視した。


「わかりました。受けて立ちましょう。そして、今度こそあなたを⋯⋯」


 僕はそう言いかけて、少し言葉を飲んだ。


「荒んだ思いから、救ってやります」


 僕は明白な口調で言い切るも、ゴルシさんの厳しい表情は変わらなかった。


 しばらく彼は僕を見つめたままでいると、後ろに振り返った。


「ふん⋯⋯。腐るほどの甘ったれだな」


 ゴルシさんは静かに吐き捨てると、入り口に向かって歩いて行き、そのまま部屋から出て行った。


「これで⋯⋯良かったんだよな?」


 僕は強く息を吹き込み、再びベッドの上に横たわった。



 翌日、代表闘技会の三位決定戦と決勝戦が行われた。


 三位決定戦で、僕はミルカという女性クエスターと闘ったが、一〇秒ほどで試合を決めることが出来た。


 決勝戦はハプスさんと、手負いのゴルシさんとの対戦となった。


 傷を負っているとはいえ、ゴルシさんの堅い身体は健在で、ハプスさんの魔法攻撃を全く寄せ付けなかった。結局、ハプスさんはゴルシさんの装甲を崩せず、体力の落ちてきたところに一撃を喰らい、ゴルシさんは代表闘技会三連覇を成し遂げた。


 そして、フィレスとの友好闘技会の代表は、ゴルシさん、ハプスさん、僕の三人に決まった。


 今はその表彰式で、僕らはキャリダット王・ノビルタに激励の言葉を受けている最中であった。


「皆、素晴らしい闘いぶりであった。そなたらの力があれば、必ずやフィレスを打ち負かし、憎きその存在を我が国の手中に収めることであろう。期待しているぞ」


 王は高揚した口調で語り、僕ら一人一人に握手をした。友好闘技会の名はどこへ行ったのやら、と突っ込みを入れたくなる彼の言葉だった。


 僕は彼の手を握り締めた瞬間、思いの丈を噛み殺すのに、苦心した。



 表彰式が終わり、観客も席を後にし始め、コロシアムは熱戦の余韻に包まれていた。僕とハプスさんはコロシアムの中央から、控え室へと足を運んでいた。


「すいません、ハプスさん」


 控え室へと歩みを進める途中、僕はハプスさんに声をかけた。


「ん? 何が?」


 ハプスさんは、不思議そうな顔をして僕の方を見ていた。


「結果的に、ゴルシさんに負けてしまって。ハプス派の影響力を考えると、やっぱり良くなかったですよね?」


「まあ、いいんじゃない? 死人が一人出るよりマシだと思う。殺生はしないという私たちの理念、それは死守しないとね」


 ハプスさんは特に気にする様子もなく、サバサバとした表情であった。


「それに、ソーイチがあれだけのゴルシを追い詰めたのは、確実に情勢を動かすと思う。今日の結果は私たちにとって、大きな一歩になったはずよ」


「だと⋯⋯いいですけどね」


 僕はもっと上手い方法があったのではと、何かが胸に(つか)える心地がしていた。


「何よ、浮かない顔して。自信を持ちなさい、エース。少なくとも私は、今日の結果に満足してる。ここまで君を育ててきた甲斐があるって、本気で感じてるから」


 ハプスさんらしい控えめな笑顔が視界に入ってきた。それを見た僕は、少し蟠りが晴れた気がした。


「さて、帰ったら打ち上げをしましょう。私も久し振りに、ハメを外そうかしら」


「⋯⋯はい!」


 彼女のその一言には、今まで抱えていた重圧の甚大さを感じられた。


 その言葉を聞き、僕はようやくこれまでの苦労が報われた心地がした。前途洋々な未来が待ち構えていることは、間違いなかった。


 間違いなかった⋯⋯はず。


 そのはずなのに⋯⋯。


 僕の煌々たる日々を妨げる者は、その日から程無くして現れるのであった。

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