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外伝三話 破られた装甲

アルサヒネ歴 八六六年三月一五日

王者は悦楽に浸る


 キャリダットのナンバーワンクエスターであるゴルシ・ノリウッチは、ここ近年感じたことのない喜びに満ちていた。


 八人のトップクエスターが集結する、キャリダットに於ける代表闘技会。その準決勝で、彼は自分自身を満足させ得る相手と闘っているからだ。


 その相手、ソーイチ・ツキムラは、試合開始から三〇分近くゴルシの相手をしていた。ゴルシが国内で無双の強さを見せるようになって以来、彼がこれだけ長い時間、闘技会で闘っているのは初めてである。


「いいぞ、ソーイチ。ここまでオレとやり合えるとは。期待して待っていた甲斐があったぜ!」


「そいつはどうも⋯⋯」


 満足そうな笑顔で話すゴルシを他所に、ソーイチは睨み付けるような目で彼を見て、開口していた。


「それだけの速さで三〇分近く動き回れるとは、スタミナも相当あるんだな」


「⋯⋯まあ、自分にとっちゃジョギングみたいな速さですからね」


「何⋯⋯?」


 ソーイチの言葉を聞いたゴルシから、笑顔が消えた。


「だってゴルシさん、あなた本気出してないでしょう? ナンバーワンとされる実力、その程度の訳がない。手を抜く相手には、相応の力で臨むのが礼儀ではないかと」


 ソーイチは、淡々と言葉を紡いでいた。


「それとも、あなたの求める刺激とは、ご自身の本気すら出さず、こんなダラダラと退屈な勝負を続けるような、生温いものだったんですか?」


 彼が嘲笑うかのような表情で言い終えると、ゴルシの顔が若干引き攣った。


「ほう⋯⋯言ってくれるな。すぐに試合を終わらせちまうのも面白くねえから、いつも通り手を抜いてたんだが⋯⋯」


 次の瞬間、ゴルシの目付きが変わった。


「いいだろう! そんなにオレとの勝負が退屈だったら、すぐに終わらせてやるよ!」


 高らかに言い放たれた台詞と共に、ゴルシの身体の周りが白く輝きだした。


「ふんっ!」


 彼が良く叫ぶと、彼の周囲から爆風が発せられ、ソーイチはその勢いに煽られた。ゴルシの筋肉は先ほどよりも隆起しており、チラホラと血管が軽く浮き上がっていた。


「おおっ⋯⋯さすがですね。そうこなくては」


 ソーイチは嬉しそうに笑いながら、再び低く構えを取った。


「勢い余って殺しちまったら、許してくれよっ!」


 ゴルシは両手にハンマーを掲げ、ソーイチに向かって次々に振り下ろした。


 ソーイチは飄々とした表情で、軽々とその攻撃を躱し、空を切るハンマーが地面に打ち付けられる度、試合会場に地響きが起こった。


「おおおっ⋯⋯! 揺れてるぜ!」


「あんなゴルシ初めて見るな⋯⋯」


「今まで、本気じゃなかったのか?」


 観客席からは、興奮気味な声が会場に響き渡っていたが、ゴルシのあまりの攻撃の激しさに、恐れ慄く声が目立ち始めていた。


 一方、ゴルシの猛攻を目の前にするソーイチは、落ち着きを払い、それを避け続けていた。


「どうした! 逃げ回ることしかできねえのかよっ!」


 ゴルシは脅しを掛けるような声で叫びながら、巨大なハンマーを振るい続けていた。


「そうですね、攻撃してみますか」


 ソーイチはそっと口にすると、目にも止まらぬ速さでゴルシとの距離を詰め、彼の手元を斬り付けた。


 その軌道は、ゴルシの左手の甲を捉えた。


 そして、鈍い金属音が鳴り響く。


「ううっ!」


 ゴルシは顔を歪め、悶えるような声をあげた。


 彼はハンマーを持っていた左手を離し、腰の辺りでぶらつかせた。


「あれ、どうしました?」


 ソーイチは、小馬鹿にしたような口調で声を発した。


「ぐうっ⋯⋯左手が痺れやがる⋯⋯! てめえ、まさか本当に力を隠して⋯⋯!?」


 ゴルシは鋭い目付きで、ソーイチを見た。


「そんな⋯⋯ウソを言ってどうするんですか。そんなの、ナンバーワンのあなたに失礼ですよ」


 ソーイチは微笑を浮かべながら言うと、再びゴルシとの距離を詰め、今度は脇腹辺りを短剣を横に薙ぎ払った。


「ぐぅおおおおおっ!」


 苦痛に耐えられず、叫ぶゴルシ。


 彼の脇腹付近から、ジワリと血が流れていた。


「ご、ゴルシが流血!?」


「まさかっ、そんなことがっ⋯⋯!」


 会場から、ゴルシの様子を憂慮する声が漏れ始めた。


「イケる、イケるぞ! ソーイチ!」


「そのままのしちまえ! お前が新しいナンバーワンだっ!」


 そして、ソーイチを贔屓する観客からは、興奮する声が力強く発せられていた。


 悲鳴と歓喜。


 会場は二分されたコントラストに包まれた。


「このクソガキが⋯⋯このオレに傷を負わせるとは⋯⋯!」


 怒気を孕むゴルシの言葉に、ソーイチは瞠目して首を傾げた。


「あれ? どうも穏やかじゃないですね。刺激が欲しいって仰っていたから、傷付くくらいの勝負がしたいのかと」


「黙れ! 人を小馬鹿にしやがって! ぶっ殺してやらあ!」


 狂ったように叫び出すゴルシの身体から、さらに眩しい白い光が発せられ、彼の身体はさらに盛り上がり、赤みを帯びてきた。浮き上がっていた血管も、さらに目立っていた。


「ああああああああっ!」


 ゴルシは雄叫びを上げ、ソーイチに襲いかかった。


 全てを亡き者とせん、驚異の一撃。


 しかし、そんな巨人の猛攻は、ソーイチの身体に全く触れることがなかった。


 涼しい顔をしたソーイチの目の前で、ゴルシのハンマーの軌道は、空を切り続けていた。

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