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一九話 古豪を退けて

アルサヒネ歴 八六六年三月一五日

月村蒼一は異世界で頂点に挑む⑲


 キャリダットのトップ八名のクエスターがしのぎを削る代表闘技会、この日は既にその幕が切って落とされていた。


 観客の熱気あふれる歓声が湧き上がるコロシアム。僕はその選手控え室にいて、中央で繰り広げられる一回戦第一試合の様子を見ていた。


 そこには、グラシューがランク一位のクエスターであるゴルシさんに、堂々と挑む姿があった。彼女は次々と攻撃を仕掛け、嵐の如き猛勢を見せていたが、ゴルシさんはそれに全く動じることなく受け止めていた。


 そして、彼女の動きが鈍ってきたその時⋯⋯、


「うわっ⋯⋯やられたか!?」


 ゴルシさんの素手による一撃が、グラシューに突き刺さり、僕は思わず声を漏らした。


 グラシューは、試合場の端まで吹き飛ばされた。


 地に伏せる彼女は、そのまま立ち上がることなく、試合は終わってしまった。


「うおおおおっ! やっぱ強いぜ!」


「ゴルシ最強!」


「ゴーールーーシッ! ゴーールーーシッ!」


 ゴルシさんを讃える観客の声が、耳に入ってきた。強さと富こそが価値観の中心にあるこの国にとって、ゴルシさんが英雄的な存在であることは間違いない。


 そんな民衆からの後押しと共に、ゴルシさんは控え室に向って歩いていた。


 僕らの敵は限りなく多いと、改めて思った。



 控え室に戻ってきたゴルシさんは、僕の前に立った。


「よう、調子はどうだ?」


 彼は陽気な感じで、僕に声を掛けてきた。


「ええ、悪くはないですよ」


 僕は笑顔で返答した。


「楽しみに待っててやるから、必ず勝ち上がって来いよ」


「はい、ありがとうございます」


 僕が快活な声で挨拶すると、彼は僕から遠ざかって行った。


 一見、爽やかなやり取りであったが、僕の気分は憎しみに溢れていた。一ヶ月前のラクティとの戦いで、リチャードさんを意識を奪うまで痛め付け、彼の師匠であるグランさん、そしてハプス派の同志三人を殺めた彼の残忍な背中を、僕は忘れられるはずがない。


 そんな後ろ向きな思いに駆られていると、コロシアムのスタッフに肩を支えられ、控え室に入ってくるグラシューの姿を確認した。


「あ、お疲れ⋯⋯大丈夫?」


 僕は彼女に目線を合わせ、声をかけた。


「いてててて⋯⋯ダメだ、全然歯が立たなかった。何やってもアイツには通じなかったし⋯⋯」


 グラシューは力無く喋った。


「そっか⋯⋯」


 悔しさに満ちた彼女に対し、僕はそんな慰めにもならない一言をかける他なかった。


「⋯⋯カタキ、取ってくれるよね?」


 グラシューは顔を上げると、いつもの彼女とは違う、優しさを感じる笑顔を見せていた。


「うん、もちろん。見ててよ」


 僕も笑いながら返事をすると、彼女はスタッフに連れられて、医務室と思われる小部屋へと消えて行った。


「おい」


 品の無い声と共に、僕は肩を叩かれる感触を覚えた。


 肩を叩かれた方向を見ると、僕より少し背の高い男性が、僕を見下ろしていた。


「お前、既に一回戦を勝ち上がった気でいるみてえだが、調子に乗るんじゃねえぞ」


 その台詞から察するに、彼は次に僕と闘う相手であろう。


 たしか名前は、ステルヴィといったか。


「すみません、聞こえてましたか。そんなつもりで言ったわけでは、なかったんですけど」


 一応、申し訳なさそうな表情を作って、僕は彼に謝罪した。


「ランクがクエスターの強さを表しているわけじゃねえってことを、証明してやるよ。ポッと出のガキとは違う、年季の違いってモノを見せてやる」


「へえ、それは楽しみですね。勉強させて下さい」


 僕は嘲笑するかのような表情を見せ、そう言ってやった。


「ちっ⋯⋯生意気な奴。いいか、テメエみてえなガキが、ゴルシさんと闘うなんて一〇年早い。首を洗って待ってろ」


 彼は脅しを掛けるように言い放つと、コロシアムの中央へと足を運んで行った。


「さて⋯⋯俺もそろそろ気合い入れていきますか」


 僕もステルヴィさんの後について行くように、一歩一歩闘いの場へと歩を進めて行った。



 英雄的な強さを誇る戦士の闘いぶりを見た聴衆の興奮が、コロシアムの中央に冷めずに残っていた。そんな熱気に包まれた舞台に僕は立ち、相手であるステルヴィさんと対峙した。


 側にいた審判の人が、僕らに最低限の注意事項を伝えていた。相手を殺してはならない、倒れた相手への攻撃は認めないなど、要は相手を敬い、倫理に反した行為はするなとの趣旨であったが、彼はそれを言い終えると、その場から立ち去った。


 そして、試合開始を告げる鐘が鳴った。


「よくもさっきは、オレに舐め腐ったことを言ってくれたな」


 ステルヴィさんは、肩にかけていた大剣を両手に持った。


「このオレをコケにしたこと、後悔させてやる!」


 怒りに燃える彼の目を見て、僕は少し間を置いた。


「⋯⋯俺、そんなに気に障るようなこと言いましたっけ?」


 僕があっさりとした口調で言うと、彼は眉間にシワを寄せた。


「それがコケにしてるってんだ!」


 ステルヴィさんは大きな剣を振りかぶり、襲いかかってきた。


 僕は、ほんの少しばかりのマナを集中させた。


 すると、彼の動きは、あっという間にスローモーションと化した。


--なんだ、全然言うほど大したことないじゃないか。


 長居は無用。


 次のゴルシさんとの勝負に向け、少しでも集中を高めたかった僕は、さっさと試合を終わらせることにした。


 僕は腰に短剣を納めたまま、ステルヴィさんの懐へ入り込み、短剣を抜刀しつつ、彼の腹回りを斬り裂いた。


「な⋯⋯なん⋯⋯だと」


 ステルヴィさんは膝をつき、そのまま前のめりになって倒れた。


 審判の人が彼に駆け寄ると、すぐさま手をクロスさせ、試合終了の合図を示した。


 コロシアムに、再び鐘が鳴り響いた。


 会場は再び、歓声に湧いた。


「すげーぞ、少年!」


「ホントに一七歳かっ!?」


「次も期待してっぞ!」


 僕は興奮した聴衆の声を耳にしつつ、控え室に戻っていった。


「す、すみません、あぁ、すみません、ありがとうございます⋯⋯」


 褒め称えてくれる観客の声に、僕は申し訳なさそうな声を漏らし、頭をペコペコと下げていた。



 その後、試合は滞りなく消化されていった。


 第三試合でリチャードさんが登場したが、一ヶ月前、ゴルシさんにやられた怪我の影響が残っているせいか、精彩を欠いていた。本来の動きを見せることなく、リチャードさんは敗れ去ってしまった。


 続く第四試合では、ハプスさんが貫禄を見せつけた。相手に全く体を触れさせることなく、五分ばかりでケリを付けていた。


 一回戦の全試合が終わり、大会は準決勝まで、小一時間程の休憩時間に入っていた。


 僕は出場したハプス派のメンバー達、ハプスさん、リチャードさん、グラシューの三人と談笑を交わしていた。


「ソーイチは難なく一回戦は突破って感じね。リチャードとグラシューは残念だったけど」


 ハプスさんは僕らの顔を見ながら、労いと励ましの言葉をかけてくれた。


「ゴルシにやられた怪我のせいで、調整不足だったからな。ただ、相手の『ミルカ』って女、調子が良さそうだったな。俺が万全だったとしても、勝つのは厳しかったかもしれない」


 リチャードさんの表情は、特に悔しさが滲み出ていたわけではなく、清々とした感情が窺えた。


「次に私がやる相手ね。一回くらい対戦したことはあったかと思うけど、警戒しておこうかしら。ゴルシには勝てなくとも、三位以内入って、友好闘技会への出場の権利は得たいところだし」


「その人、俺とも闘う可能性があるわけですよね?」


 僕はハプスさんの方を見て、問い掛けた。


「そうね、三位決定戦で。ただ、君はゴルシに勝つつもりでいてくれないと、困るからね」


「わかってます」


 ハプスさんは厳しい目で僕の方を見てきたので、僕はそれに応えるよう、真剣な眼差しを持って言った。


「で、どーなの、ソーイチ。ゴルシには勝てそう?」


 グラシューが無垢な表情で、僕に問い掛けてきた。


「やってみないとわからないけど、それなりに自信はあるよ」


「お、マジか。珍しく強気じゃん」


 グラシューは、笑顔で声を発していた。


「確かに、ステルヴィを一撃で仕留めたからな。奴も長らくS級の座につく古豪。そんな相手を全く相手にせんとは、お前も末恐ろしい男になったもんだ」


 リチャードさんも笑顔を見せながら、僕に喋りかけてきた。


「あ⋯⋯そうだったんですね。そんなにスゴい人だったんだ、あの人。人間としては褒められたもんじゃないけど⋯⋯」


 僕は思わず、本音を付け加えた。


「とにかく、今後の私たちの命運は、次の試合が全てを握っている。ソーイチにはプレッシャーを感じさせて悪いけど、いい結果を期待してるから。ごめんなさいね、もう頑張ってというくらいしか、掛ける言葉がないけど」


「いいですよ、十分です。必ずやってやりますから」


 三人の言葉を貰い、僕はさらに闘志を漲らせた。


 絶対に負けられない戦いがそこにあり、運命の一戦が待ち受けるとも言える時が迫っていたが、緊張感はなかった。自然体で臨める、非常に良い精神状態であった。僕はその時が来るのを、心待ちにしていた。

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