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一四話 怒りに委ねた一撃

アルサヒネ歴 八六六年二月一二日

月村蒼一は異世界で頂点に挑む⑭


「ソーイチ!」


 グランさんの奇妙な笑顔をしばらく見ていると、僕を呼ぶ女性の声が聞こえた。その音源へ振り向くと、いくつか身体に傷を負ったハプスさんの姿があった。


「ハプスさん、無事だったんですね。下の人達は?」


「ええ、今はお昼寝中よ。君の方はどうなの?」


 冗談交じりに表現するハプスさんは、僕の方に歩み寄ってきた。


「えっと、まあ⋯⋯こんな感じです」


 僕は倒れたグランさんを指差した。


 ハプスさんは彼に近づき、その顔を見下ろした。


「久しぶりね、グラン。どう、ウチのエースは?」


「え⋯⋯?」


 ハプスさんの思わぬ台詞に、僕は呆気に取られた。


「⋯⋯よくもまあ、こんな化け物を連れて来れたもんだな」


「ふふっ。何か運が良くてね。気付いたら私たちの仲間になってたって感じ。精霊、いや、全知全能の神様は、私たちを見捨てなかったってことかしら?」


 透き通った声で喋るハプスさんの表情は、穏やかな笑顔だった。


「あの⋯⋯お知り合いですか?」


 僕はハプスさんの方を見て、細々と問いかけた。


「ええ、彼が英雄と呼ばれていた頃に、一緒に仕事をしたことがあるの」


「ああ⋯⋯そういうことですか」


 僕は再び、グランさんの顔を見た。


「さて、ラクティのリーダーさん。まともに動けないようだし、降伏ということでいいかしら?」


 ハプスさんはいつもの無表情に戻り、グランさんに問いかけた。


「ククククッ⋯⋯」


 問われたグランさんは、やはりなぜか笑っていた。


「何がおかしいのかしら?」


「お前らは気付いてないのか⋯⋯? 既にどうにもならん敵を回してしまっているということに⋯⋯」


 グランさんが吐き捨てるように言った、その時であった。


「あっ! いたぁーっ!」


 聞き覚えのある快活な声が耳に入ってきた。僕はその声の元の方を振り向いた。


「グラシュー?」


「まったく⋯⋯何てデタラメに広い建物だよっ! 探すのチョー苦労したしっ!」


 息を激しく切らしたグラシューが、この部屋へと入ってきた。


「グラシュー、入り口にいた敵はどうしたの? それに、リチャードは?」


「そ、それよりも大変なんですっ! ゴルシが、ゴルシがここに⋯⋯!」


「何ですって?」


 ハプスさんが驚きに満ちた声で言うと、僕は入り口の方に立つ、巨大な人影を確認した。


「おい、お嬢ちゃん、こんな立派な先輩を置いてくなんて、ひでえじゃねえか」


 その人影から品の無さげな声が聞こえてくると、こちらへ何かが投げ込まれてきた。


 乱暴に投げつけられた何か⋯⋯、


 それは、人体であった。


 その身元は、リチャードさんだった。


 彼の全身は、無残にも酷く傷付けられていた。


「リチャードさんっ!?」


「リチャード!?」


 僕とハプスさんは、すぐさま傷付いたリチャードさんに駆け寄った。


「しっかりして下さいっ! リチャードさんってば!」


 僕は目を瞑って動かないリチャードさんに、必死で声をかけた。


「大丈夫、辛うじて生きてるみたい。応急処置をすれば何とかなるかも」


 ハプスさんは冷静に声を発し、リチャードさんの胸のあたりに手を置いていた。


「リチャードさんは、ゴルシを一人で止めようと⋯⋯。アタシを⋯⋯死なせるわけにはいかないって⋯⋯、あと、ソーイチとハプスさんを呼んで来いって言って⋯⋯」


 グラシューが柄になく弱気な声で、取り留めもなく喋っていた。彼女の瞳からは涙が溢れていた。


「アンタは悪くないわ、グラシュー。勇気を持って私たちに伝えてきてくれて、ありがとう」


 ハプスさんはグラシューを諭しつつ、リチャードさんに手を当て、回復術を試みていた。


 そして、僕の心の底からは、怒り以外の感情が噴き出ることはなかった。


「いったいどういうつもり⋯⋯!」


 僕は、リチャードさんを乱暴に投げつけたと思われる人影の方を振り返りつつ、怒鳴りつけるように叫んだ。


 しかし、その姿を見るやいなや、言葉に詰まった。


「あなたは⋯⋯たしか」


 目の前に立つ大男を見て、僕は直近の記憶を辿っていた。



 この案件を受けようと思ったその日、バリーの声に気を取られながら走っていたら、不注意で自分から身体をぶつけてしまった人がいた。


 その人は、今、僕の目の前に立つ大男に、そっくりであった。


 僕はその時、彼に平謝りするしかなかったが、彼は動じることなく僕をじっと見ていたのが印象的だった。


『ほお⋯⋯お前、これ受けるのか?』


『そうか、頑張れよ』


 また、その時彼に言われたこれらの台詞も、印象強く頭の中に残っていた。



「やっぱり、お前がソーイチか」


 大男は僕に向かって、ニヤケながら言った。


「そうですけど⋯⋯あなたがゴルシさんだったんですね。どうして俺の名前を?」


「彗星の如く現れては、クエスターランク三位にまで上り詰める存在。この国に生きるクエスターとして、そんな有名人をチェックしない奴の方が珍しいさ」


 ゴルシさんは、僕らの方に近付いてきた。


「そんなことはどうでもいい! どうしてリチャードさんをこんな目に⋯⋯!」


「ああ、本当はラクティに戦いを挑んで返り討ちにされたとして、お前たちをここで消すつもりだったんだがな」


「何だって⋯⋯!? そうか、アージェントウルフの時と一緒⋯⋯国の体裁を保とうって、例の汚い考え方だな!」


 声を荒げる僕を尻目に、ゴルシさんは倒れるグランさんの目の前まで、歩みを進めていた。


「お、遅えじゃねえか⋯⋯」


 グランさんは、声を絞り出していた。


「お師匠さん、何か勘違いしてないかい?」


「何だと⋯⋯?」


 グランさんが顔を引き攣らせながら言うと、二人に妙な間が生まれていた。


「こんなちっぽけな集団に潰されちまうような組織は、オレの興味にない」


 ゴルシさんは笑いを浮かべながらも、脅すような口調で言い放っていた。


「それに、アンタらは強引すぎるんだよ。搾取が酷すぎて、最近はフェーム住民の疲弊が目立つ。お陰で仕事の効率が下がってんのか、納税額も激減してる。生かさず殺さずってバランスが、アンタらには分からないようだな」


 ゴルシさんの非常な台詞に対し、僕は一層の怒りを溜め込んだ。


「さらに言うとよ、キャリダットは武装集団に制圧された街を、五年近く野放しにしてるってことが、他国にも伝わってるみたいで、悪評が立ち始めてやがる。コイツらにも潰されかけてるし、アンタらもそろそろ潮時なんだろうな」


 二人はまた、しばらくお互いに顔を見合っていた。


「くそがっ⋯⋯オレらがどれだけ、この国の利益に貢献してきたと思ってる!?」


「おいおい、アンタ、オレに利益を追い求めることの重要さを説いてくれたんじゃねえか。使えなくなった『道具』は捨てて新しくする。ただ、それだけのことだよ」


「道具だと⋯⋯!? テメエ⋯⋯誰のお陰でそんなに強くなれたのか、忘れたのか!?」


 グランさんの必死に連ねられた言葉に対し、ゴルシさんは大きな溜め息をついていた。


「まったくよぉ、貢献だとか感謝だとか、人の感情は富を阻む最大の障壁だって、アンタよく言ってたじゃねえか。人は追い込まれると、結局そういうところに(すが)るしかねえんだな」


 ゴルシさんは、右脚を一歩後ろに引いた。


「目障りだな。どうせ甘っちょろいコイツらは、アンタを殺すことなんか出来ねえだろうから、オレが引導ってモンを渡してやるよ」


「ふ、ふざけやがって⋯⋯!」


 グランさんは必死に身体を動かそうとしていたが、徒労に終わっていた。


「待ちなさいっ! ゴルシ!」


 ハプスさんがリチャードさんの介護をしつつ、ゴルシさんの方を見て叫んでいた。


 しかし、その声には全く反応せず、ゴルシさんはその大きな右脚を宙に浮かせていた。


「ああああああああああっ!」


 ゴルシさんは浮かせた大きな右足で、グランさんを踏み付けていた。


 踏み付けた時に発生した落雷のような音と同時に、元英雄による断末魔の叫び声もこだましていた。


 そして、踏み付けられたグランさんの身体は、地面にめり込んでいた。


 僕は目の焦点が合っていない彼の表情を見て、怒りを通り越した何とも表現し難い感情を得ていた。そんな感情に支配された僕の身体は、硬直せざるを得なかった。


「アンタという人は⋯⋯! どうしてそうやって人の命というものを! しかもアンタの師匠でしょう!?」


 ハプスさんの怒りに満ちた声が聞こえた。恐らく、彼女はいつもの無表情を崩し、鋭い目付きで卑劣な大男を睨んでいることだろう。


「弱き者は淘汰される。この人がよく言っていたことだ。オレはその教えに従い、この人の望む最期を送ってやっただけ」


 血も涙も無い言葉を紡ぐゴルシさんの声もまた、思考の止まる僕の耳に、響き渡ってきている。


「お前らが、ラクティを壊滅させるだけの戦力を持っていたことに免じて、この場は退いてやるよ」


 巨大な悪魔は、受け入れ難い賞賛を述べていた。


「まあ、さすがにこのオレも、S級クエスターを三人も相手にすりゃあ、ただでは済まされないしな。ははははははっ!」


 高らかに笑う声が、僕の鼓膜を刺激した。


 そんな薄汚れた笑い声を聞いて、僕は身体の硬直から漸く解放された。


 そして、周囲の様子を確認した。


 巨体の背中を睨みつつ、リチャードさんの手当を続けるハプスさん。


 怯えた表情で、脚を震わせながら立つグラシュー。


 普段は決して見せない彼女達の姿が、そこにあった。


 僕は、この場が途轍もなく異常な空気に包まれていることを実感した。


「おい⋯⋯このまま帰ろうってのか!?」


 僕も普段は決して吐かない乱暴な口調で、遠ざかる悪魔の背中に言い放った。


 すると、その巨体はそこで立ち止まった。


 僕は一歩一歩、その背中に向かって近付いていった。


「やめなさいソーイチ! 落ち着いて!」


 たぶん、ハプスさんの声が耳に入ってきているのだろうが、僕の歩みを止めるには、程遠い効力であった。


「アンタは生かしておくべきではないと、俺の心が直感している」


 目の前に立つ大男は、背中を見せたまま、その横顔を僕に見せてきた。


「だから何だ?」


 その憎らしく笑う横顔から、小馬鹿にするような一言が発せられた。


「決まっているでしょう⋯⋯」


 僕は細々と呟き、右手に持った短剣に、これ以上無いマナを込めた。


「死刑執行だっ!」


 僕は荒々しく叫ぶと、ゴルシさんにありったけの力で斬りかかった。


 ゴルシさんはその大きな身体を翻し、僕の方に向けた。


 そして太い左腕を差し出し、僕の斬撃を受け止めた。


 人肉に斬りかかっているにも関わらず、激しい金属音が鳴り響き、受け止められた左腕から眩いばかりの光が発せられた。


「なにっ!?」


 片腕一本で渾身の一撃を止められた僕は、驚愕するしかなかった。


「オレに攻撃を仕掛けてくる勇敢というか、バカというか、そんな輩はここしばらく見てないな」


 巨大な悪魔は、相変わらず笑いながら僕に言ってきた。


「ソーイチ、有り難く思いな。この偉大なオレの記憶に、お前のことを深く刻み込んでやる!」


 その直後、ゴルシさんの拳が、僕の鳩尾辺りに突き刺さった。


「ぐああああああっ!」


 僕の身体は、入り口近くから最奥にある豪華な椅子があるところまで、吹き飛ばされた。そして、椅子に衝突した僕の身体は、そこからバウンドし、壁に激突した。


「うぅ⋯⋯」


 激痛が全身に走った僕はもがき苦しみ、身体を起こせないでいた。


「ソーイチっ!」


 そんな僕に駆け寄ってきたのは、脚を震わせていたグラシューだった。


「だいじょうぶっ!?」


「いってぇ⋯⋯くそっ⋯⋯何て力だ!」


 僕は、遠目に見えるゴルシさんの巨体を見た。


「一ヶ月後の闘技会、楽しみに待っててやるよ! それまで誰にも負けるんじゃねえぞ!」


 ゴルシさんが僕に聞こえるように叫ぶと、その姿は部屋から消えた。


「もうっ⋯⋯無茶しすぎだよっ! ゴルシにケンカ売るなんて!」


 悲痛に叫ぶグラシューの表情は、真剣そのものであった。


 その瞳には、相変わらず光るものが浮き出ていた。


「へえ⋯⋯そんな風にキミが心配してくれるなんてね。生きててよかったよ」


 そんな様子の彼女を見て、僕は揶揄うように言った。


「え⋯⋯?」


 グラシューは目を見開き、僕をじっと見つめてきた。


 そして、妙な間が生まれる。


 これはまずい。


 最近、彼女はやたらと僕との距離を詰めようとする傾向がある。


 今の僕の一言で、また、その感情に刺激してしまったか。


「う、うそだって! ゴメン、変なこと言って。ほら、リチャードさんが心配だ。早くハプスさんのところへ行こう!」


「え⋯⋯ああ⋯⋯、そだね」


 僕は一目散に、ハプスさんと倒れるリチャードさんの下へと歩いて行った。

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