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二話 逸走の先に

グレゴリオ暦 二〇XX年七月三日

月村蒼一は異世界に飛ばされる②


 僕は河原沿いで自転車を漕いでいた。


 いつもなら夕日が優しく差し込む道だが、練習を抜け出してきたこともあり、まだ強い日差しが照りつけている。


 目の前にいる竜司も自転車を漕いでいて、無邪気に(はしゃ)いでいる。


「ヒャッハー! チョー気持ちよくね!?」


 後ろにいる僕の方をチラリと見ながら、竜司は叫ぶように言った。


「だなーっ!」


 それに呼応するように、僕も声を張り上げた。


 竜司は不思議とテンションが高くなっていた。練習を抜け出せたことが余程嬉しかったのだろうか。嬉しいというよりも、焼けくそになっているのだろうか。


 僕は(わだかま)りが溜まりに溜まって、正直なところ気分が乗らない。


 友達と一緒にいる時くらい、自分の気持ちに素直になった方がいいのだろうかと、毎度のことながら悩む。それでも、僕は竜司のノリに合わせることしか出来なかった。


「腹減った! マック寄ってくしかなくね!?」


「行くかーっ!」


「よっしゃーっ!」


 竜司が激しくペダルをこぎ出し、スピードが増す。僕もそれに合わせ、加速する。


 風を切るように走り抜けたが、吹き付ける空気は生温く、心地良いものではなかった。



 ファストフード店へ駆け込むように入り、早々に注文を済ませ、空いている店内の椅子に腰かけた。


「あー生き返るわー。外、なんでこんな暑いんだよ」


 竜司は鞄から取り出したうちわを扇ぎ、天井を見上げながら喋り出した。


 吹っ切れているのか、焼けくそになっているのか、彼の様子からはまだ読み取れない。


「あれで良かったんだよな」


 僕は思わず、口からそんな台詞をこぼした。


「あれって?」


「練習抜け出したこと」


 僕は飲み物を口にしながら、淡々と喋った。相変わらず竜司は天井を見上げている。


「うーん、わかんね。でも、ああするしかなかったんじゃね? どっちにしろ、結局はこうなるんじゃないかと思ってたし」


 竜司の口調から察するに、まだ彼も吹っ切れてはいない様子が窺える。さっきのハイテンションは、やっぱりヤケになっていたと推察できる。


「っていうか、竜司ごめん。いや、ありがとうか。うーん、何て言ったらいいのかわかんないけど⋯⋯」


 僕が整理のつかないまま発した言葉に、竜司は反応を示した。


「いや、それを言うのは俺の方っていうか、部の奴らみんなじゃね? お前が高梨の嫌われ役買ってくれたから、被害を受けなくて助かるって思ってる奴、けっこういると思うぜ?」


「そういうもんかな⋯⋯?」


「お前一人、あんな仕打ちされんのなんて、不公平にもほどがあるだろ。よかったんだよ、アレで」


 竜司の発する一言一言が、心に染み渡る。


 慰めてくれて嬉しいというよりも、申し訳なさで心苦しい思いの方が強く圧し掛かる。


「よく考えたら高梨の奴、あんなのバレたら一発でクビじゃね? よくツイッターとかで体罰チクられる動画観みるけど、蒼一がされてたこと、けっこう酷い方だと思うわ」


「そうなのかね?」


「いや、フツーに学校に言うべきだろ。大人って汚いから、揉み消されるみたいなことになるかもしれねーけど。あれ、証拠みたいなのってやっぱ必要なのかな?」


「証拠っていわれてもなぁ⋯⋯」


「誰か写真撮ってる奴とかいねーかなぁ⋯⋯。あ、さっきお前が蹴られたところとか、どうよ? アザになってたりしてねえ?」


 竜司は僕のお腹の方をじっと見てくる。


「いや、そこまで痛いわけじゃなかったから、どうかな⋯⋯」


 僕は促されるようにワイシャツを捲り、右脇腹を見せた。


「たしかに若干赤くなってる気がするけど⋯⋯」


 僕は力無く、呟くように言った。


「うーん、微妙なとこだな⋯⋯。クソ、高梨の野郎、いい感じで手ェ抜きやがって」


 真顔でそう言う竜司に、僕は半笑いで答える。


「いや、手を抜いてくれないと困るから」


 その返答に、竜司はハッとするように僕の顔を見上げた。


「だ、だよなーっ! 悪ぃ! 失言した!」


「はははははっ」


 僕は笑い声をあげた。


 竜司もそれに合わせて笑うと、重くなっていた空気が解されていった。



 その後、話題が変わり、昨日観たテレビの話、また、野球・サッカーやらスポーツの話など、男が好みそうな話で盛り上がった。


 気付けば、注文した飲み物も空になっていた。


「んじゃ、そろそろ行く?」


「だな」


 僕と竜司は鞄を肩にかけて立ち上がり、空になった紙コップ等がのったトレイを持ち上げた。


「明日、マジで部活どうしようかな」


 僕はふと口にした。


 竜司は店の窓の方を見ながら答える。


「行かなくていいんじゃね? ってか、高梨の体罰暴くことが先決だろ? あれ、やめてもらわねーと、ウチらも練習どころじゃねーし」


「そっか、そうだよな」


「よし、じゃあ明日は頼りになるかはわかんねーけど、まずはセンコー共に相談して、したら昨日の体罰の場面、見た奴いねーか聞いてみようぜ」


 返却口でゴミを捨てる竜司の後姿が、なぜか頼もしく映る。


「何かちょっとは清々(せいせい)したかも」


 僕もゴミを捨てながら、竜司の方を見ずにそう言った。


「はは! まあ、そう悩むなって!」


 竜司は僕の肩を叩きながら、声を張って喋った。



 ファストフード店を後にすると、湿った不快な空気が再び襲い掛かってきたが、僕の気持ちは店に入る前よりも、乾いているように思えた。


「じゃあ、また明日な!」


 竜司は僕の家とは反対の方向に自転車を漕ぎ出した。


 僕も「お疲れ」と声を張り上げ、自宅へ向かって自転車を走らせた。

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