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外伝一話 情状酌量の余地

アルサヒネ歴 八六六年二月一二日

元英雄は抵抗勢力と対峙する


 かつては栄華を誇る国の英雄でありながら、今はアウトローに手を染め、とある武装集団を率いて非道な行為を繰り返す男がいた。


 その名を、グラン・シュヴァリエ。


 そんな彼は、今この瞬間、実に心湧き上がるひとときを過ごしていた。


 その秀でた戦闘力のあまり、この世界に彼とまともに勝負できる者は、皆無に等しかった。そんな彼は今、自らの実力に迫ろうかという者と剣を交えている。好戦的な彼にとって、強い者と闘えることは一つの喜びでもあった。


 グランと相見えているのは、自らを精霊の使いと称す少年であった。恐らく一六歳前後だと思われるその少年は、その歳にしては異様なほど高い戦闘能力を誇り、グランに奥の手とされる『魔法剣』を披露させた。


 グランがその秘技を戦闘で見せたのは、実に遠い過去の話である。それを受けた相手は、確実にこの世から亡き者と化していったが、彼と対峙する少年は、それを何度受けても立ち上がってきていた。


 グランは、そんな強い相手と闘えていることに、喜びを感じていることは間違いないが、若干の焦りも感じていた。自身の勝利は揺るがないものと思ってはいるが、どうにもその少年の得体が知れず、グランは疑念を拭えずにいた。


「オレにこの技を出させるだけでも大したモンだが、これだけ喰らっても立ち上がってくるとはな。お前のタフさだけは、最高レベルに賞賛してやるぜ」


 フラフラになりながらも立ち続ける少年に、グランは余裕の笑みを浮かべて言った。


「⋯⋯そいつはどうも」


 返答する少年の目は生き生きとしており、闘う意志表示は十分に感じられるものであった。


「ちっ⋯⋯お前はそれしか言えないのかよっ!」


 グランは少年の懐に飛び込み、まずは左手に持つ炎を纏った短剣で彼を斬り裂くと、続いて利き腕である右手の短剣を振り上げた。すると、とてつもない爆発が発生し、少年は炎上しながら宙に高々と舞い上がった。


 少年は受け身を取ることなく、背中から地面に叩きつけられた。そして彼は目を瞑ったまま、しばらくその身体を動かすことは無かった。


「しまった、勢い余って殺しちまったか」


 グランは少年の側に歩み寄り、彼の身体を見下ろした。


「⋯⋯あいててて。そんなに簡単に死にませんから、安心して下さいよ」


「!?」


 少年は目を開け、重そうに腰を上げた。


「本当にしつこいガキだな⋯⋯!」


 立ち上がる少年の姿を見て、グランは再び構えをとった。


「やっぱり、俺を殺すのは惜しいんですか?」


 少年は脚を震わせながら立つも、その顔には笑みがあった。


「何⋯⋯?」


 グランの顔は少し強張っていた。


「それとも、さすがに元英雄と呼ばれるだけあって、無下に命を取ろうとはしない良心が働くわけですか?」


「クソガキが⋯⋯黙れや!」


 グランは再び少年を斬りつけた。右手を振り抜いたグランの太刀筋は、彼の上半身の大部分を斬り裂き、先程よりも激しい爆発が生じた。


 少年は爆発によって吹き飛ばされ、部屋の壁に激突し、地面に倒れ込んだ。


 少年はそのまま、うつ伏せになったまま、動かずにいた。


「全く不愉快なガキだぜ⋯⋯」


 グランは地に伏せる少年の姿を、しばらく眺めていた。


「本当は生かして手下に引き込みたいところだったが、あの若さであれだけの強さ。将来、裏切られでもしたら、それはそれで大変なリスクだ。危険な芽は早めに摘んでおいたということで、良しとするか」


 彼はブツブツと呟きながら、部屋の入り口の方を向いた。


「さて⋯⋯下の奴らの加勢にでも行ってやるか」


 グランは部屋を出ようと、歩き出した。


「⋯⋯ちょっとひどいなあ。置いてかないで下さいよ⋯⋯」


「!?」


 グランは掠れた声を耳にすると、それが聞こえた方へ振り向いた。そこには、覚束ない足取りで前へと進む少年の姿があった。


「こいつは⋯⋯俺を置いてけぼりにしようとした罰です!」


 少年は持っていた短剣を振るった。


 すると、一筋の光がグランの方へ向かっていく。


「ぐううっ!」


 グランは短剣を重ね合わせ、少年が放った光を防いだ。彼はその後、少年の方を睨み付けた。


「まだそんな力があったとはな。やはり力を隠していたか」


 グランは淡々と声を発し、少年に近付いていった。


「グランさん、やっぱり俺にはどうしても解せないことがあるんですよ」


「ああ?」


 グランの声は、あからさまに苛つきを含んでいた。


「英雄と呼ばれるだけあって、あなたはきっと国民から慕われた存在だったんでしょう? あなたは元々、己の欲望に溺れる外道な人間ではなかったと思うんです」


 少年は先程までの掠れ声が嘘のように、実に明快な口調で喋っていた。


 一方、それを聞いていたグランは、相変わらず少年を睨み付けながら、一歩一歩前へと進んでいた。


「グランさんが今みたいな考え方を持つようになったのは、何がきっかけだったんですか?」


 少年に問われたグランは、歩みを止め、その場で立ち止まった。


「お前がそれを知って何になる?」


 グランはそう答えると、短剣を前に構え、臨戦態勢を整えていた。


「ああ⋯⋯というのはですね、その返答次第で、あなたへの処罰を決めようかと思って」


「処罰だと⋯⋯?」


 グランは怒気を強めた声を発した。


「くははははっ⋯⋯何を言い出すのかと思えば⋯⋯まったく」


 彼が呆れたような笑い声を発した次の瞬間、


「どこまで人をイラつかせれば気が済むんだ!」


 グランは叫び声を上げ、少年に猛スピードで向かっていった。


 彼は燃え盛る炎を纏った短剣を少年に向かって振るったが、少年はその斬撃をいとも簡単に受け止めた。


「何っ!?」


 その後、グランは次々と攻撃を繰り出すが、少年はそれらを全て捌いていった。


「どうやら、あなたの本気はこれくらいと見て間違いなさそうですね」


「ああっ!?」


「さっき俺が吹っ飛ばされた一撃に比べて、圧力も速さも変わらない。それだけムキになりながら繰り出す一撃が、さっきと変わらないということは⋯⋯」


 少年はグランの攻撃を受け止めつつ、冷静に語っていた。


「あなたの底が見えた⋯⋯というわけですっ!」


「ぐあああっ!」


 少年の放った斬撃が、グランの腹部を襲い、彼の悶える叫び声が木霊した。


 グランは攻撃を受けた部分を手で押さえ、膝を付いた。


「ふうっ⋯⋯まあ、どっちにしろ、この街の住民から非道な搾取をするような人は、それなりの罰を受けてもらうつもりなんですけどね」


 少年は蹲るグランを見下ろした。


「あなたが外道に走るきっかけを語らない以上、俺も情状酌量のさじ加減を調整ができませんので⋯⋯」


 そう言うと、少年はグランから数メートルばかりの距離を取った。


「俺の新技の実験台になって頂きましょう!」


 少年は短剣の刃先を下向きに構えた。


「な、何をするつもりだ⋯⋯!?」


 グランは顔を歪めつつ、少年に向かって声を絞り出した。


「実戦でこれを使うのは初めてなんで、やり過ぎたら謝りますっ!」


 少年は叫び声を上げ、高く飛び上がった。


「私欲に飲まれし御心(みこころ)、この地に沈め!」


 仰々しい台詞を放つ少年は、重力によって下降する力を利用し、短剣をグランの足下の地面に思い切り突き刺した。


高貴なる(ノブレス・)金剛石(ダイヤモンド)!」


 技名と思われる言葉が、少年の口から発せられた。


 地面に突き刺された短剣の刃先に、白い光が凝縮される。


 そして、凄絶な爆発が起こった。

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