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一六話 悔恨溢れる帰還

アルサヒネ歴 八六五年一〇月二一日

月村蒼一は異世界で仕事をする⑯


 気付けば、僕は湖のほとりにいた。


 広大な水面を、月明りが照らしている。


 周囲に目をやると、僕のすぐ近くにグラシューがいるのが見えた。彼女は膝をつき、湖をぼんやりと眺めていた。


「ここ⋯⋯シンセーロだよね?」


 放心状態の彼女は、枯れた声で僕に問いかけた。


「⋯⋯そうだね」


 僕は力無く答えた。


「本当に帰ってきちゃったんだ⋯⋯アタシ達だけ」


「⋯⋯うん」


 僕は頷きながら言うと、そのまま下を向いた。


 途方に暮れ、しばらく沈黙の間を過ごしていると、傷心した僕らを癒すかのような美しい音色が微かに聞こえてきた。


「何か聞こえない⋯⋯?」


 僕は耳を澄まし、音色の源となるところを探した。


「この音色⋯⋯」


 グラシューは小声で呟いた。


 彼女の顔を見ると、何か思い当たる節があるように見える。


「ハプスさんの竪琴⋯⋯」


 彼女は小声を発して立ち上がり、音色に導かれるように歩き出した。


「あそこ⋯⋯!」


「え?」


 グラシューは数十メートル先にある桟橋の方を指差した。僕はその方向を見ると、桟橋の上に座る一つの人影を確認した。


 次の瞬間、グラシューは走り出した。


「あ⋯⋯! ちょっと!」


 慌てた僕は、彼女につられるように駆け出した。



 僕とグラシューは、桟橋の上まで来た。


 そこには、目を瞑りながらハープを奏でる少女の姿があった。


 いや、少女ではない。


 その人の見た目は少女に見えるが、実は成熟した立派な大人であることを、僕は知っていた。


 美しい音色を奏でる彼女の姿は神秘的で、月明かりに照らされる湖の風景に溶け込んでいた。彼女のことは知っているが、このような神々しい姿を見せられると、別人のように見えてくる。僕はただひたすら、神秘的な彼女の姿に目を奪われた。


「ハプスさん⋯⋯」


 桟橋の上に座る女性に魅了され、我を忘れ始めた僕を他所に、グラシューは彼女に向かって声をかけた。


「あら、グラシュー? いつの間に帰って来てたの?」


 少女に見える女性は演奏する手を止め、グラシューの方を見た。


 その瞬間、神秘的に感じられていた雰囲気が消え去り、僕は我に帰った。


 そして、その女性が僕らのリーダーであるハプスさんであると、正確に認識した。


 ハプスさんは、僕の方を見た。


「ソーイチもいるのね。二人ともどうしたの? 傷だらけだけど。帰ってくる途中で何かあったのかしら?」


 静かに語るハプスさんの声を聞いたグラシューは、急に鼻をすすり出し、彼女に抱きついた。


「ふええええーんっ!」


 グラシューは、小さなハプスさんの身体を締め付けながら、泣き叫んだ。


「ちょっと、どうしたのよ?」


 ハプスさんはグラシューの行動に、少し戸惑っていた。


「ごめんなさいっ! アタシ⋯⋯アタシ⋯⋯!」


「ええっ⋯⋯?」


 泣きながら謝るグラシューに対し、ハプスさんはなす術が無く、彼女は助けを求めるように僕の方を見た。


「何があったっていうの?」


「えーっとですね⋯⋯」


 僕は右手で頭を掻きながら経緯を整理し、ハプスさんに説明することにした。



「ゴルシ派の集団が、あなた達をウルフ諸共殺そうと?」


「はい⋯⋯まさに殺されかけたその時、ウルフのリーダーが僕らをここに戻してくれたんです。よくわからないけど、転送術とかなんかで⋯⋯」


 僕はモラレ村での出来事を、ある程度ハプスさんに説明した。


 すると、彼女は考え込むように下を向いた。


「ウルフのリーダーは、俺たちをこんなところで死なせるわけにはいかない、俺たちには守るべき存在が多くいるって言ってましたけど⋯⋯心苦しいですね」


「ぐすっ⋯⋯ウルフたちは⋯⋯ただ飢えに苦しんでただけなのに⋯⋯なのに、何で殺されなくちゃいけないの? 守って⋯⋯守ってあげたかった⋯⋯くやしいよ!」


 ハプスさんの胸元で(うずくま)っていたグラシューは、その顔を起こし、声を上げた。


「そうね。己の欲の為に、罪の無いアージェントウルフを全滅させるなんて、非道にも程がある」


 ハプスさんはグラシューに言い聞かせるよう、彼女に目を合わせていた。


「でも、どう足掻いても、アンタ達はゴルシ派の集団には敵わなかった。ウルフのリーダーが機転を利かせてくれなかったら、アンタ達はここにいなかった」


 ハプスさんは僕とグラシューを交互に見て、淡々とした口調で語った。


 グラシューはハプスさんの声に対し、必死に耳を傾けていた。彼女は変わらず涙を流し、鼻をすすっていた。


「切り替えるのよ、二人とも。ウルフのリーダーが言ってたみたいに、アンタ達が守るべき存在はまだ沢山いる。さっきまでのことは忘れて、前を見なさい」


「⋯⋯うん」


 グラシューは控えめなトーンで返事をし、涙を拭った。


「⋯⋯分かりました」


 僕もグラシューに似たような口調で答えると、ハプスさんは僕の方を見てきた。


「それにしても、このわずか一週間で、ソーイチはグラシューと対等に闘えるようになるなんてね」


 ハプスさんは微笑を浮かべて言った。


 グラシューはその言葉に反応するよう、再びハプスさんの身体に蹲った。


「ふえええええーんっ!」


 グラシューは再び、大声で泣き叫んだ。


「何なのよアンタは⋯⋯」


 ハプスさんは呆れ顔で、蹲るグラシューを見た。


「ぐすっ⋯⋯ウルフを守れなかったのも悔しいけど⋯⋯ソーイチがアタシなんかよりずっとスゴいのもくやじい⋯⋯ぐすっ」


 顔を上げたグラシューは、酷く目を潤ませていた。


 ハプスさんは、グラシューの顔を見て、溜息をついた。


「ふう⋯⋯全くしょうがないコね。いい、グラシュー? 私はいつも言ってるでしょ? 人はそれぞれの力量に応じて運命が決められるって。ソーイチにはソーイチの、アンタにはアンタのやるべきことがあるの」


「知ってるもん⋯⋯! アタシ大人だからわかってるもん! だからもう泣かない」


 涙ぐみながらも、グラシューは締まった表情を見せた。


「そう、思い出してくれたのね」


 ハプスさんはグラシューに対し、幼児をあやすように声をかけると、彼女は僕の方を振り向いた。


「こんなコだけど、これからも仲良くしてやってね」


「はあ⋯⋯」


 僕は苦笑いしながら、再び頭を掻いた。


「マナの総量を含めた総合力で見れば、ソーイチは既にグラシューと対等の力を持ってるかもしれないけど、短剣術においては天と地ほどの差があるはず」


「⋯⋯ですね。それは感じてます」


 グラシューの短剣の扱いは相当手練れていると、彼女と手を合わせた時には常に感じていた。太刀筋の鋭さ、間合いを詰める際の動き出しなど、素人目にもその凄さが分かった。僕はマナ抜きでグラシューと勝負するのであれば、短剣術一筋に生きる修羅にでもならない限り、何年経っても彼女を負かすことは出来ないだろう。


「グラシューから盗めるものは盗んで、これからもキミ自身の実力を高めていってほしい。私たちが目指す社会を作るには、最早キミに頼る以外、方法はないのかもしれない」


「俺に⋯⋯ですか?」


 僕は恐れ慄くように呟いた。


「それにしても、この国は本格的にハプス派を駆逐する気のようね。私たちを一人殺せば裏で報酬を貰えるなんて、癒着が進んでいるにも程がある」


 僕は、厳しい口調で語られたハプスさんの言葉に反応できず、唖然と口を開けていた。


「とにかく、二人とも帰って来てくれて良かった。今は疲れて話も耳に入ってこないだろうから、今後のことは改めて話しましょう。とりあえず、事務局に戻ってこれまでのこと、報告しに行くわよ」


 ハプスさんは立ち上がり、桟橋から陸地に向って歩き出した。


 僕は重だるくなった脚を必死で動かし、彼女の背中を追った。

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