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一五話 成すべきことを見据えて

アルサヒネ歴 八六五年一〇月二一日

月村蒼一は異世界で仕事をする⑮


「ぐあっ!」


「あぶぁっ!」


 僕は二人のクエスターを適当な力で斬り裂き、彼らの断末魔の叫びを聞いた。倒れゆく彼らを見るやいなや、すぐさま近付き、両人とも脈があることも確認した。


 C級程度のクエスターなら、今の僕の力であれば、難なく倒せることが判然とした。僕は自分の力を見抜かれない内に、倒せる駒は削っていこうと考え、再びブロンズのバッジを身に付けたクエスターを探し回った。


 するとその時『ピイッ』っという甲高い音が聞こえた。


 その後、相手クエスター集団全員は一目散に闘いの場から遠ざかり、一箇所に集まって行った。


「なんだ⋯⋯?」


 僕は呟きながら、集まって行くクエスター達を見て、立ち尽くした。


「ソーイチ!」


 僕の名前を呼ぶ声がした方を向くと、グラシューがこちらに向かって走って来ていた。


「大丈夫!?」


 彼女は激しく息を切らしていて、全身に擦り傷のような痕があった。


「俺は全然平気だけど⋯⋯っていうか、グラシューこそ大丈夫? やっぱりあのノヴァって人、強いんでしょ?」


「そだね⋯⋯! 腹立つけど、今のアタシじゃ敵いそうにない」


 彼女らしからぬ弱気な発言を聞くと、極めて厳しい状況であることが感じられた。


「アイツ、作戦を立て直すって言って、クエスター達を集めたみたいだけど⋯⋯」


「作戦か⋯⋯」


 僕が声を漏らすと、相手クエスター集団が、再び向かって来た。


「来た⋯⋯! ずいぶんと短い作戦会議だこと!」


「俺たちに逃げられても困るだろうからね。さて、次は何を仕掛けてくるのやら⋯⋯」


 僕は構えを取った。


「ノヴァはアタシが食い止めておくから、ソーイチは雑魚を削っておいて!」


「わかった!」


 僕は気持ちを入れ直し、向かってくるターゲットを絞った。



 クエスター集団が間近に来ると、ノヴァさんは後方にいた。


 リーダーの体を触れされまいと、集団は彼の前に壁を作るよう、立ち塞がっていた。


--何だ? 大将を守るってか?


 僕は心の中で呟いていると、二人のクエスターが僕に向かってきた。


 彼らは何も言わずに僕に攻撃を加えてくる。


 一人は己の拳で殴りかかり、もう一人は長く伸びた槍で突いてきた。


「うおっ⋯⋯はやっ!」


 僕は彼らの攻撃を間一髪のところで躱すと、彼らの胸の辺りに付けられたバッジを見た。


ーーえ⋯⋯? ゴールドってことは!?


 僕は彼らが身に付けていたバッジが、金色に輝いているのを確認した。攻撃の鋭さは、先ほど闘っていたクエスター達とは比にならない。


 彼らがA級であることは、疑いようが無かった。


「調子に乗るなよ、小僧!」


 一人のクエスターは、絶えず重そうで速い拳を鋭く繰り出してくる。僕はその攻撃をひたすら盾で凌ぐも、背後には槍を構える男が見えた。


「げっ⋯⋯! マジかよ!」


 僕はその男が突き刺してきた槍を、地面を這い蹲るように避けた。


「くそっ⋯⋯! こんなペーペーの僕に、A級の方が二人がかりなんて⋯⋯! プライドってモンはないんですかっ!?」


 僕の愚痴に対し、彼らは一切表情を変えることは無かった。


「将来強敵になろう芽は、早めに潰しておくのが鉄則。悪く思うな」


 拳自慢の大柄なクエスターが冷たく言い放つと、二人とも手を休めることなく攻撃を仕掛けてきた。


--俺を強敵と見たか⋯⋯だからって極端すぎないか? 他のウルフはどうするつもりだ?


 僕は逃げ回るように二人の攻撃を躱し、周囲の様子を確認した。


--グラシューは⋯⋯? あっ!


 僕はグラシューの様子を確認したが、その近くにノヴァの姿は無かった。


 そして彼女もまた、僕と同じように二人のクエスターを相手にしていた。


 彼女も防戦一方で、かなり苦戦している。彼女が相手にしている二人のランクの高さは、相当高いと見える。


 そして、ほとんどの相手クエスター達は、ウルフのリーダー・ダルムを標的に攻撃を仕掛けているのが見えた。十数人を相手にするダルムだったが、彼は怯むことなくその軍勢に立ち向かっていた。


--で⋯⋯ノヴァって人は何をやってるんだ?


 僕はさらに周囲を見渡すと、ここにいる全てのアージェントウルフに囲まれる男の姿があった。


--まさかあの人、一〇頭近いウルフを同時に相手にする気か!?


 狂気とも思えるその作戦に、僕はただ唖然とした。


「おわっ!」


 僕の顔の近くに、槍が襲ってくるのが見え、咄嗟に反応して避けた。


「どこを見ている!?」


 槍使いのクエスターの声を聞いた後、僕の腰の辺りに衝撃が走る。


「いてっ!」


 思わず声を上げた僕は、後ろを振り向いた。


 そこには、もう一人のA級クエスターがいて、蹴りのモーションを終えた後の姿が見えた。


「貴様に余所見している暇などあるのか?」


 僕を蹴り飛ばしたと思われるクエスターは、厳しい表情を崩さずにいた。


--くそっ⋯⋯何とか一人でも倒さなきゃ!


 僕はそんな考えを巡らすも、今はひたすら逃げ回るしか術がなかった。



 どうやら、相手側の作戦変更は功を奏したようである。


 一見、無謀に思われた相手方の作戦。


 リーダーであるノヴァさんが、一〇頭のウルフを相手にするという狂乱に満ちた策であるが、彼はこちらの思いを嘲笑うかの如く、次々とウルフを倒していった。


 そして、現在立っているウルフは五頭ほどになっていた。


 僕は二〇分ほど、二人のA級クエスターを相手にしていたが、彼らにまともなダメージを与えることが出来ないでいた。寧ろダメージ云々、僕は彼らに攻撃すらさせてもらえなかったと表現するのが正しい。


 ただ速いだけでなく、その老練で狡猾な動きは、僕に防御させる手段以外を与えなかった。僕の脚はあがってきており、身体も痣やら切り傷やらが目立ってきた。


 グラシューも似たような境遇に晒されていたようで、彼女が辛そうな顔をして闘っているのが見えた。


 リーダーウルフのダルムは、堂々と十数名のクエスターを相手に闘っていたが、その数は減っておらず、敵の戦力を削ぐには至っていなかった。


--甘く見てたな⋯⋯まさかA級クエスターが二人も揃ってかかってくるなんて。グラシューもあれだけ苦戦してるってことは、たぶんあっちの二人もA級くらいのクラスなんだろうな。クオリティ高すぎてひくわ⋯⋯。


 心の中で愚痴を零しつつ、僕は軽く絶望感を覚えていた。


 その時、重低音が僕の耳に響く。


「少年よ。このままでは、我々は無下に命を捨てることになる」


「!?」


 後ろを見ると、ダルムの姿があった。


 それを追ってくる数十人のクエスターも、同時に視界に入った。


「あの娘を連れて、我についてくるのだ」


 ダルムは淡々と述べると、その場から駆け出し、遠ざかって行った。


 僕は考える間も無く、言われるがまま、グラシューのもとへ駆け出した。


「どこへ行く!?」


 拳自慢のクエスターの叫ぶ声が、耳に入ってくる。


 恐らく、二人のA級クエスターは、僕を追って来ていることに違いないが、振り返っている暇は無い。


 僕はグラシューのすぐ側に来ると、何も言わずに彼女の手を取った。


「グラシュー! 走るよ!」


「え!?」


 僕は彼女の手を掴んだまま、彼女を引っ張るようにして走り出した。


「ちょっと!? 何なの!?」


「いいから! ウルフのリーダーに何か考えがあるみたい!」


 チラリと後ろを振り返ると、四人のクエスターが追って来ているのが見えた。


「何やってる! 逃すな! 追え!」


 遠方からノヴァの怒号が聞こえた。その声に反応するように、追ってくる相手方クエスター達の走る速度は、増すように見えた。


 僕とグラシューは、ダルムの側まで来た。


「我の背中に飛び乗るのだ」


 僕らが到着するやいなや、彼は僕らに指示をした。


 思考が停止していた僕は言われるがまま、彼の背中に飛び乗った。グラシューも僕のすぐ後ろに、同じように飛び乗った。


「オオオオオオ⋯⋯」


 ダルムが奇妙な唸り声を上げると、彼の身体から黄金色の光が発せられた。


「我の躰にしっかりと掴まるがよい」


「え?」


 僕はその言葉に咄嗟に反応し、彼のたてがみの辺りを強く握りしめた。それと同時に、僕の腰回りにしがみ付かれる感触を覚えた。


 すると次の瞬間、大きな地響きが起こり、周囲が激しく揺れた。


「えええっ!?」


「うわーっ! なにーっ!?」


 僕は思わず叫んだ。


 僕にしがみ付いていると思われるグラシューからも、似たような叫び声が聞こえた。


 その揺れに耐えられず、前方のクエスター達は次々と転倒していた。


 倒れ込むクエスター達を尻目に、ダルムは僕らを背負ったまま、クエスター達から遠ざかるように駆けて行った。



 僕とグラシューは、村の中を駆け抜けるダルムの背中にいた。


 僕は振り落とされないよう、ダルムの硬い毛をしっかりと掴んでいた。一方、グラシューは僕の腹の辺りに手をまわし、しがみ付いていた。


「これで少しは時間を稼げるであろう」


 僕ら二人を背負うダルムは、辛そうな様子を一切見せず、相変わらず落ち着いた口調で淡々と喋っていた。


「ところで、御主達はどこから来た?」


「え⋯⋯どこから?」

 

 彼の突然の問いに、僕は口籠った。


「シンセーロからだけど⋯⋯」


 僕の背後から、グラシューが自信なさげに声を発するのが聞こえた。


「なるほど、シンセーロ。精霊の住処とされる湖の辺りか」


 ダルムはそう言うと、走るのを止め、立ち止まった。


「降りるがよい」


 僕らは彼の言われるがまま、彼の背中から降り立った。クエスター達からは、数百メートル以上離れた場所に来ており、彼らの姿は小粒のように小さくなっていた。


 ダルムは、地に降りた僕らの瞳を見つめた。


「御主らのような正しき心を持った若き力のある者を、このようなところで失わせるわけにはいかぬ」


 彼は冷静な口調で言うと、黄金色に輝く光を全身から発し始め、その光は僕とグラシューを包み込んだ。


「え、えっ? 何? 何したの?」


 グラシューは酷く狼狽え、慌しく声を発していた。


「我がマナを操ることで、転送術を御主らにかけた。御主らは間も無く、シンセーロへと運ばれる」


「!?」


 僕はその言葉に、目を見開いた。


「運ばれるって⋯⋯あなたはどうするんですか!?」


「後のことはこの地を長年護り続けた我に任せるが良い。御主達がこのような辺境でその命を終えてはならぬ。その大いなる力を、広き世界の平穏の為に、これからも行使し続けるのだ」


 ダルムから答えが返ってきたが、とても受け入れられる内容では無かった。


「そんなの駄目だよ! アタシ達、まだ戦える! 飢えたウルフ達を見殺しにするなんて、アタシできないよっ!」


 グラシューは、必死の形相で訴えていた。


「救われるべく哀れな命は、未だ世界に数多と存在する。我ら一種の為に御主達が消えれば、その命は多く消え失せる」


 ダルムの発する一定した重低音を聞くと、僕は自分の成すべきことに対し、改めて思い巡らせた。


「やだっ⋯⋯! 絶対イヤっ!」


 グラシューは目に光るものを浮かべつつ、ダルムの黄金の毛並を掴んでいた。


「術を⋯⋯術を解いてよ! アタシは最後まで戦う!」


「グラシュー⋯⋯! 落ち着けって!」


 僕はグラシューの両肩を掴んだ。


「やだっ! やだーーっ!」


 グラシューの叫び声が響き渡ると、彼女の身体はその場から瞬時に消え失せた。


「あれ⋯⋯グラシュー⋯⋯?」


 僕は彼女の名前をポツリと呟いた。


「さらばだ少年。母なるこの世界の行末、宜しく頼む」


 ダルムのその言葉を聞くと、僕の目の前は真っ白に輝いた。

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