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挿話③ 憂惧に暮れる母

挿話①~③は読まなくても話は繋がります。サクッと読み終えたい方は、第一章へどうぞ。

グレゴリオ暦 二〇XX年七月七日

小畑拓也は少年少女の行方を追う③


 日も暮れかけた頃、小畑は月村蒼一の自宅へ足を運んでいた。


 六畳半程の和室に、蒼一の母・(あおい)と向かい合って会話を交わしている最中であった。


「やはり、蒼一は相変わらず見つからないのでしょうか」


「ええ、大変お気の毒な話ですが、足取りは全くと言っていい程。たしか、息子さんと最後に会ったのは三日前の朝でしたかね?」


「はい⋯⋯。いつもと変わらない様子で家を出て行ったかと思うのですが。ただ、あまり感情を表に出さない子なので、心の中では思い詰めていたのかもしれません」


「ふむ。あと、いつもより少し早く家を出たという話もありましたね。二〇分くらいでしたか?」


「そうですね。大体いつも八時くらいに家を出るのですが、あの日は七時四五分前には出て行った気がします」


「そうですか。まあ、その辺りは防犯カメラ映像の分析云々を待つしかないですね。ところでお母さん、息子さんことで少しお伺いしたいのですが、よろしいですか?」


「ええ。どうしました? あらたまって」


「これを聞いたところで解決の手掛かりになるかどうかは疑問なのですが、息子さんは、何かこう⋯⋯大人しいというか、無欲な性格だったと聞きましたが、お母さんから見て、彼の性格はどうでしたか?」


 葵は小畑から軽く視線を外し、少し考え込むように間を置いた。


「そうですね⋯⋯、仰る通り大人しい子だということは間違いありません。本当に手のかからなくて、大人の言うことは何でも聞く子でした。ただ、あまりに自己主張しないので、逆に心配になることもありました。母親である私が言うのも恥ずかしい話ですが、あの子が何を考えてるのかよくわかりませんでした」


「そうですか。彼はもっとランクの高い学校に行けたのに、敢えて今の学校を選んだとも聞きましたが、それについてご両親の影響などはなかったのでしょうか?」


「それは勿論、主人も私も、もっと偏差値の高い学校に行って欲しい思いがありました。私も世の中の仕組みはそれなりに(わきま)えているつもりです。でも、蒼一は断固として滝河中央高校へ行くと、気持ちを曲げませんでした。あの子が自己主張したのは、それが初めてだったかもしれません」


「友達が一緒だから、家から近かったということも聞きましたが。ああ、ちなみに今までの話は、大体その友達から聞いたんですけどね。梅野くんという⋯⋯」


「梅野⋯⋯ああ、竜ちゃんですね。彼とは小学生の頃から仲良しで、蒼一とは性格が正反対の明るい子でしたけど、すごく気が合うんだなって思っていました。もし、蒼一の高校を選んだ理由が竜ちゃんだったとしても、別に私はそれに対してどうこう言うつもりはありません。彼にはあんなに仲良くしてくれて感謝しているし、何より蒼一が唯一やりたいって思ったことには、尊重してあげたいですし」


「そうでしたか。ご主人も彼の進路については、大きな反対をしたわけでもなく?」


「はい。あの子の主張したことを尊重してあげたいと、主人も私と同じ意見です」


「では、彼とご両親との間で、進路や将来のことで衝突は無かったと?」


「そうかと思いますが⋯⋯。確かに、滝川中央高校に行きたいと、あの子が今までに無く主張した時は、かなり戸惑いました。でも、衝突と言えるほど、大きく揉めることはなかったですし。高校に通い始めてからも、私たちに不満を漏らすことは無かったです。何度も言うように、主張しない子なので、私たちの見えないところで不満を抱えていたのかもしれないですが⋯⋯」


「見えないところと言えば、彼が部活で体罰を受けていたかもしれない、ということはご存じで?」


 小畑がそう言うと、葵は瞠目した。


「体罰⋯⋯ですか? い、いえ、そんな話は⋯⋯」


「まあ、梅野君が言っていただけで、事実かどうかはわからないのですが。彼の素質に惚れ込んだ顧問の先生が、彼には特別厳しく指導していたそうです。部員が見ている前で罵声を浴びせたり、時には手を出していたと⋯⋯」


 葵は小畑の両目を見つめたまま、体を強張らせた。


「息子さんは、そのことについては何も?」


 少し間を空けて小畑がそう言うと、絞り出すような声で葵は喋り出す。


「いや、たしかに、いなくなった前の日にあの子⋯⋯、一年生に負けちゃったとは言っていたけど⋯⋯。そんな落ち込んでる様子は無かったし⋯⋯。あの時の溜息はそういうことじゃなくて、体罰だったの? 竜ちゃんが嘘をつくことは思えないし⋯⋯蒼一が、そんな⋯⋯」


 葵はパニックに陥り、思いつく言葉を羅列するかのように喋った。


 すると彼女は瞳を潤ませ、俯いた。


 鼻を啜る音が小畑の耳に入ってくると、彼は決まり悪そうに葵へ声を掛ける。


「落ち着いて下さい。まだそうと決まったわけでは」


「すみません⋯⋯でも、いつも心配していたんです。あの子は本当に不満を言わないので、何か隠しているんじゃないかって⋯⋯。もしそれが本当だとしたら、どうして見抜いてあげられなかったのかしら⋯⋯」


 少し怒気を含んだような口調で、葵は言葉を紡いだ。


 それを聞いた小畑は、毅然とした顔つきで言葉を返し始める。


「いや、あなたのせいじゃない。責任を背負い込んではいけない。今は事実関係を整理しつつ、彼がどういう思いを抱いていたか、冷静に考えましょう。彼の思いが見えてくれば、その足取りの手掛かりに繋がります」


「そうですね⋯⋯、ごめんなさい」


 葵は自身を落ち着かせるように、大きく息を吐いた。


 彼女が落ち着いたタイミングを見計らうかのように、小畑は再び語りかける。


「以前、お話させてもらいましたが、彼の交友関係で素行の悪そうな人物との繋がりは無いということでしたね?」


「はい。私の知る限りでは」


「なるほど。ではそうなると、彼の悩みどころは、やはり学校内での出来事にあるとするのが賢明と言えるでしょう。体罰の噂もありますし、明日から彼の学校生活について、学校関係者から聞き込みを続けたいと思います。改めてお聞きしますが、行方不明になった当日、または前日、息子さんに変わった様子はありませんでしたか?」


「はい⋯⋯、特に変わったことは⋯⋯あっ⋯⋯!」


 葵は咄嗟に両手を口元へ持って行った。


 そして、恐る恐る口を開き始める。


「そういえば、いや、大したことではないと思うんですけど⋯⋯、あの子、いなくなる前の日だったかしら、たしか『誰か家に入ってこなかったか』って⋯⋯」


「ん⋯⋯? 『家に入ってこなかったか』ですか?」


 小畑の目つきがやや鋭くなった。


 間髪入れずに、葵は声を発し続ける。


「はい⋯⋯うろ覚えなんですけど⋯⋯たしかここ最近、あの子、そんなことを言った気がするんです。ただ、ごめんなさい、その時は大して気にも留めてなくて、それをいなくなる前日に言ったかどうかまでは、確かでないんですが」


 明瞭な声で語りつつも、申し訳なさそうな表情で葵は小畑に語りかけた。


「ふむ、そうなるとやはり、全く接点の無い者が関わっている可能性も⋯⋯。いずれにしても、今ある情報を精査する必要がありそうです。お母さん、連日お邪魔してしまい、申し訳ない。何か分かったら、またお伝えに参ります」


「はい⋯⋯どうぞよろしくお願いします」


 葵は深々と頭を下げた。



 小畑は職場に戻ろうと、車を走らせていた。


 眉間を強くつまみながら、目の前の信号が赤く灯るの確認し、ブレーキを踏んだ。


--男子の方は家庭のことで悩んでいることも無さそうだし、やっぱ根っこは部活のところにありそうだな。でも『誰か家に入ってこなかったか』ってのも気になるな。ひとまず戻ったら情報整理しねえとな。今日も遅くなりそうだな⋯⋯こりゃ。


 小畑は自身の頭をハンドルに寝かせるように置き、暫く目を閉じたまま、静止した。

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