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一一話 人語を操る金色の狼

アルサヒネ歴 八六五年一〇月二一日

月村蒼一は異世界で仕事をする⑪


「よぉ〜し! 今日も異常な〜し!」


 グラシューが村の入り口にある櫓のような建設物に登り、大きな声で叫んでいた。


 このモラレ村に来て九日目となり、日が傾く時を迎えていた。三頭のウルフが同時に現れて以来、平穏な日々が続いており、これといって目立ったトラブルは起こっていなかった。


「む!? 何だあれは!?」


 グラシューは、建物の上から何かを見つけたようだ。


「何か見つかったの!? まさかウルフかい!?」


 僕は一〇メートルくらい離れた高さにいるグラシューに、声を張り上げて問いかけた。


「いや、何か人の集団らしきものが、こっちに向かってきてる!」


「集団?」


 僕は首を傾げて言うと、村の入り口の方を目を凝らして見た。


「あ、たしかに何か近づいてきてるね!」


「何だろう!? とりあえず警戒しといて!」


「わかった!」


 僕は段々とその姿を大きくしていくシルエットを凝視し、軽く臨戦態勢を整えた。



 しばらくすると、シルエットはその姿を鮮明にし、村に入ってきた。それは七〜八名ほどの人の集団であった。


「あ! あん時の!」


 グラシューの声が上方から聞こえたかと思うと、彼女は一〇メートル程の高さから飛び降りてきた。


「お、お前は!」


 その集団の中の一際大きい男は、グラシューの顔を見て声を上げた。


「酒場で暴れてた自称クエスターじゃん。元気してる?」


 軽快な語り口の彼女の表情は、実に朗らかな笑顔であった。


 集団の先頭に立っているのは、僕らが初日に村の酒場へ行った時、店員に大声でクレームを付けていた男だった。


 グラシューが仲裁に入ると、彼は自身がクエスターであることを公言し始め、その地位を利用して彼女を威嚇した。しかし、男はグラシューがA級クエスターであることが分かると、尻尾を巻いてお供を連れて店から逃げるように去って行った。


 その時の恐れ慄く男の顔は、僕の記憶に印象深く焼き付いている。


「っていうか、それ、何? その、オッサンのお供たちが抱えてる動物」


 グラシューは男の後ろにいる、彼の部下だと思われる者達を指差した。彼らの内の何人かは、シマウマ程の大きさの動物を背負っている。その動物はピクリとも動かず、既に命を絶たれているように見える。


「ラングロアだ」


「ラングロア?」


 男の言葉に、グラシューは首を傾げた。


「聞いたことないなぁ。それって何? 五頭も狩ってるけど、そんなに人に危害を加えるような動物なの?」


 グラシューが顔を強張らせて言うと、男はしばらく黙り込み、発すべき言葉を考えているようであった。


「そんなことは知らん。俺の仕事はコイツを狩ること、それだけだ」


 男の強気な態度で発せられた言葉に対し、グラシューは、真剣な表情を作り、腕を組んだ。


「ふーん。大人しそうな動物にしか見えないけど、何の罪もないそのコ達を殺して、アンタらは何とも思わないわけ?」


 彼女の厳しい口調に、男は顔を顰めた。


「俺は自分が食う為にやってる! アンタと違って、俺みたいな低級クエスターが生きていくには、コイツを狩るような仕事をするしかねえんだよ!」


「まあ⋯⋯それを言われたら、何も言えないけどさ」


 グラシューは口を凋ませ、少し困ったような顔をした。


「放っといてくれ! A級クエスターだからって、俺の生きる権利を奪う資格はねえはずだ!」


 男は声を荒げて言うと、後ろを振り向いた。


「いくぞ、おめぇら! とっとと納品済ませて、メシにすっぞ!」


 男が大股で歩き出すと、集団は金魚のフンのように、その後を追って行った。僕らはその集団が遠ざかって行く様を眺めていた。


「何か、逆ギレされちゃいましたけど」


 グラシューは僕の方を見て、苦笑いしながら口にした。


「うーん⋯⋯あの人の気持ちはすごく分かるけど。ただ、何か嫌な予感がする」


「え? 嫌な予感って?」


 彼女は目を丸め、僕に問いかけた。


「あのラングロアって動物がもしかして⋯⋯いや、何でもない。考え過ぎだな」


「え? なになに? 気になるよ〜」


 グラシューは僕の腕を引っ張り、上目使いで僕を見ながら、問い質そうと促した。


「何でもないから! さあ、見張りをしよう。暗くなるまであと少しだ。今度は俺が上に登るよ」


 僕は腕を掴むグラシューの手を払い、櫓のような建物を目指して歩いた。



 すっかりと日が暮れ、見張りを終えた僕とグラシューは、酒場で夕食をとっていた。


 酒場は相変わらずの賑わいを見せ、例の大柄な男が率いる集団もいた。彼らはそこがまるで自分達の指定席であるかの如く、カウンター席を陣取っていた。


 僕とグラシューは店の端にある、こじんまりとしたテーブルに腰掛けていた。


「明日で最後だね」


「そだね〜」


 グラシューは、綺麗に焼かれた肉を美味しそうに頬張っていた。


「ウルフが村を襲うようになった原因は結局わからなかったけど、まあ、ウチらにできることは限られてるし、仕方ねっか」


「うん⋯⋯あ、そういえばグラシュー、その原因のことなんだけど⋯⋯」


「ん? なあに?」


 彼女はフォークを口に入れながら、僕の方を見ていた。


「さっき言いかけたことなんだけどさ」


「さっき⋯⋯? ああ、ラングロアがどうのこうのってヤツ?」


「うん。それで⋯⋯」


 僕が言いかけた、その時であった。


 店の外の方から犬の遠吠えに似た鳴き声が、村全体に響き渡るように聞こえてきた。


 その音の発信源は、明らかに一頭によるものでは無かった。


「この鳴き声⋯⋯まさか!」


「ウルフだ! ウルフが来たぞ!」


 その音に呼応するかのように、店の中が騒然とし始めた。悲鳴に似た声も聞こえ、パニックに陥る人もチラホラ見られた。


 この状況を鎮めなければと、僕は咄嗟に立ち上がった。


「みなさん! 落ち着いて下さい!」


 僕は店に全体に響き渡るよう、声を張り上げた。


「そうそう! まずは落ち着いて!」


 グラシューもフォークをテーブルに置き、勢い良く立ち上がって叫んだ。店の客は僕らの方に注目し、声を押し殺していた。


「ウチらはウルフを追い払いに来たクエスター。外の様子はウチらに任せといて! いい? 店の外には絶対出ないで!」


 グラシューは店中に声を響き渡らせると、僕の方を見た。


「ソーイチ、覚悟は出来てる? 相当な数がいるよ!」


「わかってる! 早く行こう!」


 僕らは勢い良く駆け出し、店を出た。



 無数の獣の鳴き声は、澄み切った星空の下を震わせるように響き渡っていた。その音に恐怖し、我を忘れた住人達が、村の中を走り回っていた。


 僕とグラシューは、鳴き声の発信源を辿るように走っていた。


 しばらくそれを追っていると、高台になっている丘の上に、月明かりと村の照明に僅かに照らされた獣らしき群衆が目に入ってきた。


「う⋯⋯マジか! めっちゃいる!」


 その数に驚愕した僕は、思わず声を上げた。


「一〇頭はいるね! っていうか、真ん中にいるデカいのは何⋯⋯?」


 (せわ)しく吠え続けるウルフ達の真ん中に、一際大きなウルフが堂々と地に足を付けていた。そのウルフは毛色も他とは違い、黄金色の毛並みが月明かりに映えていた。


「何だろう、色も全然違うし⋯⋯あれ、その近くにいるのは⋯⋯!?」


 僕は高台いるウルフたちのすぐ近くに、その下から見上げるように群がる村人の姿を確認した。


「げ⋯⋯! 何してんのあの人たち! 自殺志願者!? やばいって! ソーイチ、飛ばすよっ!」


「わ、わかった!」


 グラシューはさらに走る速度を上げ、若干、僕からリードを取った。僕もマナをさらに開放し、彼女の背中を追うように走った。



「ちょっと! みんな危ないからっ!」


 群衆のところに着くやいなや、グラシューはそれに向かって叫んだ。村人たちは彼女の声に反応し、僕らの方を振り向いた。


「いいから早くどっか行って! 喰われても知らないよ⋯⋯って⋯⋯あれ?」


 僕はその場に着くと違和感を覚えた。恐らく彼女も同様のモノを感じ、言葉に詰まったのであろう。


 ウルフの集団は村人たちを襲うことなく、ただ丘の上に立っているだけであった。


「尋常ならぬマナを感じる⋯⋯精霊の洗礼を受けた者が現れたか」


「!?」


「!?」


 僕はその低音の響きが聞こえたことに対し、自分の耳を疑った。


 グラシューも驚いた様子で、唖然と口を開けていた。


「恐らく、我ら同志を手にかけたのは主等であるな」


 ウルフ達の集団に囲まれ、一際大きく、黄金色に輝く一頭が口を開き、人語を操っていた。


「まさか⋯⋯喋れ⋯⋯」


 グラシューは、溢れ落とすように言葉を発した。


「主等の弁明は後で聞くことにしよう。今はこの村の長との取引が優先だ」


 黄金色のウルフは落ち着いた口調で喋り、僕らを見つめていた。


「この村の長と⋯⋯取引って⋯⋯?」


 僕も口から漏らすように喋った。


「このウルフが村長と話がしたいそうです。今、村の者が村長を呼びに行っています」


 僕の声に反応した村人の一人が、丁寧な口調で答えてくれた。


「そうですか⋯⋯。ありがとうございます」


 僕は答えてくれた村人に、細々とした声でお礼を言った。


「グラシュー、これってどういう⋯⋯」


 僕の声に反応したグラシューは、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「わかんない⋯⋯とりあえず、村長が来るのを待とうか」


「そうだね⋯⋯」


 僕らは村人たちの群がりに混じり、呆然と立ち尽くしていた。

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