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九話 限界の中での戦い

アルサヒネ歴 八六五年一〇月一六日

月村蒼一は異世界で仕事をする⑨


「あ⋯⋯っていうかちょっと思ったんだけどさ」


 僕はふと思い出したように声を発した。


「ん? どしたの?」


「この状況でウルフが来たらどうする?」


 グラシューからすぐに返事はなく、ちょっとした間が生まれていた。


「まー、何とかなるでしょ。あの程度の強さのウルフだったら、疲れてても二人でかかればたぶんイケる」


「ホントに? ちなみに俺は立つのも辛い感じなんだけど⋯⋯」


「だーいじょうぶだって! どうにでもなるさっ! っていうかアタシ、あの村長気にくわないから、この村、このままウルフにメチャクチャにされてもいいんじゃないって思ってるくらい」


「そ、それはどうかと思うけどな⋯⋯って⋯⋯あれ⋯⋯?」


 グラシューの投げやりな言葉を耳にし、僕は呆れたようにそう言うと、村の入り口辺りに何かがいる雰囲気を感じた。


 僕は体を起こして入り口の方を見た。


「あれってまさか⋯⋯」


「ええ? どうしたってのよ⋯⋯」


 グラシューも僕につられるように体を起こした。僕は入り口付近にいる獣と思われるシルエットを確認すると、背中が震えるような感覚を得た。


「ウルフじゃないか⋯⋯?」


「げ⋯⋯マジかよ。ウワサをすれば何とやらってヤツ⋯⋯っていうか、数増えてないっ!?」


 アージェントウルフかと思われる銀色の毛並みを靡かせた三頭の獣は、村の門をくぐり、堂々と侵入して来た。


「複数で襲ってくるなんて聞いてないし! しかもなんだってこんな時にっ⋯⋯!」


 グラシューは狼狽えながら声を上げ、ウルフ達に目をやっていた。


「村の奥まで進む気だ! 何とかして止めないと!」


 僕は重い腰を上げ、ウルフ達の下へ駆け出した。


「あ! ちょっと待ってよソーイチっ!」


 後ろの方から慌てて叫ぶグラシューの甲高い声が、耳に入ってきた。僕はそれに反応することなく、そのままウルフ達の下へ突き進んでいた。



 僕は村に現れた三頭のウルフの前まで駆け寄り、奥に進ませんと立ち塞がった。彼らは僕を見るやいなや唸り声を上げ、身を屈めて威嚇していた。その仕草を見る限り、彼らとの戦闘を避けられないのは明白であった。


「はぁっ、はあっ⋯⋯何だっての、こいつらは!?」


 やや遅れて、グラシューもウルフ達の前に到着した。


「どうやら、すんなりと帰ってはくれないみたいだね」


 僕はそう言うと、短剣を右手に取り、姿勢を低く構えた。


「こんなの聞いてないよっ⋯⋯! 何で三頭も現れるんだかっ!」


 グラシューも短剣を手に取り、臨戦体勢を整えていた。


「来るよ!」


 鋭い殺気を感じた僕が叫ぶと、ウルフ達は三頭同時に襲いかかってきた。


 一頭が僕に目掛けて牙を立てて噛み付きにかかってきたところを、僕は何とか躱した⋯⋯ということは。


「なんでーっ! あっちの兄ちゃんの方が美味しいよっ!」


 グラシューはシャレか本気かわからないが、そんなことを叫びながら二頭のウルフを相手にしていた。


「グラシュー! 大丈夫!?」


「おうよ! だれに向かって心配してんだ!? 先輩の貫禄ってモンを見せたるっ!」


 先ほどの言動は何だったのか⋯⋯。


 とにもかくにも、彼女は堂々と言い放ち、二頭のウルフを華麗な動きで捌いていた。


「わかった! 頼みましたよ、師匠!」


「うるせー! アンタに師匠とか言われると嫌味に聞こえるわっ!」


 そして、僕はなぜか怒られた。


 しかし、そんな言動に気の利いた返事をするほどの余裕はなく、僕は毛の先ほどのマナを呼び起こし、ウルフとの対決に集中する他なかった。


 体が鉛のように重い。


 試合で死力を尽くして走り終えた後の感覚に似ている。


--さっきの勝負でバカみたいに消耗しなければ、問題ない相手なのに⋯⋯まったく、何やってんだか。


 それでも、ウルフの動きには対応できていた。


 追い払うくらいであれば、何とかこなせそうな手応えを得ていたが、それでも後悔の念が頭の中から消えないでいた。


「これでどうだ!」


 僅かな隙を突き、僕はウルフの胴部に向かって短剣を縦に振り下ろした。


 ウルフは僕の攻撃に怯んだ。


 しかし、ウルフは立ち続け、傷つきながらも、僕の方に睨みを利かせていた。


 僕は全力で攻撃を放ったが、彼の闘争心を削ぐまでには至らなかったようだ。さらに、ウルフは今の攻撃で逆鱗に触れたようで、さらに勢いを増して僕に迫ってきた。


--くそっ⋯⋯! 思ったよりも時間がかかりそうだ! マナの回復を待つしかないな。ここはひたすら凌いで、マナが溜まった瞬間にリスヴァーグをお見舞いしてやる⋯⋯!


 僕は鬼気迫るウルフの噛み付きやら引っ掻きを冷静に躱し続け、マナの回復に励んだ。


 息が整い始め、攻撃のチャンスを窺っていたその時⋯⋯、


「どりゃあーっ!」


 近くでグラシューの女らしからぬ、そして彼女らしい豪快な掛け声が聞こえると、彼女と攻防していた二頭の内の一頭のウルフが吹き飛んでいるのが見えた。


「おおっ⋯⋯すげぇ」


 僕は宙を舞うウルフが描く放物線を眺め、彼が二~三〇メートルほど先の地面に落下するのを確認した。


「おっしゃーっ! まず一匹!」


 そう声を張るグラシューは、もう一頭のウルフと再び抗争を始めた。


--やっぱスゲェなグラシューは。彼女だって相当疲れてるはずなのに。


 僕に激しい攻撃を続けていたウルフは、一旦それを止めていた。隙を窺っているのか、彼は僕を睨み付けるような目で観察していた。


--俺も負けてられない!


 僕は改めて気合いを入れ直し、ウルフを睨み返すように見つめた。


「よし! 来るなら来い!」


 僕は自分を鼓舞したいが為に、言葉が通じないことは十二分に承知の上、ウルフに向かって叫んだ。



 それから一〇分くらいが経っただろうか、僕とグラシューは残り二頭のアージェントウルフと攻防を繰り広げた。


 そんな中、僕は何か違和感を覚えていた。


--そういえば⋯⋯グラシューに吹き飛ばされたウルフって⋯⋯?


 僕は周りを見渡した。


 そして、グラシューに倒され、地面に伏しているはずのウルフの姿が無いことに気付いた。


「あれ!? グラシュー、ちょっと!」


「なにさーっ!? 今いいとこなのにーっ!」


 手を休めずに闘い続けるグラシューは、慌しい口調で僕に返事をした。


「キミが倒したウルフがいないんだけど!」


「ええーっ!?」


 彼女もせわしく動きつつ、周囲の様子を確認した。


「ホントだ! どこいった!?」


「山に帰ったってことはないよね!?」


 僕もウルフを捌く為、相当な運動量を要していた。それに加えてグラシューとの会話をこなすのは、心身ともに相当堪えた。


「わかんない!」


 そう答える彼女の顔は必死であった。


「どうしよう! 村の奥に行ったかもしれないよ!」


「ありえる! ソーイチ、ちょっと村の中、見て来てくれない!?」


「見て来てって⋯⋯俺が相手にしてるコイツは!?」


「アタシが何とかする! 村人の安全が最優先だっ!」


「わ、わかった!」


 僕は相手にしているウルフに対し、盾で体当りして軽く突き飛ばした。距離を取った僕は、振り向いて走り出した。


「じゃあ、村の様子を見て来る!」


「おう! 頼んだぜっ!」


 恐らく体力的には限界に近いはずのグラシューに、二頭のウルフの相手をさせるのは忍びないが、他に手は見つからない。持てる力を全て出し、自慢の脚で村の中を駆け回ってやると決意し、僕はこの場を離れた。



 ウルフとの闘争の場から離れ、村を駆け回っていた僕は、地面に付着している何かを見つけた。


「これは⋯⋯血の跡?」


 滴り落ちたと見られる赤い跡は、途切れ途切れに列を作っていた。


 嫌な予感に震えつつも、僕はこの赤い列を辿るよう、再び駆け出した。


「!?」


 しばらく血の跡を追って走っていると、一〇〇メートルほど離れた農場の方から、叫び声のような音が僅かに耳に入ってきた。


「マジか!? これはヤバい!」


 図らずも叫んだ僕は、尽きかけのマナを開放し、走る速度を上げた。



 嫌な予感は的中していた。


 農場に到着した僕は、肩や脚から血を流して倒れる中年男性の姿を見つけた。


「大丈夫ですか!?」


 僕は男性に駆け寄った。


「オ、オラの牛たちが⋯⋯」


 弱々しく喋る男性は、とある方向を指差した。


 その先には、逃げ惑う牛や豚の姿と、荒々しく追い回すアージェントウルフの姿があった。


「マジかよ!」


 僕はその凶行が繰り広げられる方向へ、これ以上ない力を込めて走り出した。


「やめろーーっ!」


 僕は瞬時にウルフまでの距離を詰めた。虚を突かれたウルフは僕の存在に反応できていないようだ。


 僕は無心で、短剣を彼の首元に突き刺した。


 ウルフは悲痛な叫び声をあげ、その場に伏した。

 

「しまった⋯⋯!」


 我に返った僕は声を漏らした。


 ピクリとも動かないウルフの存在に気付くと、自然と足が後退っていた。


 さらに周囲を見回すと、ウルフに食い千切られて横たわる数頭の牛や豚の姿があった。


 僕は、しばらくその惨状を眺めた。


 果てしない罪悪感に苛まれ、だんだんと力が抜けてきた。


 そして膝をつき、その場で俯いた。


「ごめん⋯⋯ホントにごめんよ⋯⋯」


 無慈悲に奪われた命に対し、僕はただ枯れたような声で謝ることしかできなかった。

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