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挿話② 指導者の証言

挿話①~③は読まなくても話は繋がります。サクッと読み終えたい方は、第一章へどうぞ。

グレゴリオ暦 二〇XX年七月七日

小畑拓也は少年少女の行方を追う②


 小畑は滝河中央高校の門を潜り、受付で入館証を受け取ると、一〇人くらいは収容できそうな会議室らしき場所に案内された。


 暫く座って待っていると、背が高く、体格の良い男が小畑の目の前に現れた。


「遅くなってすみません、高梨(たかなし)です」


 スポーツブランドのロゴが入ったTシャツとジャージを着る、いかにも体育会系の外身をした男が名を名乗ると、小畑は立ち上がって一礼し、名刺を差し出した。


「滝河警察署の小畑と申します。今日は急な話で申し訳ありません」


 高梨は名刺を受け取ると、小畑の向かい側の席に座った。


 小畑も高梨の巨体と息を合わせるように、再び腰を下ろした。


「今日も事件のことですか? どうです、何か進展はありましたか?」


「いえ。生憎、二人とも足跡すら掴めない状況で」


「それは残念だ。特に月村君の方は私の受け持っている陸上部の生徒でして。彼の素質には期待を寄せているんですがね」


「ええ、そのようですね」


 小畑は、何かしてやったりとした表情を見せて言った。


「既にご存じなんですか?」


「まあ、こういう仕事柄、情報は色々と入ってきますからね」


 小畑は下を向いたかと思うと、すぐにその顔を見上げ、視線を高梨に戻した。


 その眼光は鋭さを増していた。


「今さっき、先生は彼には期待していると仰いましたが、それに見合った手厳しい指導をされていたようですね」


 高梨は表情を若干強張らせると、小畑から目を逸らした。


「月村君が失踪する前日、彼は同じ陸上部の生徒と一緒に練習を放り出したと聞きましたが。それは間違いありませんか」


 相変わらず高梨は下を向いたまま、小声で喋り出す。


「ええ、そうでしたね」


 間髪入れずに小畑は問い詰める。


「何があってそんなことになったんです?」


 やや長めの沈黙がその場を支配した。


 高梨は深く考え込み、俯いたままでいた。


「まあ⋯⋯少し厳し過ぎたのかもしれませんね」


 力なく高梨はそう答えた。


 小畑は覗き込むように高梨を見つめ、浴びせ掛けるように問い掛ける。


「体罰のようなことも聞いてますが、それについては?」


 それを聞いた高梨はピクリと反応し、顔を上げ、睨みつけるように小畑を見た。


 そして暫く間を置き、高梨は口を開き始める。


「一切ないですね」


 高梨は明白な口調で言い放った。


 小畑は彼の強気な姿勢に内心はやや動揺するが、表情を変えることはなかった。


「部員に手をあげるようなことは、断じて無いと」


「ええ、一切。二度も言わせないでください」


「そうですか、失礼」


 小畑は腕を組み、背中を椅子にもたれるよう座り直した。


 その後、暫く無言の空気が漂った。


「小畑さん、あなたはそれを聞く為にここへ来たんですか? 私はてっきり例の事件のことで話を聞きに来たんじゃないかと思っていたんですが」


 沈黙を切り裂いたのは、高梨の口であった。


「ああ、失敬。その通りですね。そういった意味では、先生のご指導方法の件については別件ということになる。ひとまず、それについては置いておきましょう」


 小畑は冷静な口調で、淡々と喋った。


 一方、高梨は不満げな表情で、小畑を凝視していた。


「私が知りたかったのは、先生のご指導方法に問題があった⋯⋯まあ、要するに体罰が有ったか無かったか、などということではなく、どういう気持ちで月村君の指導にあたっていたかというところです」


「どういう気持ち?」


「ええ。彼を厳しく指導していたのは、純粋に彼を強い選手にしたいという思いからでしょうか?」


「はあ? 当たり前でしょう。さっきもそう言ったじゃないですか。彼には期待していると」


「ご自身の顧問としての実績を残したいが為に⋯⋯ということは?」


「あのね、小畑さん。本気で怒りますよ。そんなモノは後から付いてくるのであって、私は顧問として生徒の人生を預かっているのも当然なんです。まず第一に考えるのは、生徒自身のことでしょう。月村に対して厳し過ぎたことに、私自身も反省するところはあるでしょうが、それは私なりに、彼を思ってやっていたことなんです」


 熱く、激しい口調で、高梨は語り続ける。


「あれだけの素質を持っていながら、県大会止まりで(くすぶ)っているなど、何とも勿体無い話だ。全ては気持ちの問題。どうも彼は練習でも試合でも手を抜く。月村の闘争心の無さ克服させなければ、彼自身の人生を棒に振るうことにもなりかねない。小畑さん、あなただってそうでしょう? 刑事というそのポジションにつくまで、色々なものと闘ってきたはずだ。そして、厳しい指導を受けてきたことも多々あったんじゃないですか?」


「いやいや、先生の仰る通り。良かった、そういった言葉をその口から聞きたかったんです」


「何?」


「月村君に対して個人的な恨みがあったとか、彼が行方不明になってほしい理由があったとか。若しくは、実は先生が裏で何か反社会的組織と繋がっているんじゃないか、なんて心配をしていたんですがね」


「全く何てことを言う。警察とはいえ名誉毀損も甚だしいですよ」


「本当に失礼な話ですね。申し訳ありませんでした」


 小畑は深々と頭を下げた。


 高梨は太々(ふてぶて)しい表情を崩さず、腕を組んで頭を下げる小畑を見ていた。


 小畑は緩やかに顔を上げると、微笑を浮かべて口を開く。


「それでは、私はこの辺で。お忙しい中お時間いただき、ありがとうございました」


 小畑は物音を立てずに素早く立ち上がり、隣の椅子に置いてあった鞄を手に取った。



 小畑は受付に入館証を返すと、すぐさま駐車場に向かい、車に乗り込んだ。


--あの感じ、体罰はクロ間違いなしだが、失踪に関わっては無さそうだな。


 小畑は強めに息を吹き出し、シートベルトを締め始めた。

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