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一〇話 引き出された力

アルサヒネ歴 八六五年一〇月一二日

月村蒼一は異世界で洗礼を受ける⑩


「え⋯⋯? 僕が、洗礼場を破壊?」


 男性から事の経過を聞き、僕は唖然と口を開いた。


「あなたが地に足を付け、平然と立っていたのは紛れも無い事実ですが、あなた自身、その時は全くの無意識だったのでしょう」


「怪我をされた方もいるって⋯⋯まずはその方に謝らないと⋯⋯! どちらにいるんです!?」


 僕は男性の方をじっと見つめ、問い掛けた。


「その必要はありません。あなたに悪気が無いのは明白。それに、我々は精霊に全身全霊を注ぐ身。あの場に於いて起こる如何なること対し、逆らわず、受け入れることが課せられているのです。精霊に導かれしあなたに謝罪をされる道理はありませんので、どうかご心配なく」


 男性は淡々と僕を諭した。


「で、でも⋯⋯」


 想定外の不可抗力が働き、無意識だったとはいえ、僕が直接的に洗礼場を荒らしたことには変わりない。僕の心中から(わだかま)りが拭い去れない。


 しばらく沈黙が訪れた後、部屋全体が一瞬、輝き出した。


 この輝きは、何度か覚えがある。


 この後に起こるであろう事象について、僕はある程度、察知が付いていた。


「サ、サフィローネ様っ!?」


 想定通り、僕と男性の目の前に、サフィーさんが突如として現れた。僕との会話で一切表情を変えなかった男性は、彼女が現れた途端、驚きに満ちた顔を見せた。


「なっ、なぜこのような場所に!? 何が⋯⋯いったい何が起こって⋯⋯」


 男性はパニックになっている。


「我が従士の一人、フィロスよ。この者を無事に介抱いただいたようですね。殊に感謝いたします」


 サフィーさんは軽く笑みを浮かべながら喋りかけていたが、洗礼の時の凛とした雰囲気があった。


 男性は蛇に睨まれた蛙のように硬直していて、若干震えているようにも見える。この世界でサフィーさんに最も近い存在の一人であるにも関わらず、彼女とただ向かい合って話すことでさえ、彼にとっては敷居の高いことが窺える。


 そしてまた、この地におけるサフィーさんの並外れた神格さを感じ、僕は今まで何気なく彼女と接していたことに、畏れ多さを抱いた。


「この者と二人で話があります。貴方はこの場を外してもらえませんか?」


 男性は固まっていたが、彼女の言葉の意味を汲み取ると、瞬時に立ち上がった。


「は、ははーっ! 失礼いたします!」


 彼は声を張り上げて言うと、逃げるように部屋から立ち去っていった。


 薄暗い控室に、僕とサフィーさんが残され、沈黙の間が訪れた。


 サフィーさんは僕の方に目をやると、無表情のまま、しばらく見つめてきた。


 彼女の厳格な雰囲気は洗礼の時と変わらず、僕は酷く緊張し、気まずい思いに襲われた。


--やっぱり⋯⋯洗礼場を荒らしたこと、怒ってるのかな⋯⋯?


 僕が『ごめんなさい』と言いかけた、その時であった。


「ソーーちゃーーーん!」


「ぐえっ!」


 サフィーさんがお茶らけた叫び声をあげ、僕に抱きついてきた。


 重々しい雰囲気が、一気に解された気がした。


「もうーーっ、心配したんだからっ!」


 彼女は僕の両腕を掴みながら、僕の目を凝視した。


「あの⋯⋯サフィーさん?」


 僕は呆気にとられた感じで、声を出した。


「それにしても、あそこまでマナが溢れ出すなんて、思ってなかったわ。あれだけの力を一気に解放しちゃったもんだから、身体にかかる負荷も相当だったみたいね。ちっとも起き上がらなかった時は、どうしようかと思ったけど⋯⋯。ああ〜、ホントよかった!」


 サフィーさんは、捲し立てるように喋りかけてきた。


「怒ってないんですか⋯⋯? 僕が洗礼場をめちゃくちゃにしたこと⋯⋯」


「えっ? ああ〜、いいのいいの! 気にしないでそんなこと。あれくらい、私の力でサッと直せるし!」


 僕は頭をポンポンと叩かれた。


「そ、そうなんですか。まあ、サフィーさんがそう言うなら⋯⋯。それにしたって、ちょっと心配ですね」


「ん? 何が?」


 僕は少し間を置いた。


「また無意識の内に暴走して、ああやって周りをめちゃくちゃにしてしまうのかと思うと⋯⋯。何か怖いです。せっかく力を引き出せたというのに」


「ああ〜、大丈夫よ。あの洗礼場はね、洗礼を受ける人が持ってる力を全部晒け出せるように、結界がかけられているの。ソーちゃんが普段からあんなメタクソな力を爆発させることは、あり得ないから」


「そうなんですか?」


「うん。あの力をいざという時に発揮するには、これからあなた自身の努力が必要になってくるって話。どっちにしても、コントロール出来るものだから、心配しないで」


「そういうことですか⋯⋯。なら安心しました」


「そっか! よかった!」


 サフィーさんはニコリと僕に微笑みかけ、僕の両腕から手を放した。


「さて、私があなたにしてあげられることは、だいたい終わったかな」


「あとは、俺次第ってことですか?」


「そうね。クエスターとして実績を積んで、この地域で一番強くなったことを証明してみせて。難しく考えなくていいわ。とにかくクエスターとして活動していれば、自ずとその答えは見えてくるはずだから」


「⋯⋯いまいちピンとこないですが、その通りにします」


「うん、お願い! 今度会えるのはずいぶん先になりそうだけど、その時は(たくま)しくなった姿を見せてちょうだいね!」


 手を振りながら喋るサフィーさんは、眩い光と共に消えていった。



 僕はジャスタさんと共に洞窟を歩き、元来た道を辿っていた。


 お互い気を磨り減らしたせいか、会話のトーンは下がっていた。


「にしても、今回は大変だったな。あんなことが起こったのは初めてだ」


「すみません⋯⋯ご迷惑かけて」


「なあに、お前さんのせいじゃないさ。お前さんをここに連れてきた天下の精霊様に、全部罪を(なす)り付けてかまわねえよ」


「それはそれで、畏れ多いですね⋯⋯」


「まあ、何はともあれ、無事に洗礼は終わって、力も引き出されたわけだ。次は早々にお前さんのクエスターデビューだな。あんだけの力がありゃあ、少し経てば依頼殺到まちがいなしだな!」


「が、がんばります」


「とりあえず、今日は帰ったら祝勝会だな! ヌヴォレのヤツらも待ちわびてるだろう。最近ドンチャン騒ぎするきっかけが無かったから、気合い入ってんだろうな」


「それはまた、疲れそうですね⋯⋯」


「だーはははははっ! 無理に付き合うことぁねえよ。とりあえず今日はもう、難しいことは何も考えずに、体を休めな。お前さんにはクエスターとしての心得っつーか、この国の現状っていうか、色々教えなきゃならねえことがあるが、落ち着いたらまた話すからよ」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 僕らはひたすら、薄暗い道を歩き続けた。


 一度来た道だが、果てしない距離を踏んでいるように思えて仕方なかった。

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