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八話 難儀なる単純作業

アルサヒネ歴 八六五年一〇月一二日

月村蒼一は異世界で洗礼を受ける⑧


「待たせたな! 心の準備はできてっか?」


 粗悪な扉が引き千切れそうな勢いで開けられ、快活な声を発するジャスタさんが待合室に入ってきた。


「はい、いつでも」


 僕は余裕の微笑を浮かべつつ、明白な口調で答えた。


「おう! じゃあ、いくぞ!」


 僕は部屋の外へ消えて行くジャスタさんを、小走りで追いかけた。



 待合室を出ると、再び頑強そうな鉄扉が眼前に現れた。


「志願者を連れてきた! 洗礼場への受け入れを賜りたい!」


 ジャスタさんが威勢よく声を発すると、鉄扉が重い何かを引き摺るよう、ゆっくりと開き出した。


 扉が開かれると、目の前に一人の人間が物々しい雰囲気で立っていた。


 いや、人間かどうかは疑わしい。


 紺碧のロ-ブを緩く纏い、フ-ドを目深に被っており、得体が全く知れない。その者からは二足歩行の生物という以外、情報が得られない。


「お待たせ致しました。どうぞ、奥の洗礼台へ」


 その人は機械的な口調で声を発した。声の高さからすると、男性のようである。


「オレが同行できるのはここまで。後はお前さんの頑張り次第だ」


 ジャスタさんは笑っていたが、少し強張った雰囲気も感じられた。


「あ、はい。ありがとうございました。それじゃあ、行ってきます」


 僕がジャスタさんに声を掛けると、得体の知れない男性が振り返り、足早に歩き出した。


 不意を突かれた僕は、少し慌てるようについて行った。


 数十メ-トル歩いた先には、先程の狭苦しい洞窟には似つかわしくない、広大なスペ-スがあり、その大半が水辺によって占められていた。天井も高く、建物三階分はあるだろうか。上方から、水が滝のように水辺へ降り注がれていて、その音が絶え間なく聞こえていた。また、薄暗いはずの洞窟は、幾つもの人工的な炎の灯りで明るく照らされていて、水辺の透明度を際立たせていた。


 広い水辺の真ん中には、陸の孤島のような丸いスペ-スが設けられていて、人間が一人分歩けるくらいの道で繋がっていた。


「それでは、あの洗礼台の真ん中へ」


 得体の知れない男性は、陸の孤島に手を差し出し、僕をそこへ向かうように案内した。僕は彼に促されるように、細い道を恐る恐る歩き、水辺の孤島の真ん中へとたどり着いた。


 周りを見渡すと、案内してくれた男性と同じ格好をした人達が、水辺を囲うように立っていて、上方にある岩場の間にも同様に配置されていた。総勢にして約一五名くらいだろうか。


 また、僕の前方には、一人分くらいが立てる不自然に突き出た高台があった。そこは、いかにも偉い誰かが立つ為に(こしら)えた意図が見える。その高台の奥の岩場には、これもまた不自然な程、大きな穴が開けられていた。


--あの中から、サフィ-さんが出てくるのかな?


 僕が想像をかき回していると、周囲の得体の知れない者達の一人が、声を発する。


「よくぞ来た。高き志を抱かん、力を求めし者よ」


 古風で荘厳な言い回しが、野太い声と共に聞こえてきた。いかにも幻想的な世界に迷い込んだような雰囲気を感じ、僕は心を踊らされつつあった。


「この地を統べる水の精霊、サフィロ-ネ様がお見えになる。一同、控えよ」


 力強い声が響き渡ったかと思うと、周囲の得体の知れない者達は次々と膝をつき始めた。そして、眼前にある高台の奥の穴が、輝きだした。


 穴の奥から、輝きを放ったままゆっくりと歩いてくる女性の姿があった。その見覚えのある白いロ-ブを纏った女性は、向かって一番手前の高台の先端で止まり、僕の方を見下ろした。


--これが⋯⋯『精霊』としてのサフィ-さん⋯⋯。さすがに雰囲気が違う⋯⋯。


 今まで見てきた彼女とは、一線を画してした。いつもニコニコとも、ヘラヘラとも取れる趣を放つサフィーさんだが、今の彼女は神聖で近寄り難い雰囲気で溢れていた。


「力を求めし者よ、ようこそ我が主城へ」


 サフィーさんの『精霊』としての第一声を聞いた。


 僕はまた『ちゃお-っ』などと、雰囲気をぶち壊す一言を発すのではないかと心配したが、まったくの杞憂であり、表情を緩ませた。


 そんな『水の精霊・サフィロ-ネ』として目の前に立つ彼女は、無表情を貫いて僕の方を見ている。これまで見てきた彼女とのギャップを感じるせいか、その視線が突き刺さるように痛く感じる。


「汝に問う。汝、如何に力を求まん」


 彼女は難しい言い回しで、僕に問いかけてきた。


 僕は少し間を置き、その答えを探し始めた。


--これ、どう答えるべき? あくまで、サフィーさんとは初対面という立場で臨んでいるわけだから『あなたに世界を救えと言われたから』はおかしいよな。くそ、さっき聞いとけばよかったな。まあいいや、それとなく、曖昧な感じで答えておこう。


 僕は深く息を吸い、顔を引き締めて声を発する。


「己の可能性を信じ、試したいからでございます。それが平穏な世界の維持に繋がるのであれば、この上ない幸せと存じ上げる次第であります」


 一六歳には似つかわしくない台詞を、容量の少ない頭を巡らせて吐いてみた。


 サフィーさんは相変わらず無表情のまま、僕の方を目を凝らして見ている。


「心得た。いざ、汝が秘む力、ここに開かん」


 彼女はそう言うと、腰のあたりから少し離れたところで両手を広げた。すると、彼女の発していた白い光が青く変わり、その輝きはより一層増した。さらに、周囲の得体の知れない者達が、呪文やらお経のような意味不明な言葉を、野太い声と共に発し出した。


--おお、何か本格的にファンタジ-っぽくなってきたぞ、って⋯⋯、


「ウヴぅっ⋯⋯!」


 いきなり強烈な頭痛に襲われ、僕は悶絶し、膝を付いた。何か鋭く細長い針のような物で次々と刺されたかのように、脳内のあちこちで痛みが走る。


「今こそ試練の時。力を欲す者よ、その果てなき大志、ここに示し給え」


 苦しむ僕を尻目に、サフィーさんは僕に語りかけているようだが、激しい頭痛は、その内容の理解を拒む。


 気付けば僕の足下に、掌に収まるくらいの青い玉が転がっていた。


「その宝玉を台座に納めよ。さすれば汝が力、開かれた証と認めん」


「台座⋯⋯? あっ⋯⋯」


 僕は必死に顔を上げると、目の前で金色に輝く台座が、いつの間にやら設けられていた。


--この青い玉をあそこに置けばいいのか? それくらいなら⋯⋯。


 僕は足下に転がっている玉を手に取った。とりわけ重いわけでもなく、熱くて触れないわけでもなく、何の変哲もないガラス玉のようだ。


 僕は立ち上がり、その玉を納めようと、台座に向かおうとしたが⋯⋯。


「うがあぁっ!」


 さらなる頭痛が僕を襲った。


 僕は端無く頭を抱え、その場に倒れこんだ。


 周囲の奇声は相変わらず発せられており、その痛みを増幅させる。さらに、妙な吐き気にも襲われ、目の前の景色が霞み始めた。


 そして僕の掌にあった青い玉は、恬淡(てんたん)とした様子で離れていった。


「はぁっ、はああっ⋯⋯、くそっ!」


 僕は激しく呼吸をしながら、地べたを這い、転々とする青いガラス玉を追いかけた。


--こんなガラス玉をあの台に乗せるくらい、わけのない作業だ。でも⋯⋯この苦しみを味わいながらとなると、話は別だ。何か重い物を背負わされているみたいで、体が動かない⋯⋯。


 今まで大きな病気をしたことの無い、至って健康体だった僕の体にとって、この痛みと苦しみは体験し得ることの無いものであった。陸上の練習で何度も辛い思いをしたことがあるが、それとは全く異質であり、全く免疫が働かず、対処方法が全く見えない。


 もがき苦しむしか術が無く、僕は今にも意識も失いそうになっていた。


--これは⋯⋯ヤバい⋯⋯想像以上だった⋯⋯。あ⋯⋯何か見える⋯⋯。


 僕は、眼前に薄らと現れる人影を確認した。


--あれは⋯⋯竜司? 何で竜司がここに?


 気付けば目の前が真っ白な空間になっていて、竜司と思われる人が立っていた。


 また、他にも何人かの人間が、その場に立っていた。


--え⋯⋯母さん、父さん⋯⋯!? まさか、死ぬ間際に見てしまうアレか?


 僕は眼前の現象を走馬灯だと悟り、危機感を強く募らせた。


--ウソだ⋯⋯! 認めてたまるかっ、こんなの⋯⋯! 俺なら、これくらいの試練、簡単に乗り越えられるんじゃなかったのか!? こんなの通過点に過ぎないんじゃなかったのか!? こんなところで躓いていられない⋯⋯! 思い出せ、何か大事なことを忘れてはいないか?


 僕は忽然と現れた事象を強く否定し、頭を冷やし、目を閉じた。


--そうだ! 呼吸法!


 そのワードを思い出すと、僕はゆっくりと呼吸をし、腹部の動きに集中した。


⋯⋯⋯⋯⋯⋯


⋯⋯⋯⋯


⋯⋯ 


⋯⋯⋯⋯


 暫くすると、目の前の白い空間は徐々に消えていき、再び明るく照らされた水辺の景色が戻ってきた。


 同時に、激しい頭痛と吐き気も復活していた。


--よし、意識が戻ってきた⋯⋯。無理に動こうとしてはダメだ。今はこの痛みが引くのを待とう。


 僕はひたすら呼吸に集中した。


 すると、頭の痛みも、吐き気も徐々に引いてきた。


 さらに、鉛のようになっていた体も、動かせるようになってきた。


--これだな、この感覚。異様に体も軽い感じがするぞ。目の前は何となくユラユラしてるけど、気持ち悪さは全くない。っていうか、周りの人たちの気味の悪い声がしなくなったけど、まあ、いいか。


 僕はゆっくりと起き上がり、床に落ちている青いガラス玉を拾った。


 そしてそのまま、台座に向かってゆっくり歩きだし、ガラス玉を真ん中のくぼみに嵌めた。


「サフィーさん、これでいいんですか?」


 妙に気分がハイになっていた僕は、思わず軽い口調で、目の前の精霊様に声をかけてしまっていた。


 しかし、すぐその後に⋯⋯、


「ソ、ソーちゃん! ストーーーップ!」


 ひどく慌てたサフィーさんの声が、耳に入ってきた。


「え?」


 僕が図らず声を発した瞬間、目の前が真っ白に輝いた。

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