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六話 懇篤な仲間たち

アルサヒネ歴 八六五年一〇月一二日

月村蒼一は異世界で洗礼を受ける⑥


 僕が異世界に飛ばされてから、約一週間が経った。


 改めてこれまでの経緯を簡単に整理すると、僕が異世界に来た途端、僕は道端で昏睡していたらしく、それに気付いたジャスタさんという大男が、僕を保護してくれた。ジャスタさんは、宿だか酒場だかギルドだか、色々な用途のある『ヌヴォレ・ロカンダ』と名付けられた複合施設を経営しており、彼の好意で、僕はそこで住み込みで働かせてもらっている。


 仕事としては、宿の部屋の掃除、酒場の接客などの雑用が中心であった。接客の仕事のおかげで、この辺りで使われている言葉も、生活に困らないレベルまで喋れるようになった。


 僕は今、寝床から起き上がり、朝の身支度をしているところであった。時間は八時を過ぎたところである。


 ちなみに、この世界の時間の感覚は、前にいた世界とほぼ変わらないものだった。目の前にはカレンダーらしきものがあり『八六五年一〇月一二日』と読み取れる記載がある。


 『八六五年』とは、この周辺地域である『アルサヒネ』における二大国家である『キャリダット』と『フィレス』の国交が始まった年月だと、ジャスタさんから聞いた。


 一日二四時間、一月三〇日前後、一年三六五日。曜日の概念は無いようだが、恐らくは太陽の周期を元に作られた暦であることがわかる。それはつまり、ここが地球であること、もしくは一つの恒星を周回し、朝昼夜、春夏秋冬の概念がある惑星であることが、少なくとも想像される。


 異なるのは言葉くらいにしてほしいと思っていたところに、時間の感覚まで狂わされるようなぶっ飛んだ世界ではないことがわかると、僕は少し安堵していた。


 閑話休題。


 今日の僕は少し緊張している。


 なぜなら、ジャスタさんから、今日は洗礼を受けてもらうと言われているからだ。


 クエスターになる為のマナ解放の洗礼は、非常に苦しいものだと聞いている。しかも秘めたるマナの量によって、その苦しみの強さは比例するらしい。仮にも精霊の目利きに合ってしまった僕自身、相当なマナを持っているものだと想像する。嬉しい反面、苦しみの大きさを考えると、複雑な気分である。


 とはいえ、その洗礼もまだまだスタートライン。大事なのは洗礼を受け、この世界では特別な力を持った存在として重宝される『クエスター』として活躍すること。ゆくゆくは世界を救わねばならないと言われているのだから、こんなところで躓いてはいられない。


 僕は息を吹き出し、気合いを入れた。


 そして、朝食を取るため、ヌヴォレ・ロカンダの食堂に向かった。



 食堂に着くと、僕の他にも数人のスタッフが席に座り、朝食をとっていた。僕は配膳口から食事を受け取り、彼らの座る席に向かった。


「おはようございます!」


 僕が挨拶をしつつ席に座ると、皆も挨拶を返してくれた。


「ソーイチ、今日は洗礼の日だな!」


 僕の向かい側に座る一人の少年が、元気良く声をかけてきた。


「そうだね」


 僕は彼に笑顔を見せながら答えた。


 彼の名は『バリアシオン』といい、みんなからは『バリー』の愛称で親しまれている。ちなみに、僕と同い年とのことだ。


 ヌヴォレ・ロカンダ、スタッフの間では『ヌヴォレ』と略して呼ばれているが、そんなヌヴォレで住み込みで働いているのは、僕だけではない。バリーをはじめ、僕以外にも一〇名くらいだろうか、ジャスタさんのお世話になっている人が他にもいる。


 基本的に身寄りの無い少年少女を中心に引き取っているようで、ジャスタさんの心の広さが改めて窺える。


「どうよ? 緊張とかしてねえの?」


「そりゃあ、ちょっとね」


「頑張ってくれよ。同じ『アトミカリアン』として応援してっからよ。お前がクエスターになれたら、オレも誇り思えるぜ」


 バリーの見た目は明るく彩られた短い金髪で、青い瞳を持っている。元の世界でいう所謂『白人』とほぼ同じである。


 僕やバリーをはじめとする人種は『アトミカリアン』、もしくは『知人族』などと呼ばれている。その語源となるものは全く不明。ただ、この世界の住人も『そういうものだ』という認識で、特に深い意味を求めていないようだ。


「ありがとう、バリー。頑張るよ」


 僕がそう答えると、バリーは満面の笑顔を返してくれた。


「それにしても、アトミカリアンでクエスターになるなんて、本当に珍しいよな」


「そうそう、身体能力も魔力も他の人種に比べて劣ってるし。その代わり頭が良いから、商人とか学者になる人がほとんどよね」


 そんな声が、周りに座っているスタッフから聞こえてきた。


 この世界における人種の話を少しさせてもらうと、この世界では大きく四つの人種に分かれているとのこと。


 その四つは『獣人族』『妖人族』『魔人族』『知人族』と、それぞれ呼ばれている。


 各々、見た目や能力に特徴があるが、僕のような知人族、いわゆるアトミカリアン、前の世界で言うところの『人間』あるいは『ホモ・サピエンス』は、クエスターには不向きらしい。


 そんな僕がどうしてクエスターになろうと思ったのか、と何度が聞かれたこともあったが、『何となく』とか『カッコイイから』とか、それとなく誤魔化している。『世界を救う為に精霊様から連れてこられた』などと馬鹿正直に言うと、大騒ぎになる。適当にあしらっておけと、ジャスタさんにも口止めされている。


「つっても、ソーイチは『いいひと』過ぎるからな! いいクエスターになれるんじゃねえ?」


「アタシもそう思う! 応援してるよ!」


 そう言われ、僕の気持ちは少し高揚し、思わず開口する。


「ありがとう。何かやる気デてきタよ!」


「おっ! 出たな! 『ソーイチ訛り』!」


「えっ?」


 バリーに突っ込まれると、周りから笑いが起こった。慣れてきたとはいえ、まだこの世界に住み始めて一週間。僕の喋るアルサヒネ語には微妙に訛りがあるようで、時々、それを指摘される。


 いずれ直そうとは思うが、そんな訛りも僕の『個性』だと受け止めてくれているようなので、敢えてこのままでいこうとも思う自分がいる。


 どちらにせよ、そんな心の広い国民性に、僕は共感しているし、この一週間、理想郷に来たかのような暮らし易さを感じている。この国の人たちの為になりたい、という思いも生まれ、僕のクエスターになりたい意志は高まるばかりである。



 朝食を取り終え、パブの掃除を手伝っていると、ジャスタさんが僕の方に歩み寄って来た。


「おう、ソーイチ! そろそろ行こうかと思うが、準備はできてっか?」


「はい、いつでも!」


 僕はジャスタさんの方を振り向き、声を張って答えた。


「よーし! それじゃあ早速いくか!」


 僕とジャスタさんはパブの玄関口へと向かい、ドアを開けた。


「ソーイチ! がんばれよ!」


 後ろを振り返ると、バリーをはじめ若いスタッフが揃って立っていた。みんなが元気よく励ましの声をかけてくれている。


「だっはははは! よくわかってんじゃねーか、お前ら! 今のウチにコイツにゃあ媚び売っとけよ!」


 高らかに笑いながら、ジャスタさんは群衆に向かって言った。


「ひでーな、そんなつもりじゃねーし!」


「純粋な気持ちで応援してるだけだからっ!」


 群衆から笑い半分の罵声が、ジャスタさんのセリフに対して浴びせられた。


「ソーイチ、こんなに手厚く見送られちゃあ逆にプレッシャーかかっちまうんじゃねえか?」


 僕は、心配そうな口調で言うジャスタさんの顔を見た。


「いえ、そんなことは。すごく嬉しいですし、やる気でますよ」


 僕は昭然たる声で返答し、群衆の方を向いた。


 そして軽く会釈をし、再びジャスタさんの方を向いた。


「行きましょう」


「おう!」


 僕とジャスタさんはヌヴォレに背を向け、前へと進み始めた。

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