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挿話① 同級生の願い

挿話①~③は読まなくても話は繋がります。サクッと読み終えたい方は、第一章へどうぞ。

グレゴリオ暦 二〇XX年七月七日

小畑拓也は少年少女の行方を追う①


 滝河(たきがわ)警察署・刑事生活安全課の主任である小畑拓也(おばたたくや)は、慣れない捜査に奔走していた。


 滝河市は都心近郊のベッドタウンであり、目立った犯罪のない温和な町であったが、突如として、二人の男女が同時に行方を眩まし、世間を騒がせていた。


 二人が行方不明になってから四日目になるが、未だ足取りは全く掴めていない。


 小畑が得ている情報は、二人は市内の同じ公立高校に通っていて、クラスも一緒だということ。しかし、二人の接点はそれ以外になく、交流は疎か、会話をしている様子もないという話である。


 軽犯罪の取締り、安全パトロールを主な業務としてきた小畑にとって、失踪事件の解決というタスクは、非常に重いものであった。小畑は、本庁の体制が整うまで、周辺住民から聞き込みを行い、報告することを課せられていた。


 小畑は今、失踪した二人の内の男子である月村蒼一(つきむらそういち)の足取りを追っていた。小畑は彼と仲が良かった同級生から話を聞けるよう、手筈を整え、捜査車両を運転していた。


 その同級生と待ち合わせていたファミレスに到着すると、小畑はやや乱暴に前方駐車し、颯爽と鞄を手に取り、車を出た。


 汗で湿ったグレーのストライプ柄のワイシャツと、皴の目立つ紺のスラックスを身にまとった小畑は、手汗に満ちた掌で、ファミレス入口のドアノブを握った。



 小畑は店内に入り、待ち合わせの旨を店員に伝え、周囲を見渡した。


 すると彼の視界に、禁煙席の手前の方に座っている一人の若者の姿が映った。


 茶色に染め上げれた短髪を生やし、ワイシャツの第二ボタンを開けたその若者は、無表情でスマホを眺めていた。


梅野竜司(うめのりゅうじ)君かい?」


 小畑は、待ち合わせ相手だと思われる月村蒼一の同級生、梅野竜司に声を掛けた。


 竜司は虚を突かれたのか、慌てた様子で小畑の顔を見上げた。


「あっ⋯⋯! はい」


 竜司が軽く狼狽した口調で返事をすると、小畑は彼の向かい側の席に腰を下ろした。


「待たせて悪かったね。何か飲むかい? 腹減ってるようだったら、食いモン注文してもいいぞ、奢るから」


「あ、すみません⋯⋯。じゃあ、自分⋯⋯ドリンクバーで」


 竜司はそう答えると、やや疑心暗鬼な瞳で小畑を見つめた。


「あの⋯⋯刑事さん、ですよね?」


「ああ、忙しいとこ悪かったね。バタバタしてて、着くの遅れちまったよ。あ、お姐さん、ドリンクバー二つね」


 小畑は呼び鈴があるのにも関わらず、通りかかった若い女性店員を呼び止め、そう伝えた。


「じゃあ早速、話を聞きたいんだけど、いいかい?」


 小畑の問い掛けに対し、竜司は軽く頷いた。


「いきなり話が逸れるかもしれないが、君は一ノ瀬紅彩(いちのせくれあ)さんと知り合いってわけじゃないんだよね?」


「一ノ瀬⋯⋯ああ⋯⋯蒼一と一緒に行方不明になった人ですか? ハイ、全然⋯⋯」


「そうか。月村君とは同じクラスだったみたいだけど、彼が一ノ瀬さんの話題を振ったことはなかったかい?」


「いや、それも全然。っていうか、一ノ瀬って人、事件になってから初めて知りましたし。蒼一のクラスに、そんな人いたんだって感じです」


「そうか。それじゃあ、月村君と一ノ瀬さんはクラスが同じだっただけで、友達でもないし会話もしたことがないと聞いていたが、それは本当みたいだね」


「まあ⋯⋯たぶん。俺の知る限りですけど」


 小畑は軽く溜め息をつき、腕を組み始めた。


「とりあえず二人の関係は置いておくか。今度は、月村君自身のことについて聞かせて欲しい。彼が失踪する前、何か変わったことはなかったかい?」


 竜司は小畑に問われると、決まりが悪そうに下を向いた。


 小畑は暫く俯いたままの竜司を見て、軽く困惑した。


「やっぱり、俺が悪いのかな」


 竜司は小畑から目を逸らしたまま、呟いた。


 小畑はテーブルに肘をつき、覗き込むように竜司を見つめ直した。


「何か事情がありそうだね」


「⋯⋯ハイ」


「詳しく話してくれないか?」


 明朗としない竜司の振る舞いに、忙しさに追われる小畑は苛つきを隠せないでいたが、彼はそれを押し殺すよう、竜司が語り始めるのを待っていた。


 竜司は相変わらず俯いた様子を見せながらも、懸命に口を開き始める。


「蒼一がいなくなる前の日、アイツと一緒に部活を辞めようとしたんです」


「部活を?」


「ハイ。陸上部なんですけど、顧問の高梨って先生が、あまりにムカつくんで」


「ほう⋯⋯。そんなに嫌な先生だったのかい? その高梨って先生は」


「今年の四月から転任してきて、陸上部の顧問になったんですけど、練習、メッチャ厳しくなって。去年よりもみんな成績よくなったけど、何か軍隊みたいで。不満で辞めたヤツも何人かいました」


「なるほど。でも、成績良くなったなら、その先生に少し感謝してもいいんじゃないかい? そういう経験は、将来必ず活きてくる」


「確かに大人は⋯⋯ウチの親もそう言いますけどね。去年よりタイム良くなったのは嬉しかったけど。ただ、高梨のやり口に、俺はどうしても耐えられなかった」


「やり口というと?」


「アイツ、強そうな選手にはやたらと厳しくするんです。俺なんて大した選手じゃないんで、大したことなかったけど、蒼一は凄いヤツだから、高梨に目を付けられてました」


「月村君は、そんなに優秀だったのかい?」


「成績自体は、県大会ベスト8ですけど、ウチの学校では快挙ですよ。それに、蒼一はやればもっと出来るヤツです。その気になれば全国だって夢じゃない。蒼一とは小学生の頃から一緒ですけど、アイツには何をやっても絶対勝てないって、いつも思ってました」


「へえ、そこまで思わせるとは。『その気になれば』と言うけど、月村君はあまり真面目な性格ではなかったのかい?」


「いや、アイツくそ真面目ですよ。性格もすごく大人しいし。俺、よく宿題とか手伝ってもらってたし。学校だって休んだことないんじゃないかな。何て言えばいいのか、蒼一って欲が無いって感じなんですよ」


「欲がない?」


「アイツ、頭も凄くいいんです。中学の頃は成績もかなり上の方で、進学校とか行けたはずなのに、なぜかウチみたいな良くも悪くもない学校を選ぶし。陸上の強豪校からも推薦の話もあったみたいですけど」


「なかなか勿体無い話だな。彼なりに考えがあるのだろうか」


「俺も、もったいないだろって言ってたんですけどね。けどアイツは『将来困らずに食っていくだけのことが出来れば十分』って言うんです。まあ、アイツの性格は良く分かってるし、今さら否定する気もないし。むしろ、それが蒼一らしさだと思ってますから」


「何と⋯⋯。その年にして、仙人みたいな考えを持った少年だな」


 小畑は、少し呆れた様子で声を発した。


「彼がそういう性格なのは良く分かった。それで、陸上部を辞めたって話に戻ると、彼が特別に(しご)かれて苦しんでいるのを、君は黙って見過ごせなかったってことかい?」


 竜司はそう聞かれると、小畑から軽く目を逸らし、表情を引き締めた。


「ですね。高梨の奴、やる気が無いだの気持ちが弱いだの、みんなが見てる前で蒼一をディスりまくるんですよ⋯⋯!」


 竜司は、語気を強めて喋り続ける。


「確かに、蒼一だってもっと欲を出した方がいいと思うこともありますよ。でも、さっき言ったみたいに、それがアイツらしさだと思う。でも、高梨はそんなことはお構いなしで、蒼一の価値観を全部否定して、フツーにビンタやら前蹴り喰らわすし⋯⋯マジで人として信じられねえ⋯⋯!」


 吐き捨てるように竜司が言い放つと、再び少しの間、沈黙が訪れた。


「体罰か⋯⋯」


 小畑は憐れむ表情で竜司を見つめ、呟いた。


「何度か高梨に向かって、蒼一だけ厳しくするのは止めろって言ったけど、ヤツは全然聞く耳を持たなくて。それで、蒼一がいなくなる前の日も、高梨の体罰がいつも通り始まって、俺はもう我慢ならなかった。蒼一と一緒にこんな部辞めてやるって高梨に言って、二人で練習を途中で抜け出したんです」


「なるほど。しかし、君は勇気があるな。いくら友達の為とはいえ、気の強そうな目上の人に歯向かうなんて、なかなか出来るもんじゃない」


「別にカッコつけたいわけじゃないし、褒められたいわけでもないし。蒼一がホントに辛そうだったから。アイツ、病んで自殺でもするんじゃないかって思ったから」


 徐々に竜司の口調が弱くなっていくと、彼は完全に俯いてしまった。さらに弱々しい声で竜司は語り続ける。


「でも、結果的に蒼一はいなくなっちまった。二人で練習抜け出した後、一緒に飯食いに行ったんですけど、その時はアイツも清々(せいせい)したとか言ってたし、嬉しそうな顔してたと思ったんだけどな⋯⋯」


 相変わらず俯いたまま竜司は語り終えると、そのまま黙り込んでしまった。竜司から鼻を啜すする音が聞こえ、小畑も彼の目元から流れ出すものを確認した。その場の雰囲気は明らかに異質なものとなり、周囲の客も二人の席をチラチラと見始めた。


「どうしたのかな、彼ら」


「お説教かしら⋯⋯? こんな人前で」


 周囲が二人を気に掛ける声が、小畑の耳にも僅かに入ってきた。決まりが悪そうに小畑は周囲を見渡し始め、諭すように竜司に語りかける。


「君は何も間違ったことをしていない。寧ろなかなか真似できない立派な行いだよ。それに、話を聞く限り、二人で練習を抜け出したことが、月村君の失踪に直接関わっているとも言い切れない」


 小畑が言い終えると、竜司は再び顔を上げた。


 そして小畑を見つめ直し、ゆっくりと口を開く。


「刑事さん⋯⋯、蒼一、見つけてくれますよね?」


 竜司は力なく声を発し、子犬のように切ない眼差しで、小畑に懇願した。


「ああ、それが俺の仕事だ」


 小畑は力強く竜司に声をかけ、彼の右肩を軽く叩いた。



 その後、二人は軽く雑談を交わし、ドリンクを飲み干すと、店を後にした。


 小畑は竜司を最寄の駅まで車を送ると、彼の通う滝河中央高校へ舵を取った。


--高梨先生ねえ⋯⋯。果たして本当のところはどうなのやら。


 小畑は、先ほどの会話で浮上した体罰教師の名を心の中で呟き、その姿を思い浮かべた。


 また、彼の(はや)る気持ちが、運転する車のスピードを上げていた。

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