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四話 覚えたての言葉で

年代不明

月村蒼一は異世界で洗礼を受ける④


 サフィーさんが消え去った後、僕は再び一人で勉強していた。この部屋に来てから相当時間が経ったように思うが、ジャスタさんは一度も顔を見せていない。宿のオーナーというだけあり、やはり多忙なのだろうか。


 じっとテキストを眺めていると、ドアの開く音がした。僕はそれに反応し、ドアの方を振り返った。


「!?」


 見知らぬ女性が部屋に入って来た。いや、女性と呼ぶにはあまりに小さいし、顔も幼い。少なくとも僕よりも年下に思える。


 彼女の格好はミリタリーカラーのローブを纏い、頭もフードで覆い被せている。いわゆる、魔女のような格好と一言で表現できる。


 何より、被せられたフードから不自然に生えた突起物が印象的だった。


--猫耳付きのロリキャラ⋯⋯ですか。


 自分にとって都合の良すぎる世界観に、やはり僕は夢の中にいるであろう疑いを再び浮上させた。


 彼女は不思議そうな目でこちらを見ていた。


--あいさつした方がいいのかな?


 僕は恥ずかしさとの葛藤もあったが、良い練習になるし、これから乗り越えねばならない壁にもなるだろうと思い、アルサヒネ語で話かけることを決心した。


『こ、こんにチわ!』


『⋯⋯こんにちは』


 彼女は少し間を置いて挨拶を返してくれた。その後も彼女は目を凝らし、僕の方を見ていた。


 彼女の視線は冷たく、じっと見ていると身震いがしてくる。


『見ない顔ね。外国の人?』


『は、はイ、そうデす!』


『ふーん。変な喋り方』


 そういうと、彼女は僕とは離れた席に座り、持ち込んだ本を読み始めた。


--ああいう暗い感じの人もいるんだな⋯⋯。


 ジャスタさんやその周りの客の様子からすると、この国の人は陽気な人ばかりかと思ったが、彼女の感じからすると、そうとも言い切れないようだ。


 僕は改めてテキストとの睨めっこに戻ろうとしたその時、再びドアを開く音がした。


「おうっ! ソーイチ! 元気にやってっか!?」


 しんみりとした空気を引き裂くように、ジャスタさんの威勢の良い声がこだました。僕と席に座っていた女の子は、揃ってジャスタさんの方を見た。


『あぁん? ハプスじゃねえーか。来てたんかい?』


『今、来たところ』


 ジャスタさんと女の子は軽くアルサヒネ語で会話を交わした。僕はこれまでの独学の甲斐があり、何とかそのやり取りを聞き取れた。『ハプス』とは彼女の名前だろうか。


 その後、二人は何やら話していたが、早くてよく聞き取れなかった。


 会話が終わると、ジャスタさんは僕の方を見た。僕はアルサヒネ語で声をかけてみることにする。


『おつかレさまデす! 待ってまシたよ』


 それを聞いたジャスタさんは目を見張り、僕の方を見た。


「おっ!? いっちょまえに喋ってんじゃねえーか!」


 ジャスタさんは日本語でそう返してきた。


『どうデす? 発音トか、おかしクないデすか?』


『はっははははっ! 気にすんなっ! 上出来だ、上出来!』


 ジャスタさんは高笑いしながら、僕の肩を叩いてきた。


『それにしても、ほんの数時間でここまでできるたぁ、大したもんだ』


 ジャスタさんはそう言うと『ハプス』と呼ばれた女の子の方を見た。


『ハプス、お前さんがコイツに教えてやったんかい?』


 女の子はじっと本を見つめたまま、小細い声で答える。


『私はここに来たばかりだけど』


『あぁ〜、そうなんか! がっははははは!』


 ジャスタさんは再び僕の方を見て喋り出す。


『それにしても、ソーイチ。やっぱお前さんはスゲぇヤツなのかもな。精霊のつ$%|%$?>$$€$€+€』


 後半はちょっと聞き取れなかった。やはり、あまりに流暢に喋られると、まだまだ苦しいところがある。


『あ、スみまセん。最後ノ方は、あまリ聞きトれませンでした』


『あ? そうかそうかっ! 悪い悪い』


 ジャスタさんは聞き取りやすいアルサヒネ語で言ったかと思うと、


「まあ、大したこと言ってねぇからよっ! 気にしねえでくれや!」


 補足するように日本語で返してくれた。


 すると、勢いよく椅子を引く音が聞こえた。ハプスと呼ばれた女の子が、立ち上がり、こちらの方へ歩いて来た。


『>€*€,||<,>$^€>||>$??』


 彼女は何かを喋っているが、早口でよく聞き取れない。それに反応したジャスタさんは彼女に答えた。


 二人のやり取りはしばらく続いた。何を喋っているかは、僕の今の語学力では判然としない。ただ、所々聞き取れる単語はいくつかあった。


『ソーイチ』『倒れていた』『異世界』『精霊』、そんな部分を聞き拾えたが、どうやらジャスタさんは僕の経緯を説明しているらしい。


 会話が途切れたかと思うと、女の子は僕の方を見た。


 すると彼女は被っていたフードを脱ぎ去り、頭を露出させ、肩のあたりまで伸ばした緑色の髪をふわりと靡かせた。そして、頭から不自然に生えた獣の耳を、僕は気になって仕方がなく、まじまじと見つめていた。


 彼女は僕に向かって喋りかけてくる。


『ソーイチとやら。君が精霊の使いというのは本当なの?』


「えっ?」


 彼女はゆっくりと聞き取れるように喋ってくれたが、その問いに僕は思わず日本語を発した。それに対し、僕は少しその場で考え込み、言葉を選んだ上で口を開く。


『えっと⋯⋯、信じてもらエるかわからないケど、そうみたい』


 彼女は相変わらず僕のことを凝視する。冷たく、真剣な眼差しが目にしみる。思わず目を逸らしたくなる程、鋭い視線だった。


『たしかに君からはとてつもない『マナ』を感じる。ウソをついてるようには思えない。それで、サフィローネ様からは何て言われてここに来たの?』


「え、サフィーさんから⋯⋯?」


 それは言ってもいいのだろうか。勝手が分からないが、彼女の視線が痛いほど恐ろしいので、とりあえずサフィーさんに言われたことをそのまま答えることにした。


『この世界を、救ってほしいと』


 かなり掻い摘んで答えたが、間違ってはいない。


 しかし、相当な大義名分を背負ってここに来たような言い方になってしまい、彼女の反応が気になるところである。


 すると、彼女も隣にいたジャスタさんも、驚きの表情を見せた。二人は互いに顔を見合わせ、立ち止まったままになってしまった。


『はははっ』


『だっはははははははっ!』


 しばらく沈黙が訪れた後、なぜか二人は笑い出した。


『え、何か?』


 女の子は、再び僕の方を見て喋り出す。


『いや、キミの言うことが本当に面白くて』


 彼女はこれまでの冷たい表情を一変させ、無邪気とも受け取れる笑顔を見せた。


『ねえ、また会える?』


 唐突に彼女は聞いてきた。


『え、ああ⋯⋯、ゼ、是非』


 僕は戸惑いながら答えた。


『そう、よかった。次に会う時までには、その変な訛りを直しておいてくれるかしら? $$*~,|{<>$€>€*€€€$*$%}<$』


 彼女の言葉の後半部は、早口に喋られたので、上手く聞き取れなかった。


 そのまま、女の子はドアの向こうへ消えていった。


 僕はジャスタさんの方を見て、問いかける。


「あの子、最後になんて言ったんですか?」


「あん? 『私の命も長くないけど、最後に面白そうなものが見られそう』だとよ」


 僕はそれを聞いて目を丸くした。


「えっ? 彼女、病気か何か?」


「ああ〜、アイツぁーな、ああ見えていい年いってんだよ。今年で三七歳じゃなかったか?」


「はいっ!?」


 僕は図らずも驚嘆した。


「さ、三七歳⋯⋯!? 大先輩じゃないですか⋯⋯。まずい、年上に失礼な態度とっちゃったかな⋯⋯」


「気にすることぁねえよ。おまえさんが本当に異世界から来たってんなら、妖人族を知らなくてもおかしかねーからな」


「妖人族?」


「アイツらは他の人種に比べて、一回り小さい上に、死ぬまで顔もほとんど老けやしねえ。オレもヤツらが若えか年取ってるかなんて、テンでわかりゃしねぇ」


「へ、へえ⋯⋯」


「その替わりといっちゃ分かんねえが、アイツらの寿命はやたらと短ぇ。三五年も生きれば良い方なんじゃねえのか?」


「な、なるほど⋯⋯」


「ハプスからしたら、アイツぁ自分のことを死に際のババアみてえに感じてんじゃねーか!? だっはははは!」


 ジャスタさんは失礼極まりない発言をし、高笑いしたが、僕はそれに対し声を発することが出来ず、苦笑いを見せて反応した。


 ただ、彼女の年齢やら外見については、そう驚くべきことでもないだろう。何せ異世界とも称されるよう空間。僕の生きていた世界の人間の常識を当て嵌めていては、この先、思いやられる。この一連の出来事は、僕にこの世界に対する一つの免疫を作らせた気がした。


 ジャスタさんが高笑いを終えると、僕の方に視線を向けてきた。


「ところでソーイチ、さっき『世界を救う』みてえなことを言ってたな。ありゃあ、どういうことだい?」


「ああ⋯⋯それはその⋯⋯、実は、ジャスタさんがいない間、サフィーさ⋯⋯いや、サフィローネ様がここにやってきてですね⋯⋯」


「あんだって?」


 ジャスタさんの目つきが鋭く変わった。


「そんなことになったら、大騒ぎになってるはずだけどな。ここぁ、誰かさんがホイホイと入って来れるほど、ガバガバにしてるつもりじゃねぇんだがな」


 それを聞いて、僕は少し間を置いた。


「信じてもらえるかどうかわかりませんが、気付いたら彼女がここにいたんです。それで、いなくなる時には、フッといなくなって⋯⋯」


「そうかい」


 ジャスタさんはそう言うと腕を組み、考え事に(ふけ)っているように見えた。


「まあ、天下の精霊様のやるこたぁ、計り知れねえからな。ここ最近の情勢といい、物騒なことが続いてやがるし。お前さんがここに現れたのも、何かの前触れかもしれねえ」


「え、どういうことです?」


 僕がそう言うと、ジャスタさんは真面目な顔をしてこちらを見た。


 その迫力に、僕は少したじろいだ。


 ジャスタさんから、何か僕のことを疑っているような気配してならないが、それも仕方のないことだろう。『異世界から来た』などと可笑しなことを言う人間は、実に得体の知れない存在。そんな僕と対峙する彼が警戒心を抱くのは、至極当然。


 陽気で細かいことは何も気にしないような振る舞いを見せる彼だが、サフィーさんが『やり手』と評価していたように、根は物凄く論理的に行動する人だと感じ取った。


「まあ、いいか! しばらくは何も考えずに身をゆだねてみっか。ところで、どうなんだい? 『世界を救う』っていうことについては?」


 ジャスタさんは再び表情を緩めて言った。


「え、ああ⋯⋯、サフィローネ様が言うには、この世界を救うのは僕しかいないと。この世界にどんな危機が迫っているかは、全く教えてくれませんでしたが⋯⋯」


「ほぉ〜。お伽話の勇者様みてぇだな」


「はい⋯⋯。何をもって僕をそんなに評価するかは全く分からないんですが。それで、具体的に何をしたらいいかと聞くと、『アルサヒネで一番強いことを示せ』と」


「ふーん『一番強い』ねぇ」


「それもフワッとしてて、僕にはどうしとらいいか全く⋯⋯。とりあえず、ジャスタさんについていけば間違いないとも、彼女は言っていましたが」


 ジャスタさんは驚いたような顔を見せた。


「オレについてこいだって?」


「は、はい。ジャスタさんはサフィーさんと、何か特別な関係なんですか?」


「まあ、普通じゃねえことは確かだが⋯⋯。何だか面倒なことになりそうだな」


「えっ? 面倒?」


 しばらく、沈黙がその場を支配した。


 ジャスタさんは、じっと考えに耽っている。


 僕はどうしていいか分からず、ただ黙って彼の顔を見るしかなかった。


「⋯⋯いや、こっちの話だ、すまねえ。ところで、こんなところでじっと閉じ込められちまって、飽きちまっただろ?」


 ジャスタさんは雰囲気を変え、再び威勢良く喋り出した。


 僕は慌てるように反応する。


「え? ま、まあ、それなりに⋯⋯」


「色々と話してやりてえことがあるんだが、雑用がけっこう溜まってんだ。気分転換もかねて、手伝ってくれねえかい?」


「は、はい! ぜひ!」


 この世界で出来ることは限られている。この世界に少しでも慣れる為に、少しでも多くの行動が出来ることに、そして、少しでも役に立ちたいと、僕はあらゆることに飢えていた。ジャスタさんのその提案は、願ったり叶ったりであった。


「よっしゃ、ついてこい!」


 軽快に、大股で歩き出すジャスタさんに、僕もつられて早歩き気味に足を動かした。

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