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二話 精霊の使い

年代不明

月村蒼一は異世界で洗礼を受ける②


 ジャスタさんの後についていくと、図書館のようなところへ出た。


 部屋の大きさは、四〇人規模の教室が五~六個分、といったところだろうか。部屋の中央には三列ほど長テーブルが置かれていて、その他のスペースは、ほぼ本棚で埋め尽くされている。


「さて、その辺にテキトーに座ってくれや!」


 ジャスタさんはテーブルを指差すと、椅子を引いて腰かけた。


「はい、失礼します」


 僕はジャスタさんの正面に座った。


「ところで、ソーイチに聞きてえことがあるんだが」


 ジャスタさんは、少し神妙な顔をし始めた。


「何でしょうか?」


 僕も真顔になり、彼の問いに反応した。


「お前さんは、いったいどこから来たんだい? 喋ってる言葉を聞く限り、オリエンテ近くの出身だって感じはするが、そんな遠くから子供一人で来られるのも不自然だしな。それに、妙な服を着てるしよ」


「それは⋯⋯その」


 自分自身ですら、完全に信じ切れてはいないこの状況に対し、僕は何と答るべきか整理が追い付かず、言葉を詰まらせた。


「何か答えられねえ理由でもあるってのかい?」


「いや、そういうわけじゃなくて⋯⋯。どこまで信じてもらえるか、わからなくて」


「なーに、心配すんなって! オレぁ信じられねえような経験はありったけしてきてらぁ! ちょっとやそっとじゃ驚かねえぞ!」


 ジャスタさんは威勢良く答えた。


「そう⋯⋯ですか。では、ありのままを言いますね」


「おうよ!」


 僕は一呼吸置き、喋り始める。


「僕の部屋に、突然女性が現れたんです。この世のものとは思えないくらい美しい女性が。その人は僕を『異世界に来ないか』と誘ったんです」


「ほお、美しい女性が異世界にねえ⋯⋯。で、ソーイチはその誘いに乗ったわけかい?」


「いや、乗ったわけじゃないですけど⋯⋯。とりあえず、夢かどうかを確かめるくらいの軽いノリで、その女性が指定した場所に向かったんです。そうしたら、見慣れない男の人がいて、なぜか僕はその人に襲われ、殺されかけたんです」


「ふむ」


「そこに、僕を誘った女性が現れて、間一髪のところで僕を助けてくれました。身の危険を感じていた僕は、とにかくその女性の言う通りに動くしかできませんでした。その流れに任せて、目の前に現れた奇妙な空間に飛び込んだんですが、そこは周りが青黒くて不気味なところでした」


「奇妙な空間ねえ⋯⋯」


「しばらくその空間を移動していると、突然、目の前が真っ白になりました。その後の記憶はなくて、気付いたら、ここで寝かされていたんです」


「ふぅん。じゃあ、お前さんの言うその異世界ってのが、この世界ってことかい?」


「まあ⋯⋯恐らく」


「要は、そのキレーな姐ちゃんに、半ば強引にこの世界へ連れてこられたって感じかな?」


「そうですね⋯⋯。間違ってはないです」


「そうすっと、お前さんとしては、そのキレーな姐ちゃんを取っ捕まえて、色々と聞き出したいところだよな? 元の世界に帰れる方法なり何なりを」


「ですね。確かにそれはあります。っていうか、ジャスタさん⋯⋯?」


「あん? 何でい?」


「こんな話、信じてくれるんですか?」


「ああ? そらぁ、全部信じられるとは思えねえけどよ。世の中にゃあ、信じられないことが山ほど溢れてる。目の前の常識なんざ、世界のホンのちっさな切れ端でしかねぇ。とりあえず全部信じるくらいの気持ちを持たねえと、本当のことなんざ見えてこねぇからな」


「そう⋯⋯ですか」


 堂々と語るジャスタさんが神々しいくらい頼もしく見えた。この人からは、何か常人を超えた器の違いを感じさせる。


「で、そのキレーな姐ちゃんってのは、何者よ? 名前くらいは分かんねぇのかい?」


「あ、えっと⋯⋯『サフィローネ』と名乗っていました」


 そう僕が言った瞬間、ジャスタさんの顔付きが険しくなった。


「あぁん? サフィローネだと?」


 少し脅すような口調でジャスタさんは言った。


「え、何か⋯⋯?」


 ジャスタさんは僕の疑問の声に耳を傾けることなく、下を向いた。


 さっきまでの威勢の良さが嘘のように、ジャスタさんは大人しくなってしまった。


「知ってるんですか? 彼女のこと⋯⋯?」


 僕がそう尋ねると、ジャスタさんはチラリと僕の方を見た。その目は少し睨んでいるようにも、警戒しているようにも思えた。


「知ってるも何もなぁ⋯⋯」


 ジャスタさんは音を立てずに素早く立ち上がり、窓際の方に歩き出した。


「ジャスタさん⋯⋯?」


 僕はジャスタさんの後を追って歩き出した。彼は窓際にある銅像の前で立ち止まった。


 その銅像は女性の裸体を(かたど)っていた。背丈は僕の身長と同じくらいで、目を奪われるほど美しいスタイルだった。また、目を瞑り、祈りを捧げるかのように両手を胸元で握り締めるその姿は、異様なほど神秘的な空気を醸し出していた。


「⋯⋯? あれ?」


 僕は何かに気が付いた。


 この銅像の女性を、見たことがある気がする。


「あ! これ、サフィーさん!?」


 僕は端無く声を上げた。


 銅像の女性は、僕をこの世界に連れてきた張本人、サフィーさんこと、サフィローネと呼ばれていた女性にそっくりだったからだ。


「はっはははは! 『サフィーさん』ときたか! まいったな、こりゃ」


「え!?」


 突然、笑いながらそう言うジャスタさんに、僕は酷く動揺した。すると彼は銅像を軽く叩きながら、喋り出す。


「サフィローネ様は、この国『キャリダット』を守る精霊さ」


「せ、精霊!?」


「この国の奴らはみんな、サフィローネ様を神聖で、絶対的な存在として崇めている。今この命があるのはサフィローネ様のおかげだと、誰もが信じてらぁ」


 僕はそれを聞いて、ただ唖然と口を開けるしかなかった。


「そうすっと、お前さんはサフィローネ様がよこした『精霊の使い』ってところかい?」


「は!? い、いや! そんな⋯⋯! 自分はそんなつもりはまったく⋯⋯!」


 僕は今置かれている自分自身の立場を考えると、身震いがしてきた。


「だっははははっ! こりゃあいい! 作り話にしても、こんな面白れぇことを言う奴ぁ初めてだ!」


「え⋯⋯?」


「精霊の使いか。そんか物騒なヤツを住まわしておくのも悪くねぇかもな!」


 ジャスタさんの威勢が再び戻ってきた。


「で、ソーイチはサフィローネ様には何をするように言われてんだい? やっぱ精霊の使い様じゃあ、オレみたいな凡人には言えねえことかい?」


「い、いえ、そんなことは⋯⋯。サフィーさ⋯⋯いや、サフィローネ様からは『言う通りにしてくれればいい』と言われているだけで、具体的にはまだ何も⋯⋯」


「そうかい。まあ、お前さんが精霊の使いかどうかは置いといて、とりあえず、言葉が伝わらなきゃ不便で仕方ないねえだろ?」


「それは⋯⋯、もちろん」


「よっしゃ! ちょっと座って待ってろ」


 ジャスタさんは勢いよく立ち上がると、本棚の方へ向かって消えていった。



 しばらく待っていると、ジャスタさんが戻って来て、僕の目の前に何冊かの本を置いた。


「こいつがこの地域の言葉とオリエンテ地域の言葉を訳した辞書、あと、こいつはこの地域で使われる文字を書く為の練習書で⋯⋯」


 ジャスタさんは、持ってきた本の解説を手際よく進めている。


 要するに、言葉は自分で勉強して覚えろ、と言いたいのであろう。


「ホントは付きっ切りで教えてやりたいところだがよ、オレも仕事があるからな。悪いがオレのいない間は、自力で勉強しててくれねえかい?」


「ハイ、ありがとうございます」


「よっしゃ! じょあ、ちょくちょく様子見に来るからよ! かんばれや!」


 ジャスタさんは僕の肩を数回叩き、部屋を出ていった。


「さてと⋯⋯やってやりますか!」


 僕は未知の言語と格闘することを決意した。



「あれ? これは⋯⋯アルファベット?」


 僕はこの地域の言葉の辞書を開いた瞬間、ホッとしたのと同時に、少し拍子抜けした感覚を得た。


「ファンタジーの世界だから、何やらもっと複雑な古代文字みたいのが出てくるかと思ったけど。何かこういうところも妙にリアルだな⋯⋯」


 僕は独り言を呟いていた。


 とりあえず、挨拶くらいは出来ないと話にならないと思い、ペラペラとページをめくり『こんにちは』の訳を探した。


 ところで、どこからどう見ても、この辞書にある言語は日本語である。アイウエオ順に、丁寧に見慣れた言葉が縦に並べられていて、それに対応する意味が、この地域の言語と思われるもので訳されている。でも、ジャスタさんはこの確かな日本語を『オリエンテ地域の言語』と言っていた。『オリエンテ』とはいったい何なんだろう?


--まあ、いいか。今考えても仕方がないだろうし。


 それについて、今は無駄な詮索になるだろうと予感した僕は、勉強を進めた。


「えっと⋯⋯『こんにちは』は⋯⋯ん? 『ブォン・ジェーノ』? 『ティアオ』?」


 どこかで聞いたことのある言葉に、僕は思いがけず、再び独り言を漏らした。


「イタリア語に⋯⋯似てる?」


 僕は、英語の教科書の先頭ページに載ってあった『世界のこんにちは』を思い出した。微妙に綴りは違うが、イタリア語の『こんにちは』における単語に、酷似していることに気がついた。


--どういう世界観なんだろう? イタリア語をちょっといじったような言語が使われていて、しかも、どこかに日本語を使う地域も存在するみたいだし⋯⋯。


 僕は妙な現実感を目の前にして、この世界がどういったものなのか、気になり始めた。僕は自分の置かれている状況を整理しつつ、この世界について、少し考察してみることにした。


 僕は今、現世のままの存在、月村蒼一として、ここにいる。まだ鏡で自分の姿を確認していないが、着ている服は学校の制服である。この世界に転移したと思われる直前、つまり、剣道場の裏で一悶着あった時と全く同じ格好ということだ。このことから、現世の生身の身体が、そのままこの世界に転移されたことは、容易に察しがつく。


 前世で絶命し、その移転した世界に即した人物に生まれ変わる『転生』とは一線を画しているようだ。容姿も前世とは全く異なり、名前も全く変わっていて、新たな存在として生を送る。そして、物心がつく頃に前世の記憶が蘇るパターンが僕のお好みだが、多くを求めても仕方が無い。


 というより、そもそも僕が異世界転移を果たしたのは、間違いないのであろうか。


 元々、僕がライトノベルだとかファンタジーが好きで、その妄想の延長線上にいるという疑いは完全に晴れていない。


 結局まだ、夢の中にいるのではないかと。


 先程までいたパブの客の姿を見ると、僕がよくゲームの中で目にする『亜人』に相当する者達に一致した。


 世界観の都合が、僕の趣味に寄りすぎているのだ。


 きっと、この世界で日々を過ごしていれば、魔法等も使えるようになるのだろうと期待もしている。


 しかし、地域によって言語が異なるという発想は僕には無かった。特に意識することなく、デフォルトでコミュニケーションを取れるものだという感覚でしかなかった。


 しかも、使われいる文字がアルファベット、漢字、かな、といった身近なものであることについては、正直拍子抜けと言わざるを得ない。


 何から何まで理想通り、というわけではないことが、夢の中にいるという疑いを晴らし、僕の分析を狂わせている。


 結局のところ、この世界に謎が多すぎることに変わりはない。


--やっぱり考えても仕方がないか。どっちにしろ、しばらくはこの世界に居ざるを得ないわけだし。別にいいや! とりあえず、勉強に集中だ!


 僕は顔を両手で思い切り叩き、再び分厚いテキストに目を凝らし始めた。

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