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一話 陽気な大男

年代不明

月村蒼一は異世界で洗礼を受ける①


 ふと目が覚め、周りを見渡すと、全く見慣れない光景が広がっていた。


 僕は見知らぬ部屋のベッドに寝かされていたようだが、布団がかなり乱れていた。僕の寝相が悪かったのか、元々乱雑に敷かれていたかは、もはや判断がつかない。


 六畳ほどの広さの部屋の壁、天井、床を見ると、全て木で出来ていた。キャンプ場にあるログハウスの中にいると言えば、イメージが近いだろうか。森林浴をしているような木々の香りが臭覚を心地よく刺激し、良い意味で脱力感を覚える。


 ベッドの側には大きな窓があり、完全に開放されていた。


 窓の外を覗き込むと、空は雲一つなく爽快に晴れ渡っていた。出来立ての青硝子のように澄み切った空間に、白い輝きを放つ太陽が顔を出していた。下の方に目をやると、目一杯に広がる透き通った水面(みなも)があり、上空の青々とした空間をありのままに投影しているようだった。また、その透明度は、磨き込んだ真珠の如く輝く太陽の光でさえ、反射することを許さずに飲み込んでいた。


「うわ⋯⋯何これ、すげぇ⋯⋯」


 眼前の広がる壮大な水辺の景色に、僕は自然と小声を溢していた。


 潮の香りがせず、周囲は深い森林に覆われている光景を鑑みて、これは湖であることが想像できる。


 とにかく、この世のものとは思えない絶景が広がっていた。


 僕は頻繁に旅行に行くわけではないし、似たような風景は探せば存在するのだろうけど、それでも何か神聖なものを感じるように思えて仕方なかった。


 本当に異世界とやらに来てしまったのかと、確信めいた思いを会得しつつ、僕は目の前の絶景に酔いしれた。


「おう! 目ぇさめたか! ボウズ!」


 背後から荒々しい男性の声がした。


 それに反応して振り向くと、中年の大男が立っていた。背丈は一九〇センチは優に超えていると思われる。ガッチリとした体型と、濃い体毛は、彼の男らしさを滲みだしていた。また、短く整えられた黒髪と、彫が深くて鼻の高い顔付きは、ラテン系民族を彷彿とさせる。


「お、シンセーロを見てたか! どうでい、この国自慢の湖は? キレーすぎて鼻血でそうだろ!?」


 ご機嫌そうな大男は、得意気に胸を張り、その顔には不釣り合いな江戸っ子風の日本語を巧みに操っていた。


「そう⋯⋯ですね。あの、ここはいったい⋯⋯?」


「おう、ここかい? ここはオレの経営する宿さ。その名も『ヌヴォレ・ロカンダ』!この辺りの言葉で『新記録を打ち立てるような宿』って意味でな。ここはデカさも豪華さもこの辺じゃぶっ飛んでるからなぁ! おまけに年がら年中大繁盛! まさに色んな意味で記録的な宿ってわけだ! がははははっ!」


 男の言い放つ日本語の意味は良く分からないが、とにかく陽気さは伝わってくる。


「ところで、お前さんはどっから来たんだい? 近くの道端で寝っ転がっているもんだから、心配で連れて来たんだけどよ」


 そう言うと、男は掌サイズの冊子を僕の方に見せた。


「こいつにお前さんの顔写真が入ってるみてえだが、こりゃあ身分証明書みたいなもんかい?」


 僕の生徒手帳だった。男はじっくりとその手帳を見始めた。


「こいつに書かれてる文字は、オリエンテ地方の言語だから、お前さんもそっちの言葉が通じるかと思ったが、どうやらビンゴみてえだな。それにしても、オリエンテは難しい文字を使いやがるからなぁ。この丸っこい字は俺でも何とか読めるんだが⋯⋯」


 オリエンテ?


 丸っこい字?


 僕は男の発する言葉に、全く理解が追い付かない。


「えっと、つきむら⋯⋯そういち? こいつがお前さんの名前かい?」


 男は一句一句ゆっくりと読み上げるように、僕の名前を口にした。


「あ、はい。そうです」


「普段は何て呼ばれてんだ?」


「えっと⋯⋯そのまま下の名前で『そういち』と呼ばれることが多いかな」


「おう! 『ソーイチ』だなっ! オレは『ジャスタ』ってんだ! これも何かの縁だ! よろしく頼むぜ、ソーイチ!」


「よ、よろしくです、ジャスタさん」


「おうよ! だっははははははーっ!」


 高らかに笑い声をあげる『ジャスタ』と名乗った男は、僕の肩を何度も強く叩いた。


「よーし、お前もこれで『ヌヴォレ』の家族だ! 仲間紹介してやるからついてこい!」


「あっ、ちょっと⋯⋯」


 ひたすら狼狽する僕の手を、ジャスタさんは強引に引っ張っていった。



 螺旋状の階段を降り、しばらく細い廊下を歩いていると、広間へ出た。


 そこはバーのカウンターの中のように見えた。棚には酒らしき飲み物が詰まっており、正面のカウンター席は人で埋まっていた。その後方に見えるテーブル席も、人で溢れかえっていて、ガヤガヤと騒ぎ立てる声が充満していた。


「#%%>€><|{<**€€」


「!?」


 ジャスタさんが妙な言葉を発し、僕は彼の方を振り向き、目を瞠った。


 彼は目の前のカウンターに座る人たちに向かって、何やら話しかけているようだ。何を喋っているか全くわからないが、彼らの意思疎通が取れていることは、間違いなさそうである。


 よく見ると、そもそも目の前の彼らが人間かどうかも疑わしい。ライオンの様な顔を持つ者⋯⋯鳥の様な顔で背中に羽が付いている者⋯⋯見た目は人間の女性だが妙に顔が青い者⋯⋯。


 僕のよく知るゲームの世界に当てはめると、獣人⋯⋯? 鳥人⋯⋯? 魔族⋯⋯? といったところか。そんな亜人とも呼べる外見の持ち主が、カウンターにはあふれていた。


 僕が異世界に来たということが、ほぼ確信に変わった。


「£*%>~ ソーイチ!」


 ジャスタさんが僕の名前を口にしたようだ。すると周りの人たちもそれに反応したように喋り出す。


「ソーイチ!」


「ソーイチ!」


 彼らもまた僕の名前を呼び、僕に向かって手を振っている。


 彼らがあまりに陽気な笑顔で僕にコミュニケーションを取ってくるので、僕は思わずはにかみ、彼らに向かって手を振った。


「は、ははは⋯⋯、よろしくです」


「だっはははは! 悪いな、ソーイチ! どうやら今日の客に、お前さんの言葉がわかるヤツぁいねーみてーだ! 今日の客は、地元のヤツらばっかりだしな!」


「は、はあ⋯⋯地元? そ、そうなんですね」


「まあ、こいつらとは今後も付き合うことが多くなるだろうからよっ! ホレ、そこの空いてる席に座りな!」


「は、はい⋯⋯、ありがとうございます」


 空いている席の両隣りには、青い顔をした女性、やたらと耳の長い女性がいて、彼女たちは揃って僕の方を見て手招きしていた。


「ははははっ! よかったな、ソーイチ! キレーな姐ちゃんに囲まれて! お前さんみたいな若くて可愛げのある男なら、気に入ってもらえるだろうよ!」


「へ⋯⋯?」


「€*<!--?<€-->|]]}#&gt;$€€!!!'」


「••+%&gt;,~&gt;$$}&gt;!!!」


 ジャスタさんと二人の女性は何やら言葉を交わした。


「はははっ! ヘタに誘惑するんじゃねーぞと釘さしといたからよっ! 大丈夫だ! アイツら男グセは悪いが、根はいい奴らだからな! お前さんの貞操を破っちまうようなマネはしねぇよ!」


「は、はははは⋯⋯」


 僕は唖然と笑うことしかできなかった。


「ホレ、行ってきな!」


 ジャスタさんは僕の背中を強く押し、空いている席へ向かうよう、促した。



 僕は両手に華とも言える状況の席に座り、彼女たちと必死にコミュニケーションを試みていた。


 何かを聞かれた時はジャスタさんを呼び、通訳をお願いした。幸いにも両隣りの女性は僕に対して好意的に接してくれて、彼女たちから飲み物を分けてもらったり、フォークで食べ物を僕の口に直接運んでくれたりした。


 それでも、やはり言葉が伝わらないのはもどかしい。


 この異世界は、妙なところに現実感を求めている。


 確かにファンタジーの世界で日本語を話す亜人など、あまりにも都合が良すぎるが、あくまでも作り話の世界。日本人に都合の良い世界があれば、それでいいわけで。この世界を作った人は何か言語に対してこだわりがあるんだろうなと、今のところはその程度の推察で留めておいた。


 気付けば、ジャスタさんが僕の目の前に戻って来ていた。


「おう、ソーイチ! 仲良くやってっか?」


「は、はい⋯⋯! 何とか。でも⋯⋯」


「ん!? どしたい?」


「言葉が伝わらないのが、ちょっと残念で」


「がはははははっ! だよなーっ! そいつぁ、お前さんが努力する他はねぇかもな!」


 ジャスタさんは声高に笑っていた。


「よし、ソーイチ、そろそろその席、他のヤツにも譲ってやんな。新入りの歓迎とはいえ、そんな美人二人を独り占めたぁ、他の男らの気を損ねちまうかもしれねえからなっ!」


「えっ!? そうなんですか?」


 僕はそれを聞いて図らずも立ち上がり、周りを見渡した。


「だっははは! そう慌てんなって! 冗談さ。お前さんは真面目で純粋だな! 可愛げがありやがる。ますます気に入ったぜ!」


 ジャスタさんは相変わらず笑いながら、腕を組んで僕の方を凝視した。


「€}€|$^£€++$$」


「&amp;7(?($%*€!$^#&lt;$*£++*$€」


 両隣りの女性が、僕に声をかけてきた。


「『もう行っちゃうの?』『早くあなたとお話できるようになりたいわ』だとよ! やっぱり、まずぁこの地域の言葉を覚えなきゃなんねーな、ソーイチ!」


 僕の心の奥底から、悔しさが込み上げてきた。


 始まりから妙に敷居の高い世界だなと思いつつも、それが僕のやる気を刺激した。


「ここにいても、やることは限られちまうな。よっしゃ、ソーイチ、ちょっとついてきな!」


「は、はい!」


 カウンター奥にあるドアの向こうへ消えていくジャスタさんを追いかけるように、僕は小走りでその場から移動した。

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