表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/104

六話 誰も居ない筈の場所で

グレゴリオ暦 二〇XX年七月四日

月村蒼一は異世界に飛ばされる⑥


 校門を抜け、自転車を駐輪場におさめると、僕は腕時計の時間を確認した。


--八時ちょうど。間に合った。よし、剣道場の裏だっけか。


 僕は教室に寄らず、カバンを持ったまま、剣道場の裏へと足を運んだ。剣道場裏には、二~三〇名は収められるスペースがあり、学校では一番人っ気のないところである。


 八時に登校して来る生徒は多くない。ちらほらと生徒の姿を確認できるが、数えられる程度である。ましてや、この時間に剣道場裏になど誰も行くはずがなく、案の定、僕は無人の道を歩いて行った。



「!?」


--あれ⋯⋯?


 僕は剣道場裏のへ行く途中、無人の道であるはずの所に、前を歩く女子生徒の姿を発見した。


--誰だっけあの人⋯⋯確か同じクラスの⋯⋯。一ノ瀬さん⋯⋯だっけ?


 全く知らない人ではなかった。


 同じクラスの女子生徒で、名前は一ノ瀬(いちのせ) 紅彩(くれあ)


 下の名前が特筆すべきキラキラネームなので、名前だけはしっかりと覚えていた。ただ、目立つのは名前だけで、普段は大人しい生徒と一緒にいるのをよく目にする。乱暴に表現してしまえば、地味な女子生徒。辛うじて顔は覚えられているが、とりわけ美人という印象は無い。


 僕が知ってる彼女の情報はそれくらいで、喋ったことなど一度もない。


--あの人、何でこんなところを歩いてるんだろう? こんな時間に。っていうか、剣道場裏に向かってないか?


 このまま僕も剣道場裏のスペースに行けば、間違いなく彼女と鉢合わせることになる。同じクラスだけど、全く喋ったことのない、しかも大人しそうな人と同じ空間。


 僕はそのシチュエーションに耐えられるだろうか。


 そんな懸念を抱いた僕は、気まずい感覚を持って、一ノ瀬さんの背中を追わざるを得なかった。


 そして、やはり彼女は剣道場裏のスペースに到着し、そこで立ち止まった。


 悪い予感はあっさりと的中した。


--やばっ、これ気まず過ぎるだろ⋯⋯?


 僕は一ノ瀬さんにバレないよう、遠目でのその姿を見ていた。


--いいや、どうせ夢の中の話だし、確認なんかよく考えたら馬鹿らしいや⋯⋯。


 僕は間の悪いシチュエーションを回避すべく、一ノ瀬さんに悟られないよう後ろに振り返り、戻ることにした。


 しかし、僕はある違和感を覚え、立ち止まった。


--え? っていうか、なんであの人、この時間に剣道場裏に⋯⋯? 他に誰がこんな時間にここへ来るっていうんだ? 昨日見た夢でも見ない限り、こんなところへは⋯⋯。


 彼女がここにいる理由が気になりだし、僕は改めて一ノ瀬さんのいる場所を見た。


「!?」


 僕は眼前に映し出される光景に、目を大きく張った。


 そこには、一ノ瀬さんの前にもう一人、大柄な男性が立っている姿を確認した。


 そして、その男性は僕の存在に気付き、こちらを見てきた。


 僕はその視線に恐怖を感じ、すぐさま振り返った。


「おい、お前! そこで何をしてる!」


--やばっ! 逃げろ!


 自慢の脚で駆け抜けようとしたその瞬間、その男は僕の目の前に立ち塞がっていた。


「え!?」


「俺の姿が分かるのか? そして、俺もお前の姿を確認できるってことは⋯⋯」


「⋯⋯?」


「お前、何者だ!」


 その男は僕の腕を掴み、スペースの中央付近まで強引に引っ張り、そのまま僕を地面に叩き落とすように投げ飛ばした。


「いって⋯⋯!」


 投げ飛ばされたすぐそばに、一ノ瀬さんの姿があるのを確認できた。


「えっ⋯⋯! あっ⋯⋯!」


 彼女は驚き、両手で口を押さえ、僕の方を見て声をあげていた。


「お前、どうして今ここにいるんだ? 誰に言われてここに来た?」


 誰に言われて⋯⋯?


 この男⋯⋯、あの夢に出てきた女の人と関係が?


「とにかく、俺とこの娘がここにいることを知ったお前を、タダで帰すことはできん」


 男は懐にあるモノを抜き出した。ゲームで見るような、中世ヨーロッパの戦争で使われていたような、両刃の剣であった。


 よく見ると、男の姿は、赤を基調とした頑丈そうな鎧を全身に纏っている。


 現実から逸脱したその外見は、昨日の夜の出来事を瞬前と思い出させた。


「え!? ちょっと待って⋯⋯!」


「問答無用!」


 男は剣を振りかぶり、僕の頭めがけて振り下ろしてきた。


「--ッ!!」


 絶体絶命。


 昨日、自ら命を落とさずとも、この世を去る運命だったのか。


 僕は目をつぶり、死を覚悟した。


⋯⋯⋯⋯⋯⋯


⋯⋯⋯⋯


⋯⋯


⋯⋯⋯⋯


 悶えるような痛みを待っていた僕だったが、なぜか心地よい柔らかな感触が、僕の背中を刺激した。


「大丈夫?」


 突然、耳に入ってくる透き通った声。


 僕はそれに反応し、後ろを振り向く。


 すると、昨日の夢の中の女性が僕を抱えて、にっこりと笑っていた。


「あっ! 昨日の⋯⋯!」


 僕は思わず叫んだ。


「来てくれたのね、嬉しいわ。さすが私が見込んだだけのことはある」


 優しい笑顔を目の当たりにし、僕の心は安心に包まれた。


 そんな彼女だが、その表情はすぐに険しくなった。


「積もる話はあのバカを大人しくさせてから。ちょっと待っててね」


 彼女は僕から離れると、大柄な男の方に視線を移した。どうやら、彼女は僕を抱え、とてつもないスピードで移動し、あの男の斬撃から身を守ってくれたようだ。


「やはり貴様か、サフィローネ。何を考えてる」


 男は厳しい表情を作り、僕の命の恩人に向かって言い放った。


 『サフィローネ』とは、彼女の名前だろうか?


「私の切り札に随分と手荒なマネをしてくれたわね、アルディン。あなたの野蛮な性格は相変わらずね」


「フン、黙れ天然バカが。何だその格好は?」


「ああ、これ? どう、似合う?」


 彼女の服装は、昨日のセクシーなコスチュームから一転していた。


 軽く羽織れるような紺のジャケットを纏い、その中には清楚な白のブラウスを着こんでいた。また、八分丈のベージュのパンツを履き、昨日、派手に露わにしていた美しい白肌は、(くるぶし)だけに留められていた。


 いわゆる、ビジネスカジュアル。


 現実感を醸し出していた彼女の姿はここの教師、とりわけALTに間違われても仕方のないくらい、この学校という場所に溶け込んでいた。


「ここの人間にバレてもいいようにね。カモフラージュというヤツよ」


「バレるわけないだろう。適当な言い訳をしやがって。単に着てみたかっただけだろう?」


「はは、バレた?」


「そんなことはどうでもいい! 貴様、何を企んでる! そいつをどうするつもりだ!?」


「さあね~。あなたこそ、その女のコをどうするつもりなのかしら?」


「何だと⋯⋯!?」


 『アルディン』と呼ばれた男は、一ノ瀬さんと僕の方を交互にチラチラと見た。


「まさか、貴様⋯⋯!」


 次の瞬間、僕らの前方が急に歪みだした。


 そこから、電流のようなものが、激しく揺れうごめく様子が見えた。


 すると、青黒く得体の知れない空間が、透明な空気を切り裂くように出現した。


「はい、8時8分8.8+E24(ヨクト)秒まであと少し。アンタの作った転送位に乗っからせてもらうから」


「いつも貴様はそうやって人の努力をッ⋯⋯!」


 男は『サフィローネ』と呼ばれた僕の命の恩人を鋭く睨みつけた。


「今日こそは許せん!」


 さらに男は剣を彼女の方へ差し向け、今にも襲いかからんとしていた。


 一方、女性の方はというと、そんな男の形相には目を向けず、僕の手を取って喋り出す。


「ソーイチ君、あれに向かって走って!」


 彼女は手に取った僕の手を引っ張るようにして、歪んだ空間に向かって駆け出した。僕もそれに反応し、脚を動かした。


「アルディン! あなたも私を襲ってる余裕なんかあるのかしら!? このままじゃ折角見つけたあの女のコ、置いてけぼりよ~!?」


 彼女は後ろを振り返りつつ、そう叫んだ。


「チッ⋯⋯! クソがっ!」


 アルディンという男も咄嗟に反応し、棒立ちになっていた一ノ瀬さんを強引に抱え、歪んだ空間に走り出した。


 僕とサフィローネと呼ばれた女性は、例の空間の前に来た。間髪を入れずに彼女は喋る。


「さっ! これに飛び込むわよ!」


「は、はいっ!」


 僕はその誘いに返事をし、彼女が飛び込んだ後、僕も同様に続いた。


 突然の出来事に、僕は無心で行動するしかなかった。


 僕の体は奇妙な空間に飲み込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ