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五話 早めの登校

グレゴリオ暦 二〇XX年七月四日

月村蒼一は異世界に飛ばされる⑤


 朝の目覚めは悪くはなかった。


 負荷をかけた練習の後でも筋肉痛はそれほどなく、だるさを感じずに起き上がることができた。


 昨日の夜にあった不思議な出来事が頭から離れず、夢だったのか、現実だったのか、未だに判断がつかないでいた。


 とはいえ、あの女性は外見といい、行動といい、あまりに現実を逸脱していた。ゲームのやり過ぎに加え、欲求不満な若い童貞男子が見る、ちょっとリアルな夢だったと結論づけるのが妥当だろう。


 あれは悪夢?


 いや、むしろ良い夢だった。


 最後は良心が勝って彼女を振りほどいたが、絶世の美女に誘惑されて、嬉しく無いわけがない。十代後半でオタク気質の男子の僕にとって、それは夢の中でも無いと体験できない、憧れの出来事である。しかも『異世界転移をしないか』などという勧誘は、廃人文化に染まりつつある僕にとって、都合の良すぎる話だ。


 そんな『良い夢』だったからこそ、練習を抜け出し、気まずい思いをしたことからも解放され、悪くない目覚めを呼び起こしたのかもしれない。


『それにしても硬いお腹⋯⋯さすがスポーツマン⋯⋯』


『もう、やーね⋯⋯こっちまでこんなに硬くなってどうするのよ?』


 僕を誘惑してきたあの人の台詞が、思い起こされる。


--あの時、振りほどかなかったから、どうなっていたんだろう。


 僕は脳内でくだらない妄想を次々と浮かべる。


『ちょっと見せてごらんなさいよ。ふふ、元気ね。若いっていいわ』


『毎日、自分で出すのもむなしいでしょ? 今日は私がどうにかしてあげる。どうする? 手でも口でもいいし、よければ胸ではさんであげてもいいわよ?』


「そ・れ・と・も⋯⋯、童貞クン、卒業しちゃう?』


 僕の股間が熱くなっているのは、寝起きだからか、この妄想のせいなのか、最早わからない。


 僕は(おもむろ)に自分の右手を、スウェットの股間に突っ込ませた。


「蒼くん! 起きてる!?」


 下のリビングから、母のモーニングコール代わりの声が聞こえてきた。


「!?」


 僕はハッと我に返り、右手を元に戻した。


「はーい! 今、降りる!」


 僕は現実を思い返し、リビングへと向かった。


--俺もそろそろ病気かな⋯⋯。やっぱり本気で彼女、作らないとダメかな?



 リビングには、食事の用意をする母と、朝刊を黙々と読む父、そして、いつも僕の座るソファの位置に、姉が寝転んでいた。


「ミオ姉、そこ俺の⋯⋯」


 だらしなく寝そべる姉を力付くでどかそうと近づいた瞬間、姉がなぜか僕を引き寄せるように抱きしめてきた。


「やぁーだぁーっ! すぐるーっ! まだ行きたくないーっ!」


 姉は僕の顔を胸に沈めるように、抱きかかえてきた。


「もうちょっといっしょにいてよぉ~!」


「はぁ!? 何なんだよ⋯⋯ってか、放せよーっ!」


 僕は姉を必死で振りほどいた。


 昨日の夜は、されるがままにされたい思いもあったが、今のこれは本気でイヤだった。この年になって自分の姉に抱きつかれるなど、気持ち悪くて仕方がない。


「ちょっと、美緒! いつまで寝ぼけてるの!? それ、蒼くん!」


「はあっ!?」


 母の一言に姉は反応し、乱暴に僕を解放した。


 すると、姉は焦点の合わない目でこちらを見てきた。


「わ、うざっ。何あんた」


 心ない姉の一言に、僕は思わず反応する。


「うざっ、じゃねーよ! こっちの台詞! そっちこそいきなり何なんだよ!」


「いろいろあんのよ、大人には。あんたみたいな童貞のガキんちょにはわかんないでしょうけど」


「はあっ!? わけわかんねーし!」


 理解不能な姉の言動に声を荒げ、僕の目は完全に覚めた。


 全く誰も彼も、僕のことを童貞、童貞としつこいように言う。


 いい加減ウンザリである。


「朝からうるさいわね、アンタ達は! お父さん、新聞読むのジャマになるでしょ!?」


 母は僕らを怒鳴りつつ、朝食をテーブルに並べた。僕に全く非はないように思えるが、ここは喧嘩両成敗。素直に大人しく、ソファに腰かけた。


「あぁ~、ねむ⋯⋯」


 一方、姉は重そうに腰をあげた。


「美緒、今日、学校は?」


「午後から。だからそれまで寝る」


「まったく⋯⋯あなた、最近ちょっとダラダラしすぎじゃない?」


「いいの、アタシにはスグルがいるし。アタシは彼のために生きてればいいの」


「何を言ってるのやら⋯⋯、ホントにこのコは」


 スグル⋯⋯?


 聞かない名前だ。僕は味噌汁を吸いつつ、一応、聞いてみることにする。


「だれ? スグルって?」


「最近できた彼氏ですって」


 説明する母の顔は冷め切っている。


 すると、ここぞとばかりに、姉は僕の方に振り返って口を開く。


「ヘヘーん、どうよ? このイケメンっぷり!」


 姉は自慢気にスマホを見せてきた。


 そこに映し出される男は、確かに整った顔立ちをしている。全体的に爽やかにも、少しチャラくも見える。


「アンタもがんばってスグルくらいになるのよ。まあ、アンタみたいなオタク野郎には無理だろうけど」


「うっさい、余計なお世話。早く寝ろ、色ボケブス」


「は? チョーうざ。蒼、アンタ覚えときなさいよ」


 姉はそう言うと、自分の部屋に戻って行ったようだ。ようやく落ち着いて朝食が取れる。


 普段、僕は汚い口の聞き方はしないよう心掛けているが、迷惑極まりない姉の前では別である。



 朝食を食べ終え、時計の針は七時半の辺りを刺していた。学校の始業は八時半で、自転車通学の僕は、八時に家を出れば余裕で間に合う。


 出発まであと三〇分で、着替えも終わっている。それまで、僕はスマホを弄って過ごすことに決めた。


『とりあえず、明日の朝の八時五分、あなたの学校の剣道場の裏に来て。そうしたら、異世界に連れて行ってあげる』


「!?」


 僕はふと、昨日の夢のことを思い出した。


 そういえば、夢の中の美しい女性から、今日の八時五分に剣道場へ裏に来るように言われていた。


 それにしても、夢に出てきた言葉を正確に記憶しているなんて、なかなかあるものではない。


 よっぽど印象に残るものだったのであろう。確かに、これまでの人生で見た夢の中では、最も印象強いものだったと言えるかもしれない。


--まさかとは思うけど⋯⋯一応行ってみるか。


 僕は早めに家を出ることにした。


 歯を磨き終え、カバンの中身を確認した。


 時間は七時四〇分前。


 自転車を飛ばせば一五分もかからず学校に着くので、指定の八時五分には、まだ間に合うはず。


「じゃあ俺、もう学校いくね!」


 洗面所にいる母に聞こえるよう、僕は声を張って言った。


「あら? 今日は早いのね」


「うん、ちょっとね。じゃあ行ってきます!」


「忘れ物ない? 気をつけるのよ」


「はーい」


 僕は颯爽と玄関まで足を運び、ドアを開けた。

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