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四話 狡猾なる魅惑

グレゴリオ暦 二〇XX年七月三日

月村蒼一は異世界に飛ばされる④


「確かに、あなたが生まれるには、早すぎたのかもしれないわね」


⋯⋯?


⋯⋯⋯⋯?


⋯⋯⋯⋯⋯⋯何だ?


 ペン立てに収まるカッターを手に取ろうとした瞬間、僕は突如聞こえてきた声に反応し、部屋の中を見渡した。


「⋯⋯!? は⋯⋯、えっ!?」


 部屋の入り口近くに立っている女性の姿を確認すると、僕は意図せず、素っ頓狂な声を発した。


「だからって、この世界を旅立つのは、それこそ勿体無い話だと思うわよ」


 誰だろう⋯⋯?


 全く知らない人だ。


 いや、この人が誰かという以前に、この人の格好がどうかしている。


 紫色の薄っぺらい生地が、彼女の胸元と局部をビキニのように覆っていた。他にも前腕や大腿など、ところどころ装飾で覆われていたが、とにかく、不必要に露出が激しい。


 僕も身体は健康なティーンエイジャーなので、それなりに目のやり場には困る。


「そう、あなたの学校選びなんかよりも断然に、自ら死を選ぶことの方が勿体無い話よ」


 可笑しな格好をした女性は、何やら僕に話かけているようだ。


 頭の整理がつかない僕は、何を言われているか全く頭に入ってこないが、日本語だということは理解できる。


「ねえ、そう思わない?」


 艶っぽい声を発しながら、その女性は僕の方へゆっくりと歩み寄ってきた。そして、立ち竦んだままの僕の前にたち、僕の瞳を凝視した。


 その人の背は女性にしてはやたらと高い。


 僕は一七〇センチ半ば程の背丈があるが、ほぼ同じくらいの高さだ。彼女は顔を見上げずとも、僕と目線を合わせることが出来ていた。


「何、ボーッとしちゃって? 聞いてるの?」


「え!? いや⋯⋯その⋯⋯」


 妖艶な彼女の視線は、目を離さずにいるには堪えない代物で、僕は狼狽えるしかなかった。


 視界に入るその人は、常人を逸した美しい顔立ちをしている。


 青い瞳、艶やかな巻き髪の金髪のロングヘアー、そして透き通るような白い肌は、彼女を純粋な日本人ではないことを感じさせる。北欧系の外国人女性と言えば、彼女の見た目を一言で表現できるだろうか。


「ホラ、ちゃんとこっち見て答えなさい」


 その顔立ちでペラペラな日本語を喋られると、酷く違和感を覚える。


 彼女は僕の顎を触り、無理矢理顔を持ち上げ、目線を僕に近づけた。


 彼女の表情は引き締まっている。


「あの⋯⋯すみません⋯⋯話、聞いてませんでした」


 僕が情けなく返答すると、その女性は僕の顎から手を離し、吐息がかかる程に近づけていた顔を遠ざけた。


「そう。まあ、突然押しかけたから、無理もないわね」


 彼女は溜息混じりに言うと、さっきまで凛とさせていた表情を緩めた。


 それにしても、その人の身体に目がちらりと動いてしまう。


 正に八頭身と呼ぶに相応しいスタイルに、豊満な胸元を見せつける挑戦的な格好。


 よく見たら向かって右側、彼女の左の下乳がはみ出ていて、両方の乳頭も薄っすらと浮き出ているのを確認してしまった。


 思わず股間が熱くなる。


 健康な男子高校生に対し、彼女の見た目は刺激が強過ぎる。


「何チラチラ見てるの? しかも今キミ、勃ったでしょ?」


「!?」


 いや、わかるはずが無い。


 緩いスウェットをはいているのに、股間の変化が肉眼で確認できる筈が無い。


「無欲とか言っておきながら、そういうところはちゃっかり男のコなのね」


 女性はにっこりと笑いながら言った。


「ふふ、かわいい。ますます気に入ったわ、ソーイチ君」


「え?」


 不意に僕は声を出した。


 何を言われているか頭に入ってきていなかったものの、今、自分の名前を呼ばれたことは、明確に認識できた。


 そう言えば朧げながらも、さっきからこの人の口から『無欲』だの『勿体無い』だの、僕に当てはまる単語が聞こえてくる気がしていた。


 ようやく思考が働き出してきた僕は、その女性に向かって聞いてみることにした。


「あの⋯⋯どちら様ですか? この部屋にどうやって入ってきたんでしょうか? 僕のこと、色々とご存知のようですが、あなたと会った覚えがなくて⋯⋯」


「今、あなたがそれを知る必要は無いわ。とにかく、今から私が言うことをしっかり聞いてちょうだい」


「はあ⋯⋯」


 全く状況が飲み込め無い。


 頭が醒めてきても、この人が何を言っているのか、さっぱり理解できない。


 というよりも、何様のつもりでそんなことを言っているのだろう?


 人様の部屋に何も言わずに入ってきて、自分が何者かも知らせず、ただ話を聞けなんて。


 ある程度落ち着いてきた僕は、少ない脳味噌を働かせ、冷静に分析を進めてみた。


 その結果、これは夢である可能性が高いとの解が導き出された。


 ソシャゲのやり過ぎで、幻想的かつ色っぽい姿の人間が目の前に現れる夢を見ても、何ら不思議では無い。今日は身体的にも精神的にも疲弊したわけだし、気づかぬ内に眠りに入っていたとすることは、十分考え得る。


「ああ、今あなたに起こっていることは、夢でも幻でもないから。これは紛れも無い現実。それを踏まえて、ちゃんと聞くのよ」


 僕の心を見透かすかのように、その人は僕に向かって言い放った。


 夢なら何でも有りだなと、僕は冷静にその言葉を受け止めることができた。


「まったくもう⋯⋯まだ疑ってる! 仕方のないコね!」


 すると彼女は突然、僕の左手を握り、それを彼女の大きな胸に押し当ててきた。


「え!? あっ⋯⋯!」


 僕は理解不能な雄叫びを上げた。


 僕の左手を通じ、張りを有した柔らかな感触が、脳に突き刺さってくる。


 同時に、僕の股間もさらに熱くなり、硬直する。


「ホラ! わかるでしょ、おっぱい! こんなリアルな感触、夢なわけないでしょ!?」


 僕の頭の中が沸騰し始めた。


 とてもじゃないが、本能を抑制できない。


 身体全体が熱くなり、額から汗も滲み出てきた。


「あれ? でも、よく考えたらキミみたいな童貞クンに、おっぱいの感触なんか分からないわよね」


 彼女は握り締めていた僕の左手を離した。


 彼女は僕を酷く傷付けることを、いとも容易く言い放った気がする。


 それに対して全く反論できない自分が、実に心苦しい。


「うーん、どうしたらいいかしら」


 彼女は顎をつまみ、下を向きながら何やら考え込んでいる。


「ん? ちょっと、いつまで触ってるの?」


「え?」


 思考の停止している僕は、自分の手が彼女の胸を押し当て続けていることに、気付かなかった。


 僕は、慌てて自分の手を彼女の胸元から離した。


「ご、ごめんなさい! ボーッとしてて、つい⋯⋯」


「ははっ、なんてね。人間に向かって一回そういうこと言ってみたかったの。揶揄ってゴメンなさいね」


「は⋯⋯人間?」


「ああ、今のは忘れて。今のあなたには関係のないことだから」


 彼女は胸を触られ続けたことに、ちっとも怒りを示していないようである。


 それよりしかし『人間』やら『今のあなた』やら、彼女の放つ言葉が気になって仕方が無い。


「だーかーらーっ! そんなことはどうでもいいのっ! ね? 童貞クンっ!」


「痛っ! いてててっ!」


 突然、彼女は僕の左頬をつねってきた。


「私のおっぱい、触り続けたおしおき」


「え!?」


 彼女は顔を(ほころ)ばせ、僕の左頬から手を離した。


「もう、冗談だってば。ところで、今痛かったでしょ? 夢なら醒めてるはずでしょ?」


「あ、はい⋯⋯」


 呆気に取られた僕の左頬には、ジンとした痛みが残っていて、夢とは到底思えないリアルな感触を覚えている。


 そういえば、今日、高梨先生に平手打ちを喰らった位置と同じ。その痛みもまた、思い出されたかのように、ジワジワと蘇ってくる。


 とはいえ、夢ではない証拠を示すために、僕にその胸を触らせる意味はあったのだろうか? それに比べ、頬を抓るなどという行為は何とも古典的で、最初からそうすればよかったのにと、思わず心で呟きたくなる。


 この人は天然なのか?


 それとも、ただの痴女なのか?


 頬の痛みはリアルだが、この人の存在や考え方に、現実感が全く無い。


「ねえ、ちょっと。私が現実離れしてると思うのはわかるけど、痴女はひどくないかしら?」


「!?」


 何となく気付いていたが、この人は僕の心が読めるようだ。


「はあ⋯⋯、何をやっても信じられないようね。冷静で頭が切れることは分かってたけど、もういいわ。夢だと思ってもいいから聞いてちょうだい」


 彼女は溜息をつき、俯き加減にそう言った。


「ソーイチ君、あなた、超光速次元転送位⋯⋯じゃなかった、異世界転移に興味ある? っていうか、あるわよね? オタク気質の童貞クンなら、あって当然よね?」


 この人に、気遣いという感覚は無いのだろうか。


 だが僕自身、悔しいが彼女の言う通り、爽やかスポーツマンの裏で、実はオタク気質である。異世界転移については、ラノベ等々で当然のように知識がある。


 現代っ子がファンタジーの世界に飛ばされ、圧倒的な強さでモンスターを無双し、俺TUEEEEなどと快楽に溺れ、二次元の美少女とイチャイチャ出来てしまうといった、ご都合主義満載な創作ジャンルと、僕は位置づけている。


 また、妄想の極み、廃人文化の真骨頂であり、僕自身、真ん中高めにシュート回転で甘く入ってきたストレートくらい、好きなジャンルであるということも否定しない。


 ただ、彼女が最初に言いかけた『超光速⋯⋯』云々の方も気になるが。


「まあ⋯⋯それなりに」


 恥ずかしげに僕は答えた。


「そうよね。正直でいいわ、童貞クン」


 いちいち童貞、童貞と付け加える彼女の言葉は、実に癪に触る。


「じゃあ、行こうか、異世界」


「はい⋯⋯?」


 あまりに強気で唐突に話を進める彼女の性格に、僕は感心すら覚えはじめた。


「まあ、頭の良いあなただから、簡単にはウンと言わないでしょうね。ただ、あなたにこれを断る理由なんかないはずよ」


「え⋯⋯?」


「あなた、死のうとしてたでしょ? カッターで手だか首だかを切って。あなた、私がいなきゃ、もうこの世にいないはずの人間よね?」


「それは⋯⋯」


「救ってあげたあなたの命、私がどう使おうと勝手という理屈。どう? 間違ってる?」


 僕はそう言われると、黙り込んでしまった。


 この世界の生き辛さを感じ、旅立とうと思ってしまったことは、否定できない。まずは彼女にありがとうと言っておくべきか。


「お礼なんかいいわよ。で、どうするの?」


 そうだった。


 この人は、僕の考えていることはお見通しなのであった。この人の前であれこれ考えるのは得策ではない。


 僕は思いのままに喋ることにした。


「いや、でも本当にありがとうございます。たぶん、あなたがいなかったら、僕は死んでいたかもしれません。ただ、こんな自分自身、生きていても仕方ないなって思うところもあって⋯⋯。それに、あなたの言う異世界も、ゲームみたいに楽しい世界とも限らないし、今よりももっと辛い事が待っているかもしれないし⋯⋯。あと、これが現実かどうかもまだ疑わしいし⋯⋯。すみません、考えがまとまらなくて⋯⋯」


「ふーん」


 彼女は睨み付けているのか、哀れんでいるのか、その中間のような目で僕を見た。


「まあ、そうよね。痛いところを突かれて気持ちの整理がつかないのもわかるわ。ゴメンね、無理に問い(ただ)しちゃって」


「いや⋯⋯そんなことは⋯⋯」


「とりあえず、明日の朝の八時五分、あなたの学校の剣道場の裏に来て。そうしたら、異世界に連れて行ってあげる」


「八時五分に⋯⋯剣道場?」


「もっとじっくり説得したかったけど、時間がなくてね。あまり期待しないで待ってるわ」


「はあ⋯⋯」


 彼女は後ろを振り向いた。


 その場を立ち去ろうというのか。


 ただ、何となく考え事をしているようだ。


「あとね」


 彼女がそう言ったと思うやいなや、その背中が目の前から消えた。


「もう一つ、あなたが私の誘いを断れない理由、何だと思う?」


 突然、耳元で声が聞こえた。


 消えたと思った彼女が、僕の背後に回っていた。


「正解は、私のおっぱいを触り続けたことでしたー」


 おちゃらけた声が聞こえると、僕は後ろから抱き締められた。柔らかな胸の感触を背中から存分に感じる。


 そして、彼女は僕の耳元で、今度は甘く唆すような小声を発してくる。


「あれ、立派なセクハラよね? それを合わせたら、私が不法侵入まがいでこの部屋に入ってきたことを考えても、あなたの方に貸しが一つ多いわよね?」


 心臓の鼓動が激しさを増す。


 僕は何とか、声を振るい出す。


「そ、それは⋯⋯ズルくないですか?」


「はは、冗談だって」


 彼女の締め付けが、さらに強くなる。


「いま私、どうやってあなたの後ろに回ったと思う? ねえ、魔法みたいでしょ? 向こうの世界に行けば、こんな不思議なことも出来るようになるわよ」


 彼女は濃艶な声と共に、僕の上半身を撫でるよう、ゆっくりと触りだした。


「それよりもね、向こうの世界に行けば、あなたは全てを知ることができる。あなたがこの世界に生き辛さを感じる理由も、あなたがなぜ無欲な性格なのか、そもそも世界がどういう構造なのか、全部ね」


 体が熱い。


 全身から汗が吹きでそうだ。


 彼女が何かすごく大事なことを言っている気がするが、耳に入ってこない。


「それにしても硬いお腹⋯⋯さすがスポーツマン。この時代の人間にしてはよく鍛えられているわね」


 妖しく誘惑するような台詞を吐く彼女は、僕の股間にその手を置いた。


「はぅっ⋯⋯!」


 僕は変な声をあげた。


「もう、やーね⋯⋯こっちまでこんなに硬くなってどうするのよ?」


 僕は体全体が(くすぐ)られるように、身を震わせた。


 剥き出しになった本能が暴走するのと同時に、少しばかりの恐怖と理性が芽生え始めた。


 この人はやっぱりどうかしている。


 絶対に痴女だ。


 これ以上好きにさせると、何をされるかわからない。


「やめてくださいっ!」


 僕は強引に彼女の締め付けを振り払った。


「おっと」


「さっきから何なんですか!? いい加減にして下さいっ!」


 僕は声を荒げた。


 ただ、目の前の彼女は同様する素振りを全く見せず、平然とした様子で口を開く。


「ははっ、マジメくんね。本当にかわいいわ、あなた。同類だったら本気で好きになってるかも」


「何言って⋯⋯、もう、出ていってくれませんか!? 疲れてるんです⋯⋯!」


「わかったわかった、そんなに怒らないでよ。じゃあ明日、待ってるからね」


 彼女はそう言うと、音も立てずに一瞬の間に消え去った。


 夢から醒めた後のように、部屋は静けさで充満していた。


 呼吸の荒々しさが収まらない。


 汗も滴り落ちそうなほどに吹き出ている。


 僕はソファに腰掛け、何とか気持ちを鎮めようと試みる。


 やはり夢だったのだろうか。


 とはいえ、頬の痛みも微妙に残っており、若い女性の側を通りかかった時に漂う、甘くほのかな香りもする。夢なら細かい内容ををすぐに忘れてしまうが、先ほどまでの出来事の一つ一つを、事細かく思い返すことが出来る。


--まさか、俺はもう異世界に!?


 僕は居ても立っても居られず、部屋を飛び出し、リビングへ移動した。



 リビングにはテレビを観ている母がいた。時計の針は夜の九時半を少し過ぎたところを指し示していた。


 ここは紛れもなく現実であることを、強く感じる。


「ねえ、さっき誰か家に入ってこなかった?」


 僕は母に問うと、彼女は僕の方を振り向いて答える。


「え? 誰も入ってきてないと思うけど。美緒もまだ帰ってきてないし」


「そう⋯⋯」


 僕は冷蔵庫の戸を開け、麦茶を取り出し、ガブ飲みした。すぐさま冷ややかな感覚が染み渡るが、火照り切った身体はなかなか冷めやらない。特に左手と背中に残った柔らかな感触は、執拗に染み込んでいるように思えた。


 とにかく部屋に戻って寝よう。


 疲れた。


 いろんな意味で、体が持ちそうにない。

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