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三話 窮愁の果てに

グレゴリオ暦 二〇XX年七月三日

月村蒼一は異世界に飛ばされる③


 家に帰った僕は風呂を済ませ、リビングでスマホを弄っていた。


 ソーシャルゲームで時間を費やしていたわけだが、レアカードなるものに描かれた二次元の美女を神妙な目で見つめる自分自身がいた。


 恥ずかしながらも、陸上のトラック競技で県内上位の実績を持つ僕だが、裏の顔はアニメ、ゲーム、アイドル好きの、いわゆるキモオタ野郎。


 周りからは気持ち悪い目で見られていると思いつつも、自分はこういう人種なんだと、諦めモードに入っている。


 自分自身が一番楽しいと思ったことには逆らわない。


 心の底には嘘をつかないことが肝要。


 いつからか、僕はそんなことを悟り出し、迷わず無料ガチャを引いていた。


 小悪魔のような格好をした少女が小さな牙を見せ、こちらを見て笑っている。それを見ながら心躍らせる僕は、三次元の彼女が出来るのは当分先だと、改めて自覚した。


 気付けば目の前に食事が並んでいた。


 テーブルの向かい側には、父と母が並んで座っているが、姉の美緒(みお)の姿が見当たらない。姉は大学生になってから、食卓に顔を出す機会が減った。


「あれ、ミオ姉は? またバイト?」


 僕は両親の顔を交互に見ながら、二人に問い掛けた。


「さあ、どこをほっつき歩いてるのかしらね」


 母の葵は、呆れた様子で下を見ながら答えた。


 父である純一(じゅんいち)は、黙ったまま夕刊を眺めている。


「あの子のことは放っておいて、食べましょ」


 母は茶碗と箸をさっと手に取った。


 僕もつられるように「いただきます」と言い、唐揚げに手を出した。


 無理矢理にも全力で走りきった身体に、肉類は大変染み渡る。


 ただ、今日あった出来事を思うと、この料理も丸々全て美味しいと感じることは出来ない。


「どうしたの、蒼くん? 疲れてるの?」


 僕は気付かぬうちに、溜息を吐いていたようで、母は心配そうに声をかけてきた。


 彼女に下手な心配をかけさせるわけにはいかないと思い、僕は咄嗟に言葉を選び出した。


「今日、全力で一本走る練習があってさ。それで期待の一年生に負けちゃって」


 笑いながら僕は喋った。


 愛想笑いだと気付かれないといいが。


「そうなの? まあ、病み上がりなんだし、気にすることないわよ。それにあなたのことだし、ずっと一番でいるのも疲れるでしょ?」


 母のその台詞から、やはり、この人は自分の親なんだと思わせた。


 僕は心の中で改めて感心しつつ、箸でレタスを唐揚げに巻きつけた。


「そうだね。でも、そんなに気にしてないから。今日はただ普通に疲れただけ」


 僕はそう言い終えると、レタスと唐揚げを同時に頬張った。



 壁にかかっている時計を見上げると、時刻は午後八時を周ったところだった。


 目の前の食事は綺麗に片付いており、母は流し台の前に立って洗い物を始めている。


 僕はまた、スマホを触り始めた。


「美緒は、今日も晩ご飯いらないのかしらね」


 母が洗い物をしながら、呟くのを耳にした。


「遅くなるなら、連絡の一つしてこないものかしらね。全くあの子はいつも手を焼かせるんだから」


 そう聞こえた後、僕は母の視線を感じた。


「比べて、あなたは本当に手がかからないわね。姉弟でこうも違うものかしら」


 何やら褒められたような台詞が聞こえてきた気がするが、僕はサラリと聞き流し、スマホを眺め続けた。



 僕は自分の部屋に戻り、相変わらずソーシャルゲームに勤しんでいた。


 ソファに寝転び、スマホに繋がったイヤホンを装着していた。


 ゲームの進捗としては、クエストを一つこなせそうな場面まで辿り着いていた。


 漸く追い詰めたターゲット。


 こいつを倒せば目出度くクエストクリアだ。


 美少女キャラがターゲットに向かって威勢良く言葉を放つのを、僕は感慨深く聞き入る。


『やっと追い詰めたわ、クライハーツ! 私欲の限りを尽くし、罪の無い人々を苦しめた悪の化身! 我ら大聖女・ドナブリーニが姉妹、貴方に正義の審判を下します!』


『フン、貴様らのような青い小娘らに何が出来よう。兎に角、俺を侮辱した貴様らの罪は重いぞ。ただ痛ぶっただけでは済まさん。貴様らのが野たれ苦しんだ後、じっくりと手篭めにしてくれよう!』


『何と下劣な⋯⋯! 許せない! 行くわよ、ドンナ!』


『ハイ! ドナウ姉さん!』


 現実で行われていたら、実に気持ち悪いやり取りだが、そこはゲームの世界。


 空想の世界だからこそ言えるキザな台詞に、僕は酔い痴れた。


 そんな彼らのオーバーなやり取りが終わると、スマホの画面が戦闘シーンに切り替わった。同時にアップテンポで闘争心を掻き立てるような音楽がイヤホンを通じて流れ出してくる。


 僕はリズム良くスマホのディスプレイを人差し指で叩き、戦闘を進めた。


 戦闘が佳境を迎えると、姉妹と思われる美少女キャラの二人が光だし、何やらゲージが溜まっている。


 どうやら大技が炸裂する模様だ。


『いざ来たれ、古より伝わる聖なる光よ』


『その御心に我らが思いを捧げ奉り、げに邪悪なる魂を葬り給え』


『『 ディープ・インパルス! 』』


 彼女らが声を合わせてそう言うと、ディスプレイが眩しい程に輝き出した。


 すると極悪非道のターゲットが、派手なアクションと共に消えていく。


 その後、やり遂げた感を得られるファンファーレが鳴り響き、クエストクリアの文字が画面に浮き上がってきた。


 何やらポイントが加算され、自分のランキングが上がったことが、表示される。


--26954位⋯⋯、このゲーム、けっこうやってる筈なんだけどな。まだこんなに上がいるのか。上位にいる人ってどういう人なんだろう? 一日中、このゲームをやり続けて、課金もあり得ないくらいしてるんだろうな。そう思うと、俺の現実逃避なんか、まだまだ生易しいものじゃないか。


 心の中に語りかけ、妙に勝ち誇った気分を得た僕は、スマホのスイッチを切り、天井を見上げた。


 自分の欲の為に弱き者達を苦しめる悪人が、正義を語る心優しき者達に懲らしめられる、勿論、現実ではそんなシーンが訪れることは極稀。だからこそ、僕はこのような幻想に満ちたゲームの世界に陶酔してしまう。


 とはいえ、逃げてばかりじゃいられない。現実のことも考えなければ。


 僕は今日部活で起きたことを思い返し、明日からどうなってしまうのかも合わせて想像し始めた。


 竜司が僕の為に高梨先生に歯向い、正義を見せてくれた。


 あれがゲームやドラマの世界ならば、高梨先生の行いは世間に知られ、咎められ、厳しい処分が下されるのだろう。


 悲劇のヒーローとなった僕は、竜司を始め、部員達に支えられながら復活し、全国制覇を成し遂げる⋯⋯、なんてオチが妥当なところだろうか。


 勿論、そんなに現実は甘くない。


 竜司は証拠集めにやる気を示していたが、そう上手くいくだろうか。


 体罰が明るみになって処分される教師のニュースを最近よく耳にするのは、僕らにとって追い風になるかもしれないが、高梨先生はそれなりに実績を出しているし、そのことが学校の評判が上がっている一因にもなっている。


 学校が高梨先生を辞めさせたいとするならば、僕らに利があるが、実績を残す教師をわざわざ貶める真似はしないだろう。


 状況は極めて不利。


 学校がその気になれば、生徒全員を味方につけ、口車を合わせさせることも難儀では無いと僕は考える。


 竜司は正直余計なことをしてくれた。


 僕は高梨先生の暴言やら体罰に対し、そこまで苦にすることはなかった。


 僕だけに先生の目が向いていれば、それなりに部の平穏は保たれていた。


--?


----?


--俺は何を考えているんだ?


 僕は、最も考えてはいけないことを頭に浮かべてしまった。


 竜司が余計なことをした?


 何言ってる。


 彼はどんなに僕に尽くしてくれたことか。


 どんな時でも彼は僕をその力強い言葉で引っ張ってくれた。


 僕が滝河中央高校を選んだのは竜司が行く学校だったからだ。


 勿体無いと散々言われ、周囲の反対を押し切ってまで、僕は竜司が通うあの学校を選んだのだ。


 うらぎり。


 そんな四文字が脳内を駆け巡った。


 酷い罪悪感が僕をひたすら締め付ける。


 いや、竜司だけじゃない。


 高梨先生だって、利己的な理由で僕に厳しくしているとは限らない。


 僕の腐り切った闘争心を振るい起こそうと必死になってくれているのかもしれない。


 社会に出て行く為に、必要なことを教えてくれているのかもしれない。


 もしそうだとしたら、体罰を明るみにする為の証拠集めなんて、それこそ裏切りの極みではないか。


--いや、何が悪いのかなんて、とっくに分かってる。


 僕は心の奥底に呟いた。そう、竜司も高梨先生も悪くない。


 悪いのは僕に決まっている。


 僕の無欲過ぎる性格が、諸悪の根源。


 こんな事を言うのは実に憚られるけれど、僕が周りの人よりも頭が切れるし、運動能力も抜けているのは、自覚している。人一倍、努力を重ねている覚えもない。もしそうだとしても、それなら努力をする才能があっただけということ。


 どちらにせよ、僕は優れた人間であるということだ。


 公立の進学校にも一般入試で入れた。私立の陸上強豪校にも特待生で入れた。でも、僕はこれといって何の特色も無い高校を選んだ。


 その理由は竜司であるのはさっき言った通りだし、家が近かったというのもある。いや、何より『これで十分』という思いが根底にある。


 将来のことも、小学校の先生になりたいという、具体的な目標がある。それであれば、無理に学歴を求める必要もないし、小学校教諭の免許さえ取れる大学に行きさえすれば、済む話。


 その為には、学校に休まず行って皆勤賞を取り、良い内申点を維持することが大事。自分の学力より劣る学校であれば、内申を取ることなど造作も無い。テスト一週間前に一、二時間も勉強してれば、学年トップ10くらいであれば、楽勝である。


 おまけに部活で県内トップクラスの実績を残す程度の活動をしていれば、嫌でも教員免許を取れる大学の推薦くらい取れるだろう。


 早慶も狙える。


 全国入賞も夢じゃない。


 いや、争いの果てにそれを勝ち得たところで何になる? 勝ち得たところで、また新たな争いに巻き込まれる。


 欲すれば欲するほど、醜い争いは続く。欲して欲しても、その心には際限が無い。


 僕はただ、生きてさえ居られれば良い。この世に生を受けただけで、心は満たされている。己の生命さえ維持できれば、後は何も求めない。


 僕がそんな考えをなぜ持つようになったのか、それは未だによく分からない。生まれつきとしか言いようがない。何となく欲しがることに嫌気がさす。


 兎にも角にも、僕が欲望のままに行動していれば、こうはならなかったはず。


 竜司に余計な心配をかけることも無かったし、高梨先生の期待にも応えられたし、そもそも滝河中央高校なんて選ばなければ、高梨先生との出会いも無かったか。


 何となく答えが見えてきた。


 資本主義が正義とされるこの世界に、僕は生まれるべき人間では無かったということだ。僕のような争いを避けるような欠陥持ちは、世界が求めていないということだ。


--フェードアウト⋯⋯しかないかな。


 小学生の頃から使い古しているカッターが僕の瞳に鋭く映る。


 この世界からどこかへ連れて行ってくれる救世主が如く、僕はそれをじっと見つめていた。


 僕はふらっと立ち上がり、吸い込まれるようにカッターが収納されているペン立てに向かって歩き出した。

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